« 能登半島の旅ーー妙成寺、阿岸本誓寺、總持寺祖院 | トップページ | ホメーロスの『イーリアス』を読むーー登場人物たちの行動には違和感を覚える »

2005/11/13

『般若心経』『金剛般若経』を読む

 ぽん太は前回の法華経に引き続き、今度は般若経を読んでみました。具体的には『般若心経・金剛般若経』(中村元他訳注、岩波文庫、1986年)で、現在は品切れですが、ワイド版岩波文庫で手に入ります(同書のアマゾンのリンクはこちら)。
 いわゆる「般若経」は、ただひとつの経典ではなく、多数の経典群の総称なのだそうです。般若経は大乗経典のなかではもっとも早期に創られたものであり、西暦1世紀前半頃に南インドで成立して、その後次第に発展していったそうです。『金剛般若経』は空の思想を説いていながら「空」という言葉を使っていないので、空の思想成立以前の早い時期に創られたと考えられます。文庫本の「解題」によれば、紀元後150年から200年頃までに成立したと推定されるそうです。一方『般若心経』はかなり遅れて成立したと考えられているそうです。
 さて『般若心経』といえば「色即是空、空即是色」という言葉で有名です。要するにその教えは、あらゆるものが空である、あらゆるものにとらわれてはいけない、ということらしいです。『般若心経』や空の思想についてはさまざまな人がさまざまに論じているので、浅学なぽん太が付け加えることはございません。
 『金剛般若経』は、先に述べたように「空」という言葉を使わずに空の思想を説いているので、現在のわれわれから見るときわめて回りくどい言い方になっています。引用してみましょう。

 「スブーティよ、もしも、ある求道者が、『わたしは国土の建設をなしとげるだろう』と、このように言ったとすれば、この人もまた同様に(求道者ではないと)言わなければならない。それはなぜかというと、スブーティよ、如来は『〈国土の建設〉、〈国土の建設〉というのは、建設ではないことだ』と説いているからだ。それだからこそ、〈国土の建設〉と言われるのだ」(101ページ)。

 「空」という言葉を使えば「〈国土の建設〉もまた空である」と一言ですみそうに思えますが、『金剛般若経』は、あらゆるものにとらわれてはいけないということを、このような回りくどい言い方で延々と説いていきます。
 このような『金剛般若経』を読むと、『法華経』がどれほどストーリーやイメージに満ちているかが改めてわかります。でも『金剛般若経』は、とても重要視されてきた経典なのだそうです。
 『金剛般若経』に「心の流れ」について述べているところがあり、「スブーティよ、過去の心はとらえようがなく、未来の心はとらえようがなく、現在の心はとらえようがないからなのだ」(105ページ)と書かれています。この一節は、同書の鳩摩羅什訳によれば、「過去心不可得。現在心不可得。未来心不可得」となります。ここは道元が『正法眼蔵』第八「心不可得」で論じている部分ですね。そのうちみちくさしてみることにしましょう。

|

« 能登半島の旅ーー妙成寺、阿岸本誓寺、總持寺祖院 | トップページ | ホメーロスの『イーリアス』を読むーー登場人物たちの行動には違和感を覚える »

思想・宗教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74997/7081762

この記事へのトラックバック一覧です: 『般若心経』『金剛般若経』を読む:

» 色即是空のこと [般若心経]
般若心経と鏡 「色即是空」 色すなわちこれ空なり  般若心経のなかのもっともよく [続きを読む]

受信: 2005/11/22 18:14

« 能登半島の旅ーー妙成寺、阿岸本誓寺、總持寺祖院 | トップページ | ホメーロスの『イーリアス』を読むーー登場人物たちの行動には違和感を覚える »