« リチャード・クロッグ『ギリシャの歴史』と桜井万里子編『ギリシア史』を読む | トップページ | 無量寿経を読んでみたが…… »

2006/01/22

【ギリシア旅行】デルフィは精神科医の聖地だ

PC300096 デルフィの遺跡はぽん太が行きたかったところのひとつです。写真はアポロン神殿の全景です。
 フロイトの概念のひとつにオイディプス・コンプレックス(エディプス・コンプレックスともいいます)があります。これは、母親に対して性的欲望を抱き、父親に対して嫉妬と敵意を覚えるというもので、精神分析のキー概念のひとつです。このオイディプス・コンプレックスという考え方が正しいかどうかは議論のあるところですが、フロイトの精神分析が精神医学に大きな影響を与えたことは確かでしょう。
 ではなぜ、母親に性的欲望を抱き父親に嫉妬と敵意を覚えるというコンプレックスが、オイディプス・コンプレックスと呼ばれるかというと、ギリシアのオイディプス王神話に基づいています。フロイトは1897年10月15日付のフリースへの手紙で次のように書いています(ジェフリー・ムセイエフ・マッソン編『フロイト フリースへの手紙1887-1904』誠信書房、2001年、アマゾンへのリンクはこちら)。「僕は母親への惚れ込みと父親への嫉妬を僕の場合にも見つけました。そして今や僕はそれらを、たとえ必ずしもヒステリーにされた子どもの場合ほどに早い時期ではないにしても、早期幼児期の一般的な出来事とみなしています……もしそうなら、悟性が運命という前提に対して唱えるあらゆる異議にもかかわらず、エディプス王の持つ人の心をとらえる力が理解できます……このギリシャの伝説は、誰もがその存在を自分のなかに感じたことがあるので誰もが承認する一つの強制を取り上げます。聴衆の誰もがかつて萌芽的には、そして空想のなかでは、そのようなエディプスだったのです」(284ページ)。
 オイディプス王の伝説は次のようなものです。

 テーバイの王ライオスは、自らの子供によって殺されるという神託を受けます。そこでライオスは、妻イオカステとの間にできた男児を山のなかに置き去りにするよう命じます。しかしその男児は羊飼いによって拾われてオイディプスと名付けられ、コリントス王の子供として育てられます。成長したオイディプスは、自分が本当にコリントス王の息子かどうか疑いを持ち始めます。オイディプスはそのことで神託を受けようとしますが、下された神託はその答えではなく、「父を殺し、母と交わるであろう」というものでした。コリントス王を実父と信じるオイディプスは、神託の実現を恐れて旅に出ます。ところが旅の途中で出会った老人といさかいになり、オイディプスはこの老人を殺してしまいます。実はこの老人はオイディプスの実の父親のライオス王だったのですが、オイディプスはそのことを知りません。そのころテーバイは、スフィンクスという怪物によって悩まされていました。旅人に謎をかけ、答えられないと食べてしまうのです。その謎とは、有名な「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足、な〜に?」というヤツで、オイディプスが「人間!」と正解を答えるとスフィンクスは自殺してしまいました。こうしてオイディプスは実の母であるイオカステと結婚してテーバイの王となるのですが、二人が実の母子であることはもちろん二人とも知りません。しかしそれ以来テーバイは疫病と不作に苦しめられるようになります。その原因を探る過程で、オイディプスは、神託どおり自分が父を殺し母と交わったことを知ります。真実を知ったオイディプスは、自ら目をつぶして盲目となり、テーバイから追放されるのです。

 オイディプス王の伝説に関しては、ソフォクレスのギリシア悲劇「オイディプス王」が有名です(『ギリシア悲劇2』ちくま文庫、1986年。アマゾンへのリンクはこちら。本書には続編の「コロノスのオイディプス」も入っていてお得です)。テーバイの王であるオイディプスが、真実を知ってテーバイを去るまでが描かれています。
PC300099 さて、オイディプス王の伝説のなかに何回か神託の話が出てきますが、この神託を受けたのが、当時はデルポイと呼ばれていたデルフィのアポロン神殿なのです。ピュティアと呼ばれる女司祭がアポロンの声を聞き、神託を伝えたそうですが、一説にはピュティアがトランス状態で声を発し、それを神官が通訳して神託として伝えたともいわれています。写真はピュティアが神託をおこなった場所であり、神殿の一番奥に位置し、冒頭の写真でいうと右下のあたりになります。
PC300082 デルフィは「世界の臍」と呼ばれて栄えていたそうです。これがその臍で、神殿のなかで見つかったそうです。たしかに「オイディプス王」にも、「大地の臍(ほぞ)より出た神の宣告を」(『ギリシア悲劇2』325ページ)という表現があります。
 『地球の歩き方』によると、オイディプスがライオスを殺した三叉路と言われている場所が、テーベ(昔のテーバイ)からデルフィに行く途中にあるらしいのですが、残念ながらどこだかよくわかりませんでした。

 またデルフィというと、ぽん太はドビュッシーのピアノ曲「デルフィの舞姫」を思い出します。「前奏曲集 第1巻」の第1曲です。ちなみにぽん太は、ミケランジェリの演奏が好きです(ドビュッシー:前奏曲集第1、2)。ドビュッシーは、ルーブル美術館で見た古代ギリシアの彫刻からインスピレーションを得て、この曲を作ったと言われています。この曲は1909年から1910年頃に作曲されたものですが、デルフィがフランス人によって発掘されたのは1896年ですから、「デルフィの舞姫」という題名は当時は新鮮なものだったのでしょう。デルフィで発掘された舞姫の彫刻が本当にルーブル美術館にあったのかどうか、そしてそれをドビュッシーが見たのかどうかは、ちょっと調べてみましたがわかりませんでした。

|

« リチャード・クロッグ『ギリシャの歴史』と桜井万里子編『ギリシア史』を読む | トップページ | 無量寿経を読んでみたが…… »

旅・宿・温泉」カテゴリの記事

精神医療・福祉」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74997/8280430

この記事へのトラックバック一覧です: 【ギリシア旅行】デルフィは精神科医の聖地だ:

« リチャード・クロッグ『ギリシャの歴史』と桜井万里子編『ギリシア史』を読む | トップページ | 無量寿経を読んでみたが…… »