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2007/07/01

【廃墟】福島県の大滝宿と万世大路の歴史

 国道13号を米沢から福島方面に向かっていたぽん太とにゃん子でしたが、ちょっと自宅に戻るには時間が早すぎたので、以前から気になっていたところによってみました。
 山形県から福島県に入って、東栗子トンネルを越えると、ぽん太の車のカーナビには「∴大滝宿」という史跡の記号が現れるのです。いつもは気になりながらも通過していたのですが、今回はじめてみちくさしてみました。Yahoo!地図はこちらです。倍率をあげると小さい道が見えると思います。

水の里大瀧 で、国道を米沢方向から来ると左手前方向に曲がるのですが、そこには怪しげな(失礼!)「水の里 大瀧」があります。櫓なども造られております。
水の里大瀧 地下からくみ上げた名水が飲めるようになっています。とても美味しかったです。
水の里大瀧 水汲み場の看板です。「水」という字のところにある赤い手形がいい味を出しています。
大滝宿 めげずにさらに道を進んでいてくと、これまた怪しげな(失礼!)喫茶店があります。向かいには手打ち蕎麦の店もあります。
大滝宿 めげずにさらに道を進んでいくと、道の分岐点に「大瀧示現不動尊」という看板があります。分岐を進むと滝があるようですが、怖くていけません。
大滝宿 めげずにさらに道を進んでいくと、これまた怪しげな(失礼!)建物があります。なまこ壁の土蔵のような建物ですが、派手な看板が掲げられており、芝居小屋の雰囲気です。
大滝宿 めげずにさらに道を進んでいくと、青いトタン屋根の集落が現れます。誰も住んでいない崩れかけた廃墟です。
大滝宿 写真の真ん中にある石碑には、「明治天皇大瀧小休所」と書かれています。
 この先は道がますます細くなり、誰かの車が停車していたので、折り返して戻りました。

 さて、大滝宿とはいったいどういうところだったのか、気になってきます。ググてみると、いろいろと情報が出てきました。以下の記述はネット上の情報によるものであり、一次資料にはあたっておりませんから、信憑性は十分担保されていないことをお断りしておきます。参考にしたサイトは、最後にまとめてリンクしてあります。

 江戸時代に福島と米沢を結ぶ道は「板谷街道」あるいは「米沢街道」と呼ばれていたそうです。参勤交代にも使われる主要道路でしたが、板谷峠越えは大変な難所だったそうです。そこでYahoo!地図で板谷峠を探してみるとここにありました。板谷駅から、峠駅や姥湯温泉に行く道の途中になります。ぽん太は、以前の記事(JR峠駅はヤバイです??付録:中野不動尊(2005/11/05))に書いたように、峠駅と姥湯温泉に行ったことがありますので、板谷峠はすでに通ったことがあったのです。しかし現在この道はどんずまりになっており、米沢へ行くには、板谷峠手前で右折して細い道を進んで行きます。ぽん太はこの道も、ずっと以前に笠松鉱泉に泊まったときに通ったことがあります。もちろんこの道が昔の板谷街道であるかどうかは定かでありません。
 さて、江戸時代には栄えた板谷街道でしたが、明治時代になって近代化が進むにつれ、難路のうえ馬車が通れないことが問題となってきました。そこで福島と米沢を結ぶ新たな道路が建設されることになりました。それが明治14年に開通した万世大路(ばんせいたいろ)です。その建設基地として造られたのが大滝宿(大瀧宿)で、明治10〜12年頃に山林が払い下げられ、山麓の農民が入植しました。道路の開通後は、難所の栗子峠を控えた宿場として栄えました。ということは大滝宿は、江戸時代からの宿場ではなく、明治時代になって新たに造られた宿場なんですね。万世大路の建設は、当時としては異例な大規模工事で、開通式には明治天皇も参加したそうです。大滝宿に「明治天皇大瀧小休所」という碑があったのは、それと関係があるのでしょう。 
 福島県と山形県を結ぶ栗子山隧道は、当時としては日本最長の隧道でした。栗子山隧道の位置は、現在の国道13号線よりも北側で、Yahoo!地図のこのあたりになります。倍率を上げてみると、福島県側と山形県側に細い道があるのがわかると思います。
 ところが時代の流れは次第に鉄道輸送へと傾き、明治32年に奥羽本線が開通すると、万世大路の利用者は徐々に減ってきました。大滝宿も宿場としては存続できなくなり、炭焼きなどを収入源とする山村となりました。
 大正時代になると自動車が普及し始めました。万世大路も車道化改修工事が行われ、昭和12年に終了しました。このとき栗子山隧道は拡幅されたり、山形県側の入り口が変更されたりし、名前も栗子隧道に改められました。
 戦後になって万世大路は国道13号に指定されましたが、増加する交通量に対応するために新たな改修が行われ、昭和41年に東栗子トンネルと西栗子トンネルを含む現在の栗子道路が開通し、昭和45年には全線の付け替えが完了しました。
 なお、栗子隧道は昭和47年に落盤が起こり、閉鎖されました。
 今回ググってみて、閉鎖になった旧道を辿ってネットに公開しているひとたちが大勢いるのを知って、びっくりしました。こういう趣味があったんですネ。下の参考リンクの「万世大路〜国道13号線旧道諸説ーdark的道部屋」のページから、「栗子峠福島側」と「栗子峠山形側」のリンクを辿ると、栗子隧道を含む廃道となった旧万世大路の現在の様子がわかります。
 さて、大滝宿に戻りますが、高度経済成長の流れに取り残され、昭和54年に廃村となり、102年の歴史に幕を閉じました。その後この村を観光地化する計画ができ、茶店や見世物小屋が造られ、一時はにぎわいをみせたものの、再び寂れてしまったそうです。おそらくぽん太とにゃん子がみた芝居小屋などの廃屋は、昔からある歴史的な建造物ではなく、この時期に観光用に新しく造られたものだったのでしょう。どうりで毒々しく怪し気な雰囲気が漂っていたわけです。

【参考リンク】
万世大路〜国道13号線旧道諸説ーdark的道部屋:基本的な情報と、実際に旧道を訪れたレポートがある。栗子隧道の報告は圧巻!
萬世大路ーWikipedia:ご存知Wikipedia。
万世大路、大滝宿ーわらびが丘へおいでよ:大滝宿の碑文の要約あり。
峠の宿場町、盛衰100年ーYOMIURI ONLINE:現在大滝で茶店などを経営している人たちについての記事。
万世大路ーCHAN-TO:国土交通省技術調査課のサイトで、栗子隧道の山形側入り口を描いた当時の絵がある。

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