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2009/05/18

【歌舞伎】海老蔵の『こども暫』は可愛いけどド迫力(2009年5月歌舞伎座昼の部)

 海老蔵の『暫』が今回のお目当て。よろしく段取りがあって、海老蔵の「しばら〜く」の声がかかります。例のちょっとオペラ調の声ですが、そんなに変ではありません。花道に登場すると、その迫力はものすごく、超人的な印象さえ受けます。しかし「ナマズ」だか「照葉」だかにどくように言われ、「いやだ、いやだ」と首を左右に振ってだだをこねる姿は、まるで子役です。その後も武衡の手下に「ぷう」と息を吹きかけて蹴散らす仕草など、ほとんど子供です。主人公は十八歳の若者で、また「荒事は子供の心で演じよ」という口伝もあるそうですが、「子供の心で」演じるのと「子供っぽく」演じるのは違うような気がするのですが……。ぽん太は『女暫』は見たことがありますが、『こども暫』を見るのは初めてで、珍しい演目が見れてよかったです。
 「寿猩々」と「手習子」は、風邪による体調不良で意識消失。申し訳ありませんでした。
 「加賀鳶」は初めて観る演目。菊五郎は、勢いのある加賀鳶の勢揃いでさっそうとした梅吉の姿を見せておいて、その後は悪人ながら愛嬌もある道玄。見事な対比ですが、全体のストーリーとしては序幕の意味はありません。時蔵のお兼も、強欲でおかしくてよかったです。
 「戻駕色相肩」は、いなせで気っ風のいい松緑と美しく色気のある菊之助の若々しいコンビがよかったです。右近の禿は、近くで見たせいかやけにクネクネしていたけれど、遠くから見るとかわいらしく見えるのでしょうか。

 さて、『暫』の登場人物は、清原武衡、鎌倉権五郎景政、加茂次郎義綱といった面々です。江戸時代には顔見世狂言の一番目三建目には必ず『暫』の場面を入れる約束があり、したがって演目によって登場人物の設定は様々だったそうです。九代目市川團十郎が『暫』を独立させて一幕ものとして上演したのは1878年(明治11年)ですが、現行の台本のもととなっているのは1895年(明治28年)のもので、登場人物は鎌倉権五郎景政と清原武衡だったそうです。ところでこの人たちは、いったいいつの時代の誰でしょうか?無知なぽん太はちと調べてみることにしました。時は後三年の役(1083-1087年)にさかのぼります。後三年の役は、奥州を支配していた清原氏の内紛で、異母兄弟の家衡と清衡が争ったのですが、源義家の助けを借りた清衡が勝利しました。「雁行の乱れ」の逸話の舞台となった秋田県横手市の「平安の風わたる公園」をぽん太が訪れた時の記事はこちらをどうぞ。武衡は家衡の叔父で、家衡の味方をして戦いましたが、いくさに破れて家衡とともに処刑されました。ですから『暫』の、後三年の役の功績で関白に任命されるというのは変ですね。鎌倉権五郎景政は、源義家に従って後三年の役に出陣しましたが、右目を射られながらも敵を倒したことで有名です。また義綱は源義家の弟ですが、後に義家に疎んじられ、最後は佐渡流罪のうえ自害いたそうです。また舞台となっている鶴岡八幡宮は鎌倉にあるので、平安後期の後三年の役とは時代が合わないとぽん太は思ったのですが、こちらの鶴岡八幡宮の公式サイトを見てみると、1063年(康平6年)に源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰ってきたとき、源氏の氏神であった京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺に祀ったのが始まりなのだそうです。またひとつ賢くなりました。

 さて次に「加賀鳶」は、本郷周辺が舞台となっています。この芝居の初演は1886年(明治19年)ですが、題材となっているのは文化年間(1804-1818年)に起きた加賀鳶と町火消しの大喧嘩だそうです。加賀鳶とは、加賀藩お抱えの火消しのことですね。加賀藩(前田家)上屋敷は、現在の東京大学の敷地の中央から南部分(工学部から南側くらい?)にありました。東大の「赤門」は加賀屋敷の表門で、今回の演目の大詰めにでてきました。また東大にある有名な三四郎池も、加賀屋敷の庭園の池です。1871年(明治4年)、加賀屋敷の敷地の大半は文部省の用地となり、東京大学が造られていきます。こちらの 東京大学の歴史・沿革を見てみると、黙阿弥がこの狂言を創った1886年(明治19年)頃には、すでに東京大学としての形が整っていたように思われます。加賀藩上屋敷に関しては、こちらの「東京大学コレクションX 加賀殿再訪 東京大学本郷キャンパスの遺跡」が詳しくてとてもおもしろいです。屋敷の南側(春日通り側)には(このあたりか? Googleストリートビュー)、「表長屋」と呼ばれる全長150メートルの建物がありましたが、窓がひとつもなかったため「盲長屋」と呼ばれ、人々に知られていたそうです。三幕目第一場の盲長屋は、それを踏まえていると思われます。ただし本郷菊坂はこちら( Googleストリートビュー)です。三幕目第二場、道玄が言いがかりをつけにいく質店伊勢屋の場所は、本郷竹町となっておりますが、古地図などを見てみると、順天堂大学周辺( Googleストリートビュー)のようです。

歌舞伎座さよなら公演
五月大歌舞伎
平成21年5月、歌舞伎座、昼の部

一、歌舞伎十八番の内 暫(しばらく)
           鎌倉権五郎    海老蔵
          鹿島入道震斎    翫 雀
         那須九郎妹照葉    扇 雀
            成田五郎    権十郎
            東金太郎    市 蔵
           足柄左衛門    亀 蔵
            荏原八郎    男女蔵
            埴生五郎    亀三郎
             小金丸    巳之助
            大江正広    萬太郎
            加茂三郎    亀 寿
            局常盤木    右之助
          家老宝木蔵人    家 橘
         月岡息女桂の前    門之助
            加茂次郎    友右衛門
            清原武衡    左團次

二、寿猩々(ことぶきしょうじょう)
              猩々    富十郎
             酒売り    魁 春
  手習子(てならいこ)
             娘お駒    芝 翫

三、盲長屋梅加賀鳶
  加賀鳶(かがとび)

  本郷木戸前勢揃いより赤門捕物まで

      天神町梅吉/竹垣道玄    菊五郎
           女按摩お兼    時 蔵
          春木町巳之助    三津五郎
             魁勇次    松 緑
          昼ッ子尾之吉    菊之助
           虎屋竹五郎    海老蔵
              お朝    梅 枝
          御神輿弥太郎    團 蔵
         道玄女房おせつ    東 蔵
          伊勢屋与兵衛    彦三郎
            雷五郎次    左團次
           日蔭町松蔵    梅 玉

四、戻駕色相肩(もどりかごいろにあいかた)
          浪花の次郎作    松 緑
            禿たより  尾上右 近
          吾妻の与四郎    菊之助

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