【バレエ】思わず引き込まれるルグリの「ザ・ピクチャー・オブ」《マニュエル・ルグリの新しき世界》Aプロ

 ルグリ先生が来るというので、観に行って来ました♪こちらがNBSの公式サイトです。
 今宵はAプロ。パトリック・ド・バナ振付けの作品からなるプログラムです。パトリック・ド・バナ……知りません!NBS公式サイトによれば、モーリス・ベジャール・バレエ団で活躍したこともあるダンサーで、振付けも定評がある様子です。
 まずは「クリアチュア」。売り出し中のフォーゲルとベテランのデュポンの取り合わせでしたが、二人の体の動きは、完璧で美しいのはもちろんのこと、表情豊かでまるで会話を交わしているかのようでした。フォーゲルは首をいためているとのことでしたが、それを感じさせない踊りでした。東京バレエ団も健闘しておりましたが、黒人ダンス風の部分はちょっと切れがなかったです。ド・バナの振付けは、斬新すぎず穏当すぎず、古典的な動きを基本にして新しいアイディアもあり、おもしろかったです。
 次はルグリのソロで「ザ・ピクチャー・オブ・・・」。2008年に東京の新高輪プリンスで行われたクリスマス・ガラで初演され(チケットが高くて当然見てない)、昨年の世界バレエフェスティバルのガラでも再演されたそうですが(切符取れませんでした)、ぽん太は初めて観ました。まさにルグリ・ワールド全開。冒頭のクジラの鳴き声に合わせての息づくような体の動き、そしてパーセルのオペラに乗せた踊りは詩情と哀愁が漂いました。ダンスへ没入する集中力、内面的なエネルギーがすごい。ひとつひとつの動きがすべてすばらしかったです。あゝ感動……。
 最後は「ホワイト・シャドウ」 。これは、ぽん太ごときには「いい」作品かどうかはわかりませんが、「好み」ではありませんでした。ドラマチックな要素がいっぱいありながらも、全体としてのプロットはなく、どうも「思わせぶり」な印象を受けてしまいました。狂言回しのように登場する吉岡美佳も、壊れちゃってるというかいっちゃってる感じで、気持ちの込め過ぎというか、バレエなんだから踊るべきところはしっかり踊った方がいいのではないかと思いました。「世界初演」ということで、動きがこなれてなかったり、そろってない部分も多かったです。この演目はルグリよりもド・バナのダンスの方が、自分で振り付けただけあって、おもしろく感じられました。西村真由美は悪くはなかったけど、さすがにルグリの相手は荷が重かったか。上野水香はもともと体の動きが黒人っぽいところがあり、ド・バナとのコンビがよく合ってました。男5人組の踊りも、迫力があってなかなかよかったです。
 衣装もちょっと変でした。特に三人の女性の、安物のドレスのような衣装。彼女たちが踊る周りで、袖長族が袖をひらひらさせて踊っているのを見ていると、温泉ホテルかなんかの安っぽいショーを見ている気分になりました。
 とはいえ、全体としては満足。次はBプロじゃ!


《マニュエル・ルグリの新しき世界》Aプロ
ルグリ×ド・バナ×東京バレエ団 スーパーコラボレーション
2010年2月4日、ゆうぽうと
振付:パトリック・ド・バナ

■「クリアチュア」 (日本初演)
音楽:デム・トリオ(トルコの伝統音楽)、マジード・ハラジ、ダファー・ヨーゼフ

オレリー・デュポン、フリーデマン・フォーゲル
奈良春夏、矢島まい、渡辺理恵、川島麻実子、河谷まりあ
長瀬直義、井上良太、柄本弾、杉山優一、森川茉央

■「ザ・ピクチャー・オブ・・・」
音楽:ヘンリー・パーセル

マニュエル・ルグリ

■「ホワイト・シャドウ」 (世界初演)
音楽:アルマン・アマー
照明:高沢立生
装置:野村真紀
衣裳:髙井秀樹(stödja)

マニュエル・ルグリ、パトリック・ド・バナ
吉岡美佳、上野水香、西村真由美
松下裕次、氷室友、小笠原亮、宮本祐宜、岡崎隼也
高木綾、奈良春夏、川島麻実子
梅澤紘貴、青木淳一、井上良太、杉山優一、中村祐司
吉川留衣、河合眞里、矢島まい、渡辺理恵、河谷まりあ

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【歴史ある街並と宿を訪ねて(2)】金剛輪寺の紅葉、瀬戸の唐橋、三井寺

Pb240049 長浜を立ったぽん太とにゃん子は、今日は琵琶湖の南を回り、京都の日本海側にある伊根に向かいます。ちょうど紅葉の季節だったので、紅葉の名所湖東三山をみちくさすることにしました。といっても全部は無理なので、「国宝」の本堂があるというのに引かれて、金剛輪寺を選びました。こちらが公式サイトです。
 金剛輪寺は、奈良時代の天平13年(741年)に、聖武天皇の勅願によって行基菩薩が開山したそうです。平安時代からは天台宗の寺院となりました。写真の大悲閣本堂は鎌倉時代に造られたもので、織田信長による焼き討ちを免れ、いまに伝えられています。その他にもいくつかの仏像や建物が、重要文化財に指定されています。
Pb240054駐車場には、乗用車や観光バスが次々と到着し、大変なにぎわいです。入り口から本堂までは長い参道となっており、途中から石段が続きます。宿のお料理を完食したぽん太とにゃん子には、ほどよい運動です。
Pb240044 金剛輪寺の紅葉は、深紅の色が美しく、「血染めの紅葉」として知られています。

Pb240057 さて、お次ぎは瀬田の唐橋です。琵琶湖の南に架かるこの橋は、古くから軍事・交通の要所に位置し、日本書紀にも出てくるのだそうです。観光案内をみると「日本三名橋のひとつ」と書かれていますが、残りの二つがどの橋なのかよくわかりません。ググってみると、「日本三名橋」は諸説があるようで、この場合はおそらくは宇治川の宇治橋、淀川の山崎橋だと思うのですが、定かではありません。
 またこの橋は、「瀬田夕照」(せたのせきしょう)として近江八景のひとつにも挙げられています。

Pb240058 さて、近江八景の「粟津晴嵐」(あわづのせいらん)と呼ばれる、湖畔の松並木をみながら、ぽん太とにゃん子は次に三井寺に向かいました。超有名な三井寺ですが、ぽん太とにゃん子が訪れたのは初めてでした。写真は三井寺の大門(仁王門)です。重要文化財に指定されています。
Pb240067 こちらは国宝の金堂。豊臣秀吉の正室である北政所が再建したものだそうで、桃山時代の建物です。大きな建物であありながら、曲線を描きながら跳ね出した屋根が、軽やかで優美な印象を与えます。
Pb240063 こちらは鐘楼(重要文化財)です。夕暮れに響き渡る鐘の音は、三井晩鐘(みいのばんしょう)として近江八景のひとつに数えられています。
Pb240070 金堂の裏手には「閼伽井屋」という小さな建物があり、内部には泉が湧き出ています(三井の霊泉)。三井寺はもともと園城寺と呼ばれていましたが、この泉の水が、天智・天武・持統天皇が生まれたときの産湯として使われたため、「御井の寺」と呼ばれたのが、三井寺の名前の起こりだそうです。写真は閼伽井屋の丈夫に掲げられた彫刻の龍ですが、左甚五郎の作だそうです。目に釘が打ち込まれているのがわかるでしょうか?なんでもあまりに右とな彫刻であったため、夜な夜な抜け出して琵琶湖で暴れるようになったため、甚五郎自ら彫刻の目に釘を打って、封じ込めたのだそうです。
Pb240130 霊鐘堂の内部には、鐘と、「弁慶の汁鍋」と呼ばれる大きな鉄鍋が置かれています。鐘は奈良時代に造られて重要文化財にも指定されているそうですが、武蔵坊弁慶に引きずられた傷が残っていると言われ、「弁慶引摺鐘」とも呼ばれるそうです。この鐘にはその他にもいろいろと伝説があるそうで、三井寺の公式サイトのこちらのページに書かれています。
Pb240078 写真の観音堂では、秘仏如意輪観世音菩薩が御開帳されていたので、拝んで参りました。平安時代に造られたもので、重要文化財に指定されているそうです。なんかぷっくらしてやわらかで、優美でお優しい仏さまでした。今年の3月から4月にも御開帳するそうです。

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【歴史ある街並と宿を訪ねて(1)】長浜の旅館「紗蔵」・大通寺

Pb240018 さて、そろそろ年末年始のネパール・トレッキングのご報告をしたいところですが、その前にもひとつ昨年の旅が残っております。ぽん太とにゃん子は昨年(2009年)の11月末、関西・北陸の歴史ある街並と宿を訪ねて旅をしてきました。「温泉」という縛りを外したため、いつもとは違った旅を楽しむことができました。
 さて、ぽん太とにゃん子が今回泊まったのは、滋賀県は琵琶湖畔にある長浜市の旅館「紗蔵」(さくら)です。こちらが紗蔵の公式サイトです。長浜といえば、豊臣秀吉が長浜城の城下町として整備した歴史ある街で、北国街道を中心と下黒壁スクエア周囲の街並は、観光客に人気です。
Pb240024 旅館「紗蔵」は、黒壁スクエアから北国街道を南に辿ったところにあり、観光の中心地からは外れていますが、その分落ち着いた静かな雰囲気が楽しめます。
 「北国街道」と聞くと、関東は東京のぽん太が思い出すのは、信濃の追分で中山道から別れて、善光寺を通って直江津に向かう道です(Wikipediaはこちら、長野県内の部分に関しては、こちらの信州の街道探訪 北国街道が見やすいです)。高速道路でいえば、上信越自動車道の軽井沢から先あたりと思えばいいかと思います。長浜を通る北国街道は、中山道を鳥居本あたりで分岐して北上し、日本海側を越後に至る道で、旧北陸道とも呼ばれるそうです。こちらは北陸自動車道を思い浮かべるといいですね。
Pb240022 紗蔵の建物は、古民家を再生したものだそうです。もともとは江戸時代後期から続く縮緬(ちりめん)商でしたが、長く空き家となっていたそうです。このあたりに関しては、施行を行ったノブワークス材信工務店のブログが詳しいです。
Pb240008 内装は和風モダンとなっております。格子から漏れる明かりが繊細で美しいです。
Pb240012 二階廊下部分です。高い天井、そして柱と梁の組み合わせがリズムを感じさせます。
Pb240020 泊まった部屋は、北国街道沿いの「紅梅の間」。ピンク色の壁にはちとびっくりしますが、障子・格子・簾の組み合わせが絶妙な窓は、虫籠窓と呼ばれるものだそうです。冒頭の写真のようにアールがついた天井など、江戸時代のデザイン感覚には驚かされます。その他の客室も、どれも個性的なようです。
Pb240025 土蔵の窓です、まるで現代彫刻を見るようですね。
Pb240005 こちらがお食事処。窓から見渡せる庭には、笠のように広がった松が生えております。多行松(タギョウショウ)というものだそうで、多くは園芸品種だそうですが、ここ滋賀県では「ウツクシマツ」という品種が自生しており、平松のウツクシマツ自生地は天然記念物に指定されているそうです。
Pb230041 こちらが夕食です。素朴で家庭的ながらもおいしいお食事でした。
Pb240004 朝食もヘルシーな和食でおいしゅうございました。

Pb240030 翌日、大通寺に寄りました。細い参道の正面に立ちはだかる、アンバランスなほど立派な山門が見事です。浄土真宗大谷派の古刹だそうで、公式サイトはこちらです。
Pb240037 伏見城の遺構と伝えられる本堂などの建物が、国の重要文化財に指定されており、また円山応挙や狩野山楽・山雪の障壁画を見ることができます。

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原因不明の微熱が続く……薬剤熱について

 ときどき、原因不明の微熱が継続する患者さんがおります。ぽん太なりに血液検査をしてみたり、内科で診察を依頼したりするのですが、原因がはっきりしない場合も少なくありません。
 自律神経の乱れから来る微熱もあり、高くても37度台、解熱剤が効かず、検査所見が全くなく、他の自律神経失調症状を伴う場合は、それが疑われます。
 もうひとつ考えなくてはいけないものに「薬剤熱」があります。ネット上でわかりやすい記事を見つけたのでご紹介いたします。
 大野博司「 レジデントのための日々の疑問に答える感染症入門セミナー〔 第5回 〕原因不明の発熱が持続するとき:特に薬剤熱の考えかた」医学書院、週刊医学界新聞、第2792号、2008年08月04日。
 医者歴の長いぽん太には、「レジデントのための」というところが気になりますが、まあ、いいでしょう。これを読んでいただければいいだけなのですが、そのうちリンク切れになるかもしれないし、メモ代わりに、精神科と関わりがある部分の要点をまとめておきましょう。

 まず、以下の場合に薬剤熱を疑う必要があるようです。

(1)薬剤熱を起こす薬剤が投与されている。
(2)発熱しているが、全身状態は良好であることが多い(フェニトイン、カルバマゼピンなどの抗けいれん薬の場合は重症感がある)。
(3)薬剤中止後48-72時間で軽快する(皮疹を伴う場合は、さらに数日発熱が持続する)。
(4)比較的徐脈や好酸球増多、肝機能障害がみられるばあいは薬剤熱の可能性が高いが、これらの所見がなくても否定できない。
(5)薬剤熱でもCRP上昇、白血球数上昇(左方転移を伴う)はよくみられる。
(6)血液培養陰性。
 精神科と関わりのある薬で薬剤熱の原因となるものは以下の通りです。
(1)筋活動亢進により高体温を起こす薬剤
アンフェタミン、リチウム、抗精神病薬(ブチロフェノン系、フェノチアジン系)、三環系・四環系抗うつ剤、交感神経賦活薬
(2)代謝亢進により高体温を引き起こす薬剤
甲状腺ホルモン、交感神経賦活薬、アルコール離脱、鎮静剤離脱、睡眠剤離脱
(3)体温中枢障害により高体温を引き起こす薬剤
アルコール、抗精神病薬(フェノチアジン系)
(4)熱放散障害により高体温を引き起こす薬剤
抗コリン剤、抗精神病薬、交感神経賦活薬
 う〜ん、なんか、これまで「自律神経の乱れでしょう」で済ませていたなかに、薬剤熱が混ざっているような……。皮疹や検査値の異常がある場合は、タヌキのぽん太でも気がつきますが。そうでない場合は、薬の変更をしてみたりする必要がありそうですね。
 引用させていただいたお礼に、おもしろそうな医学書院の本をリンクしておきます。
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【紅葉の和歌山旅行(6)】湯の峰温泉あづまや(★★★★)・つぼ湯・小栗判官の車塚・力石・まかずの稲/神倉神社

Pb050023 ぽん太は久々にすばらしい「温泉街」に出会いました。それは湯の峰温泉です。こちらが熊野本宮観光協会のサイトのなかの湯の峰温泉のホームページです。
 ぽん太は以前に和歌山で精神神経学会があったときに、クマ君と一緒に熊野に来たことがあります。そのときは川湯温泉に泊まり、「見たけりゃみろ〜、がはは」とばかりに、丸見えの川湯に昼から入っていた記憶があります。そこで今回は場所を変えて、湯の峰温泉にしてみたのですが、こんなにいいところだとは知りませんでした。
Pb050025 赤茶けた源泉塔、コンクリートの川岸に張り巡らされたパイプ。鄙びた雰囲気がいいですね〜。つげ義春なら大喜び間違いなし。ちょっと調べた範囲では、つげ義春がここを訪れたという記録は見つかりませんでした。
Pb050035写真は「湯筒」(ゆづづ)と呼ばれ、わき出している熱湯で、卵や野菜をゆでることができます。湯の峰温泉の歴史は古く、1800年前まで遡ると目されており、日本最古の温泉とも言われています。また、「熊野本宮大社近くにある湯垢離の場」として 世界文化遺産に指定されている珍しい温泉です。
Pb050024_2 こちらが湯の峰温泉の象徴である「つぼ湯」です。共同浴場でお金を払い、順番に入ります。連休明けの平日だったので、幸運にも待たずに入れました。
Pb050019 湯船はとても小さく、二人はいるといっぱいになります。岩風呂風で、底には砂利がひいてあります。底の奥の方から熱いお湯が湧き出て来ます。
 小山靖憲の『熊野古道 』(岩波新書、岩波書店、2000年)によれば、 藤原宗忠(康平5年/1062年〜永治元年/1141年)の日記『右中記』の天仁2年(1109年)の部分に、熊野を訪れた宗忠が湯の峰温泉を訪れた記事があるそうです。川の底から温湯と寒水が湧いていて、ちょうどいい湯加減になっているのを見て感嘆し、「この湯を浴する人、万病消除す」という効能を人から聞いたそうです。
 つぼ湯は、小栗判官の伝説でも有名です。毒殺された小栗判官は、閻魔大王の慈悲で生き返りますが、目も見えなければ話すこともできず、手足もきかない変わり果てた姿となってしまいます。土車(土を運ぶ車)に乗せられた小栗判官は、多くの人の手を借りて、熊野にたどり着きます。そして湯の峰温泉のつぼ湯で49日湯治をして、見事に蘇るのです。小栗判官の伝説については(あらすじも)、例えばこちらのWikipediaをどうぞ。また原典を読んでみたい方は、『説経集』( 新潮日本古典集成 第8回、新潮社、1977年)に収録されています。
 そういえばぽん太は、2006年3月に国立劇場で猿之助十八番の『當世流小栗判官』を見ました(こちらが公演記録です)。馬が碁盤の上に立ったのは覚えているけど、湯の峰温泉での復活は覚えてない。ううう。
Pb040184 ということで湯の峰温泉には、ほかにも小栗判官ゆかりの史跡があります。まずは「車塚」。小栗判官が乗せてこられた土車を、判官復活ののち、この場所に埋めたのだそうです。
Pb050038 「力石」です。ちょっと見にくいですが、画面右側に積み上げてある丸い石がそれで、小栗判官が湯治のあいだ、体力の回復を試すために持ち上げたのだそうです。
Pb050036 こちらは「まかずの稲」。案内板によると、小栗判官が髪を結んでいたワラを捨てたところに稲が生え、毎年実り続けるのだそうです。

Pb040186 さて、ぽん太とにゃん子が宿泊したのは、湯の峰温泉の「あづまや」さんです。こちらが公式サイトです。この写真のあたりは木造二階建てで風情がありますが、新築部分がコンクリート造りなのが残念です。
Pb040192 しかし温泉はすばらしいです。大正時代に造られたという、歴史を感じさせる雰囲気のある浴室です。槙でできた湯船はぬくもりを感じさせます。
Pb040190 こちらは露天風呂です。
Pb040364Pb040003 夕食は、手の込んだ和食で、とてもおいしゅうございました。
Pb050007 こちらが朝食です。温泉粥がおいしゅうございました。
 建物が一部コンクリートなのは減点ですが、お風呂がすばらしく、料理や雰囲気も満足。さらに温泉街のすばらしさが加味され、ぽん太の評価は★★★★です。
 湯の峰温泉には、磨崖名号碑(伝一遍上人名号碑)もあります。一遍上人が岩に爪で刻んだと言われているものです。一遍上人は熊野と深い関係があり、上記の小栗判官の伝説も、一遍上人の時宗の普及と関係あるようですが、このあたりのみちくさはまたの機会といたしましょう。

Pb050045 ということで和歌山の旅もついに終わりです。帰りがけに新宮の神倉神社に寄りました。急な石段を延々と上って行くと、山頂にゴトビキ岩と呼ばれる巨岩があり、その横に小さな社が祀られています。古い熊野信仰を今に伝える神社だそうです。

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