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2008/04/25

新発田城の桜と足軽長屋

新発田城の桜 出湯温泉清廣館で山菜料理と温泉を満喫したぽん太とにゃん子は、国道290号線を北に向って新発田市へと抜けました。初めて訪れる街です。まずは新発田市のシンボル新発田城へ。桜がちょうど満開で、週末の花見客向けに屋台などの準備が行われていました。写真は復元された三階櫓です。後で述べる事情により、内部の見学はできません。
新発田城表門 新発田城の表門です。国指定重要文化財です。江戸末期に再建されたもののようです。
新発田城 こちらは二の丸隅櫓。やはり重要文化財です。また石垣は「切り込みハギ」と呼ばれる、石同士の隙間が生じないように積み上げる高度な技法が用いられているそうです。
陸上自衛隊新発田駐屯地 現在、お城の敷地の大部分は、陸上自衛隊の新発田駐屯地となっております。復元された三階櫓は、自衛隊の敷地にかかっているため、立ち入りが禁止されています。
堀部安兵衛像@新発田城 表門の前に、堀部安兵衛の銅像があります。新発田市の出身だそうです。ん?まてよ。堀部安兵衛って忠臣蔵の赤穂浪士だろ。赤穂(兵庫県)のひとじゃないの? Wikipediaで調べてみると、堀部安兵衛は1670年(寛文10年)に新発田市で出生。しかし13歳のときにお家断絶となり、浪人に。19歳で江戸に出て剣術の腕で頭角を現します。1694年(元禄7年)、有名な高田馬場の決闘で江戸中の評判となり、これを知った赤穂浅野家家臣の堀部弥兵衛が養子に迎えます。そして1702年(元禄15年)に赤穂浪士の一員として吉良上野介の屋敷に討ち入りとなったことはご存知の通りです。

足軽長屋 こちらはお城からは少し離れた所にある足軽長屋です。新発田藩当時の足軽の八軒長屋がそのまま残っているのだそうです。木造茅葺きの質素な建物です。国指定重要文化財です。内部の見学は入場料がかかるので、外から眺めました。

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