« 【歌舞伎】見せ場満載・猿之助一座の『獨道中五十三驛』新橋演舞場2009年3月 | トップページ | 【歌舞伎】仁左衛門と染五郎の『御浜御殿綱豊卿』は見事な心理劇・2009年3月歌舞伎座昼の部 »

2009/04/03

【歌舞伎】『元禄忠臣蔵』は理屈っぽくて嫌い!2009年3月歌舞伎座夜の部

 『元禄忠臣蔵』は、2006年に国立劇場で観ましたが、ぽん太はあまり好きになれませんでした。なんか台詞が理屈っぽいし、どことなく全体主義的な圧迫感があります。行くのを止めようかと思いましたが、ごひいきの仁左衛門が出るので、思い直して行ってきました。
 真山青果の作になる『元禄忠臣蔵』は、1934年(昭和9年)に『大石最後の一日』が初演されたのを皮切りに、その後次々と書き継がれ、十年後の1941年(昭和19年)の『泉岳寺の一日』で完結にいたりました。まさに日本が第二次世界大戦に突き進んでいく時期に書かれたことがわかります。また昭和の時代に書かれたということから、『元禄忠臣蔵』の登場人物の行動や心理が、われわれ現代人に近いことも納得できます。
 『元禄忠臣蔵』の特色のひとつは、アクションに欠けることです。忠臣蔵を描きながら、討ち入りの場面がなく、浪士たちの証言によって間接的に描かれます。浅野内匠頭が松の廊下で吉良上野介に切り掛かる場面も、内匠頭切腹の場面も舞台上では演じられません。アクションが少ないことは、劇に「格調」や「真面目さ」を与えますが、見方によっては「時代がかった」印象を与えます。
 この劇で重視されるのはアクション(行動)そのものではなく、「なぜ」そのような行動をとったかという理屈や心理です。例えば浅野内匠頭が吉良上野介に松の廊下で切り掛かった行動が、「刃傷」か「けんか」かということが問題となります。また四十七士が「徒党」であるかどうかとか、浅野内匠頭はお上の裁きで切腹したのに吉良上野介を敵とするのは間違いではないか、といったことが議論されます。
 もう一つの特色は、大石内蔵助動が常に「お上に刃向かうつもりはない」、「天下の秩序を乱すつもりはない」ということを言動によって示していることです。彼は、「支配的政治体制に刃向かおうとしている」と思われることを極度に恐れています。「体制のなかで欲望を実現すること」が彼に与えられた課題なのです。
 体制に背く意思がないことを示すためにも、集団は理念に従って一糸乱れず行動しなければなりません。自らの感情の赴くままに行動することは、固く戒められます。四十七という集団が、仇討ちという行為を目標にしながらも、常に体制への恭順をアピールしながら、行動していかなくてはなりません。
 さらに、蔵之介は自らの恨みをはらすためだけに仇討ちをすることはできません。仇討ちをすることが、同時代に人々にどのような影響を与えるか、社会にどういった効果をもたらすかを意識して行動しなければなりません。義士たちも、自分が社会によって注目されていることを意識しています。「社会の一員としての個人」という考え方が、『元禄忠臣蔵』には見られます。

 しかしぽん太は、体制に過剰なまでに気を使う四十七士を見ていると、気が重くなってきます。むしろぽん太は、『仮名手本忠臣蔵』で描かれているような、内匠頭の刃傷沙汰のときに逢い引きしていて立ち会えなかったり、これで義士に加われると喜んだ五十両が、父親を殺して奪ったものだと知って途方にくれるような、情けない人間の方が好きです。
 観客席ではあちこちで涙をすする音が聞こえておりましたが、ぽん太は悲しくもなんともありませんでした。その理由は、そもそもぽん太だけが社会体制を顧みない社会不適応の一匹狸であり、世間一般の人は自分の気持ちと社会体制のはざまで悩んでいるからでしょうか。それとも戦前的な国家イデオロギーが、ご高齢の観客の心の琴線に触れたからでしょうか?ぽん太にはわかりません。
 また真山青果も、体制イデオロギーを積極的にアピールした人なのか、それとも体制から距離をとりながらも、こうした時代のなかで作劇を続けた人なのか、無知なぽん太は知りません。

 好き嫌いの話しはさておき、そうそうたる役者がそろった今回の舞台は、とてもよかったです。ただ『大石最後の一日』の福助が、声の質が野田秀樹調で、重厚な芝居の中でひとりだけ別世界を作っていたのが気になりました。

 ところで浅野藩の屋敷があったという南部坂、ここ(Googleマップ)みたいですね。今度サントリーホールに行ったときに寄ってみます。


歌舞伎座さよなら公演・三月大歌舞伎
平成21年3月夜の部・歌舞伎座
元禄忠臣蔵(げんろくちゅうしんぐら)

南部坂雪の別れ(なんぶざかゆきのわかれ)
           大石内蔵助  團十郎
            羽倉斎宮  我 當
           腰元おうめ  芝 雀
            同 夜雨  高麗蔵
           同 みゆき  宗之助
          寺坂吉右衛門  松 江
           堀部弥兵衛  家 橘
          落合与右衛門  東 蔵
             瑤泉院  芝 翫
仙石屋敷(せんごくやしき)
           大石内蔵助  仁左衛門
          吉田忠左衛門  彌十郎
         磯貝十郎左衛門  染五郎
            間十次郎  高麗蔵
          富森助右衛門  男女蔵
            大高源吾  亀 鶴
            大石主税  巳之助
          桑名武右衛門  錦 吾
         鈴木源五右衛門  由次郎
           堀部安兵衛  市 蔵
            武林唯七  右之助
           堀部弥兵衛  家 橘
           仙石伯耆守  梅 玉
大石最後の一日(おおいしさいごのいちにち)
           大石内蔵助  幸四郎
             おみの  福 助
         磯貝十郎左衛門  染五郎
          富森助右衛門  男女蔵
            細川内記  米 吉
            久永内記  桂 三
          吉田忠左衛門  彌十郎
           堀部弥兵衛  家 橘
          堀内伝右衛門  歌 六
          荒木十左衛門  東 蔵

|

« 【歌舞伎】見せ場満載・猿之助一座の『獨道中五十三驛』新橋演舞場2009年3月 | トップページ | 【歌舞伎】仁左衛門と染五郎の『御浜御殿綱豊卿』は見事な心理劇・2009年3月歌舞伎座昼の部 »

芸能・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74997/44475628

この記事へのトラックバック一覧です: 【歌舞伎】『元禄忠臣蔵』は理屈っぽくて嫌い!2009年3月歌舞伎座夜の部:

« 【歌舞伎】見せ場満載・猿之助一座の『獨道中五十三驛』新橋演舞場2009年3月 | トップページ | 【歌舞伎】仁左衛門と染五郎の『御浜御殿綱豊卿』は見事な心理劇・2009年3月歌舞伎座昼の部 »