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2007/04/16

【鎌倉】日蓮ゆかりの寺々を巡る(その1)妙法寺・安国論寺・長勝寺・辻説法跡

 ぽん太とにゃん子は2007年4月、鎌倉に日蓮の足跡を訪ねました。
 まず、日蓮の年譜を復習しておきましょう。日蓮は、承久の乱の翌年の1222年(貞応元年)2月16日、安房の小湊(千葉県鴨川市天津小湊)の漁村に生まれました。そして12歳のとき、極真空手発祥の地として有名な清澄寺に入山します。ここで虚空蔵菩薩が顕現するという奇跡を体験します。1283年(暦仁元年)17歳で清澄寺を出て、鎌倉で4年間過ごしたのち、1242年(仁治3年)から京都の比叡山をはじめ各地で勉学に努めます。その結果、『法華経』こそ信実の教えであると確信するにいたります。1253年(建長5年)故郷に戻った日蓮は、清澄山の旭ケ森で太平洋に立ち上る朝日に向かって、「南無妙法蓮華経」の題目を唱え、布教を始めます。その年の5月、当時の「首都」である鎌倉の松葉ケ谷(まつばがやつ)に草庵を結び、繁華街で辻説法を開始し、猛然と他宗派の攻撃を行います。さらに1260年(文応元年)7月、『立正安国論』を北条時頼に献呈します。この本は、「災害や社会不安の原因は、禅宗や律宗、密教、浄土宗などの邪宗がはびこっているためで、日本を内乱や外国の侵略から守りたければ、法華経に帰依せよ」という内容でした。これに怒った念仏宗徒は、松葉ケ谷の草庵を襲って火をつけました。しかし日蓮は奇跡的に難を逃れて、下総に落ち延びたのです。これが有名な松葉ケ谷の法難です。
 で、その松葉ケ谷というのがどこかというと、鎌倉の南東部、現在の妙法寺や安国論寺、長勝寺のあるあたりだと言われています。

妙法寺 妙法寺
 妙法寺は落ち着いた伸びやかな雰囲気のお寺で、苔むした階段が美しいです。樹木が多く、リスが桜の花を食べていました。

安国論寺 安国論寺
 安国論寺は、背後を山で囲われたような地形になっています。有名な妙法桜は、暖冬のためが残念ながら散っていました。境内には、日蓮が『立正安国論』を書いたと伝えられる御法窟があります。また裏山には焼き討ちにあったときに避難したと伝えられる南面窟があります。
 なぜか日蓮は、岩窟とつながりがあるようです。同じく鎌倉にある光則寺(こうそくじ)にも、日蓮の弟子の日朗上人が閉じ込められた土牢がありますし、千葉の日蓮寺も、小松原法難を逃れた日蓮が隠れて怪我の手当をしたという岩屋があります。

長勝寺
 長勝寺は、打って変わって広々とした境内で、本堂の前には日蓮大上人辻説法像があります。なんと高村光雲の作だそうで、力強く、溢れ出る意志を感じさせます。

日蓮上人辻説法跡
 最後に日蓮上人辻説法跡です。場所は現在の鎌倉駅の少し東になります。立て札によると、鎌倉時代このあたりは、武士の屋敷と商家町が混在した地域で、日蓮は毎日にように訪れては辻説法を行ったのだそうです。
 
過去の記事へのリンク
【仏教】千葉県の日蓮ゆかりの寺々を巡る(その1)誕生寺・清澄寺(2006/12/23)
【仏教】千葉県の日蓮ゆかりの寺々を巡る(その2)鏡忍寺・日蓮寺(2006/12/24)

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