« 【自立支援医療費】上限管理票の交換日記は煩雑すぎ | トップページ | 作業所に年齢制限ーーで、どこに行けばいいの? »

2006/09/02

清春芸術村は社会に背を向けたスノッブな空間だ

P8100225 青木鉱泉で凛とした気分になったぽん太とにゃん子は、長坂にある清春芸術村に行ってみました。そのなかにある清春白樺美術館は、上記のホームページによれば、「1983年(昭和58年)に清春芸術村の施設として建設された清春白樺美術館は、武者小路実篤、志賀直哉など『白樺』の同人が建設しようとしてその夢を果 せなかった“幻の美術館”を、武者小路、志賀の両氏を敬愛し、個人的にも親交のあった吉井長三が実現したものです」と書いてあります。ん? 武者小路実篤? 志賀直哉? 幻の美術館? これは行ってみなければなりません。
 で、行ってみると、かなり不便な場所にあります。で、入り口には、「ここは創作の場なので敷地内での飲食はご遠慮願います」みたいな表示がしてあります。最初に目につくのは、南アルプスを背景にたたずむ、ラ・リューシュという煉瓦造りの美しい建物です。この建物は、芸術家の創作の場として、アトリエと生活設備を備えているのだそうです。
 しかし、ぽん太は思いました。確かに風光明媚なところだけれど、中東では戦争が起きて人が死んでいる時代に、世間から隔絶されたところで芸術に没頭してていいのでしょうか? 
 で、ラ・リューシュの解説を読んでさらに驚きました。この建物は、もとはエッフェル塔で有名なギュスターブ・エッフェルが1900年のパリ万博のパビリオンとして建設したもので、それがパリのモンパルナスに移築されてアトリエに改装され、若き日のシャガール、スーチン、モジリアニなどが住んだところとして有名なのだそうです。清春芸術村のラ・リューシュはそれを模して、1981年に建てられたものだそうです。
 パリの有名な建築をまねた建物を日本に造るとは、なんという俗物根性、西洋コンプレックスでしょうか。しかも当時のモンパルナスは物価や家賃が安い寂れた郊外で、そこにお金のない芸術家たちが集まってコミュニティーをなしていたのであり、そこはまさに社会のまっただ中であり、けっして世間から隔絶された理想郷ではありませんでした。清春芸術村のラ・リューシュのアトリエの使用料は1日6000円だそうです。一ヶ月借りたら18万円で、この家賃ではシャガール、スーチン、モディリアニが借りることができません。
 なんじゃ〜、やっぱ白樺派っていうのは、学習院出のお坊ちゃんのお遊びだな〜という気がするのですが、まてよ、もう一度清春白樺美術館の公式ホームページの解説を読み直してみると、「武者小路実篤、志賀直哉など『白樺』の同人が建設しようとしてその夢を果 せなかった“幻の美術館”を、武者小路、志賀の両氏を敬愛し、個人的にも親交のあった吉井長三が実現したものです」とある。つまり清春芸術村は、白樺派の人たちによるものではなく、白樺派に関わりがあった吉井長三が勝手に造ったものではないか。とすれば責任は吉井長三にあり、白樺派の作家たちにはない。実際、白樺派の人たちはどこで「幻の美術館」について語っているのか、と疑問は尽きないのですが、このへんでみちくさは止めておきましょう。
 清春芸術村の庭の一角に、茶室 徹(てつ)があります。路上観察学会で有名な藤森照信の設計だそうですが、これではゲゲゲの鬼太郎の家です。
 ところで「幻の美術館」ではなくて、武者小路実篤の「新しき村」というのがあったような気がします。これもぽん太はよく知りませんが、ググってみると、1918年に宮崎県児湯郡木城町に「新しき村」を建設したものの、1938年にダム建設により水没し、1939年に埼玉県入間郡毛呂山町に「新しき『新しき村』」が造られたそうです。こんな近くに「新しき村」があったとは知りませんでした。そのうち行ってみたいと思います。
 ちなみに、ぽん太がむかし北海道で行き当たりばったりの旅をしていたとき、ニセコ町の有島というところを通りかかりました。ここは白樺派の有島武郎が農場開放を行ったところで、現在は有島記念館があります。そこでぽん太は、有島武郎が精神病院で看護人をしていたことを知ったのですが、それについては時を改めてみちくさすることにいたしましょう。

|

« 【自立支援医療費】上限管理票の交換日記は煩雑すぎ | トップページ | 作業所に年齢制限ーーで、どこに行けばいいの? »

旅・宿・温泉」カテゴリの記事

コメント

小金昭さん、コメントありがとうございます。
ははは、また反対票ですか。参りました。
深く反省して勉強させていただきます。
できましたら、この本を読みなさいとか、この画家を調べなさいとか具体的に教えていただけると、助かるのですが……
よろしくお願いします。

投稿: ぽん太 | 2008/11/18 18:48

最初のコメントをなさったかにほぼ同感。人はなぜ芸術を欲するか。芸術とは何か、そこら辺をもう少し勉強すべきでしょう、ぼんた太さん

投稿: 小金昭 | 2008/11/15 22:55

「中東では戦争が起きて人が死んでいる時代」だからこそ、一方で「世間から隔絶されたところで芸術に没頭」するような部分もなくてはならないのです。役に立つかたたないか、金になるかどうかなど、経済性や実用性だけを基準に求める社会や国家の将来など危ういものだ。吉井長三は白樺派の面々との深い親交を持ち、その芸術に対する理念に共感したからこそ、私材を投じこのような施設を実現したのです。もう少し物事を深く考えないと駄目だよ。

投稿: 車太郎 | 2007/12/29 16:06

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 清春芸術村は社会に背を向けたスノッブな空間だ:

« 【自立支援医療費】上限管理票の交換日記は煩雑すぎ | トップページ | 作業所に年齢制限ーーで、どこに行けばいいの? »