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2007/10/24

【福祉】「親なき後」という考え方は間違いだった

 先日ぽん太は、タヌキ障害者福祉会議に出席してきました。タヌキ界の障害者福祉を今後どのようにしていくべきか話し合う会議で、当事者から学識経験者までさまざまな立場のタヌキが委員となっており、ぽん太も精神科医の資格の委員の一人でした。
 そのなかで、精神障害者の家族会代表の委員が、「親なき後の問題がある限り、家族は安心できない。私たちが死んだあと、子どもたちは誰が面倒を見てくれるんだろう、と思うと気が休まることがない」と述懐され、委員一同強く心を動かされました。
 以前は病院に収容・隔離されてきた患者さんを、退院させて地域のなかで支えて行こうというのが、現在の精神障害者福祉の大きな流れです。それはそれですばらしいことですが、それが障害者の家族の献身・努力によって行われているというのも事実です。家族は、障害者の日常生活の手助けをするだけでなく、家にこもっていたら外に連れ出したり、たまには部屋の掃除をするよう促したり、イライラしていたらタイミングを見計らってなだめたり、ときには医師に連絡をとったり、さまざまな制度を利用するための手続きをしたりと、専属のホームヘルパー・社会福祉士・看護師・臨床心理士の役目を担っているのです。そしてその対応は、何十年間も障害者と一緒に暮らし、さまざまな失敗を繰り返すなかで、身につけたものなのです。しかし、いまや患者さんたちは40代、50代となり、その両親は60代、70代となってきています。「自分たちが病気になったり、なくなったあと、子どもたちはどうするのだろう」というのは親たちの切実な(かつ現在は解決策のない)悩みなのです。
 さて会議では、ご家族の発言に対して、介護者同伴で車いすの身体障害当事者の委員から、「私も20年前に親から、自分が死んだ後はお前はどうするんだい、と何度も言われたことを覚えています。でもいま、自分はなんとか社会で自立して生活できています。精神障害も、きっとなんとか解決の道がみつかるはずです」という励ましのお言葉がありました。
 次に福祉関係の大学教授の先生が、「親なき後という問題の立て方は、最近は行わなくなってきています。親なき後を社会がなんとかしてほしいと訴えることは、裏をかえせば、親が生きている間は親がなんとか面倒を見る、ということになってしまいます。そうではなくて、障害者が成人したあとは、親に頼らず社会が援助をしていくという考え方が大切です」という意見がありました。

 なるほど、おっしゃる通りです。まだまだ知らないことはあるものです。ぽん太は以前のブログ「精神障害の成年後見制度ーー権利擁護がキーワードだ!(05/12/22)親なきあとの子の財産は?/成年後見制度(05/01/22)で「親なき後」の問題に触れましたが、確かに「親に頼らない福祉」というふうに考えるのが正しい問題の立て方のようです。
 ただ実際には、障害者の援助はまず親の責任とされており、古き良き「家」の制度の伝統を守ろうとしているのが、日本の社会の現実です。

 さらに考えてみると、現在のタヌキ界の障害者福祉制度をみると、成年後見制度といった財産の保護や、ホームヘルプ・サービスといった生活援助の制度はありますが、精神障害者が必要としているのは財産保護や家事援助だけではありません。ときどき様子を見に来てくれて、話し相手になったり、外出に誘ってくれたり、具合が悪いときには「どうしたの?」の聞いてくれ、必要なら病院に連絡を取ってくれるような役割を果たしてくれる人です。
 このような人が、自立支援法の制度からはすっぽりと抜け落ちていることにぽん太は今頃になって気がつきました。参加する意味のない会議が多いなか、たいへん勉強になった会議でした。

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精神医療・福祉」カテゴリの記事

コメント

kooさん、コメントありがとうございます。
ここのところ忙しい日々が続き、お返事が大変遅くなり申し訳ありません。
お子様の発病による絶望の淵から立ち戻り、現在は母の会を主催されているとのこと。ぽん太はただただ感服するばかりです。センター長さんや信頼できる医師など、多くのすばらしい出会いもあったようですね。
医学の進歩にもかかわらず精神病はまだまだ未知の病気ですし、福祉制度も充実してきてはいるものの、まだまだ十分とはいえません。精神障害者やその家族が安心して暮らせるように、今後も関係者が協力し合いながら、あきらめずに一歩いっぽ進んでいく必要があると思います。

投稿: ぽん太 | 2011/08/19 14:00

この記事を読みまして 言いたいことの80%の記載されていると深く読み入りました。
私は超プロフェッショナルを自称するホームヘルパー・社会福祉士・看護師・臨床心理士であります。
経歴は20年 特に臨床心理士の分野においては 国家が私をプロと認めないのがおかしいほど 対応の技術を身に着けさせられたような私の人生であります。
はい。私は統合失調症(当時は精神分裂病→この病名でノックアウトでした)の感患者の母です。

20年前に発病した息子と共に地獄に落ち14年間くらいは 闇の中をさ迷い歩き 目の前にあるのはいつも≪死≫だったことを今は笑って思い出しております。

「親なき後」
こればかり考えていた40代もそこそこのぼろぼろの母でした。

しかし 人間は 特に母は強いです。
長年拒否していた支援センターのセンター長との巡り合いから日陰の身だった私はなぜかセンター長さんの人柄にひかれ むくむくと起き上がり 62歳の今は母の会「エーデルワイスの会」の主催者まで 出世(笑)してしまいました。これはひとえにセンター長が まず先に息子よりは母親の私を泥沼から引き釣り上げる謀略を取ったからです(笑)

センター長さんの人を見る平等さ 人間的バランス感
気が付けば私は すっかり彼のとりこになっていました。人として このように尊敬できる理解者が一人でもこの世にいる。
助けてくれる人がいる。と言う何十年ぶりの安堵感。

私は見事によみがえりました。
気が付けば 17歳で発病して 廃人なるはずの息子はごく普通の36歳の青年になっておりました。
20年の闘病生活の中で 先生は2名(12年と8年)
名医とも言われる二名の先生との信頼関係。支援センターでの 親の学びの会 名医(息子にとって)との連携で 息子は非常なる回復をしております。

「親なき後」など心配することは 今となっては不必要だったと痛感。今親はまだ60代そこそこ。
病の子供に教えることは山ほどあります。社会復帰をきめ細かく教え どうしたら生きていかれるのか?を叩き込むのは 若き親の役目だとと痛感しています。

地獄を見て 這い上がってきた母親として 「今を生きる」と言う大切さを この病の親たちに伝えたい!
そんな思いでいっぱいです。

廃人の息子が ここまで元気になれた実証を私は周りとの連携プレイの成功例だと信じています。

私は 精神病患者相手のプロです。その誇りは今生きる力となり たくさんの世の中を見せてくれた息子の病気「統合失調症」に感謝さえしていますが 息子には「すまない」と言う思いがあります。
だが 現実は理解不可能な精神病です。
その中で 息子がいかに人生を謳歌して 人を愛して生きていくかということの手助けで わが一生を終えられれば本望です。

良き巡り合いこそ 人生の宝
この子に会い センター長さんに出会い M医師との連携を基盤に
何かをつかめば 必ずある程度までの回復可能を実践しています。

そのうえ 支援センターの精神福祉士さんから このブログを教えていただき 垣間見させていただきました。
この記事に私たちの心の叫びが当たり前のように書かれていて思わずコメントしました。
これから よく読ませていただきます。
今後とも よろしくお願いいたします。

ご挨拶まで

今回はURLのアドレスは省力させていただきます。

完治の無い病気ですから 覚悟はありますが プロの母は決して諦めません。

投稿: koo | 2011/07/15 10:37

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