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2006/12/24

【仏教】千葉県の日蓮ゆかりの寺々を巡る(その2)鏡忍寺・日蓮寺

Pc070069 誕生時・清澄寺を訪ねたぽん太とにゃん子は、続いて鏡忍寺を訪れました(地図はこちらです)。このお寺は、小松原法難と関係があります。1264年、伊豆の流罪が許されて故郷に戻った日蓮は、小松原で念仏信者の地頭、東条景信に襲われ、左手を骨折し、額に傷を負います。また弟子の工藤吉隆と鏡忍坊日隆が命を失いました。そのとき槙(マキ)の大木の上に現れた鬼子母神が景信をにらんだだめ、驚いて逃げ去ったと言われています。Pc070076日蓮は鏡忍坊をこの地に葬り、のちに吉隆の子供がこの寺を建立したそうです。
 境内は樹々に囲まれて広々としており、古めかしく静かで落ち着きます。鬼子母神が現れたという槙の大木や、鏡忍坊の墓もあります。また向唐門は、とても柔らかな茅葺きの門です。
Pc070096】 最後に訪ねたのは日蓮寺です。上に書いた小松原法難で大怪我をした日蓮が、ここに逃れてきて岩砂で血止めをし、一命を取り留めたという言い伝えのあるお寺です。観光地としてマイナーなようで、ネットにもあまり情報がないので、少し詳しくお伝えしましょう。地図はこちらですが、けっこう細い道です。数台の駐車場があり、そこから階段を登って行きます。山間の静かで小さなお寺です。
Pc070091 入り口の案内板で、次のように書かれています。

「岩高山日蓮寺(日蓮宗)
 当山は岩高山日蓮寺と称し、建治三年(一二七七)中老僧寂日房日家上人によって開創されました。
 日蓮聖人は、文永元年(一二六四)十一月十一日小松原法難の際、地頭の東条景信から襲撃をうけ、眉間に三寸余り刀傷を負いました。からくも死地を脱した聖人は、北浦忠吾、忠内とともに岩高山に入りました。そてい、この地で傷の養生をしたことから「日蓮聖人刃難避難養生の霊場」として知られ、古くから、「剣難除けの祖師」、または「お綿帽子の祖師」と呼ばれています。
 このできごとにまつわり、当山には次にような史跡や伝承があります。
 疵洗井戸   聖人が傷を洗った谷間の湧水のあと
 養疵室   聖人が疵の養生をした岩屋跡
 血止めの砂 洞窟の岩砂をけずり傷をいやした砂
 綿帽子   老婆○市が、傷の養生を続けていた聖人に、自分のかぶっていた綿頭巾を傷の風防ぎとして供養した故事
 また、境内には祖師堂はじめ、妙法船守稲荷堂、粟島善神堂、袈裟掛けの松などがあります。」

Pc070095 疵洗井戸です。金属のふたがかぶせてあります。
Pc070100 養疵室です。いまは真新しい建物がありますが、その奥に岩屋があると思われます。

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住所と電話番号が新しくなりましたので、訂正版を提示させていただきます。
住所;299-5502
鴨川市内浦3049
電話番号04-7095ー3063
となりましたので、ご報告としてお願いいたします。
代務住職・熊澤宣英

投稿: 日蓮寺 | 2010/04/01 21:45

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