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2007/01/10

【南イタリア旅行】世界遺産ポンペイの遺跡をみちくさ

Pc290011 ぽん太とにゃん子は、年末年始に南イタリアを旅行してきました。ミラノでトランジットして初日はナポリ泊。翌日はまずポンペイを訪れました。
 ポンペイはローマ時代に栄えた町で、最盛期の人口は2万人に達したと言われていますが、79年のヴェスヴィオ火山の噴火で壊滅しました。
 ぽん太が以前の記事「プリニウスの記述について/EBMによる帝王切開の語源」(2005/04/09)で書いたように、大プリニウスはこの噴火の調査を試みて現地入りしましたが、有毒ガスによって死亡しました。そしてその様子を、甥の(小)プリニウスが、書簡に記録しています。プリニウスの『 プリニウス書簡集・ローマ帝国一貴紳の生活と信条』(国原吉之助訳、講談社学術文庫、1999年)の230ページから236ページをご覧下さい。

Pc290017 遺跡が発掘されてポンペイが再発見されたのは1748年でした。その後断続的に発掘が行われてきましたが、まだ全貌は明らかではないそうです。発掘の途中、考古学者は、火山灰のなかに奇妙な空洞があるのに気がつきました。何とそれは、火山灰に埋もれてなくなった人の遺体が朽ち果て、空洞として残ったものだったのです。その穴に石膏を流し込むことによって、亡くなったポンペイ人の姿が現れたのですが、苦しむ表情や衣服の襞まではっきりと残っており、かなり生々しいです。

Pc290022 港町であったポンペイにはさまざまな国のひとたちが訪れましたが、「港」と言えば当時も今も「女」です。ポンペイにも娼館があったようで、言葉のわからぬ外国の人にも娼館の位置ががわかるように、石畳にち○ぽの形の矢印が彫り込まれています。今回の上品なツアーでは娼館は訪れませんでしたが、ぽん太が十数年前にポンペイを訪れたときは、娼館を案内してもらいました。いくつかの個室に石のダブルベッドがあり、玄関の上にはそりたったち○ぽの形の目印がついておりました。ちなみにその隣りは薬屋になっており、娼館と薬屋の関係は、今も昔も変わらぬようです。 

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