2017/08/20

【仏像】ちとインドっぽい美仏の如意輪観音様/願徳寺(京都)

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 美仏の国宝・如意輪観音で有名な願徳寺は、京都の西のはずれにある小さなお寺で、道路も細くて行きにくいです。観光客でごった返す市内とはまったく異なる静寂に包まれています。門も閉ざされており、通用口のインタホンで拝観を申し出ると、住職さんが扉を開けてくれます。


【寺院名】天台宗 仏華林山 宝菩提院 願徳寺
【公式サイト】公式サイトは見つからないので、京都観光NAVIのページにリンクしておきます。
kanko.city.kyoto.lg.jp
【住所】京都府京都市西京区大原野南春日町1223-2
【拝観】2月以外は拝観可だが、住職さんがいないと閉まってたりするようなので、事前連絡が無難。拝観料500円。
【仏像】
・如意輪観世音半跏像(木造菩薩半跏像) カヤ一木造 素地 像高88.2cm 平安時代前期 貞観時代 国宝! 写真は上記の京都観光NAVIに小さめだけどあり。
・木造薬師如来立像 木造漆箔 像高110.3cm 平安時代後期 藤原時代 重要文化財 写真


 如意輪観音さまは上の写真の本堂(=収蔵庫)に安置されております。
 いつもの六臂で立膝に頬づえをついたお姿とは異なり、二臂で、右足を下ろした半跏踏下坐(はんかふみさげざ)、というか、左足も組んでないので遊戯坐(ゆげざ)と言うのか、とにかくゆったりとして座り方です。ちょっとバタ臭いお顔で、衣紋がまるでバラの花びらのように渦を巻いていて、全体にインドっぽい雰囲気。目に黒い石が埋め込まれているのも珍しいです。表情は精悍で厳しい感じに見えるのですが、試しに天井のライトを消してみると、とっても柔和で慈悲深いお顔になります。
 このようなお姿でも如意輪観音なんかいな?と思ってぐぐってみると、石山寺の秘仏の如意輪観音が、同じように二臂で遊戯坐のようです。

 薬師如来さまの方は、衣紋が古風な印象で、生粋の日本の仏様でした。

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2017/08/19

【仏像】丈六の阿弥陀如来、珍しい四臂の坐像の十一面観音、ヨボヨボの僧形文殊菩薩など/法金剛院(京都)

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 5月下旬、ぽん太とにゃん子は洛西にある法金剛院に行きました。
 法金剛院は仏像だけでなく、庭園でも有名なようです。平安末期の池泉回遊式浄土庭園で、蓮の花の時期は参拝客で賑わうようですが、この時期は花菖蒲が見頃でした。

【寺院名】律宗 五位山 法金剛院
【公式サイト】なさそうなので、京都観光Naviのページにリンクしておきます。
kanko.city.kyoto.lg.jp
【住所】京都府京都市右京区花園扇野町49
【拝観】年末を除き毎日拝観可能。拝観料500円。
【仏像】
・本尊・阿弥陀如来(木造阿弥陀如来坐像) 坐高2.27m 平安後期 重要文化財 写真
・僧形文殊菩薩 一木造 平安時代 重要文化財 写真
・地蔵菩薩(金目(かなめ)地蔵菩薩) 一木造 平安時代 重要文化財 写真
・十一面観世音菩薩(厨子入木造十一面観音坐像) 鎌倉時代 重要文化財 写真

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 こちらが法金剛院の境内です。こじんまりと落ち着いた雰囲気ですね。

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 仏像はこちらの収蔵庫に祀られております。

 ご本尊の木造阿弥陀如来坐像は、丈六の大きな仏様。いわゆる定朝様で、古くは平等院・法界寺とともに定朝の三阿弥陀といわれていたそうです。平等院の阿弥陀様と比べると、ちょっとずんぐりむっくりした感じ。顎が玉のように丸くなってます。台座の蓮の花弁に細かい装飾が施されています。

 十一面観音様は、お座りになっており、腕は4本という珍しい像容。端正ですっきりしたお姿で、細かく作り込まれた光背や、身にまとった装飾品がとても繊細で美しいです。厨子(これも重文)に描かれた絵もすばらしく、作られた当初はさぞかし見事だったことでしょう。

 僧形(そうぎょう)文殊菩薩も、僧の姿をした年老いてヨボヨボの文殊菩薩で、ちょっと見たことないお姿です。首のあたりのスジスジが凄いです。供を従えて意気揚々と布教のために海を渡っていた若き文殊菩薩も、年取ってこんな姿になってしまったのか、という感じ。ウィキペディアによると、禅宗では剃髪して座禅をした姿の文殊菩薩がまつられるそうですが、このお寺は律宗だし。なんだかぽん太にはよくわかりません。
 

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 収蔵庫の奥の建物に安置された地蔵菩薩さまは、秘仏で通常は非公開ですが、たまたま(?)公開しいて、参拝することができました。目に金箔が貼られていたことから、金目(かなめ)地蔵と呼ばれるそうです。
 ちょっとずんぐりして、様式的な衣紋に古さが感じられるお地蔵様でした。

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2017/08/18

【仏像】快慶作十大弟子。定慶の六観音像もすばらしい/千本釈迦堂大報恩寺(京都)

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 今年の5月下旬、奈良で快慶展を見たぽん太とにゃん子は、京都に移動。夜は京都に引っ越したウシさん夫婦と、烏丸御池近くの居酒屋「加夢居」(ホームページ食べログ)で飲む。日本酒とお魚が充実したいい店でした。

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 翌朝、喫茶店のモーニングにはまっているぽん太とにゃん子、イノダコーヒー本店に行きました(食べログ公式サイト)。
 創業80年余の京都の老舗喫茶店。創業当時を思わせる旧館もありますが、大きなガラスの壁がある広々した本館ホールの席に座りました。頼んだのは、ロールパンにエビフリャーが挟まったもの。ここは名古屋か?美味しゅうございました。

 その後、千本釈迦堂ともう呼ばれる大報恩寺に、奈良の快慶展に出品されていなかった快慶仏を拝観しに行きました。

【寺院名】真言宗智山派 瑞応山 千本釈迦堂 大報恩寺
【公式サイト】・http://www.daihoonji.com
【住所】東京都府京都市上京区七本松通今出川上ル溝前町
【拝観】毎日拝観可能。境内に無料駐車場あり。
【仏像】
・十大弟子 木造 像高94.4〜98.0cm 鎌倉時代 建保6年(1218年)〜承久2年(1220年) 重要文化財
 舎利弗、目犍連(快慶作)、摩訶迦葉、須菩提、阿難陀
・六観音像 木造 素地 像高 聖観音177.9cm、千手観音180.0cm、馬頭観音173.3cm、十一面観音180.6cm、准胝観音175.7cm、如意輪観音96.1cm 鎌倉時代(貞応3年・1224) 定慶作 重要文化財
・銅像釈迦誕生仏 銅造 鍛金 像高53.3cm 鎌倉時代初期
・千手観音像 木造(一本作り)彩色 像高176.2cm 平安時代 重要文化財
・傅大士(ふたいし)および二童子像 木造 彩色 像高約70cm 室町時代 応永二十五年(1418)、院隆(いんりゅう)作 重要文化財
【写真】公式サイトに小さいけどすべてあり。

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 仏様たちは、写真の霊宝館に安置されております。

 まず、お目当の十大弟子ですが、修復だか調査のため半分が運び出されておりました。十大弟子のうち、快慶の作とされるのは目犍連と優婆離ですが、残念ながら優婆離は欠席でした。生々しくリアルな像で、端正な印象がある快慶がこのような像を彫ったとは、少し意外でした。

 六観音像は定慶の作。運慶の父・康慶の弟子と言われております。ぽん太とにゃん子はこれらの像がとっても気に入りました。
 運慶のようなダイナミックでエネルギッシュな感じはなく、すっきりした印象ですが、研ぎ澄まされた刀のような力強さがあります。それでいて女性のような柔らかい表情です。6躯とも保存がとてもいいです。
 如意輪観音は、向かって左から見た表情が気に入りました。准胝(じゅんでい)観音は、18本の腕の広がりが、まるで花びらのようでした。複雑で彫りが深い衣紋の表現も見事でした。

 傅大士と二童子の像は、ぽん太は初めて見ました。傅大士は名を傅翕(ふきゅう)といい、中国の南北朝時代の居士(在野の仏教徒)。二童子はその子供で左が普建(ふけん)、右が普成(ふじょう)。傅大士は輪蔵と呼ばれる回転式の経蔵を発明した人だそうで、輪蔵の前にこの三尊像が祀られることが多いそうです。この大報恩寺の像も、もともとは北野の経王堂に祀られていたものだそうです。
 院派の院隆の作。童子の笑顔が印象的でした。

 千手観音像は素朴で古風なお姿で、ちょっと彫りも荒い。目鼻が下に寄ったカエル系のお顔。菅原道真が自ら梅の古木に掘ったという言い伝えがあるそうです。

 国宝の本堂に安置された木造釈迦如来坐像(鎌倉時代、重文)は、残念ながら秘仏のため拝観できず。

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2017/08/17

【仏像・展覧会】現存の快慶仏のほどんどが出品「快慶 日本人を魅了した仏のかたち」奈良国立博物館

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 遅ればせながら、今年の5月下旬、奈良国立博物館に快慶展を見に行ってきたときのご報告。

 快慶 - ウィキペディアを見ると、快慶の作とされている現存の仏像は、全部で42点。そのうち今回なんと34点が出品されており、出てないものを数えた方が早いくらい。さらにウィキペディア番外の「菩薩面」(浄土寺、兵庫)と「菩薩坐像」(伊豆山浜生協会、静岡)の2点もありました。
 これでぽん太はがまだ拝観していない快慶仏は、一挙にわずか6点となりました。

 しかし悲しきはぽん太の狸脳。一度ににこんなに見せられると、芥川の「芋粥」ではないけれど食傷気味となり、印象が重なってあまり記憶が残っておりません。

 狸ながらに思ったことは、運慶・快慶と並び称さられ、躍動的な運慶に比べて快慶は綺麗にまとまっている印象をぽん太受けていたのですが、快慶の出発点が後白河院と繋がっていたことを知り、ちょっと腑に落ちるところがありました。
 また快慶は、法然ら浄土宗教団との関わりも深く、「三尺阿弥陀」と称される小さめの阿弥陀立像を多数作っていることも初めて知りました。作家性を前面に押し出して新しい仏像を作り上げるのではなく、自分を消し去って端正で整った仏像を作ったのは、そうしたことが関係していたのかもしれません。


特別展 快慶 日本人を魅了した仏のかたち

平成29年4月8日〜6月4日
奈良国立博物館 東新館・西新館

・奈良国立博物館のサイト narahaku.go.jp/exhibition/2017toku/kaikei
・読売テレビのサイト ytv.co.jp/kaikei

・出陳品一覧 ダウンロード kaikei_ichiran.pdf (2324.0K)

主な出陳品


重要文化財 弥勒菩薩坐像 京都・醍醐寺 木造 金泥塗・截金 像高111.0 cm 鎌倉時代 建久3年(1192) 快慶作

弥勒菩薩立像 アメリカ・ボストン美術館 木造 漆箔 像高106.6 cm 鎌倉時代 文治5年(1189) 快慶作
  像内納入品 弥勒上生経(みろくじょうしょうきょう)及び宝篋印陀羅尼(ほうきょういんだらに) 紙本墨書 縦25.2 cm 長462.0 cm

重要文化財 四天王立像のうち広目天・多聞天 和歌山・金剛峯寺 木造 彩色・截金 像高[広目天]135.2 cm [多聞天]138.2 cm  鎌倉時代(12世紀) [広目天]快慶作

重要文化財 阿弥陀如来立像 奈良・東大寺 木造 金泥塗・截金 像高98.7 cm 鎌倉時代 建仁3年(1203) 快慶作

国宝 僧形八幡神坐像  奈良・東大寺 木造 彩色 像高85.7 cm 鎌倉時代 建仁元年(1201) 快慶作

重要文化財 阿弥陀如来坐像 広島・耕三寺 木造 漆箔 像高74.0 cm  鎌倉時代 建仁元年(1201) 快慶作

菩薩坐像 静岡・伊豆山浜生協会 木造 漆箔 像高[その1]25.4 cm [その2]26.0 cm  鎌倉時代 建仁元年(1201) 快慶作

重要文化財 阿弥陀如来立像 京都・遣迎院 木造 金泥塗・截金 像高98.9 cm 鎌倉時代 建久5年(1194)頃 快慶作
像内納入品 願文(がんもん)  1紙 紙本墨書 縦31.2 cm 横15.4 cm
        印仏(いんぶつ)・結縁交名(けちえんきょうみょう)  7綴 紙本墨摺・墨書

重要文化財 不動明王坐像 京都・醍醐寺 木造 彩色・截金 像高53.3 cm 鎌倉時代 建仁3年(1203) 快慶作

重要文化財 兜跋毘沙門天立像 京都・青蓮院 木造 彩色・漆箔 像高102.5 cm 鎌倉時代(13世紀)

重要文化財 十一面観音菩薩立像 三重・パラミタミュージアム 木造 漆箔 像高122.4 cm 鎌倉時代(13世紀) 長快作

釈迦如来立像 アメリカ・キンベル美術館 木造 金泥塗・截金 像高81.8 cm 鎌倉時代(13世紀) 快慶作

重要文化財 阿弥陀如来立像 奈良・西方寺 木造 金泥塗・截金 像高98.5 cm 鎌倉時代(12~13世紀) 快慶作

重要文化財 阿弥陀如来立像 京都・極楽寺 木造 漆箔 像高79.5 cm 鎌倉時代 嘉禄3年(1227)頃 行快作
像内納入品 現在過去帳(げんざいかこちょう)  1枚 紙本墨書 縦26.8 cm 横44.7 cm
        嘉禄三年法花三十講経名帳(かろくさんねんほっけさんじゅっこうきょうみょうちょう)  1巻 紙本墨書 縦30.5 cm 長293.2 cm
        過去訪名帳(かこほうめいちょう)  1巻 紙本墨書 縦31.4 cm 長151.8 cm
        阿弥陀如来印仏(あみだにょらいいんぶつ)  1枚 紙本墨摺 縦24.4~24.8 cm 横38.0~38.5 cm

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2017/08/15

【登山】渋御殿湯から中山・高見石を周回(北八ヶ岳)

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 渋辰野湯に泊まった翌日、天気曇りなれど昨日よりやや雲が薄く、雨は降らなさそう。そこで、渋御殿湯から中山峠に登り、高見石を経て、賽ノ河原を通って渋御殿湯に戻るという周回コースを歩くことにしました。ぽん太とにゃんこは、初めて歩くコースです(黒百合ヒュッテ〜中山峠だけ歩いたことあり)。

【山名】中山(2,496m)
【山域】 八ヶ岳・蓼科
【日程】2017年8月3日(日帰り)
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】曇り
【ルート】渋御殿湯9:38…中山峠12:06…中山12:29…12:39中山展望台12:48…高見石13:50…賽ノ河原地蔵14:28…渋御殿湯15:46

(※3D地図や当日の天気図などは「山行記録のページへ」をクリック)
【マイカー登山情報】渋御殿湯に1,000円なりの駐車場あり。その先の廃業した渋の湯ホテルにも駐車スペースがありますが、缶にやはり1,000円を入れる必要があります。

 稜線に出るまでは急登が続きます。しばらく稜線を登ると、だんだん沢を登るような道になってきます。岩がゴロゴロして登りにくいです。

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 この小さなお花はなんなのかな〜。可憐な花でちゅね〜。このハゲ〜〜〜〜!!じゃなかった、リンネソウですね。輪廻じゃなくって、植物学者のリンネの名前がついてるんだそうです。

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 黒百合ヒュッテで小休憩をし、中山峠から北にちょっと登ると、見晴らし台と呼ばれる場所があります。何度も目にする稲子岳。登ってみたいけど、一般向けルートはありません。

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 天狗岳方面を振り返る。途中からガスの中です。

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 中山の山頂はよくわからないうちに通過し、中山展望台に到着。岩がゴロゴロしてるのは、北八ツから蓼科のデフォルトか?昼食休憩にしました。

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 坂を下って高見石へ。岩が積み上げられた不思議な光景。てっぺんから昨日一周した白駒池が見えました。

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 高見石から渋御殿湯に下る道が素晴らしかったです。曇りとはいえ登山客で賑わう北八ツですが、この道は麓と麓を結ぶ道のせいか、ほとんど人に出会いませんでした。
 とにかく一面苔の緑。縞枯れ現象のあとなのか、苔むした太い倒木が地面に横たわり、細めのシラビソが立ち並んでいます。日光を求めて生存競争が繰り広げられており、成長が遅れたものは日光を得られずに枯れております。
 冒頭の写真も、ここら辺りの風景です。

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 やがて賽ノ河原という場所にでます。でっかい石がゴロゴロしていて、歩きにくいことこの上なし。この辺りの地図のコースタイム、距離の割にやけに時間がかかると思ったら、こういう訳だったのか〜。

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 登山者が座っているのかと思ったら、青い毛糸の帽子をかぶったお地蔵さんです。

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 傍に案内板というか、碑文がありました。
 なんでも延宝6年(1678)、本陣問屋当主の小松三郎左衛門が、隣村との山争いに対する藩の裁定に抗議したため、磔刑に処せられました。義人三郎を弔うため、子孫の今右衛門が安永2年(1773)にこのお地蔵さんを造ったんだそうです。
 茅野市内から渋辰野湯、渋御殿湯に向かう湯みち街道(県道191号)の両側に、多くの石仏があるのは知っていたのですが、どこかにお寺でもあったのかな〜と思ってました。その石仏も、お地蔵さんと一緒に造られたということを、ぽん太は初めて知りました。

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 お地蔵さんは、今は毛糸の帽子をかぶって、登山者の安全を守ってくれているのでしょうか。

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