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2006/03/01

安宅の関と安宅住吉神社

P2150003 前回の記事では義経・弁慶と福島県の医王寺について書きましたが、義経・弁慶といえば、少し以前にぽん太は安宅の関(あたかのせき)をみちくさして参りました。
 安宅の関は、石川県の小松空港の近くにあります。公式ホームページは安宅観光協会のこちらのサイトでしょうか?近くにはリニューアルされたばかりの松井ベースボールミュージアムもありますので、ぜひあわせて訪れてみて下さい。
 安宅の関跡と聞いて、ぽん太は箱根の関所跡のようなものを想像していたのですが、石碑があるだけでした。また山の中にあると思い込んでいましたが、海岸にほど近い場所だったのも意外でした。
 安宅の関における義経・弁慶の出来事は、歌舞伎の勧進帳などでも有名ですが、あらすじを書くのはめんどくさいので、たとえばこちらのページをご覧下さい。

P2150007 安宅の関の近くに、安宅住吉神社があります。公式ホームページはこちらです。
 住吉神社という名前はあちこちで見かけますが、『日本の神様読み解き事典』(川口謙二編著、柏書房、1999年)によれば、全国で約2000以上あるそうです。その大もとは、もちろん大阪にある住吉大社です。御祭神は底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)の三神で、住吉三神あるいは墨江(すみのえ)三神と呼ばれています。『古事記』のなかに、イザナギノミコトが亡き妻のイザナミノミコト追いかけて黄泉の国を訪れるという有名な話しがあります。詳細はこんかいは省略しますが、妻を連れ帰ることができずにひとりで地上に戻ったイザナギノミコトは、黄泉の国の汚れを清めるため海に入って禊(みそぎ)を行います。このとき生まれた神々が住吉三神で、海に関係していることから、住吉三神は航海や漁業の守護神とされています。そして安宅は海上交通の要所であるため、住吉神社が造られたのでしょう。
 なお安宅住吉神社のオリジナルご利益として「難関突破」があるようですが、これはもちろん窮地を切り抜けた義経一行から来ているものでしょう。

 ところで日本酒好きのぽん太は、住吉三神だの墨江三神だの聞くと、ついついお酒の銘柄を思い浮かべてしまいます。山形の住吉と、宮城の墨廼江(すみのえ)です。
 まず住吉を造っている樽平酒造のサイトを見てみると、銘柄の由来というページに次のように書かれています。
 「住吉・・・・・丹波杜氏の造った酒が旨くて、住み心地がよく、住吉神社にちなんで『住吉』と命名し、図案も神社の欄干・御簾・鏡を表している」。
 丹波杜氏というと兵庫県篠山市あたりを出身地とする酒造りの職能集団ですが、ググってみると篠山市には木津(こづ)小野原に2カ所の住吉神社があるようです。故郷を遥か離れて冬のあいだ酒造りに励む丹波杜氏が、たんせい込めて造った酒に、故郷にちなんだ名前を付けたということは十分ありそうです。また「住み心地がよく」というところですが、『日本の神様読み解き事典』によると、『古今集』巻17の壬生忠岑(みぶただみね)の住吉大社参詣の歌に、「住み好しと漁人(あま)は告ぐとも長居すな ひとわすれ草生ふというなり」という歌があり、当時すでに住吉を「住み心地がよい」と解釈していたことがわかります。

 さて墨廼江の方ですが、墨廼江酒造株式会社の公式ホームページはないようですが、たとえばこちらのサイトを見てみると、「墨廼江」という名は酒蔵の所在地の江戸、明治期の地名であり、近くに水の神様を祭った墨廼江神社があったそうです。ということでこちらは楽勝かと思いきや、ググってみても墨廼江酒造株式会社がある石巻には墨廼江神社がありません。そこで墨廼江神社が「近くに」あったという記述をヒントにに、墨廼江酒造株式会社の所在地を地図で表示してみると、近くに住吉町という地名があり、川岸に神社のマークがあるではないか。これはあやしい!(ちなみにそのちょっと北に、「志賀直哉生家」という魅力的な文字があるが、みちくさはやめておきましょう)。
 拡大してみると、住吉公園にある大嶋神社です。石巻観光物産情報センターのこちらのページを見てみると、この大嶋神社が昔の墨廼江神社だった可能性が高いようです。な、なに?源義経や松尾芭蕉がここを訪れた?

 『おくのほそ道』(潁原退蔵他訳注、角川文庫、1967年)を見ると、松島から平泉に向かった芭蕉は道を間違えて石巻に出たといいます(もっともこれもフィクションで、石巻は予定のコースだったという説が有力のようです)。石巻で芭蕉が訪れた歌枕「袖の渡し」がこの住吉公園なのだそうです。同行の曾良の『曾良随行日記』(前掲書に収録)には、「帰ニ住吉ノ社参詣。袖ノ渡リ、鳥居ノ前也」と書かれています。
 また袖の渡しは、義経が船賃の代わりに片袖をちぎって船頭に与えたという言い伝えもあるそうです。
 話しが義経と芭蕉に戻ったところで、きょうのみちくさは終わりにして、そろそろタヌキの巣穴に戻ることにしましょう。

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