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2005/05/21

ヘーゲル先生、アフリカに対する偏見を語る

前の記事の続き
 ヘーゲル先生のアフリカに対する意見を聞こうと、ぽん太はヘーゲル先生の家(『歴史哲学講義』長谷川宏訳、岩波文庫、1994年)を訪問したのであった。
 ぽん太「で、ヘーゲル先生。アフリカについてはどう思われますか?」
 ヘーゲル先生「……黒人は自然のままの、まったく野蛮で奔放な人間です。かれらを正確にとらえようと思えば、あらゆる畏敬の念や共同体精神や心情的なものをすてさらなければならない。かれらの性格のうちには、人間の心にひびくものがないのです」(160ページ)
 ぽん太「はあはあ、いきなりすごい偏見ですね。なんと答えていいのかわかりません。ヘーゲル先生が黒人の文化が劣っていると考える理由は何ですか?」
 ヘーゲル先生「……文化の段階は宗教のありかたのうちに具体的に見て取ることができる。宗教のありかたとしてまず考えられるのは、人間が自分をこえた力……をどう意識するか、という点です。その力に対しては、人間は弱いもの、おとったもの、ということになるが、宗教のはじまりは、人間をこえたものが存在するという意識にあります。すでにヘロトドスが、黒人は魔術をつかうといっていますが、魔術のうちには共同の信仰の対象としての神は考えられてはいず、むしろ、人間こそが最高の力であり、人間は自然力にたいしてもっぱら命令をくだすものと考えられています。だから、神を精神的に尊敬したり、正義の国を構想したりといったことは、ありえない」(160ページ)
 ぽん太「黒人の宗教を知っているわけではないですが、黒人は自然を畏怖しているような気がします。人間が自然力にもっぱら命令をくだすものだと考えているのは、むしろ近代以降の西洋ではないでしょうか」
 ヘーゲル先生「黒人を考える上で、もう一つ特徴的なのは、奴隷制度です。黒人はヨーロッパ人の奴隷にされ、アメリカ人に売られますが、アフリカ現地での運命のほうがもっと悲惨だといえる。現地には絶対の奴隷制度があって、というのも、奴隷制度の根底は、人間がいまだ自分の自由を意識せず、したがって、価値のない物体におとしめられるところにあるからです。黒人は道徳的感情がまったく希薄で、むしろ全然ないといってよく、両親が子どもを売ったり、反対に子どもが両親を売ったりする」(164ページ)
 ぽん太「奴隷制度があるのは黒人に道徳がないからだ、そしてヨーロッパに売られた故奴隷のほうがアフリカの現地にいるより幸せだ、と先生はいうのですね。ぽん太は奴隷制度は、アフリカと西洋の接触のなかで、人間が商品化されていったように思えます。すべてを黒人の道徳意識のせいにするのは一面的なのでは?」
 ヘーゲル先生「これをもってアフリカに別れを告げ、以後はもう話題にすることはやめにします。アフリカは世界史に属する地域ではなく、運動も発展もみられないからです。……本来の意味でのアフリカは、歴史を欠いた閉鎖的な世界であって、いまだまったく自然のままの精神にとらわれ、世界史の敷居のところにおいておくほかない地域です」(169ページ)
 ぽん太「先生は進歩主義にとらわれていて、発展のない社会の価値がわからないのですね。自分たちの社会を最高と考え、自分たちの見方しか認めないのですね。先生に久々にお会いできたのはうれしかったですが、ちょっとがっかりしました。まあ先生も、昔のひとだからしょうがないのかもしれないけど……」
 ぽん太は暗澹たる気持ちで帰途についたのである。
(続く)

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