« 【登山】八丈富士に登るが何も見えず | トップページ | 【ダイビング】冬が訪れた安良里・黄金崎ビーチを潜る »

2007/11/21

【ヴォイツェク・レンツ】ビューヒナーと精神医学

 以前に『ヴォイツェク』と『レンツ』を読んで精神障害が描かれているのを知り、ビューヒナーに興味を持ったぽん太ですが、先日ネット上をみちくさしていたら、面白い文献に行き当たりました。河原俊雄の「G・ビューヒナー研究  殺人者の言葉から始まった文学」(文献(1))です。「第三部 『ヴォイツェック』と『レンツ』の研究史」と、「第四部 『ヴォイツェック』と『レンツ』の時代背景」がダウンロードできるようですが、ダウンロード先は記事の末尾をご覧下さい。河原俊雄は広島大学の文学部教授のようです。
 第三部の方は、『ヴォイツェク』と『レンツ』のこれまでの作品研究の総説で、文学論の領域ですからぽん太は関心がありませんし、読んでもよくわかりません。興味深いのは第四部の方で、ここではビューヒナーの作品を、同時代(1820年代、30年代)のドイツとフランスの精神医学の状況と結びつけて論じています。
 『ヴォイツェク』と『レンツ』はともに狂気を扱った作品で、ビューヒナー自身は医者でした。ぽん太は、ビューヒナーが精神医学の聞きかじりの知識を使ってこれらの作品を書いた、ぐらいに思っていました。ところが河原俊雄の論文によれば、これらの作品と精神医学との関係はもっと深く、もっと本質的なんだそうです。
 当時、ある精神医学上の問題が社会的に大きな関心を集め、法曹界をも巻き込む大論争を引き起こし、一般民衆の興味の的となっていました。すなわち、精神障害者の刑事責任能力の問題です。
 現在の日本の法律では、精神障害によって善悪を判断する能力や、それに従って行動する能力が低下している場合、その程度に従って刑が減軽されたり無罪になったりします。一部に異論や抵抗感もあるものの、一応それが普通とされています。このような、精神障害者は刑事責任能力が低下していて減刑が必要になる、という考え方が社会的な同意を得られるようになってきたのが、まさに19世紀前半なのだそうです。それ以前は、精神障害があろうとなかろうと、犯罪行為そのものに対して罰を与えていましたが、その頃から、責任能力がない者は罪に問えないと考え方が生まれてきたのです。
 過渡期にあったその19世紀前半には、判決を巡って激しい議論が闘わされて世間の注目を集めた事件がいくつかあったようで、その代表と言えるのが『ヴォイツェク』の題材となったヴォイツェク事件の裁判(1821-24)と、フランスのリヴィエール事件の裁判(1835-36)でした。ヴォイツェク事件とは、精神障害を負っていたヴォイツェクという名の鬘師(かつらし)が嫉妬からヴォーストという未亡人を刺殺した事件であり、一方のリヴィエール事件は、やはり精神障害の若い農夫リヴィエールが、ナタで母親と弟・妹を惨殺した事件です。そういえばミシェル・フーコーがリヴィエール事件についてなんか本を書いていたような……。書庫を探したらありました。『ピエール・リヴィエールの犯罪ー狂気と理性』(河出書房新社、1975年)で、訳者はなんと岸田秀と久米博です。買ったまま読んでいませんでした。
 フランスとドイツの裁判の結果は相反するものでした。ヴォイツェクは責任能力ありと判断されて公開斬首刑となったのに対し、リヴィエールは一度は死刑判決が出されたものの、当時のフランス精神医学の権威エスキロールの精神鑑定もあって、王の特赦によって終身禁固に減刑されました(ただし4年後に自殺)。
 ビューヒナーが『ヴォイツェク』を執筆した1836年は、まさにこのリヴィエールの判決が下された年で、またエスキロールの精神鑑定書もこの年に医学雑誌に公表されました。一方、ヴォイツェクは1824年にすでに処刑されていましたが、その後もこの判決が正しかったかどうかの議論が続けられ、リヴィエールの判決を契機に改めて問い直され、同じく1936年にヴォイツェクの精神鑑定書とそれに対する弁護士による批判が、法医学関係の雑誌に公表されたのだそうです。
 ビューヒナーはニゴイの神経系の研究で学位を取得しましたが、これは当時の最先端の神経科学の研究でした。そしてビューヒナーの父親のエルンスト・ビューヒナーも医者であり、裁判で精神鑑定をしたことがあったそうです。
 つまり『ヴォイツェク』と『レンツ』はビューヒナーが、当時の最先端の精神医学と、最新の社会問題に取り組んだ作品だったわけです。
 精神障害の責任能力の問題は、それ自体とても重要な問題ですが、かなり複雑なので、機会があったらみちくさすることにしましょう。
 フランス革命、近代的自我の成立、ピネルによる精神障害者の鎖からの解放、精神障害者の刑事責任能力低下が認められたこと。これらは、ある思考の枠組みの同一の変化が、さまざまな形で現れたものだと思うのですが、ぽん太の頭のなかではいまひとつ整理がつきません。まだまだみちくさしたい領域です。

【参考文献】
(1)河原俊雄「G・ビューヒナー研究  殺人者の言葉から始まった文学」第三部、第四部、2003年。(こちらからpdfファイルがダウンロードできます)。
(2)ビューヒナー『ヴォイツェク ダントンの死 レンツ』岩淵達治訳、岩波文庫、2006年。
(3)ミシェル・フーコー編『ピエール・リヴィエールの犯罪ー狂気と理性』岸田秀・久米博訳、河出書房新社、1975年。

【ブログ内の関連する記事】
(a)ビューヒナーの『ヴォイツェク ダントンの死 レンツ』は興味深い2007/04/20
(b)そういえばビューヒナーの『レンツ』はドゥルーズ、ガタリの『アンチ・オイディプス』に出てたな2007/04/25
(c)アルバン・ベルクの『ヴォツェック』は怖すぎ2007/05/03
(d)ビューヒナーの時代の精神医学の状況は?2007/05/20
(e)ビューヒナーが使った精神医学用語について2007/05/23
(f)レンツの時代(18世紀後半)の精神医療は?2007/06/08
(g)グリージンガーの『精神疾患の病理と治療』の抄訳を読む2007/06/10

|

« 【登山】八丈富士に登るが何も見えず | トップページ | 【ダイビング】冬が訪れた安良里・黄金崎ビーチを潜る »

思想・宗教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74997/17121353

この記事へのトラックバック一覧です: 【ヴォイツェク・レンツ】ビューヒナーと精神医学:

« 【登山】八丈富士に登るが何も見えず | トップページ | 【ダイビング】冬が訪れた安良里・黄金崎ビーチを潜る »