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2007/10/12

【ミステリー】なんと!豊川稲荷は神社ではなかった!?

豊川稲荷 足助・香嵐渓を観光したぽん太とにゃん子は、近くの豊川稲荷を訪れました。
豊川稲荷 お稲荷さんといえば、キツネがつきもの。ここ豊川稲荷にもキツネさんがいました。まるでどこかの車のCMの動物のようにちょっとリアルで怖いです。
豊川稲荷大きなちょうちんがユニークです。ところが、お稲荷さんにしては何か変です。にゃん子が「お稲荷さんなのに、赤い鳥居がないわね〜」と言います。そういえばそうだな〜。神社なのに本堂みたいなのがあるし。
豊川稲荷 三重塔です。三重塔とか五重塔とかは、もともと仏舎利を納めたものであり、お寺にはあっても神社にはありません。
 ということで案内板をよく読んでみると、こちらの豊川市観光協会のページにあるように、豊川稲荷は神社ではなく、「豊川閣妙厳寺」という曹洞宗のお寺でした。えっえ〜〜! これは衝撃です。
 寺社仏閣ファンなら誰でも知っているように、日本の宗教は本来神仏習合といって、仏教と神道が渾然一体となっているものでした。神道と仏教が区別されたのは明治時代になってからで、1868年(慶応4〜明治1)の一連の神仏分離令以降です。神仏分離令は神道と仏教を分けろというだけで、必ずしも仏教排斥をねらったものではなかったのだそうですが、江戸時代にお寺が幕藩体制維持のお役所のような役割を果たしていたこともあり(寺請制度)、各地で廃仏毀釈と呼ばれる仏教排斥に発展しました。
 こうした流れでみると、豊川稲荷は、神仏分離のときに寺院であることを選択したのでしょう。
 ということは、神仏習合の時代に、主に神社のところと主にお寺のところがあったのでしょうか? なんで明治政府は神仏分離という宗教政策をおこなったのでしょうか? いろいろと疑問が浮かんできます。そのうちみちくさしてみることにしましょう。
 ところで、「るるぶ愛知」2003年版にょると、豊川稲荷寺宝館には国指定重要文化財の「地獄菩薩」があるとのこと。地獄菩薩とは何かと思って行ってみたら、なんのことはない「地蔵菩薩」の誤植でした。すごい誤植です。でも、地蔵菩薩はなかなかいいお顔でした(特に右側)。

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