【歌舞伎】『義経千本桜』「すし屋」の深い仏教理解に感動する(2008年6月歌舞伎座夜の部)
今月は月末に歌舞伎が集中。今日は夜の部でしたが、このあと昼の部とコクーンがあります。
夜の部のお目当ては、吉右衛門がいがみの権太を演じる『義経千本桜』の「すし屋」です。前回に観た仁左衛門の権太は、やんちゃな兄ちゃんという感じで、ちょこっとかわいくちょこっと格好良かったりしましたが、吉右衛門の権太は根っからの小悪党。その分、物語の筋立てが明確に見えました。
『義経千本桜』は義太夫狂言三大名作のひとつと言われていますが(ほかの二つは『菅原伝授手習鑑』と『仮名手本忠臣蔵』)、ぽん太も大好きです。竹田出雲、三好松洛、並木千柳の合作ですが、仏教、特に浄土系の仏教に対する深い理解が感じられます。「無常」や「因果」は『義経千本桜』全体の根底にありますが、「すし屋」のテーマは「善と悪」。いがみの権太は悪であったのが善に心を入れ替えます。母のおくらは夫に内緒で、店のお金三貫目を息子に与えます。弥左衛門は、実の息子を我が手にかけます(しかも息子は無実でした)。維盛は、お里をだまして関係を結んでいたことになります。梶原景時も、歌舞伎では悪役と決まっているのに、この狂言では善人として登場します。善と悪は相対的なものであり、誰もが浮き世の因縁のなかで、善行を積み悪行をなすのです。
いがみの権太のように、悪人に見えていたのが実は善人だったというのを、歌舞伎では「もどり」というそうです。一種のどんでん返しですが、この狂言ではさらにもうひとつどんでん返しがあり、善人となった権太が行った行為が、実はすべて無駄であったということが明らかになります。善行が報われないのは救いがないように思われますが、いいことをした人が幸せになるという安易な教訓話にしないところが『義経千本桜』のすごさで、観る者に「無常」の思いを突きつけます。
維盛は、自分で自らの身を決することなく、周囲に流されて生き延びて来たというキャラクターです。「すし屋」のなかでも、一時は腹を切ろうと決意しますが、内侍に止められてまた上市へ落ち延びてゆきます。維盛がついに出家を決意したのは、表向きには頼朝の心根によってですが、実は取るに足らない市井の人である権太が自分のために無駄死にしたことで、自分が落ち延び続けることによって、この先さらに他人を不幸にすることを理解したからです。そしてまた、権太の無駄死にを通して無常を悟ったからでもあり、ここではすべてを見通していた頼朝が、まるで仏のように描かれています。
芝雀のお里、かわいいです。染五郎は弥助と維盛をうまく演じ分けていましたが、やはり身体の線が細い感じで、も少し年とって身体に丸みが出て、色気がにじみ出てきたらいいのですが。おくらの吉之丞、年老いたお母さんをやらせたら絶品。高麗蔵も内侍の品格がありました。歌六と段四郎は好演。
『身替座禅』は仁左衛門の右京がでれでれで情けなくてよかったです。段四郎の玉の井は怖すぎ。
『生きている小平次』は駄作。脚本がお怖くも面白くもなんともなし。福助がへんてこな声の調子で笑いを取っていたのは、つまらない芝居を少しでも盛り上げるためか? 小幡小平次というのは伝統的で有名なモチーフのようですが、こんかいはみちくさは省略。
『三人形』は、箱のなかから出てきた人形が踊り出すという趣向ですが、歌昇、錦之助、芝雀の三人が、ちまちまと人形らしくかわいらしくてよかったです。
平成20年6月大歌舞伎(歌舞伎座)
夜の部
一、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
すし屋
いがみの権太 吉右衛門
お里 芝 雀
弥助実は平維盛 染五郎
梶原の臣 由次郎
同 桂 三
同 種太郎
おくら 吉之丞
若葉内侍 高麗蔵
弥左衛門 歌 六
梶原景時 段四郎
二、新古演劇十種の内 身替座禅(みがわりざぜん)
山蔭右京 仁左衛門
太郎冠者 錦之助
腰元小枝 隼 人
腰元千枝 巳之助
奥方玉の井 段四郎
三、生きている小平次(いきているこへいじ)
那古太九郎 幸四郎
小幡小平次 染五郎
おちか 福 助
四、三人形(みつにんぎょう)
傾城 芝 雀
若衆 錦之助
奴 歌 昇
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