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2008/07/26

【バレエ】米露対決とオイディプス・コンプレックスがテーマ!?・アメリカン・バレエ・シアター(ABT)のマッケンジー版「白鳥の湖」

 7月24日の夜に上野にアメリカン・バレエ・シアターの「白鳥」を観に行ってきました。こちらが今回のABT日本公演の公式サイトです。
 この日しか予定が開いていなかったので切符を取ったのですが、その後、同日の昼にアナニアシビリとカレーニョによる追加公演が決定! しょ、しょ、ショック。さすがに昼・夜と連続して「白鳥」を観る気にはならんがね。仕方ないのでニーナは泣く泣くパスしました。
 ABTの「白鳥」といえば、なんといってもマッケンジー版の演出が見物。今回はなんと日本初演だそうです。公式サイトの情報によれば、マッケンジー版の初演は1993年、現行の改訂版は2000年初演だそうです。

 目をつぶって序曲を聞いてたら、いつの間にかプロローグが始まっていました。ところで東京ニューシティーフィル、もうちょっと頑張ってほしいものです。いいところで三回も音を外しおって! せっかく世界最高のバレエを観てるのに、オケがこれでは……。
 で、プロローグは、よくあるようにオデットがロットバルトによって白鳥に変えられるシーンなのですが、おっ、なんかオデットとロットバルトがいい雰囲気。無理矢理さらわれたのではなく、オデットもロットバルトに気がある感じです。しかしまてよ、年齢にかなりの開きがあるはず。もともと「白鳥」は、王子のジークフリートがマザコンなので有名ですが、オデットもファザコンという設定でしょうか。さて、ロットバルトがいよいよオデットに魔法をかけ、二人は幕の裏へ。ここで白鳥の姿に変身したオデットが出てくるのかと思ったら、ロットバルトが白鳥の人形を持って登場。白鳥の首をぐいぐい締め上げます。ロットバルトが首から手を離すと、首がぐったりとしなだれます。どうやら首の骨が折れているようです。これは動物虐待か、それともDVか? むむむ、恐ろしい。
 しかもロットバルトの格好、プロローグでははっきりとは見えないのですが、第2幕でよくみると、定番のフクロウではなくて、ディズニーにでも出てきそうなグロテスクな怪物です。
 第1幕は道化なしバージョン。ぽん太は「白鳥」の道化が好きなのに、ちょっと残念です。貴族や農民達の踊りは、整然とした幾何学的な群舞ではなく、舞台の中央と右と左で異なる踊りを踊っていたりしながら、全体として美しくまとまっているのが見事でした。それとは対照的に、第2幕の白鳥たちの踊りは幾何学的になっていました。
 ジークフリートはかなりの女好きのようで、自分も踊りの輪に加わり、一人の女性に声をかけて一緒に踊り出します。まわりは「をを、王子はあの娘に気があるのか」と動揺します(あとで再び触れますが、この場面は第3幕で反復され、そこではロットバルトが女王の手に口づけをすると、来客たちが「をを」と動揺します)。その後王子は一人の娘ではものたらず、次々と相手の女性を変えて踊ります。ナンパ成功かと思ったところにお母ちゃんが登場。遊んでばかりいないで結婚することを命じ、弓矢を与えます。弓矢がペニスを象徴しているというのは俗流精神分析の常識です。やがて日も落ちてきて、王子の友人たちはあちらに二人こちらに二人とカップル状態。ひとり取り残された王子は「マザコン王子の憂うつ踊り」を舞い、弓を持って夜の町に女買い、もとい、夜の湖に白鳥狩りにでかけます。
 第2幕はプティパ/イワノフ版にほぼ忠実。
 すごいのは第3幕です。第3幕は花嫁選びの舞踏会のシーンで、チャールダーシュ(ハンガリー)、スペイン、ナポリ、マズルカ(ポーランド)の4つの民族舞踊が踊られます。一般的なプティパ/イワーノフ版の演出では、チャールダーシュ・ナポリ・マズルカは舞踏会を盛り上げるために呼ばれた舞踏団で、スペインはロットバルトがつれて来た悪の舞踏団という設定です(ちなみにブルメイステル版では舞踏団はすべて悪魔の手先)。ところがマッケンジー版では、花嫁候補がハンガリー・スペイン・イタリア・ポーランドの4人の王女(通常は6人)で、各々がそれぞれの国の舞踏団をつれて来たという設定です。ハンガリー・スペイン・イタリア・ポーランドの王女のなかから花嫁を選ぶなどという大それた発想をするとは、さすが世界を仕切っていると自認するアメリカ人です。この王子が、アメリカを象徴していることがは明白です(ちなみに原作では、ジークフリートという名前からわかるとおり、ドイツのとある王国の王子です)。驚くやら呆れるやら、ジークフリートがそんなすごい国の王子様だと初めて知りました。
 そこに登場するのは黒鳥を連れたロットバルト。ここで珍しくもロットバルトがソロを踊るのですが、そのとき使われるヴァイオリンの曲が、な、な、なんと、チャイコフスキーの原曲にありながら滅多に使われることのない「ロシアの踊り」です。つまり、アメリカが世界を支配しようとするのをロシアが邪魔をしに来るわけです。うう〜、ここまであからさまとは。
 そうした観点から見てみると、ロットバルトは冷徹で知性的で狡猾な面と(第3幕)、暴力的な怪物の面(第2幕)を持っており、これはアメリカ映画でロシアを描く時の常套パターンです。一方の王子とオデットは、異性に関心があったりするフツーの(アメリカの)若者ですが、最後には民主主義的に力を合わせることで、悪の帝国を滅ぼします。ハリウッド映画で使い尽くされた常套的な設定です。

 マッケンジー版の「白鳥」は、もうひとつ別の観点から見ることも出来ます。第3幕でロットバルトは、各国の王女達を魅了してたちまち手玉に取り、ついには女王の隣の席(つまり王=父親の位置)を占めます。先に書いたように、これは、第1幕で王子が女の子と仲良くしようとしたのに、母親に禁じられてできなかったことと対比されています(どちらのシーンも、男性が女性の手に触れるとまわりが「をを」と動揺することで、対比が強調されています)。
 精神分析の中心概念であるオイディプス・コンプレックスとは、父親を殺して母と結ばれたいという無意識の構造です。ロットバルトは「母親と結ばれる」という王子の欲望を体現しているわけです。
 しかし王子は、母親を奪い返そうとせず、変わりにオデットの愛を勝ち取ります。マッケンジー版では、プロローグでオデットとロットバルトが「できて」いるわけですから、ロットバルトを父親とするならオデットは母親ということになります。するとまさしく「白鳥の湖」は、父親から母親を奪い取って結婚する物語であることになります。

 さて、バレエの感想ですが、全体としていまいちな印象でした。コールドバレエもあんまり揃ってなかったです。ん? いま気がつきましたが、先に述べた第1幕の自由な群舞は自由主義を表し、第2幕の白鳥たちの整然とした群舞は、北朝鮮のマス・ゲームのような社会主義・全体主義を表しているのでは!? ということは、コールドバレエが揃っていないのは、社会主義に対するレジスタンスか? なんか考え過ぎのような気がします。それから民族舞踊もあまりぱっとしなかったし、ナポリは二人のダンサーが交互に回転ジャンプ(すみません、バレエの用語を知りません)をするのが眼目なのでしょうが、肝心の回転ジャンプがよろけていては困ります。ロットバルトのロマン・ズービンも、すごいというほどではありませんでした。
 そのなかで光っていたのが、オデット/オディールのイリーナ・ドヴォロヴェンコ。顔立ちからして黒鳥向きかな、と思っていましたが、黒鳥の魅惑的で挑発的な踊りのすばらしさはもとより、白鳥の清楚で悲し気な踊りも見事でした。フェッテはスピードこそ速かったですが、全部シングルだったのが少しものたりなかったです。
 実のご主人という王子役のマキシム・ベロセルコフスキーも、第1幕はいまいちな感じでしたが、だんだんとよくなり、第3幕のソロは優雅さと大きさもあって、黒鳥に胸をときめかせる気持ちが伝わってきました。
 カーテンコールで、第3幕のかっこいいロットバルトと、第2幕・第3幕の化け物ロットバルトが同時に出て来たのでびっくり。別々のダンサーだったのか……。よく見るとちゃんとキャスト表に書いてあるがね。公式サイトの情報によれば、化け物ロットバルトの着ぐるみの着脱にえらく時間がかかるため、ロットバルトを二人で踊り分けることになったのだそうです。

「白鳥の湖」プロローグと4幕
2008年7月24日(木)  、東京文化会館

振付 : ケヴィン・マッケンジー
原振付 : マリウス・プティパ,レフ・イワーノフ
音楽 : ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
装置・衣裳 : ザック・ブラウン
照明 : ドゥエイン・シューラー
指揮 : チャールズ・バーカー
管弦楽 : 東京ニューシティ管弦楽団

オデット/オディール : イリーナ・ドヴォロヴェンコ
ジークフリード王子 : マキシム・ベロセルコフスキー
王妃 : ナンシー・ラッファ
家庭教師 : クリントン・ラケット
王子の友人 : ブレイン・ホーヴェン
ロットバルト : ロマン・ズービン,ゲンナジー・サヴェリエフ

【プロローグ】
ロットバルト : ロマン・ズービン,ゲンナジー・サヴェリエフ
オデット : イリーナ・ドヴォロヴェンコ
【第1幕】
パ・ド・トロワ : メリッサ・ト?マス,シモーン・メスマー,ブレイン・ホーヴェン
貴族たち : マリーヤ・ブイストロワ,ニコラ・カリー,カリン・エリス=ウェンツ,ニコール・グラニーロ, エリザベス・マーツ,ルチアーナ・パリス,レナータ・パヴァム,ジャクリン・レイエス, ジェシカ・サーンド,クリスティーン・シェヴチェンコ,サラ・スミス,リーヤン・アンダーウッド, グラント・デロング,ヴィターリー・クラウチェンカ,ダニエル・マンテイ,ルイス・リバゴルダ, アロン・スコット,アイザック・スタッパス
農民たち : ユン・ヨン・アン,ジェマ・ボンド,イザベラ・ボイルストン,ローレン・ポスト,サラワニー・タナタニット, デヴォン・トイチャー,メアリー・ミルズ・トーマス,ジェニファー・ウェイレン,グレイ・デイヴィス, ケネス・イースター,トーマス・フォースター,ミハイル・イリイン,パトリック・オーグル, ジョゼフ・フィリップス,アレハンドロ・ピリス=ニーニョ,エリック・タム
【第2幕】
小さな白鳥 : ジェマ・ボンド,サラ・レイン,アン・ミルースキー,マリア・リチェット
2羽の白鳥 : クリスティ・ブーン,カレン・アップホフ
白鳥たち : ユン・ヨン・アン,イザベラ・ボイルストン,マリーヤ・ブイストロワ,ニコラ・カリー,ツォンジン・ファン, ニコール・グラニーロ,メラニー・ハムリック,イサドラ・ロヨラ,アマンダ・マグウィガン,エリザベス・マーツ, エリーナ・ミエッティネン,ルチアーナ・パリス,ローレン・ポスト,ジャクリン・レイエス,ジェシカ・サーンド, クリスティーン・シェヴチェンコ,サラ・スミス,サラワニー・タナタニット,デヴォン・トイチャー, メアリー・ミルズ・トーマス,リーヤン・アンダーウッド,キャサリン・ウィリアムズ
【第3幕】
式典長 : クリントン・ラケット
ハンガリーの王女 : ミスティ・コープランド
スペインの王女 : サラ・レイン
イタリアの王女 : ジェマ・ボンド
ポーランドの王女 : イザベラ・ボイルストン
チャールダーシュ : マリアン・バトラー,パトリック・オーグル
ニコール・グラニーロ,エリーナ・ミエッティネン,ローレン・ポスト,サラ・スミス
トビン・イースター,ルイス・リバゴルダ,アロン・スコット,エリック・タム
スペインの踊り : メラニー・ハムリック,ヴィターリー・クラウチェンカ
  サラワニー・タナタニット,アレクサンドル・ハムーディ
ナポリの踊り : ジョゼフ・フィリップス,トビン・イーソン
マズルカ : ニコラ・カリー,ルチアーナ・パリス,デヴォン・トイチャー,メアリー・ミルズ・トーマス
 : グレイ・デイヴィス,ロディ・ドーブル,トーマス・フォースター,ショーン・スチュワート
ロットバルト : ゲンナジー・サヴェリエフ
黒鳥のパ・ド・ドゥ : イリーナ・ドヴォロヴェンコ,マキシム・ベロセルコフスキー
【第4幕】
オデット : イリーナ・ドヴォロヴェンコ
ジークフリード王子 : マキシム・ベロセルコフスキー
ロットバルト : ロマン・ズービン

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