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2006年10月の19件の記事

2006/10/31

【和食】京都東山の阿吽坊(あうんぼ)で京料理を味わう(★★★★)

Pa240012_1 上賀茂神社、大徳寺、下鴨神社(と書いて気がつきましたが、カミガモ神社とシモガモ神社は、「カモ」という漢字が違うんですね〜)を観光したぽん太とにゃん子は、京料理とお酒を楽しみたいと思い、東山は高台寺の近く、阿吽坊(あうんぼ)に行きました。
Pa240008_1 雑誌で見て感じがよかったので、直接店まで偵察に行ったところ雰囲気は良さそうでした。ただ入り口にメニューが置いてないので料金が不明。直接聞くのも気が引けるので、店の前から携帯で電話をして料金を聞いたところ、ぽん太の持ち合わせの葉っぱで払えそうだったので、「5分ぐらいしたら行きます」と言って近くの土産物屋で時間をつぶし、店を訪れました。ふふふ、店の人は見事にぽん太の術で化かされました。
Pa240022 落ち着く和風のお座敷は庭に面しています。奥にはカウンターもありました。6615円也の「一汁八菜」という簡易コース料理を頼みましたが、食べきれないくらいの量でした。ぽん太は和食の美味しさを表現する語彙を持たないので、「これは和食の上賀茂神社や〜」と言っておきましょう。
 皆さんにもお勧めいたしマス。

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2006/10/29

【蕎麦】京都北山「もうやん」の紙鍋蕎麦はいいね(★★★★)

Pa240003_1 おいでやす。精神科医ぽん太の診察室どすぇ。ということで、ぽん太は第二のふるさと、いや第三、第四かな?とにかく京都に行ってきました。
Pa240002_1 北山通といえば京都の原宿だか青山だか言われていますが、数十年前は通り沿いにまだカブ畑が点在していました。しかし今ではおしゃれな店が立ち並んでいます。北山通沿いにある京都府立植物園は、昔々、ここでデートをすると別れるという伝説がありましたが、ググってみると現在でもその伝説は生きているようです。
Pa240005 で、植物園の北側にある蕎麦屋「もうやん」に行きました。ちょっとモダンな内装ですが、店員さんはアットホームな雰囲気です。
 いつももり蕎麦を味わうぽん太とにゃん子は、「石臼十割もり」を頼もうとしましたが、隣りのひとが食べていた「紙鍋蕎麦」がとてもおいしそうだったので、石臼十割もりと、紙鍋蕎麦の「湯葉そば」を、ひとつずつ注文しました。
Pa240002 石臼十割もりは、細めんで香りが強く、味も濃かったです。対するだしは京風(?)の薄味で、全体としては「ふつうにおいし〜」味でした。
 湯葉蕎麦は、紙鍋に入ったダシを固形燃料で加熱したもので京野菜を煮て、蕎麦と湯葉をくぐらせていただくものでした。京風のダシに野菜も蕎麦も良く合って、とてもおいしかったです。
 総合評価は4点ですが、せっかくですから紙鍋蕎麦を食べてみるようお勧めいたします。

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2006/10/28

【医療】アメリカ流の社会的入院解消策はすごい

 「ロスの病院、患者捨てる 救急車で安宿街に」というタイトルの記事が、2006年10月25日の朝日新聞に出ていました。

 その記事によると、「米ロサンゼルスの民間病院を退院した患者5人が、救急車に乗せられて市中心部近くの安宿などが集まる地域に置き去りにされたことが24日、ロサンゼルス市警の調べでわかった。病院のほか近所の行政機関までが貧しい患者らを「捨てに来る」として日ごろから問題になっていた。現場をビデオに収めた市警は、患者の保護を定めた連邦法違反などの疑いで捜査に乗り出した」のだそうです。
 つまり、病院に入院して治療を行い、病気がある程度改善して入院の必要はなくなったけれども、退院先や受け入れ先がない患者を、病院が車で運んで安宿街に放置しているのです。
 記事によれば、こうした行為は複数の病院が以前から行っていたものだそうです。

 入院治療の必要がなくなったにもかかわらず、家庭で介護できない、施設が空いていないなどの理由で、退院できずに入院を続けていることを、「社会的入院」といいます。日本では医療制度改革の一環として、社会的入院の解消が声高に叫ばれています。社会的入院を減らすことは、患者さんの人権という視点からも、医療費の削減という視点からもいいことのように思えますが、どっこい現実はそう簡単ではありません。退院した患者さんの受け皿がホントにあるのかという問題があるからです。

 社会的入院の解消は、身体疾患や高齢者に関しては、「療養病床の削減」というかたちで進められています。たとえばこの2006年10月6日の朝日新聞の記事にもあるように、全国に38万床ある療養病床のうち約6割を、平成12年度までに削減しようと言うのが政府の方針です。この削減する23万床分の受け皿があるのかどうかが問題になっており、行き場を失った「医療難民」、「介護難民」が出現しないとも限りません。2006年10月26日の朝日新聞の記事にあるように、中央社会保険医療協議会では、アンケートをもとに約4万人の患者が介護難民になりかねないと主張する日本医師会と、データの解釈に偏りがあるとする健康保険組合側が、真っ向から対立している状態です。

 精神障害の領域では、2003年(平成15年)から実施されている新障害者プランにおいて、条件さえ整えば退院可能な社会的入院患者が全国で7万2千人いるとされ、10年間で解消することが目標に掲げられました。こちらに関しても、受け皿が不十分なのではないかと言われてきました。今年になって厚労省は、2006年8月24日の朝日新聞の記事にあるように、精神科病院の一部を「退院支援施設」に転用することを認めるという秘策を打ち出しました。患者さんが入院していた病棟が、名前だけ「退院支援施設」に変わり、いつの間にか退院したことになるという画期的(?)な制度ですが、当然障害者団体からは反発の声が上がっています。

 どうなるにせよ、アメリカのようにだけはなってほしくないというのが、ぽん太の願いです。

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2006/10/23

【怒り】精神障害者保健福祉手帳が写真入りになることについて医療機関へ連絡がない

 平成18年10月1日から、精神障害者保健福祉手帳が写真入りになったそうです。
 「なったそうです」というのは、そのことについて医療機関には何の連絡もなく、患者さんに聞いて初めて知ったからです。
 写真入り手帳への変更に関して、「え、そんなの聞いてない」というかたは、たとえばこちらの中部総合精神保健福祉センターのホームページのなかのファイルをご覧下さい。
 今月になってある患者さんから、「障害者手帳の診断書を書いて欲しい」と申し出がありました。びっくりして事情を聞いてみると、「自宅に手紙がきて、障害者手帳が変わるので申請しないといけないと書いてあった。市役所で診断書の用紙をもらってきたので、書いてほしい」とのことでした。ぽん太は何のことかわからず、市役所に電話で聞いてみて、精神障害者保健福祉手帳が写真入りに変わることを初めて知りました。で、よく聞いてみると、現在持っている手帳は、そのまま有効期限まで使えるとのこと(→ということは、そもそも今、申請をする必要がありません)。で、どうしても早めに写真入りの新様式の手帳を欲しい場合でも、診断書の添付は不要とのこと(→ということは、市役所で診断書の用紙を患者さんに渡したのは間違い)。で、仮に手帳を更新する場合でも、この患者さんは障害年金を受けているので年金証書のコピーがあればよく、診断書はいりません(→市役所が診断書の用紙を渡したのは二重の間違い)。というわけで、正しい手続きの仕方を、患者さんに懇切丁寧に説明してあげました。
 ちゅうことで、本来なら行政がやるべきことを医療機関のぽん太が肩代わりしているわけで、さらに行政の間違いまで訂正してあげているわけです。だったらあらかじめ医療機関に、「これから手帳の制度がこれこれに変わりますので、患者さんの説明などよろしくご協力お願いします」ぐらいの挨拶があって当然じゃろう、というか、それが社会人の常識ではないか、とぽん太は思うのである。もしも行政が「障害者手帳は福祉の制度だから医療機関は関係ない」というのなら、例えばこの患者さんの場合、医療機関としては、患者さんの申し出どおりに診断書を書けば義務を果たしたことになります。しかしそのばあい診断書料がかかるのであって、患者さんに損失を与えたことになります。行政は、自分の説明のミスによって患者さんに負わせた損失を、補償してくれるのでしょうか? それに診断書料は、患者さんのためを思って、書けば書くほど赤字になる安い値段に設定しているので、余分な診断書を書くことは医療機関にとっても損失なのです。
 ほかの患者さんに、自宅に届いた手帳変更に関する文書を見せていただきました。いかにもお役所の文書で、障害者手帳を持っている患者さんたち全員が理解できるようなものではありません。見たけどわからず不安になったり、ほったらかしにしている患者さんがいっぱいいるはずです。
 江戸時代には高札場(こうさつば)というものがあり、法令をここに掲示することで、民衆に周知させようとしていました。現在の行政が、インターネットに掲示さえすれば国民に周知させたと考えているのなら、それは「インターネット高札場制度」と言えるでしょう。行政は国民にさまざまな制度を周知させる義務があると考えられます。この「周知の義務」というのが、今後の行政に求められるキーワードだというのが、タヌキ界での常識です。

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2006/10/22

【温泉】はやぶさ温泉は源泉掛け流しの隠れた名湯(★★★★★)

Pa130021 北奥千丈岳、国師岳の登山の帰りに汗を流そうと思い、雑誌で見つけてなにげなく立ち寄りました。公式ホームページはこちらです。場所は恵林寺の近くです。
 外観は大変地味で、従業員の応対も田舎素朴系。どうせカルキ臭い循環式の温泉だろうと思っていたのですが、入ってびっくり。pH9.95という強アルカリ性のお湯の源泉掛け流しで、これでもかというほどの湯量です。浴室は男女別の内湯があり、それぞれに露天風呂がついています。内湯はひなびた雰囲気。露天は国道近くのため視界は開けていませんが、とにかく豊富な湯量を見たら、細かいこと言いっこなし! 洗い場の蛇口から出るのも温泉です。
 地元のひとでにぎわっているのもうなづけます。こういった立ち寄り湯としては最高レベルで、まさに穴場。出会えたことがうれしいです(2006年10月入浴)。

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2006/10/21

【登山】大弛峠から北奥千丈岳、国師岳、天狗岩

 今日も秋晴れ。どこか紅葉でも見ながら歩きたいなということで、大弛峠に行くことにしました。ゆっくり東京をたち、時間が許せば金峰山まで、時間がなければ国師岳方面に行く予定でした。しかし、おっちょこちょいのぽん太とにゃん子は、交通情報をよく確かめずに行ったので、焼山林道の入り口である塩平まで行って初めて通行止めであることを知りました。杣口に回って杣口林道を通って大弛峠に着いたときは、もうお昼すぎ。金峰山までいくのは無理なので、国師岳方面に登ることにしました。皆さんはくれぐれも事前に交通情報をご確認ください。

M06101901【山名】北奥千丈岳(2601m)、国師岳(2591.8m)
【山域】奥秩父
【日程】2006年10月13日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】快晴
【コース】大弛峠(12:14)…北奥千丈岳(13:15)…国師岳…天狗岩(14:02)…大弛峠(15:17)
【マイカー登山情報】大弛峠まで行く林道はいくつかのアプローチがあるが、しょっちゅうどこか通行止めになっているので注意が必要。登山前に必ず下記のリンク先などで確認のこと。林道自体はほぼ舗装されており、普通の乗用車でまったく問題ありません。また峠付近の道路脇に駐車場がありますが、ぽん太が行った平日でさえ満車になっていたので、土日などは道路の片側にぎっしり縦列駐車になると思われます。
【参考リンク】
・山梨県のホームページの林道交通情報
 http://www.pref.yamanashi.jp/cgi-bin/rindo/kisei_data.cgi?area=2
・山梨市のホームページの林道交通規制情報
 http://www.city.yamanashi.yamanashi.jp/040/d01000034.html

 登山開始がお昼過ぎだったので、登り初めて10分の「夢の庭園」で早くも昼食です。眺めがよくて気持ちよかったです。
 国師岳という名前は、夢窓国師にちなんでつけられたといわれています。夢窓国師は夢窓疎石(むそうそせき)とも呼ばれ、鎌倉時代から室町時代初期の臨済宗のお坊さんです。ぽん太が以前ブログ「多治見の永保寺を見て『ととや』の蕎麦を食べた」(2005/12/09)で書いた永保寺が、夢窓疎石の開山でした。山梨県甲州市に恵林寺というお寺があります。武田信玄の菩提寺で、来年は大河ドラマの影響で多くの人が訪れることでしょう。で、この恵林寺を開山したのが夢窓疎石とされています。「夢の庭園」という名前は近年に付けられたものと思われますが、何となく「庭園で有名な夢窓疎石」っぽい感じがします。

Pa130019 そこから、階段が完璧に整備された、車でいえば高速道路のような登山道をひと登りで北奥千丈岳の山頂に着きます。奥秩父の最高点です。さらに国師岳山頂に行きましたが、まだ歩き始めて1時間。ちともの足りません。
Pa130007 どうしようかと迷っていたら、稜線上にちょこんと乗っかった岩が目にとまりました。地図で確かめると天狗岩という名前のようです。せっかくなのでそこまで往復することにしました。甲武信岳に続く稜線から折れて、天狗尾根に入ると、道が不明瞭になり、ちょっとした岩場もあるので、ハイカーの方々は行かない方がいいと思います。
Pa130009 遠くから見ると天狗岩の上に避雷針のようなものが見えたのですが、近づいてみると剣でした。こ、これはなにやら由緒がありそうな!!
 で、ぐぐってみると、大嶽山那賀都神社(だいたけさんながとじんじゃ)と関係しているようです。場所は、西沢渓谷あるいは雁坂トンネルに通じる国道140号線をちょっと西にはいったところのようですが、ホームページを見ると、明治時代の建築ながら、けっこう立派な神社のようです。由緒を見てみると、「人皇十二代景行【けいこう】天皇の御代、日本武尊【やまとたけるのみこと】東夷御征定【とういごせいてい】の砌【みぎり】、甲武信の国境を越えさせ給う時神助【しんじょ】を蒙り、神恩奉謝の印として国司ヶ岳の天狗尾根(2,159M)に佩剣【はいけん】を留め置き三神を斎【いつ】き祀る。(現・奥宮)」と書かれており、日本武尊東征のおりに天狗岩に剣が祀られたとされており、天狗岩は奥宮であるようです。ということは、神社から奥宮である天狗岩まで道があったと思われますが、現在の登山地図を見てもよくわかりません。

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2006/10/20

【雑学】青森の大石神ピラミッド・キリストの墓の由来

 青森には、自分勝手で不思議な伝説が多いようです。普通なら、こんな伝説を主張したらすぐ否定されたり馬鹿にされたりするはずだと言うのを躊躇するような伝説が、なぜか残っています。おそらく青森が、近畿や関東などの支配的権力が及ばない、みちのくのさらに奥に位置しているせいかもしれません。
 自分勝手で不思議な伝説というのは、今回訪れた新郷村の大石神ピラミッドやキリストの墓以外にも、青森市の梵珠山(ぼんじゅさん)には釈迦の墓があり、また竜飛岬からは源義経が大陸にわたったという伝説は有名です。さらに昭和48年頃に世に出た古文書『東日流外三郡誌』(つがるそとさんぐんし)には、古代の津軽には大和朝廷に対抗する強大な王朝があったと書かれており、一時はマスコミに村おこしを狙う自治体までもが加わって大騒ぎをしたものの、結局は偽書ということで決着がついた事件も有名です。また東北町には日本中央の碑というのもあります。ぽん太も20年ほど前に行ったことがありますが、その頃は道ばたの祠のなかにあったように記憶していますが、いまでは立派な保存館までできているようです。

P9220125 で、ぽん太とにゃん子は大石神ピラミッドとキリストの墓をみちくさしました。アクセスマップはこちらをどうぞ。それぞれの細かい情報を知りたいは、各自ググってみてください。
P9220118 で、ぽん太の興味は、こういった伝承がどのように生まれたかなのですが、歴史は以外と短く、なんと昭和10年です。新郷村役場のホームページのなかのキリストの墓のページを見ると、「……そんな突拍子もない仮説が、茨城県磯原市(現北茨城市)にある皇祖皇大神宮の竹内家に伝わる竹内古文書から出てきたのが昭和10年のことです。竹内氏自らこの新郷村を訪れ、キリストの墓を発見しました」と書かれています。また同じく大石神ピラミッドのページを見ると、「竹内古文書によると、エジプトのピラミッドよりも古い数万年前のピラミッドが、日本には7基あるとされています」と書かれています。ということで、どうやら「竹内古文書」というのがすべての発端のようです。「竹内氏」とは、ほかの情報も参照すると、「竹内巨麿」(たけうちきょまろ)のようで、「皇祖皇大神宮」というのも正確には「皇祖皇太神宮」のようで、こちらがそのホームページですが、どうやら新興宗教のひとつのようです。竹内古文書(竹内文書ともいうようです)が本物かどうかは、各自でぐぐってみてご判断ください。
 ちなみに石川県の宝達志水町にはモーゼの墓があるようですが、こちらも皇祖皇太神宮が関係しているようです。
 ちなみに竹内巨麿に心酔した山根キクが書いた『キリストは日本で死んでいる』が、キリストの墓伝説をさらに補強することになったのですが、その山根キクの孫のホームページがあるのでご紹介しておきます。なかなかおもしろいです。
 ちなみに、Wikipediaのキリストの墓という項目によれば、キリストの墓は世界各地にあるようです。

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2006/10/19

【温泉】宝川温泉汪泉閣の混浴露天風呂(★★★★)と坤六峠(こんろく峠)の紅葉

Pa090002 ぽん太はタヌキ仲間、もとい医者仲間で群馬県の宝川温泉汪泉閣に行ってきました。15年ぐらい前に日帰りで立ち寄ったことがありますが、タヌキのぽん太には、温泉に行く途中のクマが怖かったことを覚えています。
 宝川温泉といえば、何といっても渓流沿いにいくつもつくられた露天風呂で有名です。川の片側に混浴露天風呂がふたつと女性専用風呂がひとつあり、吊り橋を渡って川の反対側に、もうひとつ混浴露天風呂がありますが、どれも開放感抜群です。混浴露天風呂には、家族連れも含め、バスタオルを巻いた女性がけっこう大勢入浴していました。一般にはバスタオルで入浴はマナー違反ですが、ここの露天風呂はひとつひとつが大きいし、全体的に開放的でのんびりしたムードに包まれ、レジャーランドっぽい雰囲気なので、バスタオル・オーケーという感じでした。
Pa090001 男女別の内湯もありますが、こちらは普通でした。
 源泉は4本あり、とにかく湯量が豊富で、どの風呂も源泉掛け流しです。お湯は無色透明で、泉質は単純温泉(弱アルカリ性低張性高温泉・弱アルカリ性低張性低温泉)です。
 ぽん太たちの部屋はコンクリート造りの東館だったのですが、木造の本館や旧館の方が趣きがあるようです。
 食事もおいしく、熊汁も臭みがなくて肉も柔らかかったです。
 やはり露天風呂の評価が高く、木造の部屋に泊まったら5点だったかも。

Pa090008 翌日は坤六峠(こんろく峠)を通って帰りました。10月9日で紅葉には早いかと思われましたが、峠付近の標高が高いところで見事なブナの紅葉でした。
 坤六峠というのは変わった名前ですが、こちらのページによると、当時県知事であった神田坤六の名をとったものだそうです。

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2006/10/18

【蕎麦】ごしょ野の自家栽培の十割蕎麦はうまい(★★★★★)

P9230158 ごしょ野は岩手県は雫石、有名な小岩井農場の近くにある蕎麦屋です。
P9230152 外観は特に趣きがあるわけではなく、内部も普通の民家のようです。ぽん太とにゃん子が訪れたのは1時頃だったのですが、限定30食の十割蕎麦を頼んでみたら、運良く残っていました。注文してから蕎麦を打っているのではないかと思うほど、時間がかかります。そのあいだは、食べ放題のおいしい漬け物で時間をつぶしましょう。舞茸の天ぷらもジューシーでおいしかったです。
P9230154 ようやく出てきた蕎麦は細めですが、香りが強くて味も濃く、田舎蕎麦風のしっかりした味です。対するつゆも濃いめでちょっと甘く、蕎麦の味をしっかり支えます。ワサビはなく、紅葉おろしでいただきます。とっても美味しゅうございました。蕎麦屋としては久々の5点満点です。

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2006/10/17

【温泉】秋田県の杣温泉旅館は山奥の素朴な秘湯(★★★★★)

P9220134 杣温泉旅館は、秋田県の森吉山の北の山中にある一軒宿です。森吉山といえばマタギで有名ですが、マタギとは、農業を営みつつ山に入って熊などの狩猟をするひとたちのことです。杣温泉のご主人もマタギの一人だそうです。
P9220140 ぽん太とにゃん子以外に客がおらず、宿一軒貸切でした。建物は金属のサイディングが貼られた木造建築で、山奥の家という感じです。客室はこざっぱりとした和室でした。
P9220144 お風呂は混浴の露天と、男女別の内風呂があります。露天は野趣あふれる素朴な石風呂。内湯はいなかの温泉風のタイルの風呂です。どちらも源泉掛け流しがうれしいです。お湯は無色透明で、pH8.5と弱アルカリ性の柔らかい湯で、泉質はナトリウム・カルシウムー塩化物・硫酸塩泉。泉温は53.7度。
P9220237 お食事は山の幸がいっぱいで、鯉の洗いに天然鮎の塩焼き、地鶏鍋、さまざまな山菜など、素朴ですがとても美味しかったです。
 夕食後、妻のにゃん子と露天風呂に入りに行ったら真っ暗でした。電気のスイッチを探しましたが見つからず、目が暗闇に慣れるのを待って、真っ暗ななかお風呂に入りました。空を見上げたら満点の星で感動しました。途中で気づいてくれたらしく、電気を着けてくれましたが、星空の下の露天風呂はとても素敵でした。また、朝食後にもう一度露天風呂に入りに行ったら、掃除のためにお湯が抜かれていました。チェックアウトしてから掃除をすればいいのにと思いましたが、この素っ気なさが秘湯風でいいです(皮肉ではなく)。
P9230147 帰りがけに母屋の部屋をのぞいたら、とても素敵なムードでした。女将は快適さを考えて新しい部屋に通してくれたのだと思いますが、こちらの古い部屋に泊まりたかったです。満点の星にちなんだわけではありませんが、ぽん太の評価は満点です(2006年9月宿泊)。

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2006/10/16

【温泉】ひなびた秘湯の谷地温泉は最高(★★★★★)

P9220102 八甲田山のふもとの大自然のなかに、谷地温泉があります。
 山小屋風の黒い木造の建物が、秘湯の雰囲気をかもし出します。扉を入るといきなりお土産屋になっていて、そこのレジが宿のフロントを兼ねています。館内の内装も、湯治風でひなびた感じです。
 お風呂は、古い混浴の浴室と、新しい(といっても既に木が真っ黒になっています)女性風呂がありますが、女性客のリクエストが多かったとのことで、時間帯で逆になります。どちらも湯船が二つあり、片方は無色透明の38度の湯、他方が白濁した42度の湯になっていて、両方とも酸性で硫黄の臭いがします。泉質は単純硫黄温泉です。低温の湯の人気が高く、みな長時間入っているので混雑しています。混浴の方は、二つの湯船のあいだに木のふたがあり、開けると飲泉用の升になっていて、ヒシャクでお湯をすくっていただきます。
P9210187 夕食も地元の素材を使った素朴な料理で、豪華ではありませんが満足できます。
 観光バスも入っており人里離れた秘湯という雰囲気ではありませんが、ひなびた湯治の雰囲気、とくに混浴の湯殿がすばらしく、秘湯好きのぽん太の評価は高いです。
 ところでこの温泉は、三大秘湯のひとつとうたっていますが、ほかの二つはどこでしょうか? Wikipediaによれば、北海道のニセコ薬師温泉と徳島の祖谷温泉とのことですが、具体的にどの旅館をさすのか、誰が決めたのか、ぽん太にはわかりません(2006年9月宿泊)。

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2006/10/15

【登山】秋晴れの八甲田山とまんじゅうふかし(ふかし湯)

P9210080 台風13号も完全に通り過ぎ、台風一過の秋晴れです。岩手山、岩木山と天候に恵まれませんでしたが、今日は気持ちよい八甲田山登山が楽しめそうです。

【山名】八甲田山(大岳)(1584.6m)
【山域】東北
【日程】2006年9月21日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】快晴
【コース】酸ケ湯温泉(9:55)…毛無岱…大岳(12:31)…仙人岱…酸ケ湯温泉(15:09)
【マイカー登山情報】酸ケ湯温泉から少し登ったところに広い無料の公共駐車場がある。すいている日なら酸ケ湯温泉の駐車場に停めさせていただくこともできるが、迷惑にならぬよう端っこに停めたいもの。
【参考リンク】
・青森市ホームページのなかの八甲田山のページ
 http://www.city.aomori.aomori.jp/kanko/kaib01.html
・八甲田山ロープウェイのトレッキングのページ
 http://www.hakkoda-ropeway.jp/lnks/trekking/hakkoda.html
・八甲田のさまざまな地図があります
 http://www.actv.ne.jp/~munakata/T_tizu.html

 当初は公共駐車場に車を停め、地獄湯沢沿いに南から登って行く予定でしたが、駐車場に観光バスが何台も泊まっていて、ジャージの学生が大勢準備していたので、急きょ反対まわりをすることにしました。平日ですいていたので酸ケ湯温泉の駐車場に車を停めさせていただき、昼食用に売店でおにぎりと五平餅を買って出発しました。
 ところでぽん太は10年ほど前の元気だったころに、ゴールデンウィーク前にテレマークスキーを履いて八甲田山に登ったことがあります。地獄湯沢沿いのコースから大岳に登り、大岳の大斜面を小岳に向かって滑降。小岳山頂まで再び登り返し、今度は南西に向かって滑降。硫黄岳と石倉岳の鞍部を通って酸ケ湯温泉に戻りました。快晴の暖かい日で、とても気持ちがよかったです。
P9210085 そして今日も気持ちのよい快晴。毛無岱の湿原はすっかり秋の装いで、ところどころ草紅葉が始まりかけていました。遠くに岩木山が見えました。
 大岳山避難小屋付近の稜線にさしかかるとけっこうな北西の風が吹いていました。学生さんたちがベンチに整然と座り、強風に吹かれながらお弁当を食べていました。
 大岳山頂も風は強いものの快晴で360度の展望が得られました。北は青森湾、西に岩木山、南には岩手山、そして鳥海山も見えました。頂上から少し南に下って風を避けたところでのんびりと昼ご飯。その後ゆっくりと下山しました。

P9210094 まんじゅうふかし(ふかし湯)に寄りました。酸ケ温泉からちょっと坂を登ると左手に地獄沼があり、ちょっとした駐車スベースがあります。そこに車を停めて道の反対側の道を下っていくと、川沿いに東屋があります。木の椅子の下を蒸気が通っているらしく、座ると暖かくて、まんじゅうになった気分になります。もちろん無料ですから、足湯の気分で行ってみるといいですよ。

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2006/10/14

【温泉】蔦温泉旅館は東北の歴史ある名湯(★★★★)

P9200060今宵の宿は、八甲田山の南に位置する歴史ある宿、蔦温泉旅館(つたおんせんりょかん)です。創業は明治42年とのこと。美しいブナの原生林に囲まれた一軒宿ですが、玄関前には池もあり、けっこう大きくてにぎわっている旅館です。P9210144大正7年築という木造の本館は堂々とした風格ある建物で、歴史を感じさせます。天井が高くガラス窓がいっぱいあるので、なんだか昔の学校みたいです。
 本当は古い本館の部屋に泊まりたかったのですが、あいにくいっぱいで、平成元年築の西館の宿泊でした。落ち着いた和風の部屋でした。
P9210140 お風呂は男女時間入れ替え制の久安の湯と、男女別の内風呂泉響の湯があります。露天風呂はありません。久安の湯は、ブナで造られた歴史を感じさせる建物ですが、どことなく湯治風のひなびた雰囲気も漂います。一方、泉響の湯は青森ヒバで造られているそうで、高い天井は折り重なった梁で支えられ、重厚感と格調が感じられます。
P9200126 どちらももちろん源泉掛け流しなのですが、なぜかどこからもお湯が流れ込んでいません。それもそのはず、蔦温泉の湯船はどれも自然湧出の源泉の上に造られており、床板の隙間からお湯が湧き出す仕組みです。無色透明の柔らかいお湯で、泉質はナトリウムー硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物泉(低張性中性高温泉)、泉温は43.8度とのことです。
P9200136 食事も地元の山の幸に、八戸から届いた海の幸が加わり、とても美味しかったです。
 東北の歴史ある温泉という感じでとてもよかったです。今度はぜひとも古い本館に泊まってみたいです。

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2006/10/13

【レトロ】黒石の中町こみせ通りは江戸時代のアーケード

P9200117 弘前の北東に黒石市があります。黒石市といえば青荷温泉などがある黒石温泉郷が有名ですが、こんかいぽん太とにゃん子が訪れたのは中町こみせ通りです。
P9200058黒石藩時代の古い街並がほぼそのままの形で残っているのだそうですが、何といっても目玉は「江戸時代のアーケード」です。日差しや吹雪から人を守るため、木造のアーケードが江戸時代に造られたのだそうです。この道は日本の道100選に選ばれており、また2005年に国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されています。P9200059また高橋家住宅は国指定重要文化財で、1763年に建てられたこの商家は、いまでは一角が喫茶室になっていますが、これから八甲田山のふもとの温泉まで足を伸ばさないといけないぽん太とにゃん子は、外観を見学しただけで美しい街並をあとにしました。

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2006/10/12

白神山地(マザーツリー・暗門の滝歩道)に異議あ〜り!

P9190011 岩木山の登山を終えたぽん太とにゃん子は、白神山地に向かいました。とはいえ、今回の旅では本格的な登山をする時間的余裕はないので、ちらっと遊歩道を歩くだけです。
 白神山地は原生状態の美しいブナ林が有名で、世界遺産に指定されています。いくつかの登山道や遊歩道があるようですが、どこを歩くと何が見えるのかをわかりやすくガイドしたホームページが見あたらないのが残念です。
P9190014 まずは津軽峠のマザーツリーに行きました。道は途中から未舗装になりますが、乗用車で普通に入れます。津軽峠に車を停め、3分ほど歩くとマザーツリーと呼ばれるブナの大木があります。立て札によると、推定年齢400年、幹の直径は148cmだそうです。なかなか立派な木です。しかし、そこに至る歩道がコンクリートで舗装されているのが気になりました。
P9200048 次にアクアグリーンビレッジANMONに車を停め、暗門の滝歩道を歩いてみました。ここは観光バスもたくさん入ってきて、観光客がいっぱいです。こちらの道もコンクリートや鉄パイプなどの建設資材で完全に整備されています。しかもまわりには大したブナがありません。道は川をさかのぼって、やがて三つの滝に至るのですが、ぽん太とにゃん子は滝を見るために白神山地に来たのではありません。最初の滝のところで早々に引き返しました。帰りは脇道のブナ林散策道を通りました。さすがにこちらには美しいブナ林がありましたが、細い木が多く、これだったら雨飾山玉原のブナなど、もっと立派なブナ林はいくらでもあると思いました。
 そもそも白神山地が世界遺産に指定されたのは、手つかずの美しいブナ林によってです。その肝心のブナ林があまり見れないところに、コンクリートや建設資材を使った歩道を作り、観光バスを呼び込んで、滝を見せる、というコンセプトにぽん太は大いに疑問を持ちました。おそらくここを訪れた観光客は、ブナなどちっとも見ないまま、「白神山地の自然はよかった〜」という感想を抱いて帰るのでしょう。
 暗門の滝歩道の入り口で歩道整備のための協力金を集めていました。しかしぽん太は、このような歩道を整備するために募金をする気には、どうしてもなれませんでした。

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2006/10/11

【登山】強風の岩木山はリフトが動かず

P9200044 嶽温泉の縄文人の宿で炭火焼を堪能したぽん太とにゃん子でしたが、翌朝の天気は曇り。宿から眺める岩木山山頂は厚い雲に覆われています。しかし台風13号も北海道の上を西に遠ざかりつつあるので、山頂を目指すことにしました。

【山名】岩木山(1625m)
【山域】東北
【日程】2006年9月20日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】曇り、強風
【コース】8合目駐車場(9:36)…岩木山山頂(10:30)…8合目駐車場(11:32)
【マイカー登山情報】津軽岩木スカイラインの終点の8合目駐車場に広い無料駐車場あり。

 百名山のなかにも簡単に登れる山がいくつかありますが、岩木山もそのひとつでしょう。なんせ津軽岩木スカイラインで8合目まで車で行き、そこからリフトに乗れば、30分歩くだけで山頂に到着するのです。あゝ、軟弱。
 ところが、スカイラインの料金所のおばさんが、恐ろしい言葉を吐いたのである。「今日はリフト止まってますけどいいですか」。なんでも台風が接近したためリフトの椅子をロープで結わえてしまったらしい。ぽん太は戦意喪失しかけましたが、まあリフトの分も歩けばいいか、と思い直したのでした。
 8合目駐車場の売店の横から登山道に入ります。おそらくほとんどのひとはリフトを使うのでしょう、ヤブが生い茂った細い道はけっこう急です。わざわざリフトを使わずに登る人なんかいないだろうと思いましたが、何人かとすれ違いました。途中振り返ると日本海や白神山地が目に入りますが、だんだんと厚い雲のなかに入って展望がきかなくなります。リフト終点からの道に合流すると、岩場の急登となり、けっこうなアルバイトです。おまけに山頂付近はまたしても強風が吹き荒れていました。山頂には岩木山神社奥宮がありました。
 軽い気持ちで登るつもりだったのですが、岩場も迫力があり、しっかり登山をした気分になりました。頂上からの展望を楽しめなかったのが残念です。

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2006/10/10

ロシアのチェチェン紛争を告発していたポリトコフスカヤさん殺される

 10月8日に衝撃的なニュースが飛込んできました。

 10月7日、プーチン政権批判で知られるロシアのジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ氏が射殺されているのが見つかった
  [モスクワ 7日 ロイター] ロシア警察によると、プーチン政権への批判で知られるロシアのジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ氏が7日、自宅アパートの建物内で射殺されているのが見つかった。
 警察関係者は、ロイターに対して「エレベーターから出る際に、2発の弾丸で殺害されたもようだ。隣人が遺体を発見した」と話している。
 警察は、エレベーター内で、ピストルと弾丸4発を発見したという。
 ポリトコフスカヤ氏はロシア南部チェチェン共和国などでのプーチン政権による人権侵害を取材し、数々の賞を受賞、国際的な評価も高い。
 ポリトコフスカヤ氏が勤める新聞社の副編集長は「職業上の理由で殺されたのではないか。ほかに動機は考えられない」との見方を示した。
 検察当局者も、現場で記者団に、殺人事件として扱うと話している。
 (ロイター) - 10月8日16時11分更新

 以前にぽん太は、ポリトコフスカヤの『チェチェン やめられない戦争』(三浦みどり訳、NHK出版、2004年)について書いたことがありました。その本で彼女は、ロシアのチェチェン問題を告発したのでした。チェチェン問題は、一般に言われているような独立派テロリストとロシア政府の戦いではなく、テロリストとロシア政府との馴れ合いの狭間で国際社会からも見捨てられて悲惨な生活を送っている一般民衆の問題なのでした。この問題は、ロシアが無視しているのはもちろんのこと、アメリカも見て見ぬ振りをし、日本のマスメディアも黙殺しています。
 ポリトコフスカヤは、以前にも、飛行機のなかで客室乗務員が出した紅茶を飲んで毒殺されかかったこともありますが、今回はとうとう殺されてしまいました。今回の彼女の殺害の背後にロシア政府があるのか、あるいは彼女の活動を快く思わなかった勢力によるものなのか、ロシア情勢に不案内なぽん太には皆目わかりませんが、「いまでもロシアでは、政府に批判的なひとが殺されることがある」という事実は確かなようです。そして日本もそのような国にならないという保証はありません。
 フロイトの「死の本能」は、現在の日本では心理学の概念として扱われる傾向があります。しかし、ぽん太はその概念は、第一次世界大戦から第二次世界大戦へと向かう時代における、フロイトの叫びであると思われるのです。そしてその叫び声は、ついに北朝鮮が核実験を行った現代にもこだましているように思えます。

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2006/10/08

【温泉】嶽温泉の縄文人の宿は豪快な炭火焼がうまい(★★★★)

P9190063 弘前で洋館と五重塔を観たぽん太とにゃん子は、岩木山のお膝元の嶽温泉(だけおんせん)にある縄文人の宿に泊まりました。
P9190030 残念ながら嶽温泉の雰囲気は、いなかの温泉という感じでちょっと寂れていますが、そのなかにあって縄文人の宿は民芸風で風情があります。客室は母屋に3室、離れが2室とこじんまりしており、離れにはそれぞれ専用の露天風呂があるそうですが、ぽん太の泊まった日は残念ながら離れがふさがっていて、母屋の宿泊となりました。とはいえ、落ち着きのある民芸調の部屋で、とてもくつろげました。
P9190036 母屋の内湯は青森ヒバ造りでぬくもりがあります。二つの浴槽があり、一方はうす濁りで、他方は真っ白に湯の花が舞いますが、同じ源泉の温度を変えているだけだそうです。酸性の湯ですが硫黄臭はありません。もちろん源泉掛け流しで、湯量は豊富です。
P9190082 夕食は、魚介類や山の幸を、囲炉裏の炭火で自分で焼いていただきます。山のふもとで魚介類は一見不自然に思われますが、青森は海の幸の宝庫であることも忘れてはなりません。花咲ガニやホタテ、カキ、サザエなど、食べきれないほどです。それから嶽きみ(だけきみ)と呼ばれるトウモロコシがちょうど旬で、とても甘くておいしかったです。最近は全国的に知られてきたようです。
 ご主人も優しくて親切です。
 浴室の雰囲気と濃厚なお湯、豪快な炭火焼の得点が高く、4点です(2006年9月宿泊)。

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2006/10/07

【観光】弘前のレトロな洋風建築と最勝院五重塔を訪ねる

P9190019 暴風雨のなか岩手山に登り藤七温泉彩雲荘で疲れを癒したぽん太とにゃん子は、今日は岩木山に登る予定でした。しかし、日本海を北上してきた台風13号が、今日の午後に青森に最接近するという予報に恐れをなし、弘前見物に切り替えました。弘前の観光名所はいろいろありますが、こんかいは洋館巡りをしてみました。
 津軽藩の城下町であった弘前は、明治以後多くの外国人教師や伝道者を受け入れ、たくさんの洋館が建てられました。戦災を免れたため、そうした洋館がいくつも残っています。写真は旧弘前市立図書館で、明治39年に造られたルネッサンス様式の建物です。P9190027_1そのほかの洋館の案内は、たとえばこちらの社団法人弘前観光コンベンション協会のページをご覧下さい。
 こちらは最勝院五重塔です。日本最北の五重塔だそうで、重要文化財に指定されています。1667年に竣工されたものだそうです。

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