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2009/05/09

【ロシア旅行(4)】ピョートル大帝の夏の宮殿、血の上の救世主教会、エルミタージュ美術館、バレエ鑑賞など

 翌日はサンクトペテルブルク観光の2日目です。午前中はピョートル大帝の夏の宮殿(ペテルゴーフ)の見学ですが、まず車窓から見えた風景からどうぞ。
P5010073 ワガノワ・バレエ・アカデミーです。車窓からの写真なので見づらくてもうしわけありません。右側のクリーム色の建物だそうです。場所はこのへんです。
P5010086 フォンタンカ川に架かるこの橋は、カリンキン橋と呼ばれております。場所は多分ここだと思います。この橋がなんで有名かというと、ゴーゴリ(1809-1852年)の短編小説『外套』(1842年)に出てくるからです。主人公の下級官吏アカーキイ・アカーキエウィッチは、やっとのことで新調した外套を奪われ、あげくの果てに死んでしまいます。それ以来彼は幽霊となり、行きずりの人の外套を奪うようになったのですが、その幽霊が現れたのがこのカリンキン橋のほとりです。外套は青空文庫で読めますので、興味のある方はどうぞ。
P5010084 さて、ナポレオンに対する戦勝を記念したナルヴァ凱旋門や、革命家キーロフの像の前を通ると、両側にコンクリートの素っ気ないアパートが目立つようになり、労働者が多く住む地帯となります。そこに大きな工場が見えてきますが、これがキーロフ工場です。ここはトラクター工場として有名ですが、かつては戦車の工場としても有名でした。「キーロフ工場」でググるとわかるように、軍事オタクには超有名のようです。でも戦車オタクのみなさん、工場に行ったことはないでしょう?ははは、うらやましいでしょう。どうぞ、写真だけでもお楽しみください。戦車オタクとは180度異なるバレエ・オタクには、キーロフというと、マリインスキー・バレエが以前はキーロフ・バレエと呼ばれていたことで有名ですよね。
P5010078 さらに行くと、だんだんと広々としてきますが、かわいらしい電車が走っていました。
P5010082 写真のコンスタンチン宮殿は、2006年に行われたサミットの会場として有名です。日本からは(日本の医療制度を破壊した)小泉純一郎が参加いたしました。その後プーチンお気に入りの場所となりプーチン宮殿などと呼ばれていましたが、現在はメドヴェージェフが利用しているそうです。ちなみにプーチンもメドヴェージェフもサンクトペテルブルク(当時はレニングラード)出身です。
P5010081 ピョートル大帝の夏の宮殿(ペテルゴーフ)は庭園の噴水で有名ですが、冬は凍ってしまうので止まっています。放水開始は5月9日だそうで、ぎりぎりアウトでした。代わりに大宮殿の内部を見学いたしました。
P4300066P5010089 サンクトペテルブルク市内に戻って来て、マリインスキー・劇場の前をバスで通りました。滅多に見れない裏側(西側)の写真もご覧ください。バレエ、オペラ・ファンのぽん太とにゃん子は大感激です。
P5010090 午後の見学の最初は「血の上の救世主教会」です。なんとも生々しい名前ですが、その名の通り、1881年に皇帝アレクサンドル2世が暗殺された場所の上に立っています。従って造られたのも1907年と新しいです。アレクサンドル2世(1818年-1881年、在位1855年-1881年)はロシアの漸進的な改革を進めましたが徐々に保守化し、急進的テロリストによって暗殺されました。
P5010092 その場所には廟が造られており、それを内部に含むように教会が建てられています。暗殺された場所が川沿いだったため、教会は川ぎりぎりに建てられました。こちらの地図を見ると、教会を建てたために道が迂回しているのがわかります。また、原則的に正面入り口があるはずの東側に、入り口が設けられていません。また、川沿いの軟弱地盤の上にあるため、薄い大理石を敷き詰めているので、割れないように絨毯が敷いてあるのも特徴です。内部のモザイクは天然の石ではなく、スマルタと呼ばれる人工石を使ったロシア独特の技巧で造られているそうです。
P5010276 次はいよいよエルミタージュ美術館の見学です。世界各国からの観光客で混雑しておりました。びっくりするのはお金を払えば写真が撮り放題のこと。とうぜんフラッシュは禁止ですが、あちこちでパシパシとフラッシュを焚いておりました。絵は大丈夫なのでしょうか?レンブラントの「放蕩息子の帰還」(1666-1668年頃)の前で記念写真。ぽん太が以前のブログでこの作品に触れたときは画像にリンクしただけでしたが、こんかい生で見ることができてとても感激いたしました。そのほかも見切れないほどの名画の数々でしたが、特に感動したのは、ダ・ヴィンチの『ベヌアの聖母』(1475-1478年頃)や『リッタの聖母』(1490-1491年頃)、ラファエロ、カラヴァッジオなど、日本では滅多に見られない作品です。1985年に硫酸をかけられたレンブラントの『ダナエ』(1636-1640年頃)は痛々しかったです。
 エルミタージュ美術館は、1721年にピョートル大帝が冬宮を造ったのが始まりで、エリザヴェータ女帝の時代に現在の冬宮の建設が始まりました。美術品の収集を開始したのはエカテリーナ2世で、さらにニコライ1世の時代に新エルミタージュが建てられたそうです。
P5020098 夕食後はバレエ鑑賞。場所はエルミタージュ美術館のつながりにあるエルミタージュ劇場です。とても小さな劇場で、オーケストラも第一バイオリンが4人、コントラバスは1人という編成。演目は『白鳥の湖』です。いったい誰が踊るのだろう。サンクトペテルブルクだからマリインスキーのロパートキナ?それはなくともレニングラードのシェスタコワか?しかし、ソリストはそれなりだったものの、コールドはかなりアラが目立ちました。ダンスもかなり省略されていました。ロシアだからいいってもんじゃないんだね。日本のバレエ団のすばらしさがあらためてわかりました。観光客向けの公演という感じで、外国人が日本に観光に来て「伝統演劇鑑賞」とあったので、当然歌舞伎か能と思っていたら、大衆演劇の「名月赤城山」に連れて行かれた感じでした。
P5020104 バレエが終わって外に出ると、それはそれは美しいネヴァ川の夕焼けでした。緯度が高いので、これで夜の10時です。

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