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2008/06/09

カトリーヌ・クレマン『フロイト伝』雑感

 『ジャック・ラカンの生涯と伝説』を書いたクレマンの『フロイト伝』の邦訳が出たということで、買って読んでみました。
 フロイトの伝記は、アーネスト・ジョーンズやピーター・ゲイなど既にいろいろ出てますが、これまで通読したことはありませんでした。クレマンの本は手軽なので一気に読むことができ、いろいろと勉強になりました。
 例えばフロイトとブリットの共著で『トーマス=ウッドロー・ウィルソン』という本があって、そこでアメリカ大統領ウィルソンが痛烈に批判されていることなど、ぽん太はまったく知りませんでした。もちろん1967年に出版されたこの本は、フロイトがどこまで関与しているかという問題があるようです。
 しかしこの『フロイト伝』には、取り上げられているエピソードの出典がまったく書かれていないので、事実確認に苦労します。たとえばフロイトがノーベル賞を夢見ていたと書いてあるので([1]p.185)、へ〜、ホンマかいな、と調べてみると、フロイトの1929年10月31日の日記に「ノーベル賞見送られる」と書いてあるのがみつかったりします([2]p.2)。こんなのばかりで、いちいち調べるのが大変ですが、フロイト検定を受験する人には(もしあればの話しですが)恰好の問題集でありましょう。
 さらに間違いもあるようです。ブロイアーがアンナ・Oの治療後に授かったとされる娘に関して、「その後夫との間に生まれた子どもは、ヴェネチアでできたのではありません。もっと後に、別のある場所のことでした」([1]p.63)と書いてあります。これは、エランベルジュやヒルシュミュラーの調査を踏まえているのだと思いますが([3]p.79の原注53)、ブロイアーの娘が生まれたのは、アンナ・Oの治療が終結した1882年6月より以前の1882年3月11日であり、「もっと後」ではなく「もっと前」のはずです。これが原著の間違えなのか、翻訳の間違えなのか、原著に当たって調べる元気はありません(それともぽん太の誤解でしょうか……)。
 クレマンのフロイトに語りかけるような文体もあいまって、本書はフロイトの伝記ではなく、クレマンが抱いているフロイトのイメージ、クレマンのフロイトへの思いを書いた本であると思われます。ですから『フロイト伝』という邦訳のタイトルよりも、原作のPOUR SIGMUND FREUD(フロイトのために)の方が適切であるように思われます。
 解説を書いた十川孝司氏もクレマンに釣られたのか、同じようなミスをしています。フーコーの『知への意志』を引用して、フーコーが「精神分析こそがファシズムと理論的にも実践的にも対立する立場にあったと論じている」([1]p.246)と書いているので、「へ〜、フーコーがそんなに精神分析を買っているの?」と疑問に思って原文を読んでみました。するとA cela la psychanalyse doit d'avoir été - à quelques exceptions près et pour l'essentiel - en opposition théorique et pratique avec la fascisme.ですから、精神分析「こそ」などとは言っておらず、精神分析が反ファシズム陣営に属することを述べているだけです。十川氏がフロイトを持ち上げたい気持ちはわかりますが……。
 どうも概してラカン派のひとたちは、あれこれ難しい概念を振りかざして理知的で科学的な装いをしていますが、実のところけっこう感情的であって、「見られていることを知らない」ひとが多いようにぽん太には思えます。
 ラカンの言っていることは難しくてよくわからないのですが、ラカン派のひとたちに聞いても「分析を受けてない人にはわからん」などと言って教えてくれません。ですからせめて、分析を受けた人の言動を観察してラカン理論の価値を判定するしかありません。同じくよく理解できない「禅」のお坊さんの生き方を見ると、「立派な生き方だなあ」と思ったりするのですが、どうもラカン派の人を見て「自分もこのように生きてみたい」という気には、ぽん太はならないのです。え?精神分析は立派な生きた方をするためのものではないですって? はいはい。
【参考文献】
[1] カトリーヌ・クレマン『フロイト伝』吉田加奈子訳、青土社、2007年。
[2] ジグムント・フロイト『フロイト最後の日記 1929-1939』小林司訳、日本教文社、2004年。
[3] ピーター・ゲイ『フロイト1』鈴木晶訳、みすず書房、1997年。

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