« 【登山】早くも冬枯れ・快晴の大菩薩嶺 | トップページ | 【雑学】ぶらぶら病(ぶらぶらやまい)補遺 »

2008/11/22

【歌舞伎】こんな恐ろしい芝居は見たことない・仁左衛門の『盟三五大切』

 こんな恐ろしい芝居、いや、小説や映画を含めて、こんな恐ろしいものは初めてでした。
 ぽん太とにゃん子がごひいきの仁左衛門をはじめ、豪華な顔ぶれによる顔見世大歌舞伎、うきうきとした気分で観に行ったのですが、こんな怖い目に遭うとは思いませんでした。
 というのは『盟三五大切』のことです。ぽん太は初めて観る演目です。作が『東海道四谷怪談』などで有名な四世鶴屋南北なので、おどろおどろしいのはある程度予測しておりましたが、仁左衛門演じる薩摩源五兵衛は心底怖かったです。
 この狂言の初演は1825年(文政8年)江戸中村座。筋書によれば、小万・源五兵衛の心中事件を題材にした並木五瓶の『五大力恋緘』(がだいりきこいのふうじこめ)を下敷きに、当時大阪曾根崎新地で起きた五人切り事件と、『忠臣蔵』や『東海道四谷怪談』を結びつけて作られているそうです。歌舞伎ではこれを「綯い交ぜ」(ないまぜ)というそうですが、ポストモダン的な「引用」と言ってもいいでしょう。この台本は、さまざまな事件や作品を「引用」しているというだけでなく、色男と傾城のつやっぽいやり取りから、語り、殺人、ありきたりなお笑い、怪奇的な場面など、あらゆるもののごた混ぜ、チャンプルーで、キッチュな香りが濃厚です。
 仁左衛門は、「二軒茶屋」までは後半のネタを割らず、あくまでも人のいい色男の若侍として源五兵衛を演じます。「五人切」では殺しの美学。忍び寄る影が丸窓に映り、中央に立ちはだかったところで障子がすーっと開くところで、青ざめた仁左衛門の表情に背中がゾクゾクします。そしてだんまりのようなスローで様式的な動きのなか、次々に人々が斬り殺されます。気分がすっかり暗くなり、幕間の弁当がすすみません。
 「四谷鬼横町」になると、まさに幽霊です。八右衛門が身代わりでお縄にかかったことで、すべての恨みは晴れたかのように見えますが、それでもやはり恨みが忘れられぬと、源五兵衛は立ち戻ってきます。小万を切り刻み、刺青のある腕を落とし、子供までも手にかける様子は、まるで地獄絵図です。歌舞伎ではしばしば悪や人殺しが描かれます。この狂言でも、三五郎は源五兵衛を騙して百両を奪い取るという「悪」を働きます。しかしここでの源五兵衛は、そうした通常の悪とは比べ物にならない、人間の業というか、根源的な悪を表していました。ぽん太の目にはうっすらと涙がこぼれて来たのですが、それは同情やカタルシスの涙ではなく、ぽん太のなかにもおそらくは潜んでいる、あらゆる人間が持つ根源的な悪に対する、哀しみの涙でした。
 小万殺しの場面の猟奇的な美しさも見事でした。帯にくるんだ首を、いとおしそうに抱きながら立ち去る姿は、オスカー・ワイルドの『サロメ』で、サロメが銀の皿にのせられたヨハナーンの首に接吻する場面を思い出しました。
 薄暗い中に、源五兵衛を迎えに来た志士が一斉に並び、志士の一員に加われたことを源五兵衛が悦ぶというラスト・シーンは、筋の流れがめちゃくちゃで、まるで不条理劇のような迫力でした。
 今月の新橋演舞場における海老蔵の仁木弾正や福岡貢の殺しもそれなりに面白かったのですが、本日の仁左衛門の芸をみてしまうと、まだまだレベルの差を感じます。

 ところで、殺人の場面でのきまりに対して拍手が起きるのに、ぽん太は違和感を感じます。ぽん太の感覚では、拍手というのは、「囃し立てる」というイメージがあり、目出度いものを誉めたたえる意味があるように思えます。殺人のような場面では、いかにその演技がすばらしかろうと、拍手をするのは場違いのような気がするのですが、皆様はいかがお感じでしょうか。こういうときは、大向こうの鋭いかけ声があっているような気がします。とはいえ、ぽん太の「拍手」の語感に関しては、直ちに論拠を提示することはできません。ぽん太だけの思い込みかもしれません。
 ところで、小万が腕に彫った「五大力」ってなんだ?洋服の「五大陸」なら知っているが。goo辞書で引いてみると、もともとは五大力菩薩を意味しますが、五大力の加護によって封が解けずに相手に届くようにと、女性が恋文などの封じ目に書くようになり、さらに、女性が誓いや魔除けの言葉として使うようになったのだそうです。

 昼の部のもうひとつの演目「吉田屋」は、以前に仁左衛門がとても可愛らしく演じた記憶が残っています。藤十郎の伊左衛門は、上方らしい柔らかい雰囲気に満ちておりました。馬鹿ばかしいほど明るく目出度いラストで、暗くなった気分がようやく救われました。


歌舞伎座百二十年・吉例顔見世大歌舞伎
平成20年11月・歌舞伎座
昼の部

一、通し狂言 盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)
    序 幕 佃沖新地鼻の場
        深川大和町の場
    二幕目 二軒茶屋の場
        五人切の場
    大 詰 四谷鬼横町の場
        愛染院門前の場
          薩摩源五兵衛    仁左衛門
            芸者小万    時 蔵
          六七八右衛門    歌 昇
           出石宅兵衛    翫 雀
          お先の伊之助    錦之助
            芸者菊野    梅 枝
         ごろつき勘九郎    権十郎
           廻し男幸八    友右衛門
           内びん虎蔵    團 蔵
          富森助右衛門    東 蔵
            家主弥助    左團次
            僧 了心    田之助
          笹野屋三五郎    菊五郎

二、玩辞楼十二曲の内 廓文章(くるわぶんしょう)
    吉田屋
          藤屋伊左衛門    藤十郎
            扇屋夕霧    魁 春
           若い者松吉    亀 鶴
           女房おきさ    秀太郎
         吉田屋喜左衛門    我 當

|

« 【登山】早くも冬枯れ・快晴の大菩薩嶺 | トップページ | 【雑学】ぶらぶら病(ぶらぶらやまい)補遺 »

芸能・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74997/43173842

この記事へのトラックバック一覧です: 【歌舞伎】こんな恐ろしい芝居は見たことない・仁左衛門の『盟三五大切』:

« 【登山】早くも冬枯れ・快晴の大菩薩嶺 | トップページ | 【雑学】ぶらぶら病(ぶらぶらやまい)補遺 »