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2006/05/30

ベッテルハイムが『フロイトのウィーン』でフロイトの家に言及してる

 ウィーンのフロイトの家を訪ねて来たぽん太は、書棚にあったベッテルハイムの『フロイトのウィーン』(森泉弘次訳、みすず書房、1992年)を手に取ってみました。
 ブルーノ・ベッテルハイム(Bruno Bettelheim)は、1903年にウィーンで生まれたユダヤ人で、精神分析を学んだのち、自閉症の治療と研究を行いました。ユダヤ人であることからナチス時代には強制収容所に入れられ、解放後アメリカに亡命しました。1990年、87歳で自ら命を絶ちました。
 詳しい経歴に関しては、手元の本や事典を見てみたのですが、はっきりしません。
 自分の魂に向き合うことであったフロイトの精神分析が、アメリカに伝わる過程で歪められ、客観的な科学理論のようになってしまったことを批判した『フロイトと人間の魂』(藤瀬恭子訳、法政大学出版局、1989年)は、ぽん太はとても面白く読めました。
 また自閉症論として『自閉症・うつろな砦 (1)』がありますが、自閉症は冷淡な母親のせいで後天的に生じるものだという考えに基づいており、現在では否定されております。このような考え方は多くの弊害をもたらしたので、自閉症関係者のあいだでは、ベッテルハイムはとんでもない悪人ということになっています。

 さて、『フロイトのウィーン』の第1章「フロイトのウィーン」は、精神分析が誕生した当時のウィーンの状況が描き出されていて、とても興味深い文章です。そのなかでベッテルハイムは、フロイトの家に言及しています。ぽん太は以前のブログで、フロイトが住んでいた家をたどってみましたが、本章でベッテルハイムが取り上げているのは、1885年4月から1891年8月まで住んでいた家です。
 1881年12月、ウィーンのリング劇場が焼失し、大勢の命が奪われるという大惨事が起きました。おぞましい記憶をぬぐい去るため、皇帝は焼失した劇場の跡地にズューンハウス(贖罪の家)という名の居住・商業兼用ビルディングを建てることにしました。当時のウィーンで第一と言われていた建築家F.v.シュミットが設計し、環状道路沿いという好立地にあるため、高い家賃が見込めるので、収入の一部を火災で孤児になった子供たちへの補助に使おうという目論見でした。しかし人々は、このつらい思い出を伴うアパートになかなか住もうとしませんでした。
 実はフロイトが初めて開業し、結婚生活を送ったアパートは、まさにこのアパートなのです。フロイトは、このようないわく付きの建物に神経症の患者が来たがらないのではないか、などとは考えもしなかったし、むしろこのような不気味な場所が自分の仕事と生活の場としてふさわしいと思っていたようだ、とベッテルハイムは書いています。

 さて、第2章の題名は「ベルクガッセ19番地」で、まさにここはぽん太が今回の旅行で訪れたフロイトの家です。「ベルクガッセはウィーン第9区のさして特徴のない部分の、面白くもなんともない平凡な通り」であり、アパートの建物に関しても同じことがいえます。なぜこのようなところにフロイトが住んだのか納得できないベッテルハイムは、いくつかの理由を考えます。第一にベルクガッセは、貧しかったフロイト一家が住んでいたウィーンの第二区と、大学病院や市役所周辺の最高級の上層中産階級の住宅街とを結ぶ通りです。その中間にあるベルクガッセ19番地は、まさに当時のフロイトの社会的立場を反映しており、フロイトが落ち着ける場所だったのかもしれません。第二にこの家は、「平凡な外面性の陰にはるかに重要な、秘められた意味が隠されているかもしれない」という、精神分析の基本的な考え方が暗示されているのかもしれません。
 ちょっと深読みし過ぎにも思えますが、承っておきましょう。
 さらにベッテルハイムは、フロイトの診察室と書斎を埋め尽くす骨董品に思いを馳せて行きますが、そちらは今回は省略しましょう。

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