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2009/03/15

【網走・釧路】博物館網走監獄、濤沸湖白鳥公園

P2190039 博物館網走監獄を訪れたのは2回目です。前回の記事はこちらです。今回は、前回書かなかったことを付け加えたいと思います。博物館網走監獄の公式サイトはこちらです。
 写真は、獄舎の中心部にある監視所からの眺めです。二方向に伸びる廊下が見えるかと思います。
P2190040 これが建物の平面図です。中央の監視所から放射状に5つの廊下が延びており、監視所から建物全体を見渡せるようになっており、「五翼放射状舎房」と呼ばれています。
 これは、一望監視装置(パノプティコン)と呼ばれる構造で、イギリスの功利主義の哲学者ベンサム(1748-1832)が考案したもので、ミシェル・フーコーが『監獄の誕生―監視と処罰』(1975)で取り上げて有名になりました。というか、ベンサムの著作の邦訳を探したのですが、なんだかみつかりません。
 この構造は、刑務所(それは学校でも病院でもいいのですが)に収容されている囚人に、常に「見られているかもしれない」という意識を持たせることで、規律・訓練を行うものです。そしてこれは、権力装置のひとつのモデルと考えることができます。例えば高速道路の自動車ナンバー自動読み取り装置や街のあちこちに設置された監視カメラ、アメリカのエシュロンなどは、現代の一望監視装置と考えることができるでしょう。
 一望監視装置においては、「実際に」監視をしている必要はありません。ベンサムのプランでは、監視所は光が透けて見えないように巧妙に作られ、囚人からは看守の様子がまったくわからないようになっていました。ですから実際には監視所に誰もいなくても、「見られているのではないか」という心理的な圧力を与えることができるのです。
 現在の精神医療・福祉が、実は現代化された一望監視装置なのではないか、というのは重要な問いですが、ぽん太には考察する能力がないのが残念です。
 網走監獄の獄舎は、房と廊下の境の格子の断面が菱形になっていて、房の中からは斜め方向しか見えないようになっています。向かい側の房の格子を逆方向にすることで、廊下から囚人を見ることはできますが、囚人が向かい側の囚人を見ることはできない仕組みになっており、「視線」に細心の注意が払われていることがわかります。
 この獄舎は、公式サイトの解説によれば、1912年(明治45年)にベルギーのルーヴァン監獄を模して作られたのだそうです。愛知県犬山市にある博物館明治村には、金沢監獄中央看守所・監房が移築保存されていますが、写真を見る限り網走監獄とよく似ています。1907年(明治40年)に作られたものだそうです。そのうち見に行ってみたいと思います。またこちらのブログには、1899年(明治32年)に運用を開始された横浜監獄の平面図がありますが、そこにも五翼放射状の建物が描かれています。

P2190038 網走監獄には、多くの有名人が収監されていました。元共産党書記長の宮本顕治などもそのひとりでしょうか。写真は昭和の脱獄王と呼ばれる白鳥由栄(しらとりよしえ:1907-1979)の人形です。
P2190037 こちらが白鳥由栄が入れられていた独房です。食事のみそ汁を少しずつかけることで木ねじをさびさせて、ドアの鉄格子を外し、肩関節を自らはずして穴から脱出したそうです。

P2190077 さて、こちらはかわって濤沸湖(とうふつこ)白鳥公園です。白鳥にえさをやることができますが、手前のカモとカモメに全部とられてしまい、白鳥まで届きませんでした。遠くをキタキツネも歩いていました。白鳥をしばらく眺めていましたが、残念ながら「白鳥の湖」のようにお姫様にはなりませんでした。
P2190078 近くの木の上にはオオワシがいました。売店のおばさんが望遠鏡をセッティングしてくれていて、見ることができます。


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