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2007/06/10

グリージンガーの『精神疾患の病理と治療』の抄訳を読む

 ぽん太は以前のブログ(ビューヒナーが使った精神医学用語について2007/05/23)で、ビューヒナーの戯曲『ヴォイツェク』に出てくる精神医学用語(局部的精神錯乱、第二種症状)についてみちくさしました。その結果、19世紀前半のフランスでは「部分性精神病」という概念が使われていたこと、またドイツではグリージンガーが「二次的偏執症」という概念を使っていたことを述べました。
 しかしグリージンガーに関する典拠は、クレペリンの『精神医学』のなかの「パラノイア概念の歴史」という節の記述でした。というのも、グリージンガーの『精神病の病理と治療』(1845年)は邦訳が見当たらず、語学が苦手のぽん太はドイツ語の原書をひも解く気にならないからです。ですが以前のブログで書いたように、どうやら抄訳があるようなので、購入して読んでみました。石井厚『精神医学史ノート』(医学出版社、2006年)です。ヒポクラテスからカールバウムまで16人の手になる精神医学書の抄訳をまとめたものですが、前書きでいきなり「本書の内容の多くは著者が東北大学精神科の医局にいた当時、抄読会という勉強会で発表したもののメモである。当時は興に任せて乱読していたので遺漏や誤訳も多々あろうと思われるのであらかじめ陳謝する」などと書いてあり、装丁もかなりチープで、マイナーな感じの本です。アマゾンでもマーケットプレイスでの扱いで、しかも出版社が出品者となっているあたりがシブイです。とはいえ、語学力のないぽん太には有り難い本です。で、第十四章がグリージンガーの『精神疾患の病理と治療』の1845年の初版の抄訳となっております。
 さて、グリージンガーによりますと、精神疾患は二つのグループに分けることができます。第一群は情動の障害で、治癒可能であって、憂うつ、抑うつ、狂暴症、妄狂が含まれます。第二群は観念や意欲の障害で、不治であり、狂気、痴狂が含まれます。そして第一群が先行し、第二群がそれに続きます。『ヴォイツェク』の医者のセリフで出てきた、第二種(二次的?)症状としての固定観念(妄想、つまり観念の障害)という考え方にぴったりです。
 さらに読み進んでみると、グリージンガーは第二群に属する「狂気」を、部分的狂気と全般性狂気に分けているようです。当時のフランスで部分性/全般性という概念があったことはみちくさ済みですが、同時代のドイツでも同様の概念があったようです。グリージンガーのいう部分的狂気は、自分は世界の支配者だとか、陰謀で囲まれているといった妄想を持ち、それによってあらゆる言動が左右され、奇妙な世界観を持つような状態です。フランスの部分性精神病が、現代でいえばうつ病やパラノイアといった、一部分を除いて正常な理性が保たれている状態を指すのに対し、グリージンガーの部分的狂気は、現代でいえば統合失調症の妄想型に近いやや広い概念のように思われます。全般性狂気は、理性の働きが失われ、体系的な妄想も維持できず、思考も言動も混乱してバラバラの状態を指しています。現代でいえば、統合失調症の解体型(破瓜型)の進行した状態や、あるいは他の型でも重度の思考障害や人格水準の低下を来した状態と考えられます。グリージンガーは単一精神病論をとっていますので、部分的狂気が進行すると全般性狂気に至るという考え方ですから、フランスの部分性/全般性という概念とは異なる部分があるようです。
 ビューヒナーが『ヴォイツェク』を書いたのは1836年、グリージンガーが『精神疾患の病理と治療』を書いたのは1845年ですが、このときグリージンガーは弱冠28歳、精神医学に触れたのは1940年にヴィンネンタール精神病院に勤務するようになってからです。ですからグリージンガー(1817-1868)以前にも、第二種症状とか、部分性狂気といった考え方があったことになります。
 『精神医学史ノート』には、ハインロート(1773-1843)、イデラー(1795-1860)といった、ドイツのロマン主義精神医学の抄訳もあるのですが、これらには第二種症状とか部分性狂気といった用語は見つかりません。してみると、ヴィンネンタールでグリージンガーの先生だったツェラー(1804-1877)あたりに出所がありそうですが、ツェラーの著作は本書にも収録されていないので、残念ながら本日のみちくさはここら辺で終了しなければなりません。

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