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2007/06/08

レンツの時代(18世紀後半)の精神医療は?

 ビューヒナーと精神医学を巡ってみちくさを続けているぽん太です。
 さて、ビューヒナーの時代(19世紀前半)の精神医学の状況は少しわかってきたので、次に気になるのがレンツ(1751〜1792)の時代(18世紀後半)です。
 というのも、ビューヒナーの『レンツ』のなかで精神障害に陥ったレンツは、まずオーベルリーン牧師のもとに預けられ、自殺未遂の騒動ののち知人のシュロッサー家へ送られることになるのですが、そのあいだ病院につれいて行くとか医者に見せるとかいうことがまったく出てこないのです。わずかに邦訳の注のなかに((1)285-286ページ)、シュロッサーも彼を持て余して「精神病院に入れる」ことまで考えたということが書かれている程度です。
 レンツは医者にかかったのか? ネットで検索していたら、佐藤研一の『劇作家J・M・Rレンツの研究』(2)という本があったので、買って読んでみました。しかしこの本はレンツの作品論であり、しかも彼の演劇を狂気との関係で捉えることをむしろ意図的に避け、当時の社会風潮や文学・思想のなかに位置づけようとするものなので、ぽん太の関心とはちと方向が違うようです。巻末にレンツの略年譜がついているのですが、シュロッサー家に引き取られたあと、靴職人や森番のもとで療養したなどと書いてありますが、医者に診てもらったとか病院に行ったという記載はありませんでした。
 エドワード・ショーターの『精神医学の歴史』((3)16-23ページ)によれば、いわゆる「精神医学」が出現したのは19世紀になってからであり、18世紀以前は(そして地域によってはそれ以後も)医学的な治療は行われていなかったそうです。精神障害になったひとはまず家族が面倒をみたのですが、動物小屋に監禁したり、鎖でつないだりしていたそうです。家族の手に負えなくなると、慈善施設や保護施設、病院などに収容されましたが、ここでも患者はムチで打たれ、鎖で繋がれて放置されるだけだったそうです。18世紀の終わりの啓蒙運動のなかで、精神障害者をただ監禁しておくのではなく、治療的な施設に収容することで病状を改善させることができる、と考えられるようになってきました。これが1793年のピネルによる精神障害者の鎖からの解放につながっていくわけです。
 しかし、完全に気がふれてしまった場合はそうかもしれませんが、病気のなりはじめ、あるいは病気がそれほど重くない場合は、家族や知人たちは、なんとか正気を取り戻させようとしたと思うのですが、そのためにどういうことが行われていたのかについては書かれていません。ぽん太が知りたいのはそこなのです。
 ミシェル・フーコーの『狂気の歴史』(4)は、18世紀以前に関して詳しく書かれています。パラパラと読み返してみたのですが、この本にも、監禁するほどではない患者がどう扱われていたかについては書かれていないようです。
 ただ第二部第四章に、18世紀の医者が精神病に対してどのような治療を行ったかが書かれています。それを見てみると、コーヒーを飲ませるとか、アルカリ性の果物を食べさせるとか、運動や旅行、輸血、人工的に疥癬(ダニの一種)に感染させる、椅子に縛り付けてぐるぐる回す、冷水浴、シャワーとかで、医者にかかったからといって大した治療法もなかったようです。
 冷水浴といえば、レンツがシュロッサー家に預けられていたころ、友人のクリンガーが、レンツをベッドに縛り付けて冷たい池に10分間漬けるという荒療治を行ったところ病状が改善した、と岩波文庫の訳注((1)285ページ)に書かれています。また小説のなかでもレンツは自ら庭の泉に飛び込みます。
 「彼は泉に飛び込んだが、あまり深くなかったので、そのなかでばしゃばしゃと暴れた。人々がやってきた、物音を聞きつけたのだ、大声で彼に呼びかけていた、オーベルリーンも駆けつけてきた。レンツは正気に返って、自分の状況が完全に意識できるようになった、また気分は落ち着き、そこで善意の人々に心配をかけたことが恥ずかしくなり、たまらない気分になった、みんなには自分は冷水浴をする習慣があるのですと言って、また部屋に上がっていった」((1)12ページ)。
 「それから彼は泉の水槽に飛び込み、ばしゃばしゃ暴れたかと思うとまた飛び出して自分の部屋に上がり、また水槽に下りるということを何度か繰り返し、それからようやく静かになった」((1)42ページ)。
 ピネルの『精神病に関する医学=哲学論』(1801)のなかに「精神病における水浴や温浴、とりわけびっくり風呂の効果とはなにか」という節があります((5)210-212ページ)。「びっくり風呂」がどういうものなのか具体的に書かれていないのですが、びっくり風呂は「冷水による突然の刺激作用の他に激しい驚きというよりも全面的混乱という利点」があると書いてあったり、精神病者を「突然水に沈め数分間持続させる方法の持続的効果」について述べた著作に触れていたり、あるいはこの節の冒頭で、フランス革命の頃に「当時はとりわけ水浴が乱用され、四肢を縛った患者を突然そこへ「投げ込む」のが習慣となっていた」などと書かれています。フーコーの『狂気の歴史』のなかの「不意打ちをくらわせる水浴」というが、このびっくり風呂のような気がします。「病人は廊下をつたって一階へおり、池が設けてある、天井のついた四角な部屋までやってくる。すると、のけぞるようにして、池のなかに投げ込まれるようになっていた」((4)339ページ)と説明してありますが、訳がわるいのか何なのか、読んでもイメージが浮かびません。
 日本でも古くから水治療が行われてきました。ぽん太の生息地に近い高尾山でも、19世紀には山麓に2軒の温泉旅館があり、精神病患者の滝治療を行っていたそうです。この旅館のひとつの「佐藤旅館」が、1936年に高尾保養院という精神病院になったのですが、これが現在の東京高尾病院の前身です((6)66-67ページ).

 なんか、いろいろと精神医学の歴史に関する本を読んでみたのですが、結局のところ、レンツが生きていた18世紀後半に、監禁するほどではない精神病患者がどのように扱われていたのか、よくわかりませんでした。ちょっと物足りないみちくさでした。
 おそらくはレンツのように、牧師のもとに預けられたり、冷水浴をさせられたり、靴職人のもとで軽作業をしたり、森番のもとで自然のなかでくらしたりしていたのでしょう。でも結局はレンツのように、街の中で行き倒れになってしまっていたのかもしれません。

【参考文献】
(1)ビューヒナー『ヴォイツェク ダントンの死 レンツ』岩淵達治訳、岩波文庫、2006年。
(2)佐藤研一『劇作家J.M.R.レンツの研究』未來社、2002年。
(3)エドワード・ショーター『精神医学の歴史ー隔離の時代から薬物療法の時代まで 』木村定訳、青土社、1999年。
(4)ミシェル・フーコー『狂気の歴史ー古典主義時代における』田村俶訳、新潮社、1975年。
(5)ピネル『精神病に関する医学・哲学論』影山任佐訳、中央洋書出版部、1990年
(6)小俣和一郎『精神病院の起源』太田出版、1998年。

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コメント

でぶネコ肉球団さん、コメントありがとうございます。
返事が遅くなって申し訳ありません。
そうか、でぶネコ肉球団さんはネコだったんですね。
ぽん太は自分がタヌキだったことを忘れていました。
びっくり風呂は本当にヘンテコな治療法ですが、
現在行われている医療も、
100年たったら物笑いの種になるかもしれません。
せいぜいバカにされないように、頑張らなくてはと思います。

投稿: ぽん太 | 2008/09/06 19:04

びっくり風呂のような行為は、発展途上の精神医療の過程であったとういう前提にしてもあまり精緻に考案されたとは考えにくいし、ぞっとしないなあと思います。おまじない程度の民間療法に共通する気がします。それに比してぽん太さんが前述のブログで話題にされたグリージンガーの「精神病は脳病である」という見解はどのような検証から導き出された事かわかりませんが、以降の精神医療に建設的意味合いで大きく影響した事は、現代の先進的精神医療を体験すれば言うまでも無いでしょう。1世紀後の精神医療はどのくらい進んだモノになっているか興味深いです。私たちネコの世界からみたニンゲンは観念的に進化してますかねぇ?戦争まだやってたりして?石器時代と大差無いという可能性もあります。

投稿: でぶネコ肉球団 | 2008/08/29 23:07

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