« 【バレエの原作を読む(2)】『ジゼル』←ハイネ『ドイツ論』 | トップページ | 【オペラ】しばし不況を忘れる新国立の『こうもり』 »

2009/02/08

【バレエの原作を読む(3)】『くるみ割り人形』←ホフマン『くるみ割り人形とネズミの王様』

 さて、ぽん太のバレエの原作を読むシリーズ。ちょっと飽きてきた感もありますが、3回目は『くるみ割り人形』です。初演は1892年にサンクトペテルブルグのマリインスキー劇場、脚本はマリウス・プティパ、振付けはレフ・イワノフ、音楽はもちろんチャイコフスキーです。
 Wikipediaなどを見てみると、E.T.A.ホフマンの『クルミ割り人形とネズミの王様』(Nußknacker und Mausekönig, 1816年)をアレクサンドル・デュマ・ペールが翻案したもの(Histoire d'un casse-noisette,1844年)が、原作のようです。
 なぜ振付けで超有名なプティパが脚本だけ担当し、振付けは別の人なのかという疑問が湧いて来ますが、鈴木晶先生によれば、制作段階ではプティパが振り付ける予定だったけど、プティパは台本を見て「こりゃダメだ」と思って仮病を使って家にこもり、仕方なく助手のイワノフが振り付けたのだそうな([2]p.125)。プティパはフランス人ですから、フランス語版を原作にしたことは理解できます。ただバレエの初演時からみると、ホフマンのドイツ語版は70〜80年前、アレクサンドル・デュマのフランス語版は約50年前の作品ですが、くるみ割りの話しは当時一般に有名だったのでしょうか?
 デュマ・ペール(1802-1870)はフランスの小説家で、『モンテ・クリスト伯』や『三銃士』などで有名ですね。オペラで有名な『椿姫』を書いた同名の息子(1824-1895)と区別するために、しばしばペール(父)を付けて呼ばれるそうです。
 デュマの『くるみ割り人形』の邦訳は、『くるみ割り人形』(小倉重夫訳、東京音楽社、1991年)と、『デュマが語るくるみ割り人形』(矢野正俊訳、貞松・浜田バレエ団、1991年)があるようですが、こちらのサイトを見ると小倉訳の方が、デュマの原文に近いような気がします。しかし残念ながら簡単にはぽん太の手に入りません。そのうち手に入ったらご報告したいと思います。
 ホフマンの『くるみ割り人形』に関しては、『人形(書物の王国)』(参考文献[1])に収録されているものがぽん太の手に入りましたが、岩波少年文庫もあるようです(『クルミわりとネズミの王さま』)。しかも値段が672円。訳はどうでしょう?河出文庫で、幻想文学が得意な種村季弘訳もあって興味を引きますが(『くるみ割り人形とねずみの王様 (河出文庫―種村季弘コレクション)』)、残念ながら品切れのようです。
 しかしホフマンといえば、Wikipediaを見てもわかるように、おどろおどろしい幻想文学で有名です。クリスマスの子供たちへの贈り物のようなバレエの『くるみ割り人形』と、幻想文学のホフマンは、ぽん太の頭の中ではちょっと結びつきません。
 実際に読んでみると、童話っぽい見せかけながらやはりおどろおどろしく、筋も錯綜していて複雑です。めんどくさそうですが、意を決してあらすじをご紹介することにいたしましょう。

 今日はシュタールバウム衛生顧問官一家のクリスマス・イブ。フリッツとマリーの兄妹も楽しみにしています。そこに上級裁判所顧問官のドロッセルマイヤーさんがやってきます。彼の風貌は、小柄でやせていて顔はしわだらけ、右目がなくて大きな眼帯をかけています。髪の毛が一本もないので、手の込んだガラス細工の真っ白なカツラをかぶっています(ぽん太注:これだけでおどろおどろしいですよね)。手先きが器用なドロッセルマイヤーさんの今年のプレゼントは、機械仕掛けで小さな人形たちが歩いたり踊ったりする小さなお城でした。しかしマリーが気に入ったのは不格好なくるみ割り人形でした。しかしフリッツが乱暴に扱ったので、くるみ割り人形は壊れてしまいます。
 さて楽しいクリスマスパーティーも終わって夜になりました。壁時計が十二時を打つと同時に、七つの頭を持つネズミの王様に率いられたネズミの大群が襲ってきます。するとどうしたことでしょう、くるみ割り人形が躍り出て、おもちゃの兵隊を率いて反撃を開始します。しかしネズミの大群にはかなわず、くるみ割り人形はネズミたちに包囲されます。あわやという時、マリーは靴を脱いでジョージ・ブッシュじゃなくってネズミの王様に向かって投げつけます。その瞬間、すべてが散り散りとなって消え失せてしまいます。
 マリーが目を覚ますと、そこはベッドの上でした。倒れたガラス戸棚の横に、散乱した人形に囲まれて、血を流して横たわっていたところをマリーは発見されたのでした。すべては夢だったのでしょうか?翌日の夕方、ドロッセルマイヤーさんが、修理したくるみ割り人形を持って見舞いに来ます。彼はマリーに長いながい「かたいくるみの童話」を語り始めます(以下、童話中童話のあらすじです)。

 王様と王妃様は、ピルリパート姫をとてもかわいがっておりました。その宮殿のかまどの下には、マウゼリンクス夫人が7匹の息子とともに宮廷を構えていました。あるとき王様は、マウゼリンクス夫人と子供たちが王様の好きなソーセージの脂身を食べてしまったことに腹を立て、時計師のドロッセルマイヤー(ぽん太注:童話のなかの話しなので、童話を語っている上級裁判所顧問官のドロッセルマイヤーとは別人です)に命じてねずみ取りを作らせ、7匹の息子や家来を捕まえて殺してしまいます。マウンゼリンクス夫人は王妃に向って、「ピルリパート姫がネズミにかみ殺されないように注意なさい」と捨て台詞を残して姿を消します。
 王様とお妃様は、マウゼリンクス夫人の復讐を恐れて、猫を使ってピルリパート姫を見張ります。しかしふと目を離したすきに、マウゼリンクス夫人が化けたネズミによって、姫の顔はまるでくるみ割り人形のようなブッサイクな顔に変えられてしまいました。王様はドロッセルマイヤー時計師に罪を押しつけ、「4週間以内に姫を元に戻す方法を見つけなければ処刑する」と言い渡しました。途方に暮れたドロッセルマイヤーは、親友の宮廷占星術師と相談し、ついに魔法を解く方法を見つけました。それには、クラカツークというとっても硬いクルミと、若い男の子が必要でした。ドロッセルマイヤーと占星術師は、クラカツーク・クルミを探しに旅に出ます。
 二人は15年間も旅を続けましたが、いまだにクラカツーク・クルミを見つけることはできません。彼らは思いついて、ニュルンベルクに住んでいる、ドロッセルマイヤー時計師の従兄弟のドロッセルマイヤー(ぽん太注:3人目のドロッセルマイヤーですね)に会いに行きます。すると偶然にも、従兄弟は見知らぬ男から買い取ったクラカツーク・クルミを持っていたのです。しかも従兄弟の息子のドロッセルマイヤー青年(ぽん太注:やれやれ、これで4人目のドロッセルマイヤーです)は、姫を魔法から解くための男の子にぴったりでした。
 王様とお妃様は、姫の魔法を解いたものに姫と王国を与えると宣言します。皆が見守るなか、ドロッセルマイヤー青年は見事にクラカツーク・クルミを割ってみせます。ピルリパート姫は、元どおりの天使のような美しい顔に戻ることができましあ。ところが喜びもつかのま、ドロッセルマイヤー青年が足元に現れたマウゼリンクス夫人をうっかり踏みつけると、今度は彼がブッサイクなくるみ割り人形に変身してしまいました。その姿を見た姫はびっくり仰天、王様とお妃様は約束を取り消し、ドロッセルマイヤー青年は時計師や占星術師とともに宮廷を追い出されてしまいます。でも占星術師が占ったところ、くるみ割り人形が、七つの頭を持つネズミに生まれ変わったマウゼリンクス夫人の息子を自らの手で倒し、その上で醜さにもかかわらず女性から愛されたら、魔法は解けることがわかりました。

 以上が上級裁判所顧問官ドロッセルマイヤーがマリーに語った「かたいくるみの童話」です。マリーには、目の前に居るドロッセルマイヤーさんが童話に出て来た時計師のドロッセルマイヤーであり、自分が見た戦いがくるみ割り人形が国と王位をかけた戦いだったことを理解します。
 その日から、夜ごとにネズミたちが攻撃を仕掛けてきます。ネズミの王様はマリーのお菓子を食い荒らしただけでなく、さらに大切な絵本や着物まで差し出すように要求します。おもちゃの兵隊が持っていたサーベルを身にまとったくるみ割り人形は、自らの手で見事ネズミの王様を討ち取ります。くるみ割り人形は、マリーを人形の国へと誘います。
 衣裳ダンスに掛かっているお父さんの毛皮の外套の袖を抜けるとそこは人形の国で、「キャンディー牧場」やら「アーモンドと干しぶどうの門」やら、見たこともない美しい世界が広がっています。マリーはくるみ割り人形に導かれて、キラキラ輝く不思議な光景のなかを都に向います。マリーの姿は、いつのまにか童話のピリルパート姫のように美しく変身しています。やがて到着したお城では、くるみ割り人形は王子として迎えられます。そこでマリーは夢のような時を過ごすのですが……。

 マリーが目を開けるとそこは自分の小さなベッドでした。マリーはくるみ割り人形やお城のことを話しますが、大人たちは、そして兄のフリッツも、「夢を見てたんだ」と言うばかりで信じようとしません。あのすばらしい冒険の話しをすることを禁じられたマリーは、みんなから「小さな空想家」と呼ばれるようになりました。その日もまたマリーは、空想にひたりながらくるみ割り人形に話しかけていましたが、うっかり彼女は椅子から落ちて気を失ってしまいます。母親に介抱されて目を開けると、なんと上級裁判所顧問官ドロッセルマイヤーの甥の少年が、ニュルンベルクから挨拶に来ているではないですか。ドロッセルマイヤー少年は、マリーと二人きりになると、自分がくるみ割り人形であったことを告白し、マリーに求婚します。マリーはもちろんこれを受けました。1年後にドロッセルマイヤー少年は金銀の馬車に乗ってマリーを迎えに来ました。そしてマリーは、不思議な人形の国の王妃となって、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。


 あ〜疲れた。ここでクイズです。マリーが人形の国に行ったのは、現実だったのでしょうか夢だったのでしょうか?答えは……。要約してしまうと、現実と非現実の錯綜や、おどろおどろしくグロテスクな部分が見えなくなってしまいます。例えば人形の国では、「一人の漁師が雑踏の中で一人のバラモン僧の頭を打ち落とし、大蒙古皇帝があやうく道化に突き倒されそうになった」りします。興味のある方は、ぜひご自身でお読みになって下さい。
 バレエの『くるみ割り人形』では、女の子の名前はマリーではなく、クララだったりマーシャだったりします。また女の子を子役が踊る場合もあれば、大人のダンサーが踊る場合もあります。人形の国も、それが現実なのか夢なのか、演出によってさまざまな解釈があるようです。このあたりは、たとえばこちらの北村正裕さんのサイトが詳しいです。このサイトでは、ホフマンの原作ではマリーがもらう人形の名がクララであると書いてありますが、ぽん太が読んだ本では「クリリーヒェン」となっております。ドイツ語の語尾「ヒェン」は、「ちっちゃな」とか「かわいい」という意味なので、「ちっちやなクララちゃん」という感じなのかもしれませんが、原文をあたっていないので定かではありません。

【参考文献】
[1] ホフマン『くるみ割り人形とネズミの王様』前川道介訳(『人形 (書物の王国)』国書刊行会、1997年に収録)。
[2] 鈴木晶『バレエの魔力』 講談社現代新書、講談社、2000年。


|

« 【バレエの原作を読む(2)】『ジゼル』←ハイネ『ドイツ論』 | トップページ | 【オペラ】しばし不況を忘れる新国立の『こうもり』 »

芸能・芸術」カテゴリの記事

コメント

マーシャさん、コメントありがとうございます。
あの楽しいバレエ「くるみ割り人形」の原作が、こんなおどろおどろしい話しだったとは、ぽん太も知りませんでした。あらすじだけ読んでもわかりにくいと思いますので、ぜひ原作(の翻訳)も読んでみて下さい。
マーシャさんのサイトを拝見しましたが、とても興味の範囲が広いですね。今後もたまには、ぽん太のブログにお立ち寄りください。

投稿: ぽん太 | 2010/01/04 17:08

まさにバレエ「くるみ割り人形」のホフマンの原作の粗筋を知りたくて検索でたどり着きました  はじめまして  

バレエの「くるみ割り人形」(主にロシアのバレエ団公演)で少女の名前となっているマーシャですが マリーヤ(Мария=Mariya)の愛称形です  
ドイツ語のMaria(マリーア)又はMarie(マリー)に相当します  
Klara(クラーラ)の愛称はKlärchenと表記するようです  私が探したところではクレールヒェンとカナ表記されていましたが 実際の発音はカナ通りではないことも多いので =クリリーヒェンかもしれませんし違うかもしれません(要はわからないw)  

投稿: Маша(マーシャ) | 2009/12/29 18:14

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74997/43944943

この記事へのトラックバック一覧です: 【バレエの原作を読む(3)】『くるみ割り人形』←ホフマン『くるみ割り人形とネズミの王様』:

« 【バレエの原作を読む(2)】『ジゼル』←ハイネ『ドイツ論』 | トップページ | 【オペラ】しばし不況を忘れる新国立の『こうもり』 »