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2005/04/03

「帝王切開の語源」のネット上の生態学(下)

 前回の続きです。
【結果(続)】
◆カエサルが帝王切開で生まれていない理由
 カエサルが帝王切開で生まれていないと主張するサイトは9つあったが、これらのうち理由を示しているものはS1、S6、S17、S18の4つである。いずれもカエサルの母親がカエサル出産後も生きていたことを指摘し、当時の医学では腹部を切開して母子ともに健康ということはありえないから、カエサルが帝王切開で生まれたはずはないという結論を導いている。ただし微妙な違いはあり、S1は、カエサルが中年のときに母親に宛てた書簡の記録が残っているという。S6は、カエサルが大きくなってから母親に宛てた手紙の存在が確認されたという。S17は、カエサルが「青年」になるまで生きていたと主張する。S18は、母親は、カエサルが青年になるまで生きて、「54歳で死んだ」という。
◆カエサルという名前について
 カエサルCaesarという名前の由来や意味に関する情報も千差万別であった。
 Caesarという名前自体が、切るという意味のラテン語caedereから来たものであり、「分家」という意味であるというサイトが3つあった(S1、S6、S17)。S9は他人の文章に書いてあったと断ったうえで、「切る」から来たという説と「象」から来たという説を上げている。S6によれば「カエサルとは、当時家柄のよいローマ人のみが持つことのできたあだ名」であるという。
 「カエサル」という言葉が次第に「皇帝」を指すようになったとするサイトは3つである(S1、S17、S19)
◆プリニウスに関して
 プリニウスがカエサルの生まれ方について書いたという情報を書いてあるサイトは多く、全部で6つあった。
 S1によれば、「小プリニウス」が「カエサルは切開切除法sectio caesareaで産まれたのでカエサルというあだ名がつき、それが定着した。切開切除法で産まれたのなら、彼の変人のような性格も説明がつく」ということを書いたという。S7は、小プリニウスではなくてプリニウス(小プリニウスとは別人で、大プリニウスとも呼ばれる)が『博物誌』において、カエサルはa caeso matris utero(切られた母親の胎内から)産まれたと書いた、とする。S8も、カエサルの名がcaeso matris uteroで産まれたことに由来するとプリニウスが伝えている、という。S12はプリニウスの伝えることによれば皇帝カエサルは「帝王切開」で生まれたといわれる、と述べている。S17は、「ポンペイの噴火を記録した歴史家である小プリニウス」が自著のなかで、「ユリウス・カエサルの家名は、ガイウスが切開切除法で生まれたためにカエサルになったのではないだろうか? それなら彼がずいぶん変わっていたことも納得だ」という冗談を書いた、という。S18は、「帝王切開カエサル語源説」はプリニウスの著述に書かれているという。
◆死にかけた母から子どもを救う施術
 S1は、出産間際になって母親が死にかけてしまったとき(または急に死亡してしまったとき)新生児だけは助けるために、腹部を切開して新生児を取り出す手法が、カエサルの時代にはすでに広く知られていたという。S6も同様の内容を述べている。S18は「古代エジプト」やローマの紀元前からこうした手術が行われていたというが、S17は古代エジプトや「古代インド」でも行われていたという。
◆死んだ母から胎児を取り出す法律
 S2は、ローマ時代に妊婦が死亡したとき胎児を取り出して埋葬する法律があったという。S7は、lex caesarea(カエサル法)というローマ時代の法律があったが、これは、妊婦が死亡したばあい胎児を腹部切開によって取り出して、なるべく胎児を生かす努力をするように命じたものだ、という説を紹介している。S18はlex caesareaでは、妊婦が死亡したとき子宮から子どもを腹部切開によって取り出すことが義務づけられ、それ以前に埋葬することを禁じていた、と書いている。S20も、妊婦が死亡した場合子を胎内から取り出さなければならないというカエサル法があったことを紹介している。
◆ドイツ人間違い説の原因は広辞苑
 ドイツ人が間違えたという説を否定するサイトは3つあったが、そのうち2つは広辞苑第4版がその誤りに関わっているという。S1はドイツ人の間違い説の「感染源」であるといい、S11は広辞苑が「最初に間違えた」とする。
◆少数意見
 肯定しているわけではなく単なる紹介ではあるが、S18には「中国の占いでは生まれた日によって運命が決まるので、皇帝になれる日に生まれるように、お腹を切って生ませたりしたのが帝王切開の語源」というものや、「帝王切開で生まれたのはカエサルではなくナポレオンである」という珍説を主張する人がいたと書かれている。S7はフランス語圏の辞書で、「帝王切開で生まれた胎児」を意味するラテン語caesarがsectio caesareaの語源であるとするものが多いと指摘している。

【考察】まさに百花繚乱、諸説入り乱れているという感じですな〜。こんなにいろいろな説があるとは思いませんでした。カエサルCaesarという名前自体がラテン語の切るcaedereと似ていることや、カエサルが帝王切開で生まれたという伝説、ローマ時代のlex caesareaが主なキーワードとなり、そこにさまざまな因果関係が設定されているようです。さらにカエサルは帝王切開で生まれたのでそういうあだ名がついた、というプリニウスの記載、そしてa caeso matris uteroというラテン語も、いくつかのサイトに記載されています。「帝王切開の語源」の生態は、なかなか複雑です。
 ところで、生態学ではなく「系統発生学」の視点から、どの情報からどの情報が発生したかを考えてみるのもおもしろいかと思います。あるサイトに書かれている情報は、いくつかのサイトに書かれた情報を取捨選択し、それらを書き間違えたり、あるいは勝手に付け加えたりして、誕生しているようです。ほ乳類の場合は、2人の両親の遺伝情報から子どもの遺伝子が作られ、その際に遺伝子の変異が起こります。サイト情報の場合は、1つないし複数のサイトの情報から子どもサイトの情報が生じ、しかも変異の度合いが大きいようです。また、あるサイトの情報をうのみにして書いたと思われるサイトもあり、絶対違っていると思われる情報が繁殖していたりします。
 したがってネット上の情報に関しては、信憑性をよく検討することが大切になります。あちこちのサイトに書かれているから正しいとは言えませんし、検索で上位にヒットするからといって正しいとも言えません。
 典拠を明確にして正確に引用すること、引用した部分と自分の考えをはっきり区別できるように書くこと、こうした基本的なルールの重要性を改めて認識した次第です。

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