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2007/05/25

【トルコ旅行(3)】ベリーダンス、軍楽隊など

 ゴールデンウィークのトルコ旅行の報告の3回目です。
 さて、トルコといえば、オジサンの楽しみは何といってもベリーダンスです。おねーちゃんがお腹もあらわな衣装でセクシーな踊りを踊るやつですね。でわ、みなさんお待ちかね、ベリーダンスの写真をどうぞ!

ベリーダンス?
 こ、これは違いました。こっちでした。
ベリーダンス ベリーダンス
 むかしぽん太がエジプトに行ったとき、ホテルでベリーダンスを見たいと言ったら、「See or touch?」と聞かれました。純朴なタヌキだったぽん太はもちろん「See」と答えたのですが、「touch」と答えたらどうなっていたのでしょう。
 今回ぽん太はベリーダンスを見に行くにあたって、ダンサーが客席に回ってきたときに衣装に挟むためのお札を、にゃん子に秘密で用意しておいたのですが、行ったところは外国人観光客向けのショーのようなところだったので、おひねりを挟む機会はありませんでした。
 ベリーダンスは確かにセクシーでしたが、「腰がこんなに動きます」「いつもよりよけいに動かしております」という感じがして、おじさんタヌキのぽん太には、「白鳥の湖」などのクラシック・バレエの踊りのほうが色っぽく思えました。
トルコの民族舞踊 前座の民族舞踊です。男性の衣装は東欧風ですが、女性の衣装は中国風に見えます。もともとトルコ民族は中央アジア系ですし、セルジュク朝末期やオスマン朝時代にモンゴルの支配も受けていますから、影響があるのかもしれません。
トルコの古い絵画 東洋との関係といえば、この写真は昔のトルコの絵画の複製ですが、日本の昔の絵画に似ているようにぽん太には思えます。
トルコの軍楽隊 トルコでもうひとつ忘れならないのは、軍楽隊です。イスタンブールの軍事博物館で毎日行われている演奏を聴きに行きました。試聴はたとえばこちらの山野楽器のサイトで、「音の世界遺産 トルコの軍楽」というCDを試聴することができます。最初の「ジェッディン・デデン」という曲がとても有名ですが、アリ・ルザ・ベイ(1881〜1934)の作曲した曲で、古いものではありません。
 CDの解説によると、7〜8世紀の記録に、すでに兵士が持っていた楽器の名が記載されているそうです。またマルコ・ポーロ(1254〜1324)も、トルコの軍楽隊が太鼓やラッパで軍隊を鼓舞する様子を描いているそうです。ビザンチン帝国崩壊以降、軍楽隊はさらに発展し、ヨーロッパ遠征にも同行したことから、西欧諸国も軍楽隊を組織するようになり、現在のブラスバンドにつながっているそうです。
 また西欧の音楽にも影響を与えました。モーツァルトの「トルコ行進曲」(1783?、1778?)(midiファイルはこちら)やベートーヴェンの「トルコ行進曲」(1810)(midiファイルはこちら)は有名で、トルコの軍楽の独特のリズムが取り入れられています。
 モーツアルトのオペラ「後宮からの誘拐」(1782)も、海賊にさらわれてトルコ人に売られた主人公とその婚約者が脱出をはかる話しです。
 ぽん太とにゃん子は先日、Kバレエカンパニーの「海賊」を観てきました。アリを踊るはずだった熊川哲也が札幌公演で前十字靭帯を損傷し、代役を橋本直樹がつとめましたが、熱演に暖かい拍手が送られていました。吉田都のメドーラ、すばらしかったです。で、「海賊」も、難破してギリシャに流れ着いた海賊が、トルコ人の奴隷商人と闘う話しですよね。1856年にフランスで初演されたものです。
 ここで歴史をちとおさらいしておくと、1299年に成立したオスマン帝国は、1453年にコンスタンティノープル(今のイスタンブール)を攻略してビザンチン帝国を滅ぼしました。その後領土を拡大し、1529年にはウィーンを1ヶ月以上包囲しました(第一次ウィーン包囲)。1571年には有名なレパントの海戦でスペイン艦隊に破れ、地中海の覇権を失います。1683年には再びウィーンを包囲したものの(第二次ウィーン包囲)、17世紀末から18世紀にかけて、トルコの軍事力は衰退して行きます。18世紀末には、ロシアの南下によりオスマン帝国の領土が浸食され、1792年にはロシアによるクリミア半島の領有を認めざるをえなくなります。ギリシアは独立戦争の末1830年にトルコから独立し、同年にエジプトも事実上の独立を果たします。19世紀に次々と領土を失っていくオスマン帝国は、西欧的体制を整えることで近代化をはかりますが、第一次世界大戦にも敗北して1922年に滅亡。1923年にトルコ共和国に生まれ変わります。
 ちなみに第二次ウィーン包囲で活躍したオーストリアの軍人オイゲン公が夏の離宮(別荘)として造ったのがベルヴェデーレ宮殿で、ぽん太も以前に訪れたことがあります
 さて、してみるとトルコが異国情緒としてヨーロッパの芸術に描かれたのは、トルコに対するヨーロッパの優位が確立されてゆく時期にあたっています。そりゃそうですよね。必死に闘っているときには、敵の音楽を取り入れて楽しむことなんかできませんよね。
トルコの女優 コンヤのメヴラーナ博物館でトルコ人が騒いでいるので何かと思ったら、トルコの有名な女優(ティアラを付けているひと)と男優(その左の白髪の男性)がお参りに来ていたのだそうです。名前は忘れました。


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コメント

よしつねさん、コメントありがとうございます。
トルコで大変な目にあわれたようですね。楽しいはずの旅がこんなことになり、残念でしたね。
トルコの精神科事情はよくわかりませんが、いやしくもEU加盟を目指している国ですから、めちゃくちゃなことはしないと思うのですが……。言葉が通じないのが一因だったのかもしれません。
しかし、本当にお気の毒です。

投稿: ぽん太 | 2010/06/22 12:35

上記誤り訂正: 内科にかかりたかっただけなので、任意同意できる状態なのに眠らせ、その隙に精神科の閉鎖病棟に勝手に勝手に同意も得ずできる国(トルコ)でしょうか?だとしたら恐ろしい国です。

投稿: よしつね | 2010/06/21 05:12

例の安いと言われる旅行会社に無理矢理申し込まされアンカラからイスタンブールへの大移動のツアーに参加したところ、案の定、過酷な仕事の疲れとホテルの空調で風邪をひいてしまい、あるだけのボルタレンや抗生物質でしのぎ、とうとうイスタンブールについても対応は悪いはトルコ語を全く喋ることのできないので、ホテルに帰り、翌日の観光を取りやめた寝ていたところ、男性の添乗員と現地日本人?スタッフが部屋に入り込み、(あり得ないことです)長時間居座るので、病院で適切な医療が行われないことを腹が立っていました。彼らはその理由を日本語でさえ答えられないのです。
疲れ果て、救急車を呼んでもらったところ睡眠薬?を何本も打たれ、任意同意もさせてもらえず、朝、気がつくと、統合失調の閉鎖病棟に手足暴れると思ったのか拘束され、点滴はされるは、ハロペーリドールを打たれるは(当然です、言葉が通じないので話さずにいると自閉的と書かれ、ひどいものです。2日余り入れられ保護者には200万円要求の電話をかけるは、これは旅行会社の新手の詐欺かと思いました。
しかし領事館という人も絡んでいるらしいですが、キャッシュカード、薬、大切にしていた大切なお土産品がなく、あら探しをしたままトランクに詰め込まれた様子で、急遽今夜の便で日本に帰るとすべて勝手に決められました。水で髪を洗い、やっと化粧を返してくれました。内科に行きたいと言っても聞いてくれませんでしたので、その後の事後処理が私がしなければならず、過労で体調が悪く、高熱が出たり、微熱が続いています。
 *トルコはその様に任意に強制入院をさせることのできる国なのでしょうか。 入院代として60万余り私のカードから(仕方なくしたサインで)引き落としていましたが、内訳は、当然そんなに入院費がいるわけはありません。巧妙な手口です。

投稿: よしつね | 2010/06/21 04:56

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