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2007/09/01

【神社】白山ひめ神社をみちくさしてみた

 ぽん太が先日登った白山の山頂に奥宮がある、白山ひめ神社について調べてみました。公式ホームページはこちらです。白山ひめ神社は、漢字では白山比{口羊}神社(4文字目は口へんに羊です)と書き、「しらやまひめじんじゃ」と読むようです。
 文京区に白山という地名がありますが、白山神社があることから、このように呼ばれるようになりました。ここ以外にも日本各地に白山神社がありますが、それらの総本山が白山ひめ神社です。
 白山ひめ神社の御祭神は、白山ひめ大神(しらやまひめのおおかみ)(=菊理媛神(くくりひめのかみ))、伊弉諾神(いざなぎのかみ)、伊弉冉神(いざなみのかみ)だそうです。
 伊弉諾神(いざなぎのかみ)、伊弉冉神(いざなみのかみ)は、言わずと知れた、いまだ固まらぬ地上を矛でかき回して日本列島を造ったご夫婦の神様です。もともとは兄と妹ですが、結婚して夫婦となり、たくさんの神様をお産みになりました。
 で、菊理媛神(くくりひめのかみ)ですが、実は『古事記』には出てこず、『日本書紀』に登場する神様です。伊弉諾神(いざなぎのかみ)が、死んでしまった伊弉冉神(いざなみのかみ)に会いに黄泉の国に行くという有名なエピソードがあります。『日本書紀』には、何通りかのヴァージョンが記されているのですが、わかりやすくまとめると……
 伊弉諾神(いざなぎのかみ)は黄泉の国で伊弉冉神(いざなみのかみ)に会い、話しをします。しかし「わたしの姿を見ないで下さい」という伊弉冉神(いざなみのかみ)の言いつけを破り、火を灯して彼女の姿を見てしまいます。すると彼女の体には無数のウジがわき、なんとも醜い姿だったのです。驚いた伊弉諾神(いざなぎのかみ)はあわてて逃げ出しますが、伊弉冉神(いざなみのかみ)は「見〜た〜な〜」と追いかけてきます。泉平坂(よもつひらさか)でとうとう追いつかれ、言葉をかわすのですが、ここで菊理媛神(くくりひめのかみ)が出てきます。
 「このとき菊理媛神(くくりひめのかみ)が申し上げられることがあった。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)はこれをお聞きになり、ほめられた」(『日本書紀〈上〉 』宇治谷孟訳、講談社学術文庫、1988年)。
 菊理媛神(くくりひめのかみ)が何と言ったのか書かれておらず、不思議な文章です。
 ちなみに『日本書紀』はテキスト化されており、たとえばこちらの埋れ木というサイトから、原文と読み下し文をダウンロードできます。巻1の18ページに菊理媛神が出てきます。
 川口謙二の『日本の神様読み解き事典』(柏書房、1999年)によれば、伊弉冉神(いざなみのかみ)と泉平坂(よもつひらさか)で言い争いになった伊弉諾神(いざなぎのかみ)は、菊理媛神(くくりひめのかみ)の助言によって無事に黄泉の国を脱出することができたと『日本書紀』に書いてあるのだそうですが、どこをどう読めばそういう意味になるのかぽん太にはよくわかりません。しかし一般的には、言い争いの間に立って、それぞれの言葉を伝え、双方の主張を聞いて助言をしたとされているようです。
 菊理媛神(くくりひめのかみ)がどうして白山ひめ大神(しらやまひめのおおかみ)と同一視されるのかは、よくわかりません。
 さて、明治時代に神仏分離が行われる以前は神仏習合があたりまえだったわけですが、再び白山ひめ神社のホームページを見てみると、白山のピークのうち御前峰には白山ひめ大神の本地仏として十一面観音菩薩が、大汝峰には大汝命と阿弥陀如来が、別山には大山祇命(おおやまずみのみこと)と聖観世音菩薩が祀られていたそうです。

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