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2008/02/05

【オペラ】最高の音楽・最高の歌・最高のバレエ(マリインスキー・オペラ『イーゴリ公』)

 しばらくブログを更新していなかったのは、前回あまりに品のない記事を書いたため、にゃん子からブログ禁止令が発令されていたからではありません。ちと忙しくて時間の余裕がなかったからです。
 で、先日ぽん太とにゃん子は渋谷のNHKホールまで、マリインスキー・オペラの『イーゴリ公』を観に行ってきました。東京は久々の大雪で、なかには長靴でやってきて、ホール内でハイヒールなどに履き替えているオバ、いやオクサマ方もいらっしゃいました。
 オペラ『イーゴリ公』といえば、「だったん人の踊り」で有名です。これがホントは「だったん人」ではなく「ポロヴェツ人」であることは、以前の記事で書きました。ポロヴェツ人(クマン人)は、11世紀頃に黒海北部にあらわれたテュルク系の遊牧民で、12世紀に入ると、小公国が乱立していたルーシと戦いを繰り返しました。1185年にはイーゴリ2世がポロヴェツ大遠征を行ったのですが、この遠征を描いた叙事詩『イーゴリ軍記』をもとにして、ボロディンはオペラ『イーゴリ公』を作曲しました。ちなみに『イーゴリ軍記』は、岩波文庫の古本で手に入ります(記事の末尾のリンク参照)。ぽん太もこんど読んでみるつもりです。
 で、オペラに話しを戻すと、ぽん太は『イーゴリ公』を観るのは初めてだったのですが、「だったん人の踊り」なんぞは所詮クラシックの入門曲みたいなものだから、どうせ大したオペラではないだろうと高をくくっていたました。ところがあにはからんや、とてもすばらしくてぽん太は感動いたしました。
 「ポロヴェツ人の踊り」も、有名なメロディーはポロヴェツ人が踊るのではなく、ポロヴェツ人がカスピ海あたり(だったか?)から奪って来た女たちの踊りでした。中央アジアの広大な平原を縦横無尽に駆け回る勇ましきコンチャーク汗、戦に敗れてさらわれてきた美しい娘たちの悲しみと故郷を思う気持ちなどが、説明は難しいのですがぽん太の心を針で突き刺し、思わず涙があふれてきました。ゲルギエフ指揮の最高の演奏、すばらしい合唱団の歌声、世界一流のバレエという三つのジャンルの総合芸術で、普通ではけっして味わえない贅沢な取り合わせでした。
 先日観たプラハ国立劇場の『魔笛』にもバレエが出てきましたが、オペラ内のバレエということで大したことはありませんでした。しかし今回は、世界一と評されるマリインスキー・バレエのプリンシパル・キャラクター・アーティストのポリーナ・ラッサーディナイスロム・バイムラードフの踊りです。フォーキンの振付けも、(ちょっと民族差別っぽい常套表現もありましたが)すばらしかったです。
 「ポロヴェツ人の踊り」が盛大な拍手で終わって休憩に入り、もうこれで今日の見所は終わったかと思いましたが、後半の幕開けのヤロスラーヴナが夫イーゴリ公の帰還を待ちながら歌う悲しのアリアと、それに続く、狼がやって来て家畜を食べた?とかいうロシア民話風の歌詞の合唱も寂しくて悲しくて終末感が漂って、またしても涙です。
 おもしろかったのは、敵であるポロヴェツ人の方が、少し野蛮ではあるものの、勇猛果敢で道義心に富む民族として好意的に描かれ、イーゴリ公の領地のノーヴゴロドの人々の方が、酒と女に溺れた堕落した民衆として描かれていることです。日本に勝る自虐史観です。
 また最後にポロヴェツ人の軍隊がイーゴリ公の城に迫り、火の手が上がって煙が漂い空が真っ赤になる場面では、ノーヴゴロドの貴族たちは、「これは神の怒りだ」「最後の審判が下った」と災いを甘受するような態度をとります。これがまるで仏教(特に最近接したチベット密教)の「前世の因縁だから仕方がない」という苦悩を受け入れる態度と似ているのも興味深かったです。なんかロシア人って、日本人と似ています。
 イーゴリ公は当初セルゲイ・ムルザーエフの予定でしたが、急病とのことでアレクサンドル・モロゾフに変更になりました。この代役が吉なのか凶だったのか、オペラ初心者のぽん太にはわかりません。
 ゲルギエフの指揮するオーケストラは、輝くような金管の響きと力強い打楽器がロシア特有でした。
 ところでボロディンってどんな人?医者が本職で「日曜作曲家」などと言われていたことは知っているが……。Wikipediaの「アレクサンドル・ボロディン」を見てみると、1833年生まれで1887年死去。幕末から明治にかけての人ですな。生まれはサンクトペテルブルクですが、なんとグルジア皇太子の非嫡出子で、農奴の名前を使って戸籍登録されたとのこと。ボロディンが中央アジアに関心を持ち、他民族に好意的だったのは、それが関係しているのでしょうか?ぽん太にはわかりません。そのうちみちくさしてみます。オペラ『イーゴリ公』は1869年に作曲が開始されましたが、完成しないままボロディンは死んでしまいました。
 ボロディンの頃のロシアの時代背景をざっと見てみると、1812年にナポレオン1世のロシア遠征を撃退。1814年のウィーン会議以後は、神聖同盟の一員として自由主義を抑圧します。しかし1825年にはロシア国内でもデカブリストの乱という革命運動が起きます。ニコライ1世は国民の不満を外に向けるために南下政策をとりますが、1854〜56年のクリミア戦争で、英仏の支援を受けたオスマン帝国に敗北。ロシアの後進性を思い知ったアレクサンドル2世は近代化を開始し、1861年には「農奴解放令」が出されます。
 こうしてみると、イーゴリ公の時代とボロディンの時代は、「南方の敵に対して遠征するが敗北し、かえって自国が劣っていることを知る」という点で共通している気がします。
 なおオペラ『イーゴリ公』に関しては、歌劇『イーゴリ公』の世界というとっても詳しいサイトがあります。

マリインスキー・オペラ
ボロディン「イーゴリ公」プロローグと3 幕
2008年2月3日 NHKホール
マリインスキー劇場管弦楽団、合唱団&バレエ団åÉGíc
 
指揮 : ワレリー・ゲルギエフ
演出 : エフゲニー・ソコヴニン
2001年版演出 : イルキン・ガビトフ
音楽監修(2007年) : ワレリー・ゲルギエフ
「ポロヴェッツ人の踊り」 振付 : ミハイル・フォーキン
装置・衣裳 : ニーナ・ティホーノワ/ニコライ・メルニコフ
装置復元 : ヴャチェスラフ・オクネフ
照明 : ウラジーミル・ルカセヴィチ
首席合唱指揮 : アンドレイ・ペトレンコ
楽曲指導 : イリーナ・ソボレワ
出 演 
イーゴリ公 (プチーヴリの公) : アレクサンドル・モローゾフ
ヤロスラーヴナ (その妻) : エカテリーナ・シマノーヴィチ
ウラジーミル (彼らの息子) :  セルゲイ・セミーシクル
ガリツキー公 (ヤロスラーヴナの兄) : ワディム・クラーヴェツ
コンチャーク汗 (ポロヴェッツ人の長) : セルゲイ・アレクサーシキン
コンチャコーヴナ (その娘) : ズラータ・ブルイチェワ
オヴルール (キリスト教徒のポロヴェッツ人) : ワシーリー・ゴルシコーフ
スクーラ (クドーク弾き) : グリゴリー・カラショーフ
エローシュカ (クドーク弾き) : アンドレイ・ポポーフ
ヤロスラーヴナの乳母 : エレーナ・ソンメル
ポロヴェッツ人の娘 : タチアーナ・パヴロフスカヤ
【ポロヴェッツ人の踊り】
: ポリーナ・ラッサーディナ
:イスロム・バイムラードフ
:エレーナ・バジェノワ
:ゲンナジー・ニコラーエフ

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