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2006年7月の18件の記事

2006/07/31

【酒屋】那須、月井商店は地酒が充実

 おいしい日本酒が好きなぽん太とにゃん子は、旅の途中で出会ったすばらしい酒屋をカーナビに登録し、財産として大事にしています。最近、栃木県の那須にとてもいい酒屋を発見し、甲子温泉大黒屋に宿泊した帰りに寄りました。それは月井商店です。ホームページになぜか地図がないので、地図をリンクしておきます。
 栃木県の小さな酒蔵のお酒を多数そろえているのですが、山形の酒のように香りが高く、香しい酒が多いです。栃木は今後、酒どころとして認知されて行くと思われます。ぽん太が買っておいしかった銘柄は、鳳凰美田、辻善兵衛、松の寿などです。ホントに栃木の酒は今後の注目株です。
 しばらく前から焼酎ブームとなり、日本各地の焼酎が飲まれています。しかし、和食に本当に合うのは日本酒だとぽん太は思います。甘くてベトベトしてセメダインの臭いがして頭が痛くなるというのは、居酒屋の安物の酒であって、いい地酒は、焼酎にない深い味わいを持っています。焼酎ブームの次は日本酒ブームになってほしいと、ぽん太は思っています。

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2006/07/30

【温泉】甲子温泉大黒屋の大岩風呂は最高(★★★★)

P7190018 またしても雨です。登山ができないぽん太とにゃん子は、甲子温泉(かしおんせん)大黒屋に泊まることにしました。
 場所は福島県。白河インターチェンジで東北道を降り、国道289号線を西に向かいます。この国道はやがて会津西街道まで抜けるそうですが、まだ工事の最中のため、途中で行き止まりの表示があり、右方向に奥甲子温泉方面と表示された細い道がありますが、かまわずまっすぐ行くのが近道です。やがて道は通行止めになりますが、降りたところが甲子温泉です。渓流の雰囲気や、紅葉や新緑を楽しみたい方は旧道を行くといいとおもいますが、一部かなり狭いです。ちなみにぽん太は帰りは旧道を通りました。
P7190056 この宿の売りは、なっといっても大岩風呂。5メートル×15メートルの広さで、深さは最大1.2メートルだそうです。お湯が沸いている岩盤の上に小屋を作ったという感じで、野趣溢れるお風呂です。お湯は無色透明、弱アルカリの柔らかいお湯で、もちろん源泉掛け流し。
 お料理もおいしいのはもちろん、見た目がとてもきれいでした。また、動物の餌付けをしていて、ぽん太とにゃん子はテンを数匹見ることができました。
P7200073 問題は建物がコンクリート造りであること。ぽん太にとっては減点1となります。古い建物を改装して使っていればよかったのに……。木造に建て替えたとしても、年数を経て風情が出てくるまでには、何十年かかかります。

リンク
甲子温泉大黒屋公式ホームページ
大黒屋の@ニフティ温泉のぽん太のクチコミ

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2006/07/29

光前寺の早太郎伝説

P7130046 わざわざ駒ヶ根市文化会館まで幸四郎の『勧進帳』を見に行ったぽん太とにゃん子でしたが、翌日はまたもや雨のため山に登ることもできず、近くの光前寺に行ってみました。ここはしだれ桜で有名だそうですが、もちろん梅雨の時期には咲いていません。
P7130042 境内も広く、太い杉に囲まれ、なかなか立派なお寺でした。「霊犬早太郎伝説七百年祭」というものが行われていました。霊犬早太郎の伝説に関しては、光前寺のページ早太郎温泉のページをご覧下さい。ぽん太は、駒ヶ根の早太郎温泉は知っていて、露天こぶしの湯に入ったことがありますが、早太郎温泉という名前の由来は知りませんでした。
P7130045 ところで、先にリンクした早太郎温泉のページよると、早太郎を貸した先は、静岡県磐田市の見付天神社となっております。そこでググってみると、見付天神は正式には矢奈比売神というそうで、公式ホームページはないようですが、こちらの見付天神裸祭のホームページが詳しいようです。ところがこちらでは、犬の名前は早太郎ではなく、悉平太郎(しっぺいたろう)となっています。なんで早太郎が悉平太郎なのかよくわかりませんが、いろいろな説があるようです。
 光前寺はそのほかにもヒカリゴケでも有名で、参道の石垣の間に光っているのが見えます。

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2006/07/28

【登山】入笠山の花はきれいだけれど

P7120015 夏に向けて登山の訓練をしたいところですが、またしても天気は雨。仕方なしに入笠山に行ってみましたが、ちょうど雨が上がって、ハイキングを楽しめました。
 ぽん太は、以前に冬にテレマークスキーをはいて、ゴンドラ山頂駅から入笠山頂上まで往復したことがあります。降雪の直後で、スキーを脱ぐと腰まで雪にもぐってしまったことを思い出します。そのときは人っ子一人でしたが、入笠山が花で覆われるこの時期、小雨模様の平日にもかかわらず、大勢のハイカーでにぎわっていました。

M607121【山名】入笠山(1955.1m)
【山域】南アルプス前衛
【日程】2006年7月12日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】曇り時々雨
【コース】入笠山スキー場駐車場(12:53)…入笠山山頂(13:16)…入笠湿原…入笠山スキー場駐車場(15:10)
【マイカー登山情報】マナスル山荘近くの(元)入笠山スキー場近くに、30台ほど停まれるスペースがある。
【見た花】クリンソウ(初)(写真左上)、レンゲツツジ、ヤマオダマキ(写真左下)、ハクサンフウロ、アヤメ、ノハナショウブ、ウツボグサ、オオヤマフスマ、サワギク、バイケイソウ

P7120021 まず入笠山山頂を目指します。ヤマオダマキの白い花がきれいでした。天気がよければ展望がすばらしいはずですが、曇っていて何も見えませんでした。そのあと、入笠湿原まで行ってみました。途中にクリンソウが咲いていました。P7120022ピンクの花が何段にも咲く美しい花で、ぽん太は初めて見ました。ただ、あちこちにクリンソウの苗を植えた跡があり、天然のものではないようで、ちょっと興ざめです。入笠山は花で有名ですが、人工の植物園なんですね。湿原にはアヤメやノハラショウブがいっぱい咲いていてきれいでした。

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2006/07/27

船長の家はカニ食べきれん/サロマ湖

P7050352 博物館網走監獄で学んだぽん太とにゃん子は、サロマ湖の民宿船長の家に向かいました。ここは、カニが食べきれないほど出ることで有名です。
P7050362 ホタテや甘えびなどの食べきれないほどの海の幸に加え、生きているタラバガニをその場で丸ごと茹でていただき、毛ガニも一人一匹です。おまけにこの時期は、7月1日から8月11日の漁期にしか味わえない、サロマ湖の北海シマエビもついてます。
 この味でこの値段。ここは他人には教えたくないけれど、こっそり教えちゃいましょう。

P7060192 翌日はサロマ湖周辺を観光しました。ワッカ原生花園には、エゾスカシユリ(左写真)、ハマヒルガオ、ハマナス、センダイハギ、ハマエンドウ、ムシャリンドウ、エゾノシシウド、エゾフウロが咲いていました。 

 名残惜しく思いながらも、女満別空港から東京に向かって、ぽん太とにゃん子は飛び立ちました。

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2006/07/26

博物館網走監獄は興味深い

P7050143 屈斜路湖付近の観光を楽しんだぽん太とにゃん子は、次に網走に向かいました。網走といえば網走刑務所です。車のなかでガイドブックを見ると、現在も刑務所として使用されている網走刑務所は、当然のことながら内部は見学できず、古い建物を移築して造った博物館網走監獄が観光スポットなのだそうです。ぽん太は、労働者のマネキンが置かれたナントカ金山のような、ちょっと安っぽいテーマパークのようなものを想像して、軽い気持ちで訪れたのですが、実際はとても考えさせられる施設でした。
 というのも、これまで刑務所と言われても、品行方正で公明正大なぽん太は、自分とは無関係な別世界のように思っていました。だが、昨日ぽん太は、国家権力の恐ろしさに直面したのです。そうです、スピード違反で捕まったのです。だって北海道はみんなビュンビュン飛ばしているから、ぽん太もついスピードを出していただけなのに。しかもあんなところに隠れていやがって。くそう、これで自動車保険のゴールド免許割引もパーだ!チッキショ〜〜!!
 あ、いや……ゴホン、スピードを出しすぎたぽん太がいけないのです。おまわりさん取り締まりご苦労様です。捕まえていただいたおかげて、ぽん太は目が覚めました。これからは安全運転を心がけます。皆さんもスピードの出しすぎに注意しましょう。 

P7050147 で、ぽん太は、刑務所というのは悪人を閉じ込めておくところだと思っていたのですが、網走刑務所の目的は、囚人を労働力として使って、北海道の開拓を行うことだったのです。博物館網走監獄のホームページによれば、網走刑務所は、道央と網走を結ぶ道路の建設のために、「網走囚徒外役所」という名で明治23年に作られ、1200人の囚人が送り込まれたそうです。ものすごい重労働だったそうで、堪えきれずに死んだ囚人は、そのまま道ばたに埋められたそうです。
 見学者のあいだから思わず「かわいそうね〜」という声が聞かれたのですが、考えてみると、彼らは犯罪者なのですから自業自得のような気がします。でも、さらに考えてみると、網走刑務所の囚人は本当に犯罪者なのか?という疑問が湧いて来ます。調べてみると、どうやらいわゆる凶悪犯だけでなく、佐賀の乱や西南の役などの反乱に加わった人たちも多かったようです。ですからいわゆる悪人ではなく、明治政府に反対していた人たちが含まれていたわけで、ちょっと複雑です。国家が、国家に反対する人を閉じ込めて、劣悪な環境で過酷な労働を強いていたわけですから。
 刑罰というのはいったい何なんだろうと、ぽん太は思いました。さらに現在に刑罰がどういうもので、どのような理念に基づいているのか、全く無知なことに気がつきました。そのうちみちくさしてみたいところです。
 さらに精神医療においても、患者さんの同意なしに強制的に拘束したり、治療を行うという側面があります。これはどういうことなのかも考えてみる必要があると思いました。
 また、そういえば精神医療博物館がないな〜と思いました。精神医療も、歴史的には、多くの負の側面を伴っていました。そうした事実を包み隠すことなく、いい点も恥ずべき点もそのままに示す博物館があるといいと思います。拘束道具や、水浴などの昔の治療法の展示などを行い、保護室体験もできます。場所は都立松沢病院敷地内がいいかと思います。ちなみに松沢病院には小さな資料館がありますが、一般には公開されていません。

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2006/07/23

硫黄山/川原湯温泉街のあし湯(★★★)/和琴温泉露天風呂(★★★)

 養老牛温泉・湯宿だいいちでのんびりしたぽん太とにゃん子ですが、今日は屈斜路湖、網走を抜けて、サロマ湖に行く予定です。
P7050120 まず、硫黄山に立ち寄りました。硫黄山の駐車券は、摩周湖第1展望台と共通になっています。山の標高はわずか512m。駐車場から平地をちょっと歩くと、煙を上げる噴気地帯を見学できます。
P7050128 硫黄山の近くに、川湯温泉があります。硫黄山に近いことからわかるように、硫黄で真っ白に濁った酸性のお湯です。ぽん太とにゃん子は、川湯温泉街の足湯を利用しました。もちろん無料です。近くに川湯エコミュージアムセンターの駐車場がありますので、路駐せずにそこを利用しましょう。とても気持ちよかったです。
P7050131 次に立ち寄ったのが、屈斜路湖湖畔の和琴温泉です。ここには和琴温泉露天風呂がありますが、はっきり言って、雰囲気は観光地にある池という感じです。ぽん太は入る気満々でタオルを持って行きましたが、まわりに観光客がたむろしていて、とても入ることはできません。足だけつけて帰って来ました。無色透明で、けっこう熱いです。ここから10分弱歩くと、無料混浴内風呂の和琴共同浴場あるそうで、そちらの方が入浴しやすそうです。

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2006/07/22

【温泉】養老牛温泉の湯宿だいいちは、もてなしの心が嬉しかった

P7050116 雄阿寒岳に登ったぽん太とにゃん子は、養老牛温泉の湯宿だいいちに泊まりました。見渡す限りの平地になかにありながら「秘湯」というのが、本州の感覚では考えられない北海道の広さです。
P7050269 建物も新しく、観光バスも乗り付ける宿ですが、それでも混雑した雰囲気がないのは、これまた北海道の広さでしょう。豊富な湯量に支えられた、内湯、露天を合わせた数多くの風呂は、それぞれに個性があって面白く、大勢の客を飲み込んでもなおゆとりがあります。
 お湯もやや熱めながら肌に優しい無色透明のお湯でした。
 ぽん太とにゃん子の泊まった部屋はロッジ風の部屋で、いわゆる「秘湯」風ではありませんでしたが、広くてとても気持ちがよかったです。
P7050115 料理もとてもおいしく、造りたてのが次々と運ばれて来ました。朝食のバイキングも、三泊ぐらいして全部食べてみたかったです。
 なんといっても従業員全員に活気があり、宿泊客をもてなす気持ちに満ちあふれているのが一番でした。朝はロビーで餅つきをしていて、つきたての餅で造った大福をお土産にもらいました(2006年7月宿泊)。

@ニフティ温泉のぽん太のクチコミ

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2006/07/21

【登山】雄阿寒岳山頂から雌阿寒岳を見る

 雌阿寒岳を門前払いされたぽん太とにゃん子は、阿寒湖温泉・民宿桐で一泊した翌日、雄阿寒岳にチャレンジしました。

M0607041【山名】雄阿寒岳(1370.5m)
【山域】北海道
【日程】2006年7月4日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】快晴
【コース】滝口登山口(8:21)…雄阿寒岳山頂(12:01-12:32)…滝口登山口(15:14)
【マイカー登山情報】登山口に十数台停められるスペースあり。
【見た花】コケイラン(初)、イチヨウラン(初)、エゾクサイチゴ(初)、ササバギンラン、ミヤマハンショウヅル、ウコンウツギ、ハクサンチドリ、シロバナハクサンチドリ、イソツツジ、イワウメ、ミネズオウ、ヒメイチゲ、チシマヒョウタンボク、コヨウラクツツジ、コミヤマカタバミ、クルマバツクバネソウ、ナルコユリ、ギンリョウソウ、ツバメオモト、チゴユリ、マイヅルソウ、ゴゼンタチバナ

P7040064P7040079P7040103
コケイランイチヨウランエゾクサイチゴ

P7040111 雄阿寒岳は、阿寒湖の東側に位置します。雌阿寒岳は現在も噴火しているため、頂上付近が火山礫地帯となっていますが、雄阿寒岳は山頂まで緑に覆われています。そのため花の種類では負けるようですが、樹林帯のなかで見つけたコケイランとイチヨウランは可憐で美しく、ぽん太は初めて見ました。ヘビイチゴに似た白い花は、シロバナノヘビイチゴに似ていますが、この花はどの図鑑を見ても、東北以南にしかないと書いてあります。ネットで調べたところ、エゾクサイチゴらしいのですが、形態的にどこが違うのかよくわかりません。
P7040215 登り始めは深い樹林帯のなかの道ですが、5合目あたりで見晴らしが開けます。少し雲がかかってきてしまいましたが、阿寒湖の向こうに雌阿寒岳が見えました。あっちにも登りたかった!なお、この山の合目の標識は、5合目までの間隔が異様に長いので、ペース配分に注意が必要です。
 頂上からは、遥か彼方に斜里岳、羅臼の山々が見えました。

ぽん太の過去の記事へのリンク
梅雨を逃れて斜里岳の花(2005/07/13)
羅臼岳も花だらけ(2005/07/16)

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2006/07/20

阿寒湖温泉の巨大ホテルの間のちっちゃな民宿桐(★★★)

P7040061 マリモのふるさと阿寒湖のほとりにある阿寒湖温泉は、観光バスが何台も乗り付けるような大きなホテルが多いですが、民宿桐はこじんまりとした、くつろげる宿です。P7030051とはいえお風呂は源泉掛け流し。泉温が55度と熱いので、水でうめて入ります。無色透明の肌触りの柔らかいお湯です。浴槽も、ちっちゃいながらもトドマツ造りの本格派です。1階はアイヌ製品を中心にしたお土産屋さんで雰囲気があり、アイヌコタン(アイヌ村)にも近いです。「天然」マリモも売っています。食事もラムのしゃぶしゃぶがついて、料金からすると、とってもリーゾナブルです。阿寒湖温泉に泊まりたいけど、巨大ホテルは避けたいというひとにお薦めです。
P7030058 で、アイヌコタンにはたくさんのお土産屋さんが並んでいますが、なかでも熊の家の地下にあるアイヌ民族資料館に展示されている、藤戸竹喜の木彫りの作品は見事です。リンク先の写真で見るより、実物は数段すごいです。一見の価値はあります。

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2006/07/19

【登山?】雌阿寒岳敗退してオンネトー湖散策

P7030003 7月上旬、ぽん太とにゃん子は、日本百名山のひとつ、雌阿寒岳を目指して北海道の地を踏みました。天気は快晴!近づくにつれて噴煙を上げる雌阿寒岳が迫って来て、気合いが高まります。 し、しかし、登山口に着いてみると……
P7030008噴火で登山禁止でした。
 登山を計画しても、悪天候や時間切れで敗退することがありますが、これは不戦敗というか、門前払いです……。
M0607031 しかたがないので、まず、オンネトー湯ノ滝まで往復1時間のハイキングコースを歩くことにしました。気軽なハイキングコースなのに、ときどき、妙に重装備の人に会います。きっとぽん太と同じように、登山禁止を知らずに雌阿寒岳に登りに来た人たちでしょう。
 見た花は、エゾノタチツボスミレ、ミヤマオダマキ、エゾノレイジンソウ、ゴゼンタチバナ、マイヅルソウ、ギンリョウソウ、ツマトリソウ、クルマムグラなどでした。
P7030032 湯ノ滝という名前の通り、温泉が湧いていて暖かいお湯が流れて来ます。昔は入浴できたようで、湯船の跡がありますが、現在は自然保護のため入浴することはできません。
P7030041_1 さらに体力が余ったので、オンネトー湖を一周しました。観光客で賑わう阿寒湖と違って、とても静かで美しい湖でした。

P7030043 あまりに天気がいいので、摩周湖に行ってみました。思った通り、霧ひとつなく、すべてを見渡すことができました。
P7050119 ちなみに、翌々日に撮った霧の摩周湖です。
 摩周湖第1展望台の駐車場は、硫黄山駐車場とセット券で有料となりますが、摩周湖第3展望台の駐車場は無料です。ただしお土産屋は第1展望台にしかありませんので、目的によって選ぶといいでしょう。
P7030092 帰りに「摩周湖のアイス」によりました。注文はもちろん摩周ブルー。甘さ控えめながら、素材がいいのでとても濃厚です。詳しい情報はこちらの公式ホームページをご覧下さい。

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2006/07/18

【自立支援法】医療費が払えず通院中断しそうな人がいます!

 2006年4月1日から障害者自立支援法が施行され、同日から自立支援医療費制度がスタートしました。これは、これまでの精神科通院医療費公費負担制度(通称32条)に換わるものですが、すでにさまざまな問題点が指摘されています。
 東京都の場合、これまでの32条では、収入が一定以下の患者さんは、医療費が無料になっていました。ところが今回の自立支援医療費では、これまで無料だった患者さんの多くが有料(医療費の1割負担)となりました。ただ、収入に応じて、一ヶ月あたりの医療費の自己負担額に上限が設けられました。
 ところがここに大きな問題があるのです。32条では「患者さん自身の」収入によって判断されたのですが、自立支援医療費では、「患者さんと同じ健康保険に入っている家族全体の」収入によって判断されることになったのです。たとえば患者さん自身が無収入であっても、親に一定の収入があれば、自己負担額が多くなるのです。
 これは「障害者の面倒は、まず家族が見ろ」と言っているようなものです。大家族制度が崩壊し、核家族が増えて行くなかで、社会的弱者を家族が支えるのではなく、社会全体で支えていこうというのが、福祉の大きな流れです。お年寄りの介護保険も、こうした流れのなかでできたものです。けれども、自立支援医療費の制度は、こうした流れに逆行するものです。
 こうした理念上の問題だけでなく、現実的に、医療費が患者さんの大きな負担になってきています。
 で、こんかいぽん太の診療所で、1割の自己負担額が払えないために、通院を中断しそうな患者さんが出て来ました。自立支援医療費の問題点をわかりやすく指摘するために、個人情報に触れない範囲でご報告したいと思います。

 患者さん(Aさんとしておきましょう)は、精神障害のため定期的な服薬が必要で、しかも働いてお金を稼ぐ力はありません。ですから32条のときは、医療費の自己負担はゼロでした。ところが自立支援医療費制度のもとでは、Aさんは、一定の収入がある父親と二人で暮らしているので、自己負担は1割で、月額の上限は1万円となります。しかしこのお父さんが、収入はあるものの、ギャンブル好きで多額の借金を抱えており、Aさんに医療費を渡してくれません。
 Aさんは、市役所や保健所などに相談に行ったようですが、生活保護は、父親に収入があるので無理だし、世帯分離のために一人暮らしをするのも、生活能力がないので不可能です。障害年金は、年金保険料を治めていなかったので受けられません。「先生に、タダで見てもらえないか相談したら?」などと、いい加減なアドバイスをする職員もいたようですが、「それだったら、あなたが自分でお金を貸してあげたらええやろ」とぽん太は言いたいです。Aさんは、「どこに相談してもダメだし、もう薬もやめて、家に閉じこもるしかないですね」などと言い出す始末です。
 とりあえずぽん太から市役所に電話を入れ、対応してもらうことにしました。お父さんを訪問してくれるそうですが、どこまで効果があるのか。また健康保険を親と別々にする方法もありますが、健康保険料は払ってもらえるのか?とりあえず、少しでも薬代を安くするために、薬価の高い非定型抗精神病薬をやめて、薬価の安い従来型に切り替えてみました。わざわざ新しいいい薬に切り替えたのに、再び古い薬に戻すのは、なんかぽん太自身も納得がいかないです。「お金がない人は、使える薬も制限される」という時代がついに始まったようです。
 通院中断による病状悪化という事態にならぬよう、祈るばかりです。

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2006/07/17

【忍野八海】天祥庵の蕎麦(★★★)/角屋豆腐店(★★★★)

P6290046 木喰の里微笑館で精神が満たされたぽん太とにゃん子は、次は腹を満たすべく、忍野にある蕎麦屋の天祥庵に向かいました。茅葺きの雰囲気ある建物で、富士山の伏流水で打った蕎麦は有名です。
P6290107 焼きみそと、山菜やなめこなどの具をのせて食べる「ぶっかけそば」が有名なようですが、ぽん太とにゃん子は迷わず「せいろ」を注文。漆塗りのちょっと珍しいざるにのって出て来る蕎麦を、辛味大根を薬味にいただくと、そば粉の香りが口にひろがります。窓の外に広がる林の緑も美しかったです。
 細かいデータが知りたい方は、たとえばこちらのじゃらんのページをどうぞ。

 おいしい蕎麦を堪能したぽん太とにゃん子は、さらに近くの角屋豆腐店にみちくさです。情報はこちらのページがわかりやすいです。
 お店に入ると、椅子とテーブル、カウンターが目に入ります。「食堂もやっているのかな」などと思っていると、店員さんが試食の豆腐を出してくれます。それも試食とは思えないほどの量で、蕎麦を食べたばかりのぽん太は「食べきれないほど」でした。大豆の味がとても濃くて、おいしいお豆腐でした。

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2006/07/16

木喰の里微笑館は「微妙」だった

 下部温泉大市館で一泊したぽん太とにゃん子は、国道300号を東へ向かい、峠を越えて富士五湖方面から帰ることにしました。
 その途中でみちくさしたのが、木喰の里微笑館です(案内はたとえば身延山ロープウェイのページや、山梨新報社のページをどうぞ)。以前から気になっていたのですが、こんかい行ってみることにしました。
 木喰(もくじき)ってなんでしょう?木喰は江戸時代末期の上人で、日本各地に独特の笑顔を持つナイーブな仏像を数多く残したことで有名です。木喰についてもっと知りたい方は、たとえばウィキベディアのページをどうぞ。また仏像の写真を見たい方は、こちらのグーグルのイメージ検索結果をどうぞ。
 で、木喰が生まれたのは、現在の山梨県南巨摩郡身延町古関字丸畑で、そこに木喰の里微笑館が造られたのです。し……しかし……

道が不便すぎ

 カーナビで行き先を設定しても、道が細すぎて経路が表示されません。国道を何度か行ったり来たりしたあと、「道の駅しもべ」のちょっと東の交差点に小さな案内を発見して左折。そこからさらに左手前に鋭角に分岐するほそ〜い道へ、車を切り返してようやく曲がります。そして、すれ違いもできない山道を延々と登って行くと、ようやく木喰の里微笑館に着くのです。
 もっとちゃんとした道があるはずだと思い、あとで微笑館の職員さんに「どの道が一番いいですか」と聞いたのですが、ぽん太たちが来た道がメインのルートと知ってびっくりです。なんでこんな不便なところに造ったのでしょうか?これでは観光バスも絶対に入れません。また、車がないひとはどうするのでしょう?案の定、見学者はぽん太とにゃん子だけでした。
 なにはともあれ館内を見学です。まず、木喰の刻んだ仏像をいろいろ見ようと思いましたが……。

本物の木喰の仏像が一つしかない

 たしか一つだった気がします。あとはレプリカと写真でした。ちょっとがっかりです。
 とはいえ、アットホームな資料館で、たった一人の職員さんもお客が来たのがうれしかったのか、木喰に関するビデオを見ているあいだ、なんとお茶とお菓子をサービスしてくれました。また資料の解説もして下さいました。
 この資料館は、仏像よりも、自筆の古文書が充実していて、小泉総理が引用していた(こちらの小泉内閣メールマガジンをどうぞ)「まるまると まるめまるめよわが心 まん丸丸く 丸くまん丸」という歌を木喰が自筆で書いた歌集が展示されていることは、職員さんが解説してくれたおかげでわかったことです。
 木喰が諸国を遍歴したときに背負った笈も展示してあります。木喰の仏像はいいから、古文書などの資料を見たいという方は、細い山道の運転がイヤでなければ行ってみて下さい。

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2006/07/15

【登山】日向山の花崗岩の絶景と下部温泉大市館【温泉】

P6290042 最近は、まず泊まる温泉を決めてから登る山を探すことにしているぽん太とにゃん子です。
 温泉は、木造の建物が美しい下部温泉の大市館(だいいちかん)にしました。公式ホームページはこちら、@ニフティ温泉のぽん太のクチコミはこちらです。つげ義春が泊まった宿だそうです。ただ泊まりたい方は、団体客お断りはいいのですが、小学生以下の子供と、男だけのグループもお断りなので、注意が必要です。

 で、山ですが、近ごろ朝の出足もすっかり遅くなったので、甲斐駒の北にある日向山(ひなたやま)にしました。簡単に登れる低山なのに、花崗岩のダイナミックな風景が楽しめるのが特徴です。

M0606281【山名】日向山(1659.6m)
【山域】南アルプス前衛
【日程】2006年6月28日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】曇り
【コース】矢立石登山口(11:39)…日向山(13:26)…錦滝…矢立石登山口(14:51)
【マイカー登山情報】駐車スペースは10台くらいだったかな〜。ゲート前の林道にもちょっと停められます。
【見た花】ツクバネソウ、ヒメレンゲ、タガソデソウ(初)

P6280012
タガソデソウ

P6280015 先週の甘利山は花でいっぱいでしたが、こんかいの日向山は花もあまりなく、林のなかの単調な山道を登って行きます。
P6280021 日向山の山頂はよくわからないうちに通り過ぎ、やがて突然、花崗岩の白ザレの斜面に飛び出します。ここが雁ヶ原です。高曇りでしたが甲斐駒ケ岳がうっすらと見え、低山とは思えない壮大な景観でした。
 帰路は急な斜面を下って錦滝を見て、林道を歩いて矢立石の登山口に戻りました。
 全行程わずか3時間ちょっとでしたが、ダイナミックな景観を味わえる山でした。

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2006/07/13

美ヶ原温泉には道祖神がいっぱいあった

 美ヶ原温泉には道祖神がたくさんありました。ホテル翔峰のホームページのなかのこちらの地図には5つの道祖神が載っていますが、ほかにもいくつかあります。

P6220065 わでの道祖神です。大きな石に道祖神と刻んであり、誰が見てもひと目で道祖神とわかります。島崎藤村の作品『三人』のなかで描かれているそうですが、現在のものは新しく作り替えられているそうです。
P6220068 辻堂の道祖神です。男女の神様がなかむつまじそうに並んで合掌しています。
P6220074 藤井の道祖神です。躍動感がありますが、比較的新しい気がします。
P6220075 新井の道祖神です。これは……説明不要ですね。
P6220080 荒町の道祖神です。お花畑に囲まれています。
P6220081 兎川寺の道祖神です。
P6220083 下金井の道祖神です。だいぶ風化していますが、ひなびた感じでいい味を出しています。

 で、道祖神ってなんだ?川口謙二編著『日本の神様読み解き事典』(柏書房、1999年)によると、道祖神とは集落のはずれや道の辻に立つ石神ですが、その形象はさまざまだそうです。江戸時代の中期以降に、大名の城を造り終わった石工が、村々を回りながら思い思いの構想で造ったと考えられるそうです。道祖神は性の守り神で、そのまんま「セイの神」と呼ぶ地方もあるようです。またある地方では「サイの神」と呼び、この場合は、悪心の侵入を防いだり、性や出産の神様でもある塞の神(さいのかみ)とも関連しているようです。

 道の辻にある石神というと、庚申塚というのもあります(写真を見たい方はこちら)。これは庚申待ちとか庚申講という風習から来たもので、60日に一回の庚申の日に人々が集まって一晩あかすのだそうです。庚申待ちは、平安時代から鎌倉時代までは貴族の間でだけ行われていたそうですが、だんだんと庶民に浸透し、江戸時代には全国的に広まったそうです。また室町時代末期から、庚申待ちの供養塔を建てることが流行し始めたそうです。庚申の本体が何なのかは、はっきりとわからないようです。

 道の辻にある石神というと、石敢當というものもあります。沖縄でよく見かけますが、石敢當という字を刻んだ石板が、四つ角や行き止まりに立っていたり、塀に埋め込まれていたりします(写真を見たい方はこちらをどうぞ)。読み方は正しくは「いしがんどう」なんだそうですが、沖縄では「いしがんとう」と読むのが普通で、また「せきかんとう」という読み方もあるようです。沖縄から南九州に多いそうですが、北限は山形県鶴岡市にあるそうです。敢当とは「向かうところ敵なし」という意味だそうで、悪魔・悪疫を払うためのものですが、起源は中国にあるそうです。

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2006/07/11

美ヶ原温泉は『日本書紀』に出てくる束間の湯か?

 甘利山でレンゲツツジを堪能したぽん太とにゃん子は、美ヶ原温泉(美ヶ原温泉旅館組合のホームページはこちら)で一泊しました。松本から車で十数分という近さなので、会社の宴会をターゲットにした温泉街かと思っていましたが、実は落ち着いた由緒あるところでした。
P6210055_2 泊まった宿は和泉屋善兵衛(公式ホームページはこちら)です。感想は@nifty温泉のぽん太のクチコミに書いてあります。なかなかいいところです。

 上記の美ヶ原温泉のホームページのなかに、『日本書紀』に美ヶ原温泉が出てくることを示した、以下のような記述があります。
 「美ヶ原温泉の歴史は、遠く奈良良時代初めにまでさかのぼります。時の天武天皇が『束間の温湯』に行幸せんと、三野王に信濃の国の地形図を献上させた旨が『日本書紀』に記されていますが、この『束間の温湯』こそが、今の美ヶ原温泉なのです」(http://www.mcci.or.jp/www/utsukushi/onsen.html)。
 そこでぽん太の手元にある現代語訳の『日本書紀〈下〉』(宇治谷孟訳、講談社学術文庫、1988年)を見てみると、天武天皇は14年9月24日にご病気になられたそうですが、10月10日に「軽部朝臣足瀬(かるべのあそんたるせ)・高田首新家(たかたのおびとにいのみ)・荒田尾連麻呂(あらたおのむらじまろ)を信濃に遣わし、行宮(かりみや)つくりを命じられた。おそらく束間温湯(つかまのゆ)(浅間温泉か)においでになろうとしたのであろうか」(304ページ)と書かれています。この訳者は美ヶ原温泉ではなく、近くの浅間温泉と考えたようです。しかし天武天皇は、そのまま病気から回復することなく、翌年の9月9日にお亡くなりになりますから、実際に束間温湯に行くことはなかったようです。
 で、三野王に関しては、もっと以前の12年閏2月28日に、「この日、三野王(みののおおきみ)・小錦下釆女臣筑羅(うねめのおみつくら)らを信濃に遣わして、地形を視察させられた。この地に都を造ろうとされるのであろうか」(297ページ)と書かれてあり、閏4月11日に「三野王らが信濃国の図面をたてまつった」(298ページ)と、地図ができあがったことが書かれています。ただこの地図の目的は、温泉に行くためではなく、都を造るためではないか、と『日本書記』の著者は考えています。
 ですから『日本書紀』に書かれていることをまとめると、「ご病気になった天武天皇は、おそらく束間温湯に入るため、信濃に行宮を造ったが、結局は入らないまま亡くなった。またそれ以前に、おそらく都を造るため、三野王らに信濃の地図を作らせた」ということになります。
 で、束間温湯が美ヶ原温泉かどうか、という問題が残っているわけで、じじつ本書の現代語訳者は、浅間温泉と考えているわけです。そこでこんどは浅間温泉旅館組合のホームページを見てみると、「この束間の湯とは筑摩の湯のことで、筑摩郡の中の浅間か山辺湯ノ原のどちらか、または筑摩地域にある温泉の総称であるのか確証はありませんが、先の桜ヶ丘古墳により、当時、天武天皇に仕えた有力な氏族が浅間温泉にいた事を考えると、浅間温泉こそが束間の湯なのであろうと推察する事ができます」と書いてあります。山辺湯ノ原とは現在の美ヶ原温泉の旧名ですが、浅間温泉のほうは、はっきりとはわからないとしながらも、浅間温泉に軍配を上げています。
 ちなみに「松本かるた」の「あ」は「浅間の湯 山辺もともに 筑摩(つかま)の湯」だそうですが、松本市公式ホームページによれば、束間の湯が浅間温泉か山辺温泉(美ヶ原温泉)かははっきりしないので、両方とも束間の湯ということにしましょう、ということで、両方の観光地を擁する松本市としては丸くおさめたいようです。

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2006/07/09

7月は障害年金の診断書で大忙しです

 7月は、障害年金を受給している患者さんの診断書が一度に来るので、書類かきで大変です。ぽん太のちっちゃな診療所でも、一ヶ月で十数枚の診断書を書かないといけません。これが非常に書くところが多いので、一枚書くのに30分ぐらいかかります。診断書料を考えても、書けば書くほど赤字ですが、年金をもらっている患者さんから、高額の診断書料をもらうわけにもいきません。せめてパソコンで打ち出せるようにしてくれるだけで、手間が非常にはぶけるのですが……。
 厚生年金の場合は、患者さんの誕生月に診断書を出すので書く時期がばらけるのですが、国民年金の場合、なぜか7月にまとめて来るのです。お役人さん、少しはこっちの手間も考えて、分散させてくれませんかねえ。
 (2011.12.6付記:ある年の7月に、ぽん太が実際にどのくらいの書類を書いたかの実例はこちら → 【医療改革】書類を減らすだけで医者不足は解消できる)。

 障害年金とは、身体や精神の障害を負った場合に支給される年金です。障害の程度で額が変わりますが、1級で月10万弱、2級で月8万弱です。精神の障害を持つかたにとっては、大きな経済的支えとなります。
 受給の条件は非常に複雑な部分がありますので、国民年金のひとは市役所の国民年金課、厚生年金のひとは社会保険事務所、共済年金のひとは各事務所で聞いてみるのがいいでしょう。社会保険庁のホームページの解説がありますが、これではよくわかりません。こちらの障害年金サポートセンターのページの方がわかりやすいかもしれません。

 ところで障害年金に関して、以前からぽん太が疑問に思っていたことがあります。身体障害の場合、例えば片腕がなければ何級、というふうに決まっていて、そのひとが一生懸命リハビリをして生活能力を高めようが、あるいは会社に就職しようが、基本的には年金の支給額は変わりません。収入があろうがなかろうが、ハンディキャップがあるひとを応援していこうという視点です。ところが精神障害の場合は、作業所への通所などを通して日常生活が自立できるようになったり、就職をしたりすると、障害の等級が下がって支給額が減り、場合によっては支給されなくなってしまいます。つまり、努力してリハビリをすればするほど、年金収入が減ってしまうのです。これではリハビリの意欲がおきません。これはタヌキの世界の理屈からすると明らかにおかしいので、リハビリをしても等級が下がらないようにしろ!と、ぽん太はあちこちで文句を言っているのですが、人間たちはへたな冗談だと思ってぽん太を笑うのです。
 もっとも、身体と精神とでは、障害の性質が異なることは、よく知られています。例えば1980年のWHO国際障害分類(ICIDH)では、障害の概念は、疾病または変調disease or disorder、機能障害impairments、能力障害disabilities、社会的不利handicapsにわけられます(たとえばこちらの全家連のページをどうぞ)。身体障害の場合は、疾病と機能障害と能力障害は、はっきり区別できますが、精神障害の場合はこれらが混ざり合っている側面があるのです。ですから精神障害のばあい、身体障害のようにすっきりいかないのです。
 なお全家連のページも書かれているように、WHOは2001年に新しいWHO国際障害分類(ICF)を採択し、障害を新たな観点から捉えようとしておりますが、それについてはまた別の機会にみちくさすることにしましょう。興味のある方は、例えばこちらの厚労省のページをご覧になるといいでしょう。

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