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2006/05/22

【ウィーン】フロイトの家(フロイト博物館)に行ったぞ

P5060077 ウィーンでの自由行動の時間を使って、フロイトの家に行ってきました。
 フロイトは言わずと知れた精神分析の創始者です。現在の精神科医療において、治療技法としての精神分析の役割は大きくありませんが、フロイトの心理学が精神医学に大きな影響を与えたことは事実ですし、精神分析が精神医学の範囲を超えて、二十世紀の思想や芸術に及ぼした影響は計り知れないものがあります。
 フロイトの家の場所はベルクガッセ19番地(Berggasse 19)です。ウィーン市内の北部、環状道路のちょっと外側で、中心部から歩いて行けるところです。地図だとこのあたりですが、ちょっと見にくいかも。
 現在はフロイト博物館(Sigmund Freud Museum)となっており、公式ホームページもあります。そのなかのこちらのページでは、平面図や、各部屋の写真を見ることができます。
 フロイト博物館というからには、遺品で当時の部屋が再現されているのかと思いましたが、写真が展示されているだけだったのが残念です。それもそのはず、フロイトがナチスに追われてロンドンに亡命したとき、家具や備品はすべて持ち出したのでした。

 さて、フロイトの家からの「みちくさ」で、ぽん太はフロイトが住んでた家を調べてみることにしました。
 まずフロイトの生家ですが、オーストリア帝国のモラヴィアのフライベルクという町の、セリエール街117番地だそうです。現在はオーストリアではなくチェコのプシーボルとなっています。フロイトが生まれたのは1856年5月6日で、そうそう、今年が生誕150年ということで、ウィーンではモーツァルトの生誕250年の陰に隠れながらも、いろいろなイベントが行われているそうです。
 さて、フロイト一家は1859年にライプツィッヒ移り、翌1860年にウィーンのレオポルド町のプフェフェル通りの家に移りました。ここはいわゆるユダヤ人街だったようで、当時のオーストリアでは、ユダヤ人の生活はまだいろいろと制限されていたのでした。
 そのあと家族が増えて8人となったため、1875年にヨゼフ皇帝街のアパートに移りました。居間、食堂、三つの寝室、小室からなっており、その小室をジクムント・フロイトが使っていたことから、彼が家族のなかでどれほど尊重されていたかがわかります。この家からはフロイトはウィーン大学医学部に通い、医師の資格を取ったのです。
 1885年4月15日、フロイトは市役所のすぐ近くにある、ラートハウス通り7番地のアパートに移り、自分の診療所を開業しました。フロイト28歳のときです。入り口の部屋と2つの大きな部屋があり、そのうちひとつはカーテンで区切られ半分が寝室になっていました。また小部屋もあったようです。ここに住んでいた時期にフロイトはパリにシャルコーを訪ね(1885〜1886)、結婚し(1886)、カタルシス法を始めました(1890)。
 1891年8月、フロイトは、ぽん太がこんかい訪ねたベルクガッセ19番地の家に転居しました。最初に借りたのは2階の東側半分で、先にあげたフロイト博物館の公式ページの平面図の左半分にあたります(この平面図は北が下になっています)。
 アーネスト・ジョーンズによれば、フロイトは1892年にさらに1階の3部屋を借り、待合室と診察室、書斎として使いました。そして1907年には2階の西側半分の部屋が空いたのでそこを借りることにし、1階の方は引き払いました。
 しかしフロイト博物館公式ホームページの年譜によると、フロイトが1階を借りたのは1897年で、2階の西側半分を借りたのは1908年となっています。フロイト博物館は、当然ジョーンズの伝記を知ったうえでこのように書いているのでしょうから、おそらくはジョーンズの方が間違っているのでしょう。
 フロイトの診察室が、エジプト、ギリシア、ローマなどの遺物で飾られ、あたかも考古学博物館のようだったことはよく知られています。このアパートでフロイトは精神分析を行い、さまざまな重要な著作を記しました。
 フロイトがこのアパートを去ったのは、1938年6月4日です。ナチスがオーストリアに侵攻したため、ユダヤ人であったフロイトはウィーンを去らざるをえなくなったのです。ロンドンに着いたフロイト一家は、まずセント・ジョンズ・ウッド地区のエルズウォージー街39番地の家に入ります。9月3日からウォリントン広場のエスプラネイド・ホテル(現在のホテル・コロネイズだそうですが、ちょっとぐぐっても、ロンドンに行ったことがないぽん太にはどこだかわかりません)に一時身を寄せ、9月16日にメアズフィールド・ガーデンズ20番地の家に移りました。フロイトは1939年9月23日に83歳で死去するまで、この家で暮らしました。この家は現在フロイト博物館となっており、ウィーンの博物館と違って多くの遺品が展示されているようで、ロンドンに行く機会があったら行ってみたいと思います。

参考文献
(1)アーネスト・ジョーンズ『フロイトの生涯』竹友安彦他訳、紀伊國屋書店、1969年(フロイトの伝記の定番だが、フロイトの弟子が書いたものなので、思い入れも見受けられる)。
(2)ピエール・ババン『フロイトー無意識の扉を開く』小此木啓吾監修、創元社、1992年(図版が多いので読みやすい入門書です)。
(3)デトレフ・ベルテルセン『フロイト家の日常生活』石光泰夫他訳、平凡社、1991年(フロイト家に使えていた家政婦さんのインタビューをもとに書かれた本で、フロイト一家の日常生活がよくわかります)。

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