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2006/07/11

美ヶ原温泉は『日本書紀』に出てくる束間の湯か?

 甘利山でレンゲツツジを堪能したぽん太とにゃん子は、美ヶ原温泉(美ヶ原温泉旅館組合のホームページはこちら)で一泊しました。松本から車で十数分という近さなので、会社の宴会をターゲットにした温泉街かと思っていましたが、実は落ち着いた由緒あるところでした。
P6210055_2 泊まった宿は和泉屋善兵衛(公式ホームページはこちら)です。感想は@nifty温泉のぽん太のクチコミに書いてあります。なかなかいいところです。

 上記の美ヶ原温泉のホームページのなかに、『日本書紀』に美ヶ原温泉が出てくることを示した、以下のような記述があります。
 「美ヶ原温泉の歴史は、遠く奈良良時代初めにまでさかのぼります。時の天武天皇が『束間の温湯』に行幸せんと、三野王に信濃の国の地形図を献上させた旨が『日本書紀』に記されていますが、この『束間の温湯』こそが、今の美ヶ原温泉なのです」(http://www.mcci.or.jp/www/utsukushi/onsen.html)。
 そこでぽん太の手元にある現代語訳の『日本書紀〈下〉』(宇治谷孟訳、講談社学術文庫、1988年)を見てみると、天武天皇は14年9月24日にご病気になられたそうですが、10月10日に「軽部朝臣足瀬(かるべのあそんたるせ)・高田首新家(たかたのおびとにいのみ)・荒田尾連麻呂(あらたおのむらじまろ)を信濃に遣わし、行宮(かりみや)つくりを命じられた。おそらく束間温湯(つかまのゆ)(浅間温泉か)においでになろうとしたのであろうか」(304ページ)と書かれています。この訳者は美ヶ原温泉ではなく、近くの浅間温泉と考えたようです。しかし天武天皇は、そのまま病気から回復することなく、翌年の9月9日にお亡くなりになりますから、実際に束間温湯に行くことはなかったようです。
 で、三野王に関しては、もっと以前の12年閏2月28日に、「この日、三野王(みののおおきみ)・小錦下釆女臣筑羅(うねめのおみつくら)らを信濃に遣わして、地形を視察させられた。この地に都を造ろうとされるのであろうか」(297ページ)と書かれてあり、閏4月11日に「三野王らが信濃国の図面をたてまつった」(298ページ)と、地図ができあがったことが書かれています。ただこの地図の目的は、温泉に行くためではなく、都を造るためではないか、と『日本書記』の著者は考えています。
 ですから『日本書紀』に書かれていることをまとめると、「ご病気になった天武天皇は、おそらく束間温湯に入るため、信濃に行宮を造ったが、結局は入らないまま亡くなった。またそれ以前に、おそらく都を造るため、三野王らに信濃の地図を作らせた」ということになります。
 で、束間温湯が美ヶ原温泉かどうか、という問題が残っているわけで、じじつ本書の現代語訳者は、浅間温泉と考えているわけです。そこでこんどは浅間温泉旅館組合のホームページを見てみると、「この束間の湯とは筑摩の湯のことで、筑摩郡の中の浅間か山辺湯ノ原のどちらか、または筑摩地域にある温泉の総称であるのか確証はありませんが、先の桜ヶ丘古墳により、当時、天武天皇に仕えた有力な氏族が浅間温泉にいた事を考えると、浅間温泉こそが束間の湯なのであろうと推察する事ができます」と書いてあります。山辺湯ノ原とは現在の美ヶ原温泉の旧名ですが、浅間温泉のほうは、はっきりとはわからないとしながらも、浅間温泉に軍配を上げています。
 ちなみに「松本かるた」の「あ」は「浅間の湯 山辺もともに 筑摩(つかま)の湯」だそうですが、松本市公式ホームページによれば、束間の湯が浅間温泉か山辺温泉(美ヶ原温泉)かははっきりしないので、両方とも束間の湯ということにしましょう、ということで、両方の観光地を擁する松本市としては丸くおさめたいようです。

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コメント

通りすがりさん、コメントありがとうございます。
早速wikiを読んでみました。別所温泉が束間の湯という説もあるんですね。勉強になりました。
またぽん太のブログにお立ち寄り下さい。

投稿: ぽん太 | 2015/08/24 17:37

束間の湯について、wikiの別所温泉の項をご参照下さい。
別所温泉は国分寺が近くにあり、現在の別所温泉が鎌倉時代の寺院別所(別院)を建立したことで、名称が変更になったものと思われます。

投稿: 通りすがり | 2015/08/22 11:17

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