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2005/01/16

『歎異抄』が知られるようになったのは明治後期

 正月に海外旅行をしたとき、飛行機の中で『歎異抄』を読んでみました。ぽん太は旅行のときには宗教書や哲学書を持っていくことにしています。小説だと読み終わったら終わりですが、宗教書や哲学書は一部を拾い読みすることもできるし、何度も繰り返して読むこともできるので、旅行中の読書にはもってこいです。ぽん太は特定の宗教を信仰しているわけではありませんが、精神医学と宗教は、ともにこころの安らぎを求めるという点で重なっている部分があると考えています。読んだのは梅原猛の現代語訳(講談社文庫)で、以下の引用もそれを参照しています。
 『歎異抄』は、親鸞の弟子唯円(ゆいえん)の書いた、浄土真宗の聖典です。親鸞の死後数十年が経ち、師の教えが乱れてさまざまな異説が広まったのを嘆いて書いたとされています。浄土真宗とは、簡単に言えば、南無阿弥陀仏という念仏を唱えることによって極楽浄土に生まれ変わろうという宗派で、「善人すら極楽浄土に行けるのだから、悪人が極楽浄土に行けるのは当然である」という意味の「悪人正機」という言葉で有名です。
 ぽん太がこの本を読んでまず驚いたのは、現代では多くのひとが『歎異抄』を知っていますが、この本が一般の人々に知られるようになったのは意外と最近だという事実です。浄土真宗の宗門のなかで注目されるようになったのが、ようやく徳川時代の中期になってからであり、広く世間に広まったのは、明治時代後期だそうです。ぽん太はてっきり、古くから読み継がれてきた本だと思っておりました。
 この本が長いあいだ世に出なかった理由はいろいろ議論されているようですが、ひとつには「悪人正機」という教えが一般のひとに間違って理解されるのを恐れたからでしょう。
 たとえば冒頭の第一条でいきなり「それゆえ、この阿弥陀さまの本願を信ずるためには、他の善をなす必要は毛頭ありません・・・あなたがかつてしなしたであろう悪業や、いま現にこれからするであろう悪業をおそれる必要はありません」などと、善行を否定するかのようなことが書いてあります。また第十三条では、親鸞が唯円に「じゃ、どうか、人を千人殺してくれ。そうしたらおまえは必ず往生することができる」と迫ります。もちろんこれは親鸞が唯円を試して言った言葉であり、唯円は自分はそのようなことはできないと断ります。それに対して親鸞は、「しかしおまえが一人すら殺すことができないのは、おまえの中に、殺すべき因縁が備わっていないからである。自分の心がよくて殺さないのではない。また、殺すまいと思っても、百人も千人も殺すことさえあるであろう」と答えます。唯円は、親鸞が言いたかったことは、「われわれの心がよいのをよいと思い、悪いのを悪いと思って、善悪の判断にとらわれて、本願の不思議さに助けたまわるということを知らないこと」だと書いています。これなども、善悪にとらわれるなと言っており、道徳そのものを否定していると取れないこともありません。第三条の「もともと阿弥陀さまの願いを起こされるほんとうの意思は、この悪人を成仏させようとするためでありましょうから、自分の中に何らの善も見出さない、ひたすら他力をおたのみするわれらのごとき悪人のほうが、かえってこの救済にあずかるのに最もふさわしい人間なのです」などは、善よりも悪を勧めているようにさえみえます。
 しかし、もちろん「悪人正機」は、道徳の否定でも、悪のススメでもありません。そこを勘違いすると、オーム真理教のようなことになってしまいます。ですから、浄土真宗中興の祖である蓮如がこの本を見つけたとき、次のような奥書を付け加えたのでした。
 「この聖なる教えの書は、わが念仏の一門の大切な聖書であるが、前世から善根のない者には、むやみに見せてはいけないのである。」
 では、悪人正機とはどういうことなのか、次回以後に考えてみたいと思います。

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