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2009/06/28

【歌舞伎】仁左衛門の「女殺油地獄」は一生の思い出です・2009年6月歌舞伎座昼の部

 歌舞伎座6月昼の部は、「歌舞伎さよなら公演」という名に恥じない充実したものでしたが、なかでも仁左衛門の「女殺油地獄」が極めつけでした。以前から仁左衛門は、与兵衛はもう演じないと言っていたのですが、今回「一世一代」と銘打っての舞台となりました。で、「一世一代」ってなんだ?普通は一生に一度という意味だけど、与兵衛はこれまで何度も演じているし。「一世一代」をgoo辞書で引くと、「(2)歌舞伎俳優や能役者などが引退前に仕納めとして得意の芸を演じること」という意味が出てますが、まさか違いますよね。すぐに引退するわけではないが、与兵衛はもう仕納めだよ、という意味でしょうか……。よくわかりません。
 実はぽん太は2年前に、仁左衛門の与兵衛を観るという幸運にあずかりました。大阪松竹座で海老蔵が与兵衛を演じていたのですが、怪我で途中降板となり、仁左衛門が代役を務めることになったと聞いて、あわてて切符を取って大阪まで観に行ったのです。かなり後ろの席でしたが、これが仁左衛門の与兵衛の見納めかと思って、必死に目に焼き付けました。今回もう一度仁左衛門の与兵衛を見ることができ、うれしい限りです。しかも今度は前の方の席だったので、細かい表情までよく見えました。
 ぽん太は仁左衛門のいいところは、カッコいいとか色気があるとか足がきれいというのを除けば、細かい心理の変化を的確に表現する点だと思っています。こんかいの「油地獄」でも、与兵衛の刻一刻と変わる心の動きが表情や仕草で見事に表現されていました。「豊嶋屋油店の場」で与兵衛がお吉に二百匁を貸してほしいと頼むと、お吉は、確かに引き出しに五百匁は入っているけど、夫の留守中に貸すわけにはいかないと諭します。お吉が引き出しを指差したところで、与兵衛はつられて引き出しに一瞬目をやりますが、「ここに金がはいっているのか」とか「奪ってやろう」などという表情はまったく浮かべずに、次の瞬間お吉の顔に視線を戻し、お吉の話に聞き入ります。お金のありかを知ることは、最後にお金を奪って逃げるためには必要な情報なのですが、仁左衛門の注意はお吉の話しに向けられており、それに対して「不義になって、貸して下され」という言葉を返します。金のありかは認知するものの意識されておらず、意識はお吉をどうやって説得して金を貸させるかに向いているわけで、極めて心理的です。このあと、お吉を殺して金を奪うまでの心理描写の的確さは言うまでもありません。ラストシーンで与兵衛は犬の鳴き声におびえますが、これは現実に犬に吠えかかられているわけではなく、与兵衛の心象風景であると思われます。殺人を犯してしまったことで、いつもは何気なく聞いている犬の鳴き声が、自分に襲いかかってくるかのように感じられます。こうしてみると、「女殺油地獄」自体が、極めて近代的な心理劇であることがわかります。
 近代的に見えるのも、それもそのはずです。この作品は近松門左衛門の原作で1721年(享保6年)に大坂竹本座で初演されましたが、その後再演されることも歌舞伎化されることもなく、長く埋もれていました。確かに油まみれの殺人シーンが、文楽の初演時にあったかどうかぽん太は知りませんが、人形でやってもおもしろくないでしょうね。さて、明治時代になって坪内逍遥がこの作品を発掘し、1909年(明治42年)に歌舞伎化されて大阪朝日座で上演されました。ですから現行の「油地獄」はそもそも近代演劇なわけです。歌舞伎化されたときに初演時の資料がどの程度あり、それをどの程度取り入れたのか、また明治の歌舞伎化以後、どのような紆余曲折を経て現在の演出が作られたのか、ぽん太はまったくわかりません。しかし1910年(明治43年)の本郷座の台本を元にしたという『名作歌舞伎全集 第1巻 近松門左衛門集 1』(東京創元新社、1969年)を見ると、ラストの犬の声におびえる部分のト書きはありませんから、けっこう新しい工夫が多いのかもしれません。明治時代の歌舞伎化以後、約100年でこれだけの演出を生み出した創造力は、驚くばかりです。
 ところで「女殺油地獄」を観てて、ぽん太はお金の単位がまったくわかりませんでした。ぐぐってみたらこちらのブログに詳しく書かれており(少し計算が違う気がしますが)、もとになっているのはこちらのクリナップのサイトのようです。それによれば、銀1貫=銀1000匁、1両=銀60匁=銭4000文だそうです。1両=10万円として現在の貨幣価値に換算すると、与兵衛が借りた200匁は3.3両で33万円。これを今日中に返さないと1貫匁=165万円の借金にふくれあがります。両親が与兵衛のために持ってきたのは銭800で2万円、油屋から奪ったお金が上銀580匁で96万円です。これだけのために人を殺したのですね。
 さて、一世一代の公演だけあって、まわりの役者もベテランぞろいですばらしかったです。孝太郎のお吉もよかったですが、ちょっとしっかりしすぎていて色気がなく、与兵衛とお吉のちとアヤシい関係が感じられませんでした。秀太郎も小菊ではいつもながら可愛らしい女性を演じていましたが、母おさわでは一転して熱演。こんなに迫真の演技をする人だとは知りませんでした。
 以前に獅童の与兵衛で観たときは、与兵衛が小憎らしい若者に見え、甘やかしている両親がダメに見えたのですが、仁左衛門の与兵衛はカッコいいしどこか憎めないところがあるので、両親の愛情に共感することができました。

 最初の演目は「草摺」。以前のブログで書いた「曽我物語」が世界になっております。若々しい松緑の曽我五郎と、落ち着きと風格のある魁春の舞鶴のコンビが絶妙のでした。
 「角力場」は、幸四郎の濡髪長五郎と吉右衛門の放駒長吉。猫駅長の対面のように二人が「フ〜ッ!」と言い始めないか心配でしたが、そんなことはなく、とてもすばらしい舞台でした。幸四郎はこのような、やたらと大きい怪異な役は迫力があります!一方で吉右衛門は明るさと素直さが生きていました。染五郎のつっころばしも、だいぶなよなよした柔らかさが出て来ましたが、まだまだ色気と可愛らしさが足りません。
 「蝶の道行」は梅玉と福助の熱演でしたが、日頃の披露と満腹から意識消失してしまいました。


歌舞伎座さよなら公演
六月大歌舞伎
平成21年6月 歌舞伎座・昼の部

一、正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり)
           曽我五郎     松 緑
             舞鶴     魁 春

二、双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)
  角力場
          濡髪長五郎     幸四郎
         山崎屋与五郎     染五郎
         平岡郷左衛門     由次郎
         三原有右衛門     桂 三
          仲居おまつ     宗之助
          仲居おすず     歌 江
          仲居おたけ     吉之丞
           茶亭金平     錦 吾
           藤屋吾妻     芝 雀
           放駒長吉     吉右衛門

三、蝶の道行(ちょうのみちゆき)
             助国     梅 玉
             小槇     福 助

四、女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)
  片岡仁左衛門 一世一代にて相勤め申し候

         河内屋与兵衛     仁左衛門
          豊嶋屋お吉     孝太郎
         山本森右衛門     彌十郎
            娘お光     千之助
           小栗八弥     新 悟
           妹おかち     梅 枝
         刷毛の弥五郎     市 蔵
         皆朱の善兵衛     右之助
           兄太兵衛     友右衛門
           父徳兵衛     歌 六
      芸者小菊/母おさわ     秀太郎
        豊嶋屋七左衛門     梅 玉

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