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2009/05/13

【ロシア旅行(5)】セルギエフ・パサード(トロイツェ・セルギエフ大修道院、アンドレイ・ルブリョフのイコン、ボリス・ゴドゥノフの墓、クヴァス)

P5020343_2 本日は朝早く起きて国内線の飛行機でモスクワへ。そしてバスで「黄金の環」の観光に繰り出します。黄金の環というのは、モスクワの北東部に環状に位置する古い都市群です。ロシア(当時はソ連ですが)が外貨獲得のために観光事業に乗り出したのは1960年代になってからだそうで、黄金の環もそのひとつとして観光地としての整備が進められたそうです。現在では外国人だけでなく、多くのロシア人も自分たちの歴史を尋ねて、このルートを訪れるそうです。ちなみに日本では1930年代に、外貨獲得のための国際リゾート開発が行われたことは、以前の記事に書きました
 まず訪れたのが、モスクワの北東約70キロのところにあるセルギエフ・パサードです。この街の中心はトロイツェ・セルギエフ大修道院ですが、ラドネジの聖セルギイによって14世紀に創建されたものだそうで、現在では14世紀から18世紀にかけて造られた建造物を見ることができます。
 聖セルギイ(1321,22年頃-1392年)は、ロシア正教における偉大な聖人のひとりで、森に覆われていたこの地に小さな教会堂を建て、自ら働いて生計をたてながら、隠者生活を送りました。次第に彼のまわりに、修道士たちや信者が集まるようになり、19世紀になると、ロシア正教で最も重要な修道院となりました。
 以前の記事でも書いたように、1230年代後半にモンゴル軍がキエフに侵入し、以後ロシア(当時はルーシ)はモンゴルの支配に屈することになります。この支配から脱するには、2世紀半後の1480年、イヴァン3世の時代まで待たなければなりませんでした。聖セルギイが生きたのは、まさにこのタタールのくびきの時代だったのです。聖セルギイは、モンゴルと戦うためにロシア諸公をまとめる役割を果たし、その結果ドミトリイ・ドンスコイは1830年にクリコヴォの戦いでモンゴルを破り、これがルーシのモンゴルに対する最初の勝利となったのだそうです。ここにリンクしたミハイル・ネステロフの「若きヴァルフォロメイの聖なる光景」(1890)は、若き聖セルギイの前に聖者(?)が現れ、「お前はのちにルーシをモンゴルから解放するだろう」と予言するシーンで、ぽん太はモスクワのトレチャコフ美術館で見ることができました。
P5020322 1423年に完成したトロツキー聖堂です。トロツキーといっても革命家のことではなく、三位一体のことです。もともとここには聖セルギイを土葬したお墓がありました。後に遺骸を掘り出したところまったく腐っていなかったため、奇跡として彼の遺体はトロツキー聖堂のなかに安置され、現在はガラス越しに見ることができます。ロシア人が長蛇の列を作って遺骸を拝んでおりましたが、ぽん太たちは時間がかかるのでパスしました。内部には見事なイコンが並んでいますが、有名なイコン画家アンドレイ・ルブリョフによって描かれたものが多いそうです。なかでも最も有名なのは「聖三位一体」のイコンですが(画像はこちら)、これもトレチャコフ美術館で実物を見ることができました。
 三位一体とは、父なる神、子イエス・キリスト、聖霊が、同一の実体であるという考え方で、キリスト教では大変重要な概念で、これを否定するとたちまち異端として断罪されるというものだそうですが、仏教徒のぽん太にはよくわかりません。このイコンに描かれているのは、旧約聖書の『創世記』18章に書かれているエピソードです。原文はたとえばこちらなどをご覧ください。アブラハムのテントの前に、三人の旅人が通りかかります。アブラハムは妻のサラと協力して、この三人に食事を振る舞います。実はこの三人は神とキリストと聖霊で、神は、アブラハムとサラの間に男の子が生まれるだろうと予言します。アンドレイ・ルブリョフは、アブラハムやサラ、もてなしの様子などを画面から排して、聖なる三人に焦点を絞って表現しております。
P5020341 ウスペンスキー大聖堂は、青いタマネギがかわいいです。イワン雷帝の命令で1585年に造られたものだそうです。手前にある赤い小さな塔は、万病を癒すという聖なる泉が湧いているところで、人々が水を汲むために並んでいました。むかし目の見えない人がこの泉で顔を洗ったところ、目が見えるようになったという逸話があるそうです。最近では中曽根元総理がロシアを訪れた時、食べ物があわなくてお腹を壊したのですが、この泉を飲んだらよくなったそうで、中曽根元総理のお礼状が残っているそうです。ちょっとググってみたのですが、いつの話なのかわかりませんでした。
P5020344 ウスペンスキー大聖堂の片隅に、観光客に見向きもされずひっそりとある建物は、皇帝ボリス・ゴドゥノフと家族の墓所です。ボリス・ゴドゥノフ(1551年-1605年、在位1598-1605年)はロシア皇帝ですが、彼の治世下では災害が頻発し、農奴の反乱が相次いで国家が混乱したため、死後も邪険に扱われているそうです。ボリス・ゴドゥノフは、プーシキンの小説や、ムソルグスキーの歌劇でも有名ですね。
P5020347P5020348 境内(?)にはお土産やも多く、人々でにぎわっていました。なにやら黄色いタンクで怪しい飲み物を売っています。ライ麦を発酵させてつくったクヴァスという飲み物です。黒パンっぽいニオイに一瞬「!?」と来ますが、飲んでみると酸味があっておいしいです。

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