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2007/01/16

三人姉妹・チェーホフ・無感情

 だいぶ前の話しですが、にわかバレエファンのぽん太とにゃん子は、2006年11月15日にオーチャードホールで行われたKバレエカンパニーの「三人姉妹」「二羽の鳩」Kバレエカンパニーの「三人姉妹」「二羽の鳩」を見てきました。キャストは「三人姉妹」のマーシャがデュランテ、ヴェルシーニン中佐が熊川哲也、「二羽の鳩」は副智美と輪島拓也でした。
 「二羽の鳩」は、鈴木晶風に言えば、浮気をした男が恋人に許されるという筋。仲むつまじい恋人の描き方、ジプシーの踊りのエキゾチズム、フランス風のしゃれた舞台でした。「三人姉妹」は一転して大人っぽい雰囲気のモダン・バレエ風の作品でした。にわかバレエファンのぽん太はバレエの批評をする資格はありませんが、登場人物の誰が誰なのか、それぞれの踊りがどんな意味があるのかがよくわからず、全体に陰鬱な印象でした。チェーホフは●十年前の学生時代に読んだきりですが、堕落した生活に対する絶望や倦怠感の一方で、人々に対する優しいまなざしがあったような記憶があります。

 で、●十年ぶりにチェーホフの『三人姉妹』を読みなおしてみました(『桜の園・三人姉妹』神西清訳、新潮文庫、1967年)。●十年前に読んだのと同じ翻訳なのが懐かしかったです。ところが原作を読んでみても、やっぱり誰が誰なのかよくわかりませんでした。たいした事件も起きず、会話がすれ違っているので、それぞれの登場人物の心の動きや人物像が、頭に浮かんでこないのです。一度、芝居を舞台で見てみる必要を感じました。どこかでそのうちやらないかな。

 で、本屋巡りをしていたら、『チェーホフ』(浦雅春著、岩波新書、2004年)がありました。帯の「没後100年の今、明かされる、『桜の園』の作家の知られざる素顔」というキャッチコピーに引かれて買ってみました。なかなかおもしろかったです。著者は「はしがき」で「だが、実は、『愛すべき作家』という相貌の陰には、入念に被いをかけられた『非情さ』が隠されていた。清澄で叙情的と見られる文体の背後には、意味の連関を失った『無意味さ』という不気味な深遠がぱっくり口を開けている」と書いています。チェーホフは、みじめな人々の生活を暖かい目で眺めて描写した「愛すべき作家」などという枠にはけっしておさまらず、人間性の欠落と言えるほどの非情さ、無意味さを備えていたといいます。最近の言い方をすれば、「心がない」とでも言えるでしょうか。人間に対する卓抜した観察眼、一方で感情や人生の目的意識の欠落。両者のアンバランスがチェーホフの文学の独特の魅力を生み出していることが理解できました。
 チェーホフの非情さに関して、著者はさまざまな例をあげていますが、一例をあげると、チェーホフは、兄ニコライの葬儀でただ一人涙を見せなかったそうです。そのことについて長兄のアレクサンドルは父親に、「誰もが嗚咽しています。ただひとりアントン(ぽん太注、チェーホフのこと)だけは泣いていない。忌々しいことです」と手紙に書いたそうです(78ページ)。著者はこうしたチェーホフのチェーホフは、いわゆる「冷たい」ひとであったというよりも、普通の人間が持つ感情や共感性が欠けていたようにぽん太には思えるのです。もちろんぽん太はチェーホフが病気だなどと言いたいのではありません。チェーホフは、自分の無感情を自覚し、それに向き合い、それを個性としてすばらしい作品を生み出したと思います。
 チェーホフは、1890年、30歳のときに、当時の極東の流刑地であったサハリンを大変な苦労をして訪れ、囚人の生活の調査を行っています。帰りは日本に寄る予定でしたが、コレラが流行しているという理由で止めたそうですが、ちょっと残念な気がします。このサハリン旅行の動機もさまざまな論議を呼んでいるようですが、いっこうに動こうとしない自分の心を揺り動かそうとした、という一面もあったようです。
 なお、写真では慎ましやかな紳士に見えるチェーホフですが、頭の中にはナンセンスや、グロテスクに近いイメージが渦巻いていたようで、それは彼の「ネタ帳」ともいえる手帖に書き留められているそうです。引用すると、「自分が幽霊だと思って気が狂った人。夜更けになると歩き回る」とか、「腕が短くて首の長い身重の奥さん、カンガルーそっくり」、「その男はとても腕のいい、得難い仕立屋だった。ところがささいなことですっかり評判を落としてしまった。ポケットのない外套を仕立てたり、着られもせぬ高い襟をつけたりした」など(136〜137ページ)、「お前は筒井康隆かい」と突っ込みを入れたくなります。

 すっかりチェーホフに関心を持ったぽん太は、さらに『チェーホフ・ユモレスカ』(松下裕訳、新潮社、2006年)を読んでみました。初期の超短編ユーモア小説集ですが、残念ながらあまりおもしろくありませんでした。当時のロシアに対する皮肉が、ぽん太にはぴんとこないようです。もしチェーホフが現代日本に生きていたら、どんな短編を書いただろうか、とぽん太は思いました。

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