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2009/06/22

【歩かないと行けない温泉(1)】くろがね小屋@福島県安達太良山(歩行時間2時間)

P6170029 百名山も完登して登山の目標を失ったぽん太とにゃん子ですが、先日泊まった那須の三斗小屋温泉大黒屋で気をよくして、「歩かないと行けない温泉」という新たな目標を見つけました。
 もちろんこれまでも、歩かないと行けない温泉はいくつか泊まったことがあり、すでにご紹介したものでは黒部の阿曽原温泉小屋八ヶ岳の本沢温泉などがあり、紹介していないものでは白馬鑓温泉、北アルプスの高天原温泉などがあります。
 今回のぽん太とにゃん子のターゲットは安達太良山のくろがね小屋です。公式サイトはおそらくこちら。奥岳登山口から約2時間ほどで山小屋に到着。「馬車道」と呼ばれている林道を歩けば運動靴でも大丈夫ですが、登山靴で旧道を歩けば若干ショートカットできます。もちろん「山小屋」ですから登山の装備でどうぞ。
P6170054 木造の小屋は、ちょっとモダンな雰囲気です。山小屋の開業は1953年、現在の建物ができたのは1963年だそうです。
P6170033 内部は思ったより明るくきれいで、しゃれた雰囲気で、とても清潔です。
P6170056 部屋はこのような感じ。個室はありません。梅雨の時期で空いていたので、ゆったりと寝ることができましたが、紅葉シーズンの週末などは混雑するそうです。
P6170037 小屋の上部に源泉の湧出地帯があります。こちらにも昔は登山道がありましたが、現在は硫化水素が噴出しているため、立ち入り禁止となっております。ちなみにここは、ふもとの岳温泉の源泉でもあります。
 岳温泉の歴史については、こちらの岳温泉の公式サイトをどうぞ。この写真の先に古くから温泉小屋がありましたが、江戸時代には二本松藩によって歓楽温泉街として整備され、おおいににぎわったそうです(湯日(元岳)温泉)。ところが1824年(文政7年)、台風による土石流で温泉街は壊滅します。二本松藩は現在の不動平に温泉街を再建しましたが(十文字岳温泉)、戊辰戦争のおり、西に位置する幕府軍の拠点となることを恐れ、二本松藩によって焼き払われます。1870年(明治3年)には、現在の岳温泉の南西部に深堀温泉として復興されましたが、1903年(明治36年)に火災により全勝します。そして1906年(明治39年)に現在の岳温泉が造られ、現在に至るそうです。お湯は源泉から松木の湯樋管で引かれていたそうですが、現在の湯樋管の上に一部置かれている木が、その名残なのだと思います。
P6170058 さて、お目当てのお風呂ですが、ちゃんと男女別になっています。雰囲気ある木の浴室で、硫黄の香りがする白濁したお湯です。酸性でとても酸っぱいですが、肌はガサガサにならず、意外にしっとりします。もちろん源泉掛け流し。湯船は4~5人で満員くらいの大きさです。山ですからシャンプーや石けんは使えません。ちょっと熱めのお湯で、窓を開けると緑が眼前に広がり、とても気持ちよかったです。
P6170064 夕食はカレーと聞いて、山小屋だからてっきりレトルトかと思ったのですが、さにあらず、じっくりコトコト煮込んだ本格的なカレーです。この山小屋の名物だそうで、これを目当てに泊まりにくる人も多いそうです。おいしゅうございました。
P6180091 朝食は、山では貴重品のタマゴつき。小屋番のおにいさんが、自ら背負って運んで来たものだからです。おいしゅうございました。
 清潔な小屋、おいしい食事、値段も手頃なのは県営(正確には県の外郭団体の福島県観光開発公社の経営)だからだそうです。そして小屋番のおにいさんがとってもフレンドリーで、会話も楽しかったです。ホントにお世話になりました。ただし泊まろうと思った方は、くれぐれも山小屋だということを忘れずに。

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