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2008/12/06

【京都】大原三千院・寂光院、比叡山延暦寺

Pb260054 私だけ?「きょうと〜お〜はらさんぜんいん」と歌うと(Youtube動画)、いつのまにか日本昔話のオープニング(Youtube動画)になってしまうのは……。
 ということで、ぽん太とにゃん子は京の大原に行ってきました。ぽん太の大原御幸は実に約30年ぶりです。
 まずは三千院。紅葉の真っ盛りでした。こちらが三千院公式ホームページです。
Pb260057 「紅葉の中で、観光バスで押し寄せた団体ツアー客に出会ってしまいました。急いでケータイを切ります。あしからず。」
 JR東海のコマーシャル(Youtube動画ポスター)のおかげで、今年の三千院は大混雑だそうで、三連休などはすごいことになっていたそうです。
Pb260060 とはいえ往生極楽院に安置された国宝・阿弥陀三尊坐像は、やはりすばらしかったです。脇侍の観音菩薩と勢至菩薩は、ややうつむき加減で神妙な表情を浮かべ、人間的な印象も受けるのですが、阿弥陀如来は、ふっくらとした面立ちがまるで子供のようでもあり、人間を超越した融通無碍な境地におられるようで、とても有り難く思われました。

Pb260069 こちらは寂光院です。こちらが公式サイトです。真新しい本堂を見て、寂光院が2000年に放火にあったことを思い出しました。
Pb260070 寂光院は、建礼門院徳子が閑居したことで有名で、その様子は『平家物語』の最後の巻の「灌頂巻」(かんじょうのまき)で描かれています。建礼門院は、平清盛の娘で、高倉天皇と結婚し、安徳天皇をお産みになりました。平家が壇ノ浦の戦いで敗れて、安徳天皇が入水したとき、建礼門院も身を投げましたが、源氏の武将が髪の毛を熊手に引っ掛けて救い上げました。彼女は出家し、1185年(文治元年)の9月、都を避けて寂光院に隠棲します。しばらくして後白河法皇が、寂光院に建礼門院を訪ねます。法皇が見た寂光院の様子が、次のように書かれています。
「庭の若草しげりあひ、青柳の糸をみだりつつ、池の蘋(うきくさ)浪にただよひ、錦をさらすかとあやまたる。中島の松にかかれる藤なみの、うら紫にさける色、青葉まじりのをそ桜、初花よりもめづらしく、岸のやまぶきさきみだれ、八重たつ雲のたえ間より、山郭公(やまほととぎす)の一声も、君の御幸をまちがほなり」(「大原御幸」より)。
 ここに描かれている池と松が、写真の心字池、姫小松だそうです。歴史ある姫小松も、火災による痛みが原因で平成16年に枯死したそうです。
Pb260071 三千院の隣りにある大原西陵に建礼門院徳子は眠っています。観光客でごった返す三千院とは一変して、訪れる人もまばらです。院は大原で仏に祈りをささげながら生涯を送り、諸説ありますが、六十数歳でこの世を去りました。そしてこれが、「祇園精舎の鐘の声」に始まる『平家物語』の末尾となっております。
Pb260073 小道の横には「朧の清水」がありました。標識には「『平家物語』(建礼門院)縁(ゆかり)の泉」と書かれていますが、『平家物語』を読んでも出てきません。こちらの京都新聞のサイトに、この清水について書かれています。古来歌枕として有名だそうで、吉田兼好や与謝蕪村もこの清水を歌に詠んでいるのだそうです。建礼門院が、朧月の夜、水面に映るやつれた姿を見て身の上を嘆いた、というエピソードがあるのだそうですが、その出典はわかりません。

Pb260079 午後は比叡山延暦寺に行きました公式サイトはこちらです。写真は国宝の根本中堂です。堂々として立派です。延暦寺は仏教の学問の一大中心地で、現在で言えば東京大学のようなものでした。道元や日蓮など、多くの名僧が延暦寺で学んだのちに、独自の境地を打ち立てて諸派の開祖となりました。実はぽん太は生まれて初めて訪れました。

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