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2005/12/21

【映画】「心の杖として鏡として」ーー精神障害者の造形教室のドキュメンタリー

 精神病院で行われている「造形教室」に通う人々を描いたドキュメンタリー映画「心の杖として鏡として」(監督:萩原麿、2005年)(公式ホームページはたぶんこちら)を見て、ぽん太は心から感動いたしました。
 もうだいぶ前ですが2005年9月4日、東京都府中市の府中グリーンプラザでの自主上映会を見てきました。企画した社会福祉事務所ぷしゅけの鳥山克宏氏は(ブログがみつかったけれどちっとも更新していないようです)、日本にはまだ少ない「開業」社会福祉士のおひとりだそうです。成年後見制度の後見人やグループホームの世話人としても活躍なされているそうで、今後のご活躍が期待されます。まず約1時間のこの映画が上映され、後半は造形教室の先生の安彦講平氏の司会で、映画に登場した患者さんたちに対するインタビューや質疑応答が行われました。またロビーでは、自費出版の絵画集などが販売されました。

 一般に精神科医が精神障害者の絵画と聞いて思い浮かべるのは、絵画を使った心理検査か、絵画療法か、病跡学です。絵画を使った心理検査には、例えば実のなる木の絵を描く「バウムテスト」や、中井久夫先生考案の「風景構成法」などがあり、絵画によって言葉ではわからない心の内面を明らかにするものです。ちなみにぽん太は大学に入るときにバウムテストをやらされました。当時は何も知らなかったぽん太は、「実のなる木の絵を描け」と書いてあったので、額縁に入った「実のなる木の絵」の絵を描いて出したのですが、いったいどう判定されたのでしょう。
 絵画療法は、絵を描くことを通して患者さんの能力を引き出す治療法です。また病跡学は、精神障害を持つ歴史上の有名人を研究することによって、その人の人生と精神障害との関わりを明らかにするという立派な学問で、絵画の分野ではゴッホやムンクなどがよく研究されています。しかし病跡学と称する研究の多くは、天才に対する病名のレッテル貼りに過ぎません。
 精神科医のぽん太が言うのもなんですが、治療者が一歩上から患者に対して働きかけるという医療の枠組みに留まるかぎり、おもしろいことはできません。造形教室の主催者である安彦氏も『”癒し”としての自己表現』(エイブル・アート・ジャパン、2001年、一般には売ってなさそう。こちらで購入できそうです)のなかで、「しかし、私たちがめざし、試行してきたものは、いわゆる「教育」や「治療」のための、上から与えられ、外から解釈・評価されるような道具・手段としての病がではなく、それぞれが自由に描き、身をもった自己表現の体験を通して、自らを癒し、支えて行く。そのような「営みの場」である」(34ページ)と書き、氏の「造形教室」が医療ではないことを明確に表明しています。

 絵画の領域では、精神障害者の絵画に対してはっきりとした関心が持たれたのは、アール・ブリュットが最初と思われます。日本では「生(き)の芸術」と訳されるこの言葉は、ジャン・デュビュッフェの命名によります。20世紀初頭、シュールレアリストたちは、フロイトの精神分析の影響のもと無意識や深層心理への関心を高めてゆきました。同時期に精神病院においてもハンス・プリンツホルンのように患者の絵画を収集する動きが出てきました。このような流れのなかで、1945年に精神障害者の絵画を「発見」したデュビュッフェは、それをアール・ブリュットと名付けてコレクションと紹介に務めたのです。アメリカではアウトサイダー・アートという名で広まりましたが、フォーク・アートやナイーフ・アート、人種社会のアートが含まれるなど細かい違いもあるようです(参考:クリストフ・ブーランジェ他「アール・ブリュット略史」、2004年軽井沢メルシャン美術館で行われた「突き上げる想像力アール・ブリュット=生の芸術展」のカタログに収録)。
 「障害者の●●」というと、聴覚障害者のバンドにしても、パラリンピンクにしても、障害者にしてはうまい、障害者にしてはすごい、という見方をする人が多いようです。これは素朴といえば素朴ですが、とってもつまらない見方であって、アール・ブリュットはこうした見方を超えています。デュビュッフェは、伝統や既成概念に縛られた自分たちの絵画を突き破る力を、アール・ブリュットに見いだしたのです。けれどアール・ブリュットも、商品として流通する絵画という枠組みから逃れられないという一面があります。安彦氏は講演のなかで「私たちは売れる絵を描こうとは思っていない」とおっしゃっていました。精神障害者の絵画を商品として流通させることは、彼の念頭にはないようです。

 治療のためでもなく、売るためでもなければ、この映画に描かれる人たちはなぜ絵を描き続けているのでしょう。「癒し」という言葉を安彦氏は使いましたが、それは決して最近の癒しブームでいう「猫に癒される〜」といったものではないでしょう。造形教室に集う画家たちは、まさに映画のタイトル通り、杖にすがって歩くように、絵を描くことにすがって、絵を描くことで生きているように思えます。それは悲しみのどん底で歌う歌のようでもあります。
 このようなすばらしい活動が、一般に知られないまま40年近く続いていたというのは驚きですが、少人数の閉鎖的な集団ゆえに、ひとつ間違えると宗教集団のようになってしまう危険もあるように思われました。もちろん彼らがこのような映画を造るということは、閉鎖的にならずに外部と積極的に関わろうとしていることですから、心配はいらないでしょう。

 最後に精神障害者の芸術に関する映画で、ぽん太が面白いと思ったも二つあげておきます。
「すべての些細な事柄」ニコラ・フィリベール監督、1996年、フランス
 フランスの哲学者フェリックス・ガタリが関わっていたことで有名なラ・ボルド病院で、年に一度行われる演劇祭の準備から上演までを描く。その過程で病院のなかでの日常が美しく映し出される。
 参考URL:http://cineaste.jp/l/973.htm
 
「遠足」五十嵐久美子監督、1999年、日本
 ウィーン郊外にある「芸術家の家」の画家たちを日本人監督が捉えたドキュメンタリー。病院から出かけることを「遠足」と呼ぶ彼らは、プラハで行われる展覧会のために長い「遠足」に出かける。
 参考URL:http://www2.gol.com/users/wonder/ensoku.html

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