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2005/11/07

能登半島の旅ーー渚ドライブウェイ、気多大社、折口信夫の墓

 膝の調子が改善せず山に行けないので、ぽん太とにゃん子は能登半島を旅してきました。

PA270018 千里浜の渚ドライブウェイです(地図はこちら)。砂浜が固いので、波打ち際を車で走ることができます。観光バスも走っています。漁師さんも海辺にトラックを停めて地引き網をしています。とても不思議な光景です。

PA270019 この交差点の名前!にゃんと「猫の目」です(地図はこちら)。猫好きのにゃん子は大騒ぎです。ぐぐって見ましたが、この地名の由来はわかりませんでした。

PA270024 気多大社(けたたいしゃ)です。なかなか立派なお社です。御祭神は大国主神(おおくにぬしのかみ)で、またの名は大己貴命(おおむなちのみこと)です。奥宮には素戔鳴命(すさのおのみこと)と奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)が祀られています。第十代崇神天皇の頃に創立されたと伝えられています。
 『古事記』(『口語訳古事記 完全版』三浦佑之訳、文藝春秋、2002年)によれば、素戔鳴命と奇稲田姫命は夫婦で、大国主神はその子孫にあたります。また大国主神の妻のひとりである須勢理毘(すせりひめ)は、素戔鳴命の娘にあたります。
 まだ大己貴命と呼ばれていた大国主神は、須勢理毘と出会った瞬間に互いに一目惚れし、たちまち結ばれてしまいます。そこで素戔鳴命は大己貴命に数々の試練を課すのですが、夫婦で力を合わせて乗り切ります。ついに素戔鳴命は大己貴命に大国主という名を与え、国を造って主となるように言うのです。
 この話しにあやかって、気多大社は縁結びの神様とされていますが、さらにキレイになれる神社として若い女性たちに人気があり、雑誌でも取り上げられているそうです。こちらの気多大社の公式ホームページをご覧ください。まるでエステの宣伝のようです。

PA270025 巫女さんですハアハア。ぽん太にも恋が芽生えそうです。

PA270040 近くに折口信夫(おりぐちしのぶ)のお墓がありました。折口信夫は民俗学者であり、釈超空(しゃくちょうくう)という名で歌人としても有名です。その彼がこんなところに眠っているとは知りませんでした。案内板によると、生涯独身だった折口信夫は、後に門弟の藤井春洋を養子にしました。それで春洋の生地であるここに、信夫と春洋の墓が建立されたのだそうです。
 しかし折口信夫が同性愛者だったことは有名で、とうぜん春洋とも同性愛関係にあったわけです。そうしてみると、二人が一緒に眠るこのお墓が違ったふうに見えてきます。
 けれど折口信夫は、同性愛に対する強い偏見を持っていた戦前の社会において、あえて同性愛というスタイルを貫いたのです。それは自らを異端として位置づけることであり、また社会に対する異議申し立てでもあったわけです。そうしてみると、二人が一緒に眠るこのお墓は、さらに違った思いを抱かせます。

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