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2006/05/24

「八百屋お七」の吉三郎の墓が島田にあったが……

P8130203 今年になってにわか歌舞伎ファンとなったぽん太です。先日、新橋演舞場で五月大歌舞伎の夜の部を見ました。八百屋お七に題材を取った「松竹梅湯島掛額」、亀治郎の演じるかわいらしいお七と、うってかわって鬼気迫る「火の見櫓」の人形振り、よかったです。
 八百屋の娘というと働き者の元気娘を想像しますが、実は八百屋といっても大店で、裕福な商家の箱入り娘といったところです。
 八百屋お七の物語は現実の事件に基づいています。お七は、火事で避難した先のお寺の小姓と恋に落ちます。その後お七は小姓を恋いこがれ、火事になれば再会できるだろうと思い詰め、とうとう放火をしてしまいます。あわれなお七は捕らえられ、鈴ケ森で火あぶりになったのです。
 小姓の名前は吉三郎、庄之助、左兵衛など諸説あり、お七と小姓が出会った寺も、吉祥寺、円乗寺、正仙寺などの説があるそうですが、今回みちくさはやめておきましょう。
 この事件の3年後に、井原西鶴が『好色五人女』でとりあげ、その後さまざまな浄瑠璃、歌舞伎の題材となりました。
 
 で、ぽん太は以前に「吉三郎の墓」を見たことがあるのを思い出しました。2005年8月、南アルプスの縦走の帰りに、ぽん太とにゃん子は島田宿に立ち寄りました。島田宿と言っても聞いたことがないかもしれませんが、いわゆる「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」で有名な、大井川の東側にある東海道の宿場です。「島田宿大井川川越遺跡」(しまだじゅくおおいがわかわごしいせき)という名前で国指定の史跡となっております(島田市のホームページ地図)。このような重要な宿場なので、奈良井や妻籠のような風情のある観光地を想像しましたが、実際はあまり古い街並も残っていなくて、ちょっと寂れていました。
 島田の宿からちょっと歩いたところに関川庵というお寺があり、そこにひっそりと吉三郎の墓があります。吉三郎はお七が処刑されたあと、お七を弔いながら旅を続けていましたが、ここ島田で亡くなったのだそうです。
 ところが、「吉三郎、墓」でぐぐってみると、吉三郎の墓は島田以外にもあちこちあるようです。
 秋田県羽後町三輪神社http://www.bakebake.com/kaido/akita/02ugo.html
 東京都目黒区大円寺http://www.city.meguro.tokyo.jp/info/rekishi_chimei/category/rekishi/toubu/04.htm
 岡山県御津郡御津町http://www.jaja.co.jp/ts/iroiro/mitu/mitu1.htm
 岩手県水沢市法泉寺http://www.morioka-times.com/news/0412/08/04120806.htm

 ちなみに島田は、島田髷(しまだまげ)や、結婚式で花嫁さんが結う文金高島田
の発祥の地なようです。近くには世界一の木造歩道橋としてギネスブックにも認定された蓬莱橋もあります。

 お七の墓はどこ?という疑問もありますが、みちくさはやめておきます。

 ところでお七という名前の由来ですが、イヤホンガイドによると、お七の両親にはなかなか子供ができず、法華経の聖地七面山明神に願掛けをしたところ授かったので、七面さんの七をとってお七と名付けたとも、南無妙法蓮華経の七文字から取ったとも言われているそうです。身延山久遠寺から七面山に通じる参道の途中にある赤沢宿を訪ねたことは、以前に報告いたしました。
 ちなみに登山で遭難した人の遺体をオロクといいますが、南無阿弥陀仏の六文字から来たという説があります。

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