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2005年6月の6件の記事

2005/06/30

守門岳は花(とブユ)がいっぱい!

 駒の湯山荘に宿をとったぽん太とにゃん子は、次に魚沼駒ヶ岳に狙いを定めた。ところが枝折峠までの道が昨年の新潟の地震や大雪の影響で、いまだ開通していないことを知らされた。さらに気持ちのいい温泉とおいしい料理にすっかりくつろいでしまい、早朝に出発する意欲を失ったのである。
 そこで朝飯をおいしくいただき、さらに朝風呂にもゆっくり入ってから、守門岳(すもんだけ)めざして出発した。

【山名】守門岳:1537.2m
【日程】2005年6月23日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】晴れ
【コース】二口駐車場(10:29)…護人清水…大岳の分岐…青雲岳…守門岳(13:30-13:54)…二口駐車場(16:05)
【見た花】サワハコベ、ミヤマナルコユリ、アカモノ、イワカガミ、ウラジロヨウラク、オオバキスミレ、ユキツバキ、ミツバオウレン、ショウジョウバカマ、カタクリ、ツバメオモト、シラネアオイ、オノエラン、コバイケイソウ、ミズバショウ、ニッコウキスゲ、コミヤバカタバミ、チシマザサ(花)、ヤマツツジ、チゴユリ、ゴゼンタチバナ、マイヅルソウ

 ぽん太は何年か前の5月末に守門岳に登ったことがあるのですが、登山道の両側がカタクリでいっぱいで、ほかにもさまざまな花が咲き乱れ、全山花の山という雰囲気でした。ただブユがすごく多くて、最初のうちは手で追い払いながら歩いていたのですが、疲れてくると追い払う元気もなくなってきて、最後は刺され放題でした。登山客ひとりにつきブユ20匹が、天使のワッカのように頭の上を飛び回ります。そのときの山頂での会話…。
 ぽん太「こんにちわ〜」(ブ〜ン20匹)
 登山客A「ああ、お疲れさん〜」(ブ〜ン20匹)
 登山客B「この山は虫が多いね〜」(ブ〜ン20匹)
 ぽん太「花はきれいですけどね〜」(ブ〜ン20匹)
 登山客A「じゃ、虫も多いし、お先に行きま〜す」(ブ〜ン10匹)
 登山客B「お先に〜」(ブ〜ン10匹)
 ぽん太「お気をつけて〜」(ブ〜〜〜〜〜ン40匹)
 ひとり山頂に残ったぽん太の頭上にブユが群がったのであった。

 そこで今回は虫除けスプレーと携帯蚊取りで武装して登ったところ、かなりの虫除け効果がありました。虫の集団につっこむと逃げて行くし、ブユもよって来て旋回するものの、なんとなく離れて行きます。刺されたのは1カ所だけでした。
 虫除けスプレーの成分はどのメーカーもディートで、アメリカ軍が第二次大戦中のジャングル戦の経験から1946年に開発したものだそうです。さすが戦争用、よく効きます。ただし最近、ディートの毒性が議論されています。湾岸戦争に参加した兵士に帰国後さまざまな症状が出現した湾岸戦争症候群原因物質のひとつではないかと疑われています。しかし私たちがレジャーで通常使う程度では、大きな問題はないと思われます。

P6230092 さて、チシマザサ(ネマガリタケ)の花が咲いていました。60年に一度花を咲かせて枯れていくなどと言われていますが、珍しいものなのでしょうか?
P6230116 前回より時期が遅かったせいか、カタクリは山頂付近に咲いているだけでした。それでもこの群落です。かわりに登山道の両側はイワカガミでいっぱいでした。
 P6230111 山頂付近にオノエランが咲いていました。可憐な花です。ニッコウキスゲがだいぶ伸びて来ていて、翌日咲きそうなつぼみがありました。ちょっと期待していたヒメサユリは見れませんでした。

 その夜は栃尾又温泉自在館にもう一泊です。湯治の雰囲気を残した秘湯です。

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2005/06/29

巻機山の山頂に異議あり!

 梅雨だというのに雨が降らない。ちゃ〜んす到来!ぽん太とにゃん子は山に出かけることにしました。

【山名】巻機山:1967メートル
【日程】2005年6月22日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】雨のち晴れ
【コース】桜坂駐車場(6:46)…(井戸尾根)…巻機山山頂?…1967メートル地点…巻機山山頂?(10:50-11:15)…(井戸尾根)…桜坂駐車場(14:06)
【見た花】


ギンランタケシマランコシジオウレン
ギンランタケシマランコシジオウレン
ベニサラサドウダンイワナシ名称不明のラン
ベニサラサドウダンイワナシ名称不明のラン

ツクバネソウ、ウラジロヨウラク、ナナカマド、イワカガミ、コブシ、ムラサキヤシオ、イワウチワ、アズマシャクナゲ?、ミツバオウレン、アカモノ、ハクサンコザクラ、ハルリンドウ、ミズバショウ、タカネザクラ、イワイチョウ、ツマトリソウ、ハルリンドウ(白)、ミヤマナルコユリ

 越後湯沢のビジネスホテルに前夜泊し、早朝に巻機山の登山口に向かいました。梅雨の時期ながら晴れの天気予報でしたが、小雨がぱらついてイヤな予感です。桜坂駐車場に車を停めましたが、ヌクビ沢や天狗尾根のコースは入山禁止との掲示があり、井戸尾根コースの往復としました。雨はすぐに上がりましたが風が強く、樹林帯を抜けて笹地帯に出ると寒さに身が振るえました。雪は避難小屋の前に少し雪渓が残っている程度で、アイゼンは必要ありませんでした。
P6220031 イワカガミが満開で、とてもきれいでした。ハクサンコザクラはまだ時期が早かったようで、一輪だけ見つけました。
ニセ山頂 ところで巻機山山頂の表示は割引岳と牛ヶ岳へ向かう道の三叉路にありますが、牛ヶ岳方面に少し行ったところの方がどう見ても高いように思われます。昭文社の地図にによるとこの三叉路は御機屋で、牛ヶ岳に少し行ったところに1967メートル地点があります。試しにそこまで行ってみましたが、そこには何の表示もありませんでした。そこで再び山頂の表示があるところに戻って昼食としました。越後三山が美しく見えました。
 山頂と三角点が一致しない山は確かにあります。たとえば尾瀬の燧ヶ岳は、三角点は俎ぐら(2346m)にありますが、山頂は最高峰の柴安ぐら(2356m)です。月山の山頂は月山神社の境内で1984メートルですが、三角点はその北側にあり1979mです。ちなみに月山の三角点の周囲はウスユキソウがいっぱいあるので行ってみましょう。さて三角点というのはあくまでも測量のために設定されたものですから、山頂と一致していなくても納得できます。しかし山頂は、その山の最も高いところにあるべきでしょう。
 双耳峰の谷川岳は、三角点はトマノ耳(1963.2m)にありますが、山頂はオキノ耳(1977m)です。しかし多くの登山客はオキノ耳まで行かないでトマノ耳で折り返すようです。四国の石鎚山も、弥山から少し先の天狗岳(1982m)が最高峰ですが、石鎚神社の奥社がある弥山(1974m)を山頂と間違えそうな気がします。
 草津白根山などはだだっぴろくて遊歩道のどこが山頂なのかよくわからず、知り合いがメールで送って来た山頂の記念写真を見ると、どうも私が山頂と思ったところと違うような気がします。長野県の霧ヶ峰や美ヶ原は、山というよりはエリアをさしているので、どれが山頂かというのは意味がないように思えます。ちなみにぽん太はスキーで車山スキー場の最上部にリフトで登ったことで、霧ヶ峰は制覇したことにしています。
 火山活動によって最高点に行けない場合、山頂が別に設定されていることもあり、例えば焼岳は三角点のある2455.4mの南峰が最高点ですが、2393mの北峰が山頂とみなされています。浅間山に至っては、最高点は火口の東側にある2568m地点ですが、ぽん太が以前に登った1995年には山頂周囲は広く入山制限されており、山頂から約3キロメートルも西側にある外輪山の黒斑山(2414m)に登れば、浅間山に登ったと見なされておりました。その後入山制限が緩和されたため、2524mの前掛山がみなし山頂となりました。ぽん太は2001年にそこに登りましたが、侵入禁止区域に入っていた人たちも多く見られました。その後ふたたび浅間山の火山活動が活発化したようですが、現在はどうなっているのでしょうか?鳥取県の大山(だいせん)は、1729mの剣ヶ峰が最高峰ですが、崩壊が激しくて通行が危険なため、1711mの弥山が山頂とされています。
 山頂といえば日光の男体山は、ながく1893年に測量された三角点(2484m)が山頂とされてきましたが、そこから南西11メートルのところにもっと高い岩場があることが2003年にわかり、110年ぶりに標高が2486メートルに変更されたという話題もありました。
 さて、山頂談義で思わずみちくさしすぎましたが、巻機山の山頂はとにかく「異議あり」です。
 その夜は駒の湯山荘に宿泊いたしました。

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2005/06/18

ジオンゴ『川をはさみて』に思わず感動

 山の話題を続けていたぽん太ですが、アフリカのことを忘れていたわけではありません。ケニアの作家グギ・ワ・ジオンゴの『川をはさみて』(北島義信訳、門土社、2002年)を読んでみました。
 舞台は1920〜1930年代のケニア。ナイロビ北部に広がる先祖伝来のギクユ人の土地に、キリスト教会を拠点に白人が侵入しつつあります。住人の一部はキリスト教に帰依し、民族の慣習を捨てて信仰を広めようとします。偉大な予言者の血を引く若者ワイヤキは、キリスト教の精神や白人の文化を認めつつも、民族の伝統と尊厳を守る必要を感じます。ワイヤキは独立学校を設立し、ギクユ人に教育を与えることに熱中します。しかし、キリスト教を信仰する住民と、伝統的な慣習を重んじる住民との対立は次第に高まり、憎しみへと変化していきます。ワイヤキは、ギユク人同士が対立せず、団結して白人と闘うべきであると人々に説くのですが・・・。やるせない結末は現在にいたっても続くアフリカの混乱を思わせます。
 植民地支配をしようとする白人と、伝統社会との対立を描いた小説は、よくあるパターンとも言えますが、ぽん太は思わず感動してしまいました。
 ぽん太が以前のブログで書いたように、ヘミングウェイが最初にアフリカを訪れたのは、ちょうどこの小説の舞台となっている1933年から1934年にかけてでした。しかしヘミングウェイはこうした西洋とアフリカ社会との問題には関心を持たず、金持ちの娘と結婚して安楽な生活を送りつつもヒット作を書けないでいる自分の悩みに没頭していただけでした。
 作者のグギ・ワ・ジオンゴは1938年にケニアに生まれた作家で、現在はアメリカの大学で文学の教授をしているそうです。斉藤龍一郎さんのホームページで、顔写真も見ることができます。『川をはさみて』はジオンゴが大学在学中の1961年に書いた作品です。
 この時代について宮本正興他編『新書アフリカ史』(講談社現代新書、1997年、439〜443ページ)で調べてみると、1950年代のケニアは「ケニア土地自由軍」が白人に対する戦闘を繰り広げた時代であり、それが1964年の自治国としての独立へとつながっていきました。ところがこの闘いは西洋では「マウマウ団の反乱」と呼ばれ、アフリカ人による白人皆殺し運動と見なされています。ケニア土地自由軍の資料は、イギリス軍によって持ち去られ、ケニア独立時のイギリスとの密約によって、2013年まで公開されないことになっているそうです。

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2005/06/12

伊吹山はホントに花でいっぱいでした

 6月8日、ぽん太とにゃん子は伊吹山に行きました。うわさに違わず一面のお花畑で、とてもすばらしい山でした。

【山名】伊吹山 1377メートル
【日程】2005年6月8日
【コース】山頂駐車場…(中央遊歩道コース)…山頂…(西遊歩道コース)…山頂駐車場
【天候】晴れ
【見た花】グンナイフウロ(初)、イブキガラシ(初)、イブキハタザオ(初)、オオマムシグサ(初)、ヤマネコノメソウ(初)、タチツボスミレ、エゾタチツボスミレ(初)、オドリコソウ(初)、イブキノエンドウ(初)、ヒメウツギ(初)、ヤマブキソウ(初)、カノコソウの蕾み(初)、アカソ(初)、ショウジョウスゲ(初)、クサタチバナ(初)、ニリンソウ、ツルキジムシロ、ヒメレンゲ、サワハコベ


オドリコソウ 昨日の荒島岳に続き、ぽん太とにゃん子は伊吹山に登ることにした。登ると言っても伊吹山ドライブウェイを利用してのハイキングである。
 ところが、なんと伊吹山ドライブウェイの料金が3000円である!ここは日本一登山料が高い山ではなかろうか。これに比べれば、男体山の二荒山神社の参拝料200円、立山の雄山山頂の神社への登拝料500円なんぞはかわいいものである。まあ、「払いたくなければ自分で歩いて登れ」と言われても困るので払いましたけどね。
ヤマブキソウ 山頂駐車場は天気は晴れだったが風が冷たかった。とりあえず最短の中央遊歩道コースで山頂に向かった。道の両側はこれまで見たことのない花でいっぱいである。普段は登山をしていなさそうなハイカーが大勢来ていたが、この花のありがたさはわからないんだろうな〜。

イブキガラシ ところでぽん太は以前に伊吹山に登ったことがあるのだが、そのときは2月の初めで、テレマークスキーを担いでアイゼンをつけ、伊吹山スキー場最上部から山頂を目指したのだった。山頂から華麗に滑走といきたかったのだが、暖冬で雪が少なく途中からブッシュがあちこち出ていて滑りにくく、歩いておりてきた登山者に抜かれるという屈辱を味わったのである。
 こんかいはそんなこともなく、快適なハイキングでした。山頂の売店で伊吹山そばを食べ、西遊歩道コースを通って駐車場に戻りました。
 その日は東京まで戻らず、長野県飯田市の不動温泉佐和屋でもう一泊しました。

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2005/06/10

荒島岳の電波反射板がなくなっていた!!

 ぽん太とにゃん子は6月7日に福井県の荒島岳に登ってきました。荒島岳といえば、深田久弥の姉の嫁ぎ先から見えたという個人的な理由で百名山に選ばれてしまい、なんかアプローチは不便だし、たいした山じゃないし、山頂には電波反射板が2つもあってムードも何もないけど、百名山だから仕方ないから登るか、という山であった。
 しかし今回ぽん太は2回目の荒島岳登山でしたが、電波反射板は撤去されており、美しいブナ林や様々な花が咲き、なかなか充実した山行を楽しめました。

【山名】荒島岳(1523.5メートル)
【日程】2005年6月7日
【コース】勝原スキー場…シャクナゲ平…荒島岳山頂…勝原スキー場
【見た花】キクザキイチゲ(初)、サワハコベ、カタクリ、ヨウラクツツジの一種、ユキザサ、トウゴクミツバツツジ、チゴユリ、オオバキスミレ、紫のスミレの一種、ショウジョウバカマ、イワカガミ、白いイワカガミ、タニウツギ、コバイケイソウ、タムシバ、クルマムグラ、ヤマボウシ、ニガナ

ブナの樹林 前回ぽん太は中出コースで登ったので、今回は勝原コースにしました。スキー場を登るのは退屈でしたが、このコースの特徴は後半のブナの美林です。ただ大木はことごとく節くれだったり曲がっていたりして、おそらく豪雪のためだと思いますが、玉原や丹沢のブナ林と比べて環境の過酷さを感じました。
 さて、山頂に鎮座していた電波反射板2基は撤去されていました。登山口に、反射板が撤去されいているので山頂を間違えないように、という注意がわざわざ書いてありました。自然保護というか自然回復のひとつとして評価したいと思います。キクザキイチゲ キクザキイチゲは山頂付近の雪渓が溶けたところに咲いていました。初めて見ましたが、とても可憐でした。ヨウラクツツジの一種と思われるものは、手元の図鑑にも載っていませんでした。どなたかご存知の方は教えてください。ヨウラクツツジの一種白いイワカガミは珍しいでしょうか?白いイワカガミ その夜は岐阜県の神明温泉のすぎ嶋に泊まりました。すばらしい宿でした。

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2005/06/02

檜洞丸のツツジ満開

 6月1日、西丹沢の檜洞丸(ひのきぼらまる)に登ってきました。この時期ツツジがすばらしいとウワサでは聞いていましたが、こんなにすごいとは思いませんでした。

【山名】檜洞丸(ひのきぼらまる)、1601m
【日程】2005年6月1日
【コース】ツツジコース登山口…檜洞丸山頂…犬越路…用木沢出会い…登山口
【天候】晴れ〜曇り
【見た花】シロヤシオ、トウゴクミツバツツジ、ヤマツツジ、ツルキンバイ、テンナンショウ、マルバウツギ

 丹沢湖を通り抜け西丹沢自然教室に向かいます。6月1日は鮎釣りの解禁日でもあり、途中の川は釣り人でいっぱいでした。
 平日だというのにツツジ目当ての登山客でけっこうな混雑です。美しい緑のなかを登っていくと、まずヤマツツジの濃い赤が目に入ってきます。さらに標高を上げると真っ白なシロヤシオと紫のトウゴクミツバツツジによるツツジのトンネルです。この世のものとは思えない美しさでした。何度も来ているひとの話でも、今年はツツジの当たり年なんだそうです。
満開のツツジ
 山頂で少し休憩してから、犬越路へ尾根を下りました。尾根の南側斜面もツツジが満開で、その向こうには雲から富士山が頭だけ出していました。またツツジだけでなく、ブナの樹林もとても美しく、いろいろな野鳥の声も聞けました。
 帰りは中川温泉で入浴しました。日帰り温泉の町立ぶなの湯は定休日だったので、魚山亭やまぶきでお風呂をお借りしました。内湯の古代檜風呂も露天風呂もなかなかよかったです。 

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