2021/01/03

【鉄道模型】青梅電気鉄道1号形電気機関車・その2(1/80、16番)

 ということで、青梅電気鉄道1号形電気機関車(正確には2号形)の3番機、1929年(昭和4)5月から1940年代初めに1013に改番されるまでの間の姿を、模型化することにしました。しかし技術や気力の関係で断念したところや、よくわからずに推測で作ったところなどがあるのはご容赦を。

Img_5317
 下廻りで一番悩んだのは、砂箱と、デッキの梯子。
 砂箱は逆おむすび形のものがついていたようですが、探してみてもそのようなパーツはなし。ダイカストの台車と一体に成形された砂箱を削り取り、新たな砂箱を真鍮ブロックから削り出して取り付けるのは、ちょっと気持ちが萎えてしまって、そのままにしました。砂撒管は、適当なパーツを取り付けました。
 キットにはデッキの梯子がついておりましたが、これは1955年の写真にはなく、1956年のED36の写真で初めて現れるもの。そこで写真を見ながら、真鍮アングルからステオップを自作し、デッキ側面、砂箱の上のところにとりつけました。これで少し古風な感じになりました。
 車体前部の下部にある小エアタンクは、まるで救助犬セントバーナードの首の樽みたいな、可愛らしいパーツ。本来は床板に固定されているもので、キットでもそうなっておりますが、急カーブ対策として取り外せるようになっております。しかし走らせるたびに取り外すのはめんどくさいので、思い切って台車に固定する構造にしました。邪道と言えば邪道ですが、そもそも1/80で16.5mmゲージというところに問題があるわけですから、どこかにしわ寄せが行くのは仕方ありません。
 カプラーはIMONカプラー(HO109)。側面のエアタンクにはパイピングを施しました。小さいけど付けると細密に見える空気溜ドレンコックは、形が似ているエコーモデル(1221)のパーツ。
 下廻りを組み立てて試運転したところ、ガタガタと引っ掛かってうまく走りません。調べてみると、パワートラックの車軸についているギアーが劣化して割れてました。キットを買ったのが30年くらい前なので仕方ないか。新たに購入しようと思ったのですが、この天賞堂製のパワートラックは、すでに新しい製品に更新されています。ネットで模型店の在庫を調べまくり、神戸市の鉄道模型店に在庫があるのをようやく見つけて、送ってもらいました。
 
Img_5322

 上回りに行って、側板はほぼキット通り。

 妻板ですが、ドア横の小窓は国鉄のED36になってから開けられたもののようです。しかしそれに気づいたのは工作がかなりすすんでから。そこから真鍮板で塞ごうとすると、全てがバラバラになりそうだったので、後の祭りということで諦めました。

 下部左右にある吊りかけ式(?)のテールライト は、輸入当時の写真を見ると、埋め込み式のフラットなライトになっているようです。パーツをいろいろ探し、Nゲージ用の「湘南形ヘッドライト(100Wタイプ)P210」(BONA FIDE PRODUCT製)を利用。

 昔のワイパーはどうなっているのかと、写真を目を凝らして見つめたのですが、なんか写ってません。ひょっとして昔ってワイパーがなかったのかな。そういえば蒸気機関車はワイパーないし(雪国では旋回窓があるけど)。

 そこでワイパーの歴史を調べてみると(進化していないようで進化している?ワイパーの歴史https://car-me.jp › articles )、自動車の世界で1903年に初めて手動式ワイパーが発明されました。手動ワイパーが初めて標準装備されたのがキャデラックで、1922年のこと。同年にTri-Continental Corporationがエンジンの動力を利用した真空式ワイパーを開発しましたが、エンジンの回転数によって速度が変わり、エンジンが止まるとワイパーも止まってしまうという不便なものでした。電動式ワイパーは、1926年にBOSCHが初めて開発したそうです。

 とすると、1920年代末に作られた青梅電気鉄道1号形には、やはりワイパーはなかったかも。蒸気機関車と同じように、視界が悪い時は側面の窓から顔を出して前方を確認していたのでしょう。

 ということでワイパーはつけないことに決定。後年に加えられた手すりも取り付けず、取り付け用の穴をハンダで塞ぎました。

Img_5323
 屋上に目を向けると、まず大きなパンタが目につきます。いろいろ探してみると、安達製作所のEE型パンタグラフ(No.016)(現在は品切れ)というのが見つかりました。横向きの碍子のかたちまでぴったりです。関節部の左右を結んでいる棒は切除しました。
 ED36やE41では、屋根上の片側に並んだベンチレーターや、ランボードが目を引きますが、輸入当初は無かったようです。代わり、高圧引き込み線を支える碍子がずらりと並んでいたようです。上から撮った写真がなく、側面からの解像度の悪い写真しかないので細部がわからりません。ここは想像でそられしく作ってみました。本当にこんなになってるかどうかわかりませんが。
 タイフォンも思わず目を引く可愛らしいアイテム。アルモデルのタイフォン(C3039)を加工して、大小2つが並んだ姿を再現しましたが、なかなかいい感じです。二つのタイフォンの音がハモって鳴るのが聞こえてきそうです。
 運転席と機械室を分ける壁を、真鍮板で作成。この電気機関車の貫通路は、左右非対称で片側に寄っているので、壁のドアの位置も非対称になっております。資料集めをしているときに、青梅市立図書館で見つけた本に1号形電気機関車の組み立て図があって、車内の平面図も収録されてましおた。写真を保存しておいたのですが、残念ながら書名がわからなくなってしまいました。
 運転台イス(エコーモデル、No.1693)、電車用運転台(旧型用)(エコーモデル、No.1685)を取り付け、片側に機関士人形(KATO, 6-511)を座らせました。
 

Img_5325_20210102160201

 実は一番苦労したのが青梅電気鉄道のマーク。「青梅」ということで、梅の花の形をした可愛いマークです。もちろん模型用パーツがあるはずもなく、𝝓1.0mm の真鍮パイプを整形しながら6個組み合わせ、レンコン状にしたものを薄切りして作成しました。色は、白黒写真しかないのでわかりません。熟す前の「青梅」の色は、黄緑っぽい色です。また江戸時代に青梅で作られていた染物「青梅縞」の色は藍色で、現在の青梅市でも濃い青色をOme Blueと名付けて観光プロモーションしているようです(Ome Blue(青梅ブルー)公式ホームページhttps://omeblue.tokyo )。どこかに問い合わせればわかるのかもしれませんが、ここは自由に作ることにして、梅の花をイメージしたピンクにしてみました。

 塗装は、輸入当時の色はわかりませんが、ピンクで遊んだ分ここは常識的に、上回りがぶどう色1号、下廻りが黒としました。久々にエアブラシを使ったら、劣化したチューブから油滴のようなものが出てきて、塗装面が荒れてしまいました。シンナーのバケツにドボンして塗り直す気力もなく、「まあいいや」ですませました。

 例によって最後にタミヤのウエザリングマスターで、錆や埃を控えめにウエザリング。

 ナンバープレートは、本物はやや横に長い楕円形をしているようですが、円形のパーツしか見つからなかったので、それを利用しました(ナンバープレート セット2(C3005)アルモデル)。地の色は黒ではつまらないので、ピンクとの相性から青色にしてみました。ちょっとヨーロッパぽくなったかも。

Img_5320

 車体下部の台枠に、それらしい検査表記のインレタ を貼りました。その横の「青梅電氣鐵道」の表記は、デカールを特注するほどの元気はなかったので、エーワンのデカールシール(品番81023)を初めて使ってみました。字体は古風な雰囲気を出すために教科書体を使用。社名表記がいつまで旧字体で、いつから新字体になったのか、これもググってみたけどよくわかりません。写真からも、解像度が悪くて読み取れず。古めかしさを出すために旧字体を採用しました。このデカールシールは、染料インクのプリンタ用に作られており、うちのプリンタは黒だけ顔料なのですが、なんとかなりました。白地のシールに、ブドウ色1号で白抜き文字を印刷して作ったので、よく見ると長方形にテカっておりますが、肉眼ではそんなに目立たず、いい感じの仕上がりです。

 台枠の反対側にはイングリッシュ・エレクトリック社の長方形の銘板が、そして車体側面には円形のDick Kerr社の銘板があります[a]。市販のパーツは、イギリスの模型屋さんもググってみたのですが見つからず。ならばとプリンタでそれらしいものを印刷して作ろうとしましたが、解像度が悪くて使い物にならず。エッチング特注までする気はないし。ちょっと似ている東芝の円形の銘板を貼ろうかとも思いましたが、これはこの機関車の表札というか、名刺というか、顔みたいなものなので、インチキするよりは、無しを選びました。そのうち手に入ったら貼り付けたいと思います。

 

 

[1] 「私鉄買収電機の系譜〈下〉 (RM library (4))」 ネコ・パブリッシング 1999年

[2] 「電気機関車展望 1」久保田敏、日高冬比古著、交友社、1976年

 ネット上では、

[a] 東武鉄道の電気機関車 - Gゲージ鉄道模型・風雅松本亭:ED36と同形な、東武博物館に保存された東武ED101型の写真。

| | コメント (0)

2021/01/02

【鉄道模型】青梅電気鉄道1号形電気機関車・その1(1/80、16番)

Img_5319

 コロナ禍の自粛生活を利用して、青梅電気鉄道1号形電気機関車が完成いたしました。

 と聞いても「なにそれ」と言う人が多いかと思いますが、国鉄のED36形、西武鉄道のE41形と言ったらわかるでしょうか。ぽん太も東京育ちなので、子供のころ見たピンク色のE41形をカッコイイと感じたのを覚えてます。デッキを備え、正面の扉が偏っていて、前後・左右で異なる窓配置、側面のベンチレーターなど、独特の風貌が魅力。それもそのはず、元々はイギリスから輸入された電気機関車なのです。

 いつ買ったのか覚えていない(おそらく30年くらい前)フクシマ模型のED36キットを作り始めたのは数年前。このキットはED36としてもE41としても組み立てられる仕様なたのですが、国鉄旧型電気機関車ファンのぽん太としては当然ED36として、しかも写真で見た大型パンタを中央に一基備えた姿でくみたてようと考えました。

 ところがいろいろ資料を集めている過程で、嘘かホントかパンタが一基なのは戦争の物資不足が関係しているなどという記述を見つけ、平和主義者のぽん太としてはちょっと迷いが出てきました。そしてさらに様々な写真を眺めているうちに、イギリスから輸入した直後の青梅鉄道時代の姿が、エキゾチックで古風でとっても魅力的に見えてきました。

 という次第で青梅鉄道1号形として組み立てることに決定! しかしながら、ぽん太の技術不足から作りきれなかったところや、資料が足りずに想像で作った部分もあるのはご勘弁を。正確には「青梅電気鉄道1号形スタイル」といったところでしょうか。

 

 青梅電気鉄道1号形は、イギリスのイングリッシュ・エレクトリック社から輸入されました。同社から輸入された電気機関車としては、側面にずらりと並んだベンチレーターが印象的なED17や、複数の孔があけられた台枠のEF50が有名ですね。これらはディック・カー(Dick Kerr)工場で製作されたため、日本ではディッカーという愛称で呼ばれました。

 実は日本の輸入電気機関車のうち、一番両数が多いのがEE社製でした。ただ当時のイギリスの電気機関車性能が良かったわけではなく、トラブルも多かったようです。このような問題のある電機を大量に輸入した背景には、当時の日英通称の政治的思惑が絡んでいたなどという噂もあるようです。

 青梅鉄道は4両を輸入しましたが、同形機が総武鉄道(現在の東武)、秩父鉄道、伊勢電気鉄道(現在の近鉄)などにも導入されたようです[1][a]。

Img_5304

 さて、まず青梅鉄道1号機1-4の歴史と移り変わりをまとめましょう[a][f][g]。

青梅鉄道1号形1

青梅電気鉄道1号形1

青梅電気鉄道1号形1011

国鉄1011

西武鉄道41

西武鉄道E41

廃車解体

青梅鉄道2号形2

青梅電気鉄道2号形2

青梅電気鉄道2号形1012

国鉄1012

西武鉄道42

西武鉄道E42

廃車解体

  ?

青梅電気鉄道2号形3

青梅電気鉄道2号形1013

国鉄1013

国鉄ED361

西武鉄道43

西武鉄道E43

廃車、横瀬で保管


青梅電気鉄道2号形4

青梅電気鉄道2号形1014

国鉄1014

国鉄ED362

西武鉄道44

西武鉄道E44

廃車、横瀬で保管

JR新鶴見機関区で保存?

 青梅鉄道の立川 - 青梅間が開通したのが1894年(明治27)。青梅の石材や織物、木材、日向和田の石灰石の運搬が主な目的でした。

 1926年(大正15)、イギリスのイングリッシュ・エレクトリック社から電気機関車を1台輸入。1号形1となりました。ついで1927年(昭和2)と1929年(昭和4)10月の2回に分けて、3両が輸入されました(細かい内訳不明)。1号形とは自重や細部がことなるため2号形-2,3,4とされましたが、実質的には同一形式です。

 同時期の1929年(昭和4)5月に、青梅鉄道は「青梅電気鉄道」に社名変更しております。

 1931年(昭和6)、青梅電気鉄道西立川駅と、南武鉄道立川駅のあいだに貨物連絡線ができ、共同運行が行われるようになります。

 これに伴って、1 - 4番機が、順番に1011 - 1014に番号変更となります。その時期は不明ですが、1941年4月12日に撮られた1番機[2]、3番機[1]の写真があるので、それ以降と考えられます。

 1944年(昭和19)4月1日、青梅電気鉄道が鉄道省に戦時買収されます。当時の例に倣って、買収後も私鉄時代と同じ形式番号で運用されました。

 1948年(昭和23)5月に1012、11月に1011が廃車され、西武鉄道に譲渡され、41形(1011→41、1012→42)となります。

 1952年(昭和27)、1013,1014に国鉄形式番号が与えられ、ED36形1,2となりました。

 1960年(昭和35)、ED361、ED362が廃車となり、西武鉄道へ譲渡され、それぞれ41形43、44となりました。

 1961年(昭和36)、西武鉄道の41形がE41形に変更となり、41 - 44は、それぞれE41-E44となりました。

 1976年(昭和51)、E41は廃車・解体処分。

 1986年(昭和61)、E42も廃車・解体処分となりました。さらに翌1987年(昭和62)、E43、E44があいついで廃車となりますが、両者は解体されずに横瀬車両基地に保管。E44はさらに1990年(平成2)にJR貨物に譲渡され、新鶴見機関区で動態保存。2015年(平成27)に搬出されたという情報がありますが、詳細不明です。

Img_5321

 さて、フクシマ模型のキットはED36-1(E43)を模型化したと書いてあるので、青梅の1号形 - 3ということになります。これが輸入されたのが、1927年(昭和2)か1929年(昭和4)10月のどちらか。そして1929年(昭和4)5月に青梅鉄道は青梅電気鉄道に改名されておりますから、3番機には短期間の青梅鉄道時代があったのかもれしませんし、なかったのかもしれません。それ以後1013に番号が変更となるまで(上記のように、1941年4月から1944年4月1日の間のどこか)が、今回のぽん太の模型の年代設定となります。(その2 に続く)



参考文献

[1] 「私鉄買収電機の系譜〈下〉 (RM library (4))」 ネコ・パブリッシング 1999年

[2] 「電気機関車展望 1」久保田敏、日高冬比古著、交友社、1976年

参考サイト

[a] 青梅鉄道1号形電気機関車 - Wikipediahttps://ja.wikipedia.org › wiki › 青梅鉄道1号形電気機...:ご存知Wikipedia

[b] フクシマ 国鉄ED36形 - 岡山模型店DANhttp://www.lok.jp › ed36:フクシマ模型ED36の完成写真。

[c]  西武鉄道 横瀬車両基地の保存車 E43http://c5557.photoland-aris.com › yokoze › yokoze-E43:横瀬に保存されている西武鉄道E43の写真。

[d]  東武鉄道の電気機関車 - Gゲージ鉄道模型・風雅松本亭:ED36と同形な、東武博物館に保存された東武ED101型の写真。

[e] English Electric Traction for Japan – Railway Mattershttps://twsmedia.co.uk › english-electri...:英語のサイトですが、イングリッシュ・エレクトリック社から日本に輸出した電気機関車について書かれているページで、そこに秩父鉄道の同形機の写真?あり。

[f]  青梅線 - Wikipediahttps://ja.wikipedia.org › wiki › 青梅線

[g] JR東日本八王子支社|中央線まめ知識|青梅・五日市線の歴史https://www.jreast.co.jp › chuousen › history_oume

| | コメント (0)

2020/04/15

【温泉】玉子湯再訪(福島県高湯温泉)(★★★★)

Img_4317
 3月中旬、福島県は高湯温泉の玉子湯を再訪してきました。こちらが公式サイトです。
 前回泊まったのは7年前。そのときの記事はこちらです(【温泉】温泉は言うまでもなく料理もすばらしい/高湯温泉旅館玉子湯(★★★★))。
 新型コロナが徐々に拡大しつつあった頃。ガラガラかと思ったら、けっこう宿泊客で賑わっていたのは意外でした。それぞれ趣ある温泉がいっぱいあり、いろいろ入って楽しめます。お湯は高湯独特の白濁した硫黄泉で、もちろん源泉掛け流し。客室は新しくて綺麗で、お食事も品数が多くて美味しいです。アメニティの整った部屋に泊まり、秘湯の雰囲気を味わえるのがこの宿の魅力。従業員のおもてなしもしっかりしてます。秘湯に泊まりたいけどボロいところは嫌、という人に最適。ぽん太の採点は4点!

★楽天トラベルからの予約は右のリンクをクリック!

 
Img_4320
 
 東北道、福島西インターチェンジから車で約30分、百名山にも数え上がられた吾妻山の山麓に位置する高湯温泉。道の左手に見えてくる赤い屋根のロッジ風の建物が玉子湯です。写真は翌朝に撮ったもの。ご覧の通り雪が降ってました。

Img_4309

 それぞれ雰囲気がある温泉がたくさんあるのがこの宿の魅力。足湯や女性専用風呂を含めて7つの温泉があり、湯めぐりをして楽しめます。写真は露天風呂「天渓の湯」。川沿いにあって広々してます。お湯は独特の青白い濁り湯。透明なお湯に、白い粉が浮遊している感じ。酸性の硫黄泉は、これぞ温泉!という感じ。もちろん加水・加温をまったくしていない正真正銘の源泉掛け流しです。
 こちらが温泉分析書(pdf)です。泉質は、酸性ーカルシウム・ナトリウムー硫酸塩温泉。泉温は46.5度と、源泉掛け流しに程よい温度。pHは2.7と強酸性。しかもポンプで汲み上げるのではなく、自然湧出してるんです。
Img_4313
 こちらは、冒頭の茅葺き屋根の「玉子湯」の内部。

Img_4299

 お食事どころでいただく夕食は、品数も多く、見た目も華やかで、温泉旅館に泊まっている気分を盛り上げてくれます。たらの芽や山うどなどの山菜が嬉しいです。また山奥の温泉ですが、福島県は海に面しており、お造りも新鮮でおいしかったです。
Img_4316
 朝食も品数が多くて、見た目もきれいでした。

| | コメント (1)

2020/03/06

【スキー】快晴の蔵王スキー場。樹氷ニョキニョキ外人いっぱい。

20200212_105831

 こんなに素晴らしい天気の蔵王は、生まれて初めてでした。2月中旬の蔵王スキー場です。

 今シーズンは暖冬で雪不足。あまり期待しないで滑りに来たのですが、前日の夜は一晩中雪が降り積もり、今日になったら見事な快晴。これまで蔵王には何度も来てますが、こんないい天気は初めてでした。


20200212_113035

 地蔵岳のお地蔵さんも、膝まで雪の上に出ています。こんなに雪が少ないのも初めてです。


20200212_112848

 スキーをしない外国人観光客がいっぱい。ロープを乗り越えて、みんな地蔵岳の頂上まで登ってました。まあ、天気もいいし暖かいから大丈夫ですね。

20200212_113335  

 お地蔵さんから東方向を眺める。いつもはだいたいガスっているので、これまで見たことがない風景です。

20200212_114953

 暖冬なので樹氷も期待していなかったのですが、見事に形成しておりました。暖かいと、日本海からの水蒸気が多いからかもしれませんね。

20200212_113900

 スキーをしている人は、あまりいません。
 向かい側の山は朝日岳か。

20200212_131422

 こちらの山は月山。さらに北には鳥海山。南には飯豊山や、磐梯山まで見えました。

Img_4088

 こんかい泊まったのは、蔵王温泉の故郷(こきょう)さん。感想は以前にアップしたので(【温泉】年季を感じさせる風呂と厳選した素材の創作料理のリーズナブルな宿・みはらしの宿・故郷(こきょう)@蔵王温泉(★★★★))、こんかいは省略。

| | コメント (0)

2020/03/05

【温泉】和モダンに生まれ変わった湯治宿。峩々温泉(★★★)宮城県

Img_4122

 2月中旬、ぽん太とにゃん子は宮城蔵王の山麓にある一軒宿、峩々温泉に泊まってきました。こちらが公式サイトです。日本の秘湯を守る会の会員宿です。

 峩々温泉というと、昔はホントに山奥の湯治場とう感じで、自炊室があったりしました。その頃、お風呂だけ借りたことがあって、そのうち宿泊もしてみたいと思っていたのですが、いつのことやら綺麗に建て替えて、お値段もアップしてしまい、足が遠のいていたのですが、こんかい念願かなって泊まることができました。

 和モダンのロッジ風の素敵な建物。温泉は木造で湯治の雰囲気を残しております。お料理も創作系、と悪くなさそうなのですが、所々あれ?と思うところがあって、ちょっとちぐはぐというか、未完成な感じ。お値段を考えると、少しコスパは悪いかも……ということで、ぽん太の評価は3点!

★楽天トラベルからのご予約は右のリンクをクリック!


Img_4101

 蔵王エコーラインを宮城側からどんどん登って行き、すみかわスノーパークのちと手前を右に折れたところに、峩々温泉があります。
 蔵王山麓の一軒宿!
 建物は和風で新しい感じです。今年は暖冬で雪が全体的に少ないのですが、昨夜の雪で雪化粧してます。

Img_4104
 ロゴも山荘風で古めかしくていいですね。

Img_4105
 玄関ホールの装飾もおしゃれ。


Img_4106
 ロビーも和モダンのロッジ風です。


Img_4142
 建物が斜面に配されているので、宿泊棟には長い階段を登ります。脚の悪い方にはややしんどいかも。
Img_4112
 お部屋は和モダンに改装されており、木製の床には床暖が完備しております。
Img_4109
 ところが、ちと不思議なのはこのお部屋。入り口近くにある四畳半ぐらいの和室なのですが、ここにしかテレビがありません。山奥ということで携帯もつながらず、Wifiもロビー付近だけということで、テレビを見て過ごすしかないのですが、写真の右にある小さなテレビが置いてあるだけ。しかもこの部屋、暖房がこのコタツと、小さな電気ファンヒーターがあるだけで、とっても寒いです。
 床暖のある寝室の方に、大型テレビでも置いてくれればいいのに……。
 せっかくの素晴らしい部屋がありながら、寝るとき以外はこの小部屋で過ごすことになります。

Img_4115
 さて温泉です。まずは天空露天風呂。貸切で、空いていれば無料で何度でも入れます。木の風合いが素晴らしく、開放感があります。お湯はぬるめ……というか、源泉が流れ込んでないけど。栓を開けるの忘れているのかしら。
 もちろん「源泉掛け流し」で循環加熱などはないので、あとはどんどん冷めていくだけで、翌朝は入れませんでした。
Img_4138
 で、もひとつよくわからないのは、この風呂に行くための階段が、工事現場の足場みたいになっていること。なんでだろ。普通に作ればいいのに。風情?……は、別にないよね。
Img_4127
 こちらが男女別の内湯です。壁はちょっとモダン風ですが、床や浴室の古びた木がいい感じです。
 ただ、洗い場のカランが一個しかないのにびっくり。今日は女性客が多いためか、狭い方が男湯になっていたのですが、それにしてもカランが一個は少ないのでは? お客さんが少なかったからいいけれど、多い時はどうするんでしょう?
Img_4135
 もうひとつ浴槽があります。これも雰囲気がなかなか得点が高いですな。浴槽の縁がずいぶん幅広ですが、ここにお湯を被りながら寝転ぶというのが正しい作法のようです。
 ただ、すごく熱くなっていて、うめるための水道もないので、残念ながら入れませんでした。
Img_4134
 さらに露天風呂もついております。庭の下におりていくと、混浴の露天風呂もあるそうですが、残念ながら冬は閉鎖。
Img_4137
 温泉分析書です。泉質は「ナトリウム・カルシウムー炭酸水素塩・硫酸塩泉」。泉温は58.3度。加水・加温・循環・消毒なし。源泉100%の正真正銘の掛け流しです。
Img_4136
 pHは6.8とほぼ中性です。無色透明のお湯ですが、成分は濃そうです。
Img_4144 
Img_4147Img_4146
Img_4148 Img_4150
 夕食はレストランでいただきます。和風を基本にした創作系ですかね。なかなか美味しかったです。
 メインは、遠刈田温泉にある系列店、「森のソーセージレストラン・ベルツ」のソーセージ。肉汁がたっぷり染み込んだお野菜も絶品。
Img_4152
 デザートは、ロビーでいただきます。暖炉を囲んで、他のお客さんと温泉談議をしながたいただきました。
Img_4153
 朝食も美味しゅうございました。

| | コメント (0)

«【仏像】有名な弥勒菩薩半跏思惟像だけじゃない! 広隆寺(京都市)