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2009年7月の19件の記事

2009/07/31

【歴史散歩】幸田露伴『五重塔』のモデルの天王寺五重塔跡、徳川慶喜の墓

 以前に歌舞伎で「五重塔」を見たときに宿題となっていた五重塔跡を、先日上野の東京文化会館に行くついでに、見学して参りました。地図は こちらです。
P7290001 こちらがその五重塔跡です。以前にも書きましたが、幸田露伴の『五重塔』の題材は感応寺の五重塔ですが、その後感応寺は天王寺と名を変え、また敷地の大部分が谷中霊園となりました。五重塔は戊辰戦争や関東大震災を無事くぐり抜けましたが、1957年に放火心中事件により焼失し、現在はその跡だけが残っております。感応寺はその後天王寺と名を変え、また敷地の一部は谷中霊園となりました。五重塔跡も谷中霊園の一角にあります。
P7290006 谷中霊園には多くの有名人が眠っているそうで、谷中霊園管理所で地図をくれるらしいのですが、時間が遅くて閉まっていました。案内板が出ていた徳川慶喜のお墓にだけ立ち寄りました。ちょっと変わった形です。 Wikipediaによれば、慶喜は明治天皇に感謝の意を表すために、葬式を仏式ではなく神式で行ったそうです。そのためお墓も徳川家の菩提寺の増上寺や寛永寺ではなく、谷中霊園に他の皇族と同じような円墳を建てたのだそうです。なにやら神仏分離と関係してそうですね。また現在は慶喜の墓は、谷中霊園の敷地内にありますが、寛永寺の管轄となっております。
P7290005 とても暑い日だったので、猫もぐったりしておりました。

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2009/07/30

【バレエ】シムキンって柔らかいですね・世界バレエフェスティバル「ドン・キホーテ」

 キトリのコチェトコワも、バジルのシムキンも、まったく初めてでしたが、シムキンにすっかり魅了されました。柔軟性があって、特に背骨がやわらかく、上体をのけ反る動きなどが大きく優雅でした。ジャンプも高いし、回転も安定感があり、飛び上がって回転しながら足を前後に180度開く技(すみません、バレエ初心者のぽん太は名称がわかりませんcoldsweats01)などは、思わず引きつけられました。身体は少し小柄ですが、片手リフトもがんばってました。今後がとっても楽しみです。コチェトコワは、かわいらしいし、踊りも軽くて柔らかくてよかったですが、まだ観客の心をぐっとつかむ個性がないような気がします。こちらも今後におおいに期待。
 東京バレエ団では、ポリーナのドンキではジプシーの娘役で暴走していた奈良春夏が、ねばっこい踊りで雰囲気たっぷりのメルセデス。そのジプシーの娘は、今回は吉岡美佳でしたが、物憂げで切々と訴える感じで、これはこれでよかったです。キューピットの高村順子もかわいらしかったです。死ぬ間際にあんな光景が見れるのなら、死んでもいいかな、という気になりました。指揮のデヴィッド・ガーフォース(ガルフォース?)は新国立でよく振っているひとですね。オケは、当日配ったキャスト表は東京フィルと書いてあるのに、NBSのホームページのキャスト表は東京シティ・フィルになっている。どっちが正しいのでしょう……?
 世界バレエ・フェスティバル、このあとも楽しみです。

第12回世界バレエフェスティバル 全幕特別プロ
「ドン・キホーテ」
2009年7月29日、東京文化会館

振付:マリウス・プティバ/アレクサンドル・ゴールスキー/ウラジーミル・ワシーリエフ
音楽:レオン・ミンクス
美術:ヴィクトル・ヴォリスキー
衣装:ラファイル・ヴォリスキー

◆主な配役◆
キトリ/ドゥルシネア姫:マリア・コチェトコワ
バジル:ダニール・シムキン
ドン・キホーテ:野辺誠治
サンチョ・パンサ:高橋竜太
ガマーシュ:平野玲
メルセデス:奈良春夏
エスパーダ:後藤晴雄
ロレンツォ:横内国弘

【第1幕】
2人のキトリの友人:乾友子‐佐伯知香
闘牛士:松下裕次、長瀬直義、宮本祐宜、梅澤紘貴、安田峻介、柄本弾、柄本武尊、森川茉央
若いジプシーの娘:吉岡美佳
ドリアードの女王:田中結子
3人のドリアード:吉川留衣、渡辺理恵、川島麻実子
4人のドリアード:森志織、福田ゆかり、村上美香、阪井麻美
キューピッド:高村順子

【第2幕】
ヴァリエーション1:佐伯知香
ヴァリエーション2:乾友子

協力:東京バレエ学校

指揮:デヴィッド・ガーフォース
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

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2009/07/29

【アート】出光美術館「やまと絵の譜」(と歌舞伎「傾城反魂香」)

 歌舞伎の昼の部は午後3時過ぎに終わるので、そのまま帰るのも中途半端な時間なので、よく出光美術館に立ち寄ります。先日もなにげなく「日本の美・発見II やまと絵の譜」を見に行ったところ、最初の絵に思わず引きつけられました。
 「野々宮図」という題名の『源氏物語』の一場面を描いた水墨画で、光源氏との結婚をあきらめて伊勢に下ることを決意した六条御息所を、光源氏が訪ねる場面です。画像はたとえばこちらのFuji-tv ART NETのサイトにあります。非常にデフォルメされていて、グロテスクと言ってもいいくらいですが、なんともいえない高貴さと柔らかさともののあわれが漂います。鳥居に架かっているしめ縄が、画面左から右へとなびいていて、六条の家から光源氏へと風が吹いていることがわかります。この風は六条の香りを光源氏に届けているはずで、その香りが匂ってきそうです。繊細で艶やかであありながら、どこか物の怪の気配を感じる不思議な絵でした。
 作者を見たら岩佐又兵衛とのこと……。名前は知っていましたが、無学なぽん太は初めて実物を目にしました。というか、初めて「意識して」見たというか。というのは、何回か訪れたことがあるMOA美術館に複数の作品が展示されているからで、実はこれまで気づかずに何度も見ているのかもしれません。
  岩佐又兵衛(1578年(天正6年) - 1650年(慶安3年))は、浮世絵の先駆けとも言われる江戸時代初期の画家ですが、彼が歌舞伎の「傾城反魂香」の又兵衛のモデルであることは筒井康隆の『ダンシング・ヴァニティ』で知りました。この小説では、歌舞伎の主人公の吃又(どもまた)の吃りと、小説の反復強迫的な繰り返しが見事にコラボしておりました(この小説の感想は こちら)。
 「傾城半魂香」は、「土佐将監閑居の場」が有名ですが、土佐将監光信のモデルは 土佐光信(1434年(永享6年)? - 1525年(大永5年))です。こんかいの展覧会では、伝土佐光信の「四季花木図屏風」(重要文化財)が展示してありました。また、薮に逃げ込んだ虎を描いたのは狩野四郎二郎元信という画家ですが、モデルは狩野元信(1476年(文明8年)? - 1559年(永禄2年)、そして筆で虎をかき消した修理の介はその功によって土佐光澄という名を与えられますが、このモデルはちとわかりません。又平は、絵が手水鉢を通り抜けた功で土佐又平光起という名を与えられますが、 土佐光起(1617年(元和3年)-1691年(元禄4年))も実在する画家で、「須磨・明石図屏風」が展示されておりました。「四季花木図屏風」と「須磨・明石図屏風」も、Fuji-tv ART NETのサイトで見ることができます。「傾城半魂香」は近松門左衛門の作で、初演は1708年(宝永5年)です。近松は吃又に、岩佐又兵衛と土佐光起をだぶらせているのかもしれませんが、無知なるぽん太はこの辺の事情はまったくわかりません。吃又は、生来の吃りで、 大津絵を描いて生計をたてていたという設定になっておりますが、もちろん岩佐又兵衛も土佐光起もそのような事実はありません。

 これも何かの縁なので、『岩佐又兵衛―浮世絵をつくった男の謎』(辻惟雄著、文藝春秋、2008年)を読んでみました。新書ながらカラーの図録も多く、とてもおもしろかったです。
 岩佐又兵衛という独特の画風を築いた画家が実在したことは確かなのですが、その後彼の周辺にさまざまな伝説が作られて、混乱が生じていったようです。大雑把にまとめると次のようになります(正確に知りたい方は本をお読みください)。
 岩佐又兵衛は、存命中から「浮世又兵衛」というあだ名で呼ばれていたようです。彼は自分の作品に、「勝以」や「道蘊」といった印を押しておりました。しかし彼の死後、「浮世又兵衛」という名前が急速に伝説化して行き、ひとり歩きするようになっていきます。同時代の多くの風俗画が、真筆でないものも含めて、「浮世又兵衛作」とされるようになりました。すでに1718年(享保3年)の時点で、英一蝶でさえ「うき世又兵衛」の本名がわからなくなっていました。1834年には谷文晁が「勝以」「道蘊」の印のある作品を紹介していますが、それが岩佐又兵衛であることは気づかなかったそうです。「勝以」「道蘊」と岩佐又兵衛が同一人物であることがわかったのは、1886年(明治19年)、川越仙波東照宮の扁額に「絵師土佐光信末流岩佐又兵衛尉勝以図」と書いてあるのが発見されたのがきっかけでした。しかしこれですべてが解決したわけではありません。落款はないけれども「浮世又兵衛」の作とされてきた多くの絵画が残っております。これらは、ある作品は真筆とされ、またある作品は他人の手になる「又兵衛風」の作品とされたようですが、いまだ真筆かどうか議論されている作品も多いようです。

「日本の美・発見Ⅱ やまと絵の譜」 展
開催期間:2009年6月6日(土)~7月20日(月・祝)
場   所:出光美術館

<主な出品作品>●・・・重要文化財、○・・・重要美術品
【作者名/作品名/制作年代/備考】
1.「うつつ」を写す - 浮世絵という「やまと絵」
  ●英 一蝶/四季日待図巻/江戸時代/場面替えあり
  ○岩佐又兵衛/野々宮図/江戸時代
  ○岩佐又兵衛/在原業平図/江戸時代
    菱川師宣/立姿美人図/江戸時代
2.物語り、物語られる「いま」、「ここ」 - 「やまと絵」絵巻の諸相
  ●筆者不詳/絵因果経/奈良時代
  ●筆者不詳/橘直幹申文絵巻/鎌倉時代/場面替えあり
  ○筆者不詳/北野天神縁起絵巻/室町時代/場面替えあり
  ○筆者不詳/長谷寺縁起絵巻/南北朝時代/場面替えあり
  ○筆者不詳/白描中殿御会図/室町時代/場面替えあり
    住吉如慶/木曽物語絵巻/江戸時代/場面替えあり
  ○住吉具慶/宇治拾遺物語絵巻/江戸時代/場面替えあり
3.自然への共感 - 「やまと絵」屏風とその展開
    筆者不詳/日月四季花鳥図屏風/室町時代
  ●伝土佐光信/四季花木図屏風/室町時代
    筆者不詳/宇治橋柴舟図屏風/江戸時代/6月30日~7月20日展示
  ○土佐光起/須磨・明石図屏風/江戸時代/6月6日~6月28日展示
    狩野探幽/源氏物語 賢木・澪標図屏風/江戸時代/6月6日~6月28日展示
    狩野探幽/定家詠十二ヶ月和歌花鳥図画帖/江戸時代

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2009/07/28

【歌舞伎】海老蔵はこころがないのが欠点でもあり長所でもある・2009年7月歌舞伎座夜の部

 夜の部は、まず海老蔵の「夏祭浪花鑑」。最初に牢から出てきたシーンはなんだかまぬけで、5月の「神田ばやし」の桶屋留吉を思い出します。床屋で着替えてからの色男ぶりとの対比を狙ったのでしょうけれど、なんだかリアリティがありません。徳兵衛の獅童も、海老蔵も、関西弁のイントネーションが変で、しかも動きに柔らかさというか踊りがないので、がさつな関東風というか、現代劇のように見えてしまうのが残念でした。
 勘太郎のお辰は、きっちりと型を守っての熱演でしたが、今回の芝居全体の型破りな雰囲気のなかでは、反対にひとりだけ別世界を作っているように見えてしまいました。
 「長町裏」は、市蔵の義平次が憎々しげでよかったです。義平次の仕打ちに対して団七は、我慢をしたり、我を忘れそうになったり、石をお金と偽ってだまそうとしたり、誤って傷つけてしまったことをきっかけに毒を食らわば皿までと殺す決意をしたりと、いろいろな心理的変化があるのですが、そうしたところはあまりはっきりと表現されておりませんでした。細かな心理表現は海老蔵は苦手のようで、そのためドラマとしての段階的な盛り上がりがいまひとつでした。変わって団七が義平次を手にかけるシーンは、決まりきまりが絵画のように美しく、しかもすごい迫力で、まさに地獄絵図を目の当たりにしたような恐ろしさでした。
 猿弥の三婦はちょっと若すぎたか。笑也の磯之丞はちと色気に欠けました。笑三郎のお梶はいつもながら古風で立派。右之助が芝居を締めていました。

 「天守物語」は、3年前に見て以来2度目の観劇。玉三郎の良さは言うまでもなし。海老蔵は、図書之助のような現実離れした美形の役はホントにいいですね。勘太郎の亀姫は、生来の育ちの良さというか実直さが出てしまい、玉三郎とのじゃらじゃらした、ともすれば同性愛っぽい雰囲気が感じられませんでした。獅童の朱の盤坊は、声もひとりだけ大きすぎるし、動きが固くて荒すぎて、全体の金細工のような繊細できらびやかな雰囲気に合っていませんでした。門之助の舌長姥、我當の近江之丞桃六ははまり役。吉弥の薄もきっちりした奥女中で好演。演出では、前回に引き続き、ぽん太の好きなドビュッシーの「夜想曲」の「雲」の和楽器による演奏が、とてもよく合ってます。ただ背景の様々な雲や、駕篭が空を飛ぶ映像は、天守閣の三階に現れた物の怪とともに、具象的・説明的すぎて気分がそがれます。もっと抽象的に表現したほうが、全体の象徴的な雰囲気に合っていたのではないでしょうか?


歌舞伎座さよなら公演
七月大歌舞伎
平成21年7月・歌舞伎座・夜の部

一、夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)

  序幕 住吉鳥居前の場より
  大詰 長町裏の場まで
          団七九郎兵衛  海老蔵
              お辰  勘太郎
            釣舟三婦  猿 弥
           玉島磯之丞  笑 也
              お梶  笑三郎
              琴浦  春 猿
            下剃三吉  巳之助
          三河屋義平次  市 蔵
             おつぎ  右之助
           一寸徳兵衛  獅 童

二、天守物語(てんしゅものがたり)

          天守夫人富姫  玉三郎
          姫川図書之助  海老蔵
              亀姫  勘太郎
               薄  吉 弥
           小田原修理  猿 弥
             舌長姥  門之助
            朱の盤坊  獅 童
          近江之丞桃六  我 當

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2009/07/27

【オペラ】質の高い楽しいメルヘン・小澤征爾音楽塾・フンパーディンク「ヘンゼルとグレーテル」

 日本の宝・小澤征爾のオペラを観に行って来ました。演目は「ヘンゼルとグレーテル」。初めてです。作曲はフンパーディンクとのこと。知らんがな。
 実際に聞いてみると、冗長なところも俗っぽいところもなく、かといって難解なところがなくわかりやすい曲で、質の高い音楽でした。なんでいままでフンパーディンクを知らなかったんだろう。Wikipedaによると、1854年に生まれ1921年に没したドイツの作曲家とのこと。現在でも演奏されるのは、この「ヘンゼルとグレーテル」のみとのこと。初演は1883年で、指揮はリヒャルト・シュトラウス(1864-1949年)だったそうな。リヒャルト・シュトラウスの出世作交響詩「ドン・ファン」が1888年ですから、作曲家としてのキャリアの前に振っていたのですね。
 初めてのオペラなので、歌やオケの質はよくわからなかったのですが、弦楽器がとてもいい音色だったような気がします。歌手ではヘンゼルとグレーテルのキルヒシュラーガーとカミラ・ティリングが、歌だけでなく演技もうまく、本当に子供のように見えて、芸達者だな〜と思いました。魔女のグラハム・クラークが、空も飛び交って(?)大活躍。拍手喝采を浴びていました。
 ところで、聞いたことがある曲が……。ドレミファソ〜ラファミ・レ・ドという、ヤマハ音楽教室のコマーシャルの音楽です。動画はこちらのヤマハ音楽教室オフィシャルサイトで見ることができます。「池の雨」という曲で、もとはドイツの民謡でしたが、このオペラで使われて有名になったそうです。ふ〜ん。
 さて音楽は悪くなかったのですが、ストーリーは、グリム童話独特の怖い部分もなく、毒にも薬にもならないおとぎ話でした。メルヘン・オペラといって、大人も子供も一緒に楽しめないといけないジャンルなんだそうですが、無知なるぽん太には、ぐぐってみたけどよくわかりません。こんどみちくさしてみます。


小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトX
フンパーディンク:歌劇「ヘンゼルとグレーテル」
2009年7月23日・東京文化会館

スタッフ
音楽監督・指揮:小澤征爾
演  出:デイヴィッド・ニース
装  置:マイケル・イヤーガン
衣  裳:ピーター・J・ホール
照  明:高沢立生
オリジナル・プロダクション:ザ・ダラス・オペラ

管弦楽:小澤征爾音楽塾オーケストラ
児童合唱:東京少年少女合唱隊
児童合唱指揮:長谷川久恵

出演
グレーテル:カミラ・ティリング
ヘンゼル:アンゲリカ・キルヒシュラーガー
ゲルトルート(母親):ロザリンド・プロウライト
ペーター(父親):ウォルフガング・ホルツマイアー
魔女:グラハム・クラーク
眠りの精/露の精:モーリーン・マッケイ

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2009/07/26

【バレエ】ルジマトフとシヴァコフの「シェヘラザード」に感激・ルジマトフ&レニングラード国立バレエのソリストと サンクト・ペテルブルグのダンサーたち

 なんといっても圧巻はルジマトフとコシェレワの「シェヘラザード」でした。ルジマトフは、水色のアラビア風の衣装がよく似合います。海賊のアリと同じ衣装でしょうか?Wikipediaを見てみたら、ウズベキスタンのタシケント生まれとのこと。そ、そうだったのか……。ぽん太は昨年のゴールデンウィークにウズベキスタンに行きました。イスラム寺院のタイルの美しい水色は、今でも記憶に残っています。コシェレワは、「ジゼル」のミルタを見たことがあって、そのときは気高くも冷徹な精霊の女王を見事に踊っていましたが、こんかいのねっとりした踊りも魅力的でした。リムスキー=コルサコフの音楽もよし、フォーキンの振付けもよし、ほんとうに感動しました。
 もうひとつルジマトフが踊った演目は「阿修羅」。邦楽(横笛と鼓だったかな〜?)を伴奏に、空手の演武を思わせるような動きで、直立して両手を広げた姿は、細身の体といい、気迫といい、まさに阿修羅像のようでした。筋肉質の薄くしい身体、体の隅々にまで神経が行き届いた動き、精神性、表現力。ルジマトフだからこそできるすばらしいパフォーマンスでした。しかし、振付けそのものは、ぽん太は不満足でした。外国人から見ると、日本風でエキゾチックに見えるかもしれませんが、日本人のぽん太からすると、日本的な動きやポーズをふまえた上で、さらに舞踏としての面白さが欲しかったです。振付けは岩田守弘とのこと。どこかで聞いたような……。ボリショイ・バレエ団で活躍する日本人ダンサーでした。そういえば、テレビで見たぞ!こちらが公式ブログです。わ〜!偉そうなことを言ってごめんなさい!
 西島千博は、真矢みきの旦那さんであることや、へんなバレエ風ラジオ体操のDVD(「西島千博 バレエ・ストレッチ [DVD]」動画あり)を出したことは知っておりましたが、実際に見るのは初めてで、どんな踊りを見せてくれるのか楽しみでした。まずは「海賊」のアリ。表現力というか、観客へのアピールが上手で、回転がするどかったです。ただ、がんばってキリキリ回っているという感じで、柔らかさや優雅さには欠けたような気がします。
 もうひとつは「NEO BALLET〜牧神の午後〜」。「牧神の午後」といえば、ニジンスキーの振付けから始まって、いくつものすばらしい振付けがある演目ですが、そこに自分の振付けを臆面もなく披露するところが彼らしさなのでしょうか?マンションに住む現代のセレブな若者風で、窓のブラインドから入るオレンジ色の光が美しかったです。部分部分でいいところもあったのですが、全体としてのコンセプトが不明でした(パンフレットを買わなかったのがいけないのか?)。暗転が効果的でなかったし、天井から下がってくる鉄骨も意味不明でした。表現力、観客へのアピール、サービス精神はあるのですが。西島千博の評価はぽん太は保留です。
 クテポワは細くて顔も小さくて清楚でスタイルがよかったです。一方ガピエンコは、色気たっぷりのマッダームという感じ。シェスタコワが「ドンキ」を踊りましたが、よくある溌剌元気娘ではなく、優しくていいとこのお嬢さんっぽいキトリでした。


ルジマトフ&レニングラード国立バレエのソリストと サンクト・ペテルブルグのダンサーたち
特別ゲスト:西島 千博
2009年 7月22日(水) 19:00 ゆうぽうとホール

〈プログラム〉
第1部
「白鳥の湖」よりグラン・アダージョ ヴィクトリア・クテポワ
音楽:P.チャイコフスキー ミハイル・ヴェンシコフ
振付:M.プティパ、L.イワノフ サンクト・ペテルブルグ・コンセルヴァトワール・バレエ

「くるみ割り人形」よりパ・ド・ドゥ オレーシア・ガピエンコ
音楽:P.チャイコフスキー アンドレイ・ベーソフ
振付:M.プティパ

「海賊」よりパ・ド・トロワ イリーナ・コシェレワ
音楽:R.ドリゴ 西島 千博
振付:M.プティパ/V.チャブキアーニ ミハイル・ヴェンシコフ

「阿修羅」 ファルフ・ルジマトフ
音楽:藤舎名生
振付:岩田守弘

「ドン・キホーテ」より グラン・パ・ド・ドゥ オクサーナ・シェスタコワ
音楽:L.ミンクス ミハイル・シヴァコフ
振付:M.プティパ ヴァリエーション:ナデジダ・ドヴレチェンスカヤ (7/22)
ナタリア・マキナ (7/23)
サンクト・ペテルブルグ・コンセルヴァトワール・バレエ

第2部
「ディアナとアクティオン」 オレーシア・ガピエンコ
音楽:C.プーニ アンドレイ・ベーソフ
振付:A.ワガノワ サンクト・ペテルブルグ・コンセルヴァトワール・バレエ

「眠りの森の美女」よりグラン・パ・ド・ドゥ ヴィクトリア・クテポワ
音楽:P.チャイコフスキー ドミトリー・シャドルーヒン
振付:M.プティパ

「ラ・シルフィード」よりパ・ド・ドゥ ユリア・ルンキナ
音楽:H.ロヴェンショルド ミハイル・シヴァコフ
振付:A.ブルノンヴィル

「NEO BALLET~牧神の午後~」 西島 千博
音楽:C.ドビュッシー
振付:西島千博

「シェヘラザード」よりアダージョ ファルフ・ルジマトフ
音楽:N.リムスキー=コルサコフ イリーナ・コシェレワ
振付:M.フォーキン

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2009/07/25

【歌舞伎】今回の「海神別荘」は笑わずに感動できました・歌舞伎座2009年7月昼の部

 「五重塔」は初めて観る演目でした。勘太郎と獅童の熱演にもかかわらず、あんまりおもしろくありませんでした。なんか脚本がいまいちのような気がします。というのも、みたところ「のっそり」している十兵衛が、実は大工として腕が立つあっぱれな人物であるということが、ちっとも芝居のなかで描かれていません。また幕切れでは、制札に「江戸の住人十兵衛これを作り、源太郎これを成す」と書かれていて、二人が仲直りをするのですが、五重塔は十兵衛が源太郎の手を借りずに建てたわけで、なぜ「源太郎これを成す」なのかよくわかりません。まあ、このあたりは観客が知っているものと見なして、思い切った省略をしたのでしょうけれど、無学なぽん太には、説明不足に感じました。このようにストーリー展開を重視しなばあい、場面場面での十兵衛と源太のやり取りが見所になるのでしょうけれども、そうすると勘太郎と獅童では少し貫禄不足だったように思いました。
 ところで、「五重塔」の舞台となった感応寺は、現在は台東区谷中にある天王寺とのこと。公式サイトはなさそうです。こちらがWikipedia、またこちらのサイトは、江戸時代の絵や地図なども載っていておもしろいです。場所はこちら(Googleマップ)で、日暮里の近くです。今度見に行ってみます。
 Wikipedaを読んで、天王寺の歴史をざっとみちくさしておきましょう。元々は「長耀山感応寺」という日蓮宗のお寺だったということです。しかし徳川幕府から弾圧された不受不施派に属していたため、1698年に強制的に改宗させられ、天台宗のお寺になりました。1700年からは幕府公認の富くじが行われるようになりましたが、目黒不動、湯島天神と共に「江戸の三富」と呼ばれてにぎわったそうです。1772年に明和の大火で五重塔が焼失し、1791年に再建されたのが、こんかいの「五重塔」の題材です。1833年には、護国山天王寺と改名になります。戊辰戦争では五重塔は焼失を免れましたが1957年に谷中五重塔放火心中事件により、この五重塔は焼失し、その後再建されることなく現在に至っているようです。

 「海神別荘」は、一昨年以来の2度目の観劇でした。前回よりもさらによい舞台だったと思いますが、残念ながら日頃の疲れが出て、所々まだらに記憶がありません。前回は海老蔵の公子がなんだかすっとんきょうで、失笑が漏れたりしていましたが、今回は落ち着いた演技で、俗世間から超然としている、美しいが恐ろしくもある公子を見事に演じておりました。玉三郎のすばらしさはいうまでもなし。美女がファルコンに乗って海底へと輿入れする場面では、笑三郎の女房を初めてとしてすべてがゆらゆらと揺れ動き、海の「うねり」が見事に表現されていたことは、ダイビングをしている人にはよくわかると思います。ダイビングをしている玉三郎ならではの表現だったと思います。


歌舞伎座さよなら公演 七月大歌舞伎
歌舞伎座・平成21年7月・昼の部

一、五重塔(ごじゅうのとう)
           大工十兵衛  勘太郎
              お浪  春 猿
              お吉  吉 弥
          用人為右衛門  寿 猿
            大工清吉  巳之助
            朗円上人  市 蔵
            大工源太  獅 童

二、海神別荘(かいじんべっそう)
              美女  玉三郎
              博士  門之助
              女房  笑三郎
            沖の僧都  猿 弥
              公子  海老蔵

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2009/07/24

【登山】お花畑にはまだ早い残雪の裾合平(大雪山旭岳)

P7040184 せっかく旭岳のお膝元の旭岳温泉に泊まったので、ロープウェイで登ってみることにしました。旭岳は以前に登ったことがあるし、人が多そうだったので、お花畑がきれいという裾合平まで往復することにしました。

【山名】裾合平(旭岳)
【山域】大雪山
【日程】2009年7月4日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】曇り
【コース】大雪山旭岳ロプウェイすがたみ駅(8:48)…裾合平…すがたみ駅(11:51)
ルート図と標高グラフ
【見た花】エゾノツガザクラ、キバナシャクナゲ、チングルマ、キンロバイ、ミツバオウレン、ジムカデ、ウラジロナナカマド、ショウジョウバカマ(紫色)
【マイカー登山情報】ロープウェイ乗り場の真ん前の駐車場は有料ですが、少し手前右側に無料の公共駐車場があります。

P7040187 エゾノツガザクラのピンクと、キバナシャクナゲの白が、とてもきれいでした。姿見平は大勢の観光客で賑わっておりましたが、夫婦池の分岐点をすぎると、めっきりと人がいなくなります。あいにく今年は残雪が多く、お花畑とおぼしきところはいまだ一面の雪原でした。しかしまだらに雪の残る雄大な風景は、さすが北海道という大きさで、大自然に抱かれてぼーっとしているだけで、とてもいい気分になりました。
P7040189 ショウジョウバカマが咲き残っておりました。本州のよりも紫色っぽいですね。

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2009/07/23

【温泉】お湯も料理も言うことなし・旭岳温泉湧駒荘(★★★★)(付:旭山動物園)

P7030172 青根温泉不忘閣で会ったカップルお勧めのもうひとつの温泉は、旭岳温泉の湯元湧駒荘(ゆこまんそう)です。こちらが公式サイトです。
 建物の外観は意外とシンプルですが、内部は木をふんだんに使った重厚で落ち着いた山岳ロッジ風の作りです。リゾートホテルのようなサービスも心地よいです。
 この宿の自慢は、なんといっても5種類の源泉を持つ温泉です。広い浴場に、泉質の違ういくつもの浴槽があり、全部入るのが大変なくらい。もちろんどれも源泉掛け流しです。今回は残念ながら浴室の写真はありませんので、公式サイトの写真をご覧下さい。さらに別館にも広々とした浴室があります。
P7030173 この宿のもうひとつの自慢はお料理です。創作料理系ですが、北海道の新鮮な食材が使われています。写真中央は「アンデスメロンと北あかりのヴィシソワーズ」。メロンの果肉とスープを混ぜていただきます。「函館山桃太郎のコンポート」は、トマトが甘くてとろけるようでおいしかったです。デザートは白い(!)コーヒープリン。
P7040176 朝食は、箱を開くと出てくるお惣菜に、さらにバイキングもあります。おいしゅうございました。
 すばらしい温泉、おいしい料理、ホテルのようなサービス、どれをとってもすばらしいですが、お値段もちといいので、ぽん太の評価は4点です。

 P7030169 恒例の旭山動物園に立ち寄りました。あいかわらずすごい人出です。来るたびにどんどん施設が整備されて行くのには、驚きました。
P7030154 シロクマ君はちょうどもぐもぐタイム(エサやりタイム)でした。シロクマのお尻には子供たちも大喜びでした。足の裏もかわいいですね。

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2009/07/22

【動物園】円山動物園でユキヒョウの赤ちゃん初お目見え

P7030106 今回の北海道旅行を計画している段階で、札幌の円山動物園でユキヒョウの赤ちゃんが初公開されるというニュースを聞きました。ううう、なんとちょうど北海道旅行中ではないか。これは見に行かなくては、ということで予定に入れてみました。こちらが円山動物園の公式サイトです。
 以前にぽん太とにゃん子は、二本足ですっくと立つことで有名になったレッサーパンダの風太君の赤ちゃんを見に行ったことがあるのですが、少しタイミングが遅すぎて、親と区別がつかないくらい大きくなっていて、ちとがっかりしたことがありました。今回のユキヒョウの赤ちゃんは見逃せません。
 公開は午前10時からとのこと。9時からユキヒョウのオリの前でスタンバイです。ほかに数人のひとたちが待っていて、ローカルテレビの取材も入っていました。10時が近づくにつれて、だんだんと観光客も増えて来ます。天気は曇りで、ときおり小雨がぱらつき、寒さに震えそうになりますが、せっかくとった場所を明け渡すことは出来ません。
 10時になりましたが、赤ちゃんはなかなか現れません。動物園の職員が、「今日に限って寝屋(?)から出てこないので、もう少し待ってください」とのこと。10分、20分すぎても出て来ません。膨れ上がったお客さんも、待ちくたびれた様子。
P7030055 10時30分頃になって、ようやく小窓からユキヒョウの赤ちゃん2匹が登場。歓声があがります。か、かわいいです。
P7030069 大勢の観光客に興奮したのか、一匹が隣の檻のサーバルキャットを突然威嚇し始めました。子供のくせに、金網に爪を立て、うなり声をあげています。せんだんは双葉より芳し、蛇は寸にしてその気を表す、おそろしやユキヒョウのDNA。
P7030074 もう一匹のほうは、怖じけて段から降りることができません。兄弟で性格が違うようです。
P7030086 遅れてお母ちゃん登場。サーバルキャットを威嚇していた赤ちゃんが、後ろから近寄って来たお母ちゃんの気配を感じて、「フ〜〜ッ!」と威嚇しながら振り返った次の瞬間、「なんだお母ちゃんか〜」と気づいて甘えだしたのには、観客から笑いが起こりました。
P7030090 お母ちゃんと一緒で、だんだんと観客にもなれ、落ち着きを取り戻して来ました。親子の触れ合いがとってもかわいかったです。
 遠足の子供たちがユキヒョウの赤ちゃんを見にやってきて、「あ〜ん、見えない」などと言ってるのが後ろから聞こえますが、たとえ子供といえども場所を譲ることはできません。ぼうやたち、おじさんたちはね、雨のなか1時間半も待ってたんだからね。子供たちにとっても、世の中の厳しさを学ぶためのいい機会でしょう。
 ことろでデジカメで写真を撮ると、檻の金網にピントが合ってしまいます。誰か、デジカメのピントが合わない檻を発明してくれないでしょうか?

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2009/07/21

【登山】曇りでニャンにも見えんばい・樽前山

P7020043 銀婚湯で飽食したぽん太とにゃん子は、登山でエネルギー消費を図ることにことにしました。ホントは、あたかも海の中に聳え立つかのような、美しい円錐形をした函館の駒ヶ岳に登りたかったのですが、火山活動のため登山禁止とのこと。自己責任で登っている人もいるようですが、万が一迷惑をかけてはとあきらめて、支笏湖畔の樽前山に登ることにしました。

【山名】樽前山(1023.8m)
【山域】北海道
【日程】2009年7月2日
【メンバー】ぽん太、にゃん子
【天候】曇り一時雨
【コース】七合目駐車場(13:30)…東山(14:23)…七合目駐車場(15:29)
ルート図と標高グラフ
【見た花】コマクサ、イワブクロ、シロバナイワブクロ、ウコンウツギ、イソツツジ、マルバシモツケ、オンタデ、エゾノタカネヤナギ
【マイカー登山情報】樽前山ヒュッテ近くに広い駐車場があります。トイレ完備ですが、飲料水はないので、忘れずに持参のこと。
【注意】苔の洞門は現在通行禁止で、苔の洞門を通る北側からの登山道は使えません。

 天候はあいにくの曇り。麓から見ると、残念ながら樽前山の山頂付近には雲がたれ込めています。七合目の駐車場は広く、この山の人気のほどが伺われます。整備された登山道を登って行くと、イワブクロが満開でした。
P7020037振り返ると支笏湖が目に入ります。しかし頂上方向は雲がたれ込めていて見えません。外輪山からは、世界的にも貴重な溶岩ドーム(樽前山熔岩円頂丘)が見えるはずですが、何にも見えませんでした。残念な限りです。しかしコマクサが見れたのはラッキーでした。冒頭の写真をどうぞ。
P7020048 下山後、苔の洞門を見学しました。にゃん子が昔訪れた時は、まだ通行ができて、それはそれは神秘的な景観だったらしいのですが、現在は入り口の展望台から見ることしかできません。残念な限りです。

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2009/07/19

【温泉】広大な美しい樹林に点在する野天風呂が魅力・銀婚湯(★★★★★)

 P7020027 以前に蔵王にある湯元温泉不忘閣に泊まったとき、たまたま居合わせた温泉好きのカップルが、北海道の銀婚湯と湧駒荘がいいと言っていたのを真に受けて、両方に泊まるツアーを企画いたしました。まずは銀婚湯から。手作りの素朴な味わいの公式サイトは、下のバナーからどうぞ。
温泉旅館銀婚湯・公式サイト
 函館空港に降り立ち、ちょっとだけ函館の街を観光してから、レンタカーで長万部方面に向かいます。国道から少し山間に入ったところに、銀婚湯があります。
P7010010 広々とした敷地に美しい樹林が広がっており、緑の中に落ち着いた和風の建物があります。開拓後の歴史が浅いせいか、雪や寒さなどの自然が過酷なせいか、北海道の温泉宿は古い建物は少ないのですが、ここはなかなかいい味を出しております。古い建物が好きなぽん太は、お値段もお手頃な旧館に泊まりましたが、設備の整った部屋もあります。
P7010012 広大な敷地のなかに点在する野天風呂がこの旅館の売りです。玄関を出て庭園の中を歩き、旅館の建物を回り込んでいくと、吊り橋があります。これを渡ると……
P7020029 爽やかな樹林のなかにこのような立て札があり、散策路をたどって行くとそれぞれの風呂に行くことができます。吊り橋の手前も含め、全部で四つの野天風呂があり、フロントで札を借りて貸し切りで利用できます。冒頭の写真はどんぐりの湯です。
P7020023 こちらはもみじの湯。湯船の上にもみじの大木があります。紅葉の季節はさぞ美しいことでしょう。
P7020027_2 こちらはトチニの湯。丸太をくりぬいて造った湯船です。もちろんすべて源泉掛け流し。四本の源泉を利用しているそうなので、お風呂によって泉質が若干違います。
P7020077 その他、それぞれ露天がついた男女別の内湯があり、時間交代制となっております。写真は渓流の湯です。
P7010016 夕食です。お料理もすばらしかった!内地からきたぽん太たちには、「鯛とメークインの手鞠蒸し とうきびすり流しあん」が特に気に入りました。
P7020025 こちらが朝食です。おいしゅうございました。
 広々とした敷地、北海道の美しい樹林に囲まれた落ち着く宿。料理もおいしく、また野天巡りも楽しく、ぽん太の評価は5点満点です。

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2009/07/18

【雑学】チャイコフスキー作曲・プーシキン原作のオペラ「スペードの女王」「エフゲニー・オネーギン」の周辺をみちくさ

 6月に観たボリショイ・オペラ「スペードの女王」と「エフゲニー・オネーギン」は、どちらもプーシキンが原作のチャイコフスキーが作曲したオペラでした。せっかくの縁なので、その周辺をみちくさしてみました。いつも通り、ぽん太が気になった部分だけ指摘します。

 まずは「スペードの女王」の原作(『スペードの女王・ベールキン物語 』神西清訳、岩波書店、2005年)。ロシア文学の名訳者・神西清の訳です。ネット上では青空文庫で岡本綺堂の訳が読めるようですが、「さまよえるユダヤ人」を「宿なしのユダヤ人」と訳すなど、ちょっと読みにくいです。
 原作とオペラではかなりストーリーが異なるという点は、 以前の記事で書いたので省略。ぽん太が気になったのは、巻末におさめられた1948年刊、飛鳥新書版の訳者による解説です。プーシキンが晩年の1833年に発表した『スペードの女王』と『青銅の騎士』がともに狂気を扱っていることを指摘し、(狂気が)「果してどこに由来するものであり、何を本質とするものであろうか。この問いに答えることは、とりも直さずプーシキンの生活悲劇そのものの本質を解明するかなり大掛かりな仕事になる」と書いておきながら、「今は差し当たって……その時期ではない」と、話題を変えてしまいます(248-249ページ)。う、う、う、精神科医のぽん太はぜひプーシキンと狂気の関係を知りたいですが、またの機会にみちくさすることとし、宿題にしておきましょう。

 次いで『フランス&ロシア・オペラ+オペレッタ (スタンダード・オペラ鑑賞ブック)』(音楽之友社、1999年)。上にリンクした以前の記事でぽん太は、「エカテリーナ2世万歳!みたいな場面が取ってつけたようにあるけれど、なぜだろう」という疑問を呈しましたが、ちゃんと書いてありました。原作はアレクサンドル1世(在位1801年〜1825年)に時代設定されていますが、オペラはエカテリーナ2世(在位1762年〜1796年)に移し替えられています。これは、台本をチャイコフスキーの弟モデストに依頼したマリインスキー劇場の意向によるもので、原作そのままだとさめたシニカルな近代劇になってしまうので、オペラ・ファン向きの華やかな時代劇に作り替えようと考えたからだそうです(159ページ)。

 続いて「エフゲニー・オネーギン」の原作です(プーシキン『エヴゲーニイ・オネーギン』木村彰一訳、講談社、1998年。この小説は、四脚強弱格という韻文形式で書かれていて、abab/ccdd/effe/ggという脚韻を踏んだ14行がひとまとまりの「連」をなし、その「連」が集まって「章」をなすという具合になっているそうです。このような形式を守りながら、この長編小説を書き上げたプーシキンの文才には驚くほかありません。木村彰一の訳は、詩の形式をとることによって、プーシキンの「韻文小説」の雰囲気を保とうとしています。
 ぽん太が驚いたのは登場人物の年齢。オネーギンとタチアーナが田舎で最初に出会う場面は、1820年に設定されていますが、オネーギンは24歳、レンスキーが約18歳、タチアーナが約17歳、そして小説の語り手であるプーシキンが21歳だそうです。そんなに若かったのか……。タチアーナが17歳はわかるとして、社交界に飽き飽きしてシニカルな態度をとるオネーギンは、もっと年上かと思っていました。

 次は『チャイコフスキー エウゲニ・オネーギン (名作オペラ・ブックス)』(音楽之友社、1988年)。いまやチャイコフスキーのオペラといえば「オネーギン」を思い浮かべますが、このオペラが作られた当初は、「ドラマチックでない」とか「ストーリーの起伏に乏しい」などと言われて、評判はかんばしくなかったそうです。現代のわれわれの目からすると、決闘があったり、第1幕と第3幕の対比があったりで、それなりに盛り上がりがる気がするのですが、決闘も当時の身分ある男性の間では珍しいことではなかったそうで、「アイーダ」などのグランド・オペラを好む当時の観客には退屈に感じられたようです。チャイコフスキー自身も周囲の反応は理解していたようですが、それでも彼は「オネーギン」に愛着を持ち、作曲に没頭しました。そこで彼は「オネーギン」を「オペラ」と呼ばず、「叙情的情景」と名付けました。そして初演も1879年、マールイ劇場(マールイ=ちいさな)において、主にモスクワ音楽院の学生たちによって、身近な人たちのために上演されたそうです。ちなみに「オネーギン」のドイツ初演は、1892年ハンブルク市立劇場でしたが、このとき指揮をしたのが当時31歳のグスタフ・マーラーだったそうです。
 ところで、チャイコフスキーが「エフゲニー・オネーギン」の作曲を完成したのは1877年、バレエ「白鳥の湖」の初演も同じ年です。この年、チャイコフスキーはモスクワでアントニーナ・イヴァーノヴァと電撃的な結婚をしますが、その後モスクワ川に入水自殺を試みたりし、約3ヶ月後にはペテルブルクに逃げ出したことは、以前の記事で軽くみちくさいたしました。本日はもう少し深入りしてみましょう。チャイコフスキーは1876年、誰とでもいいから結婚に踏み切ろうと決意します。その理由は明らかではありませんが、彼の同性愛的な傾向と関係していたと推測されます。1877年7月18日(註:日付は西洋暦。ロシアでは1918年までユリウス暦が使われておりました。ユリウス暦については以前にちょっとみちくさしたことがあります)、チャイコフスキーは、彼に何通かの熱烈なラブレターを寄せていた女性と、電撃的に結婚します。チャイコフスキーはその手紙を、真剣でまごころにあふれていると感じたようです。しかし結婚の3日前にフォン・メック夫人に送った手紙では、結婚に嫌悪感を抱いていながら、愛してもいない女性と無理にでも結婚しないといけないことは辛いことだ、と書き送っています。しかし結婚して数日で、彼は妻に嫌悪感を感じるようになり、自分のとった無分別な行動を後悔するようになります。8月7日には「あと2,3日ここにいたら……気が狂ってしまうことでしょう」とフォン・メック夫人に書き送ってカメンカに逃れ、そこで4週間過ごしたのち、再びやり直そうと意を決して妻の元に戻ります。しかしやはり妻との生活はチャイコフスキーにとって堪え難いものであり、モスクワ川に胸まで浸かって歩き回ったりもしたそうです。9月に彼は発狂寸前の状態でモスクワを離れました。ペテルブルクで彼を診察した精神科医は、重症と判断したそうです。別の本にはチャイコフスキーを診察したのは「有名な精神科医И・M・バリンスキー」と書いてありましたが(クーニン『チャイコフスキー―その作品と生涯』川岸貞一郎訳、新読書社、2002年)、ググってみたところ、 久野康彦「19世紀後半のロシアの精神医学とその発想 ――精神医学者ウラジーミル・チシ(1855-1922?)による文豪の生涯と作品の分析を手掛かりに―― 」(21世紀COEプログラム「スラブ・ユーラシア学の構築」研究報告集10、2005年12月)に、ペテルブルクの外科医学大学の精神医学者イヴァン・ バリンスキー(1838-1908)の名前があがっていますので、当たりかもしれません。さて、話しを戻してチャイコフスキーとアントニーナ・イヴァーノヴァは法的には離婚することはありませんでしたが、二人は生涯にわたって2度と会うことはありませんでした。
 チャイコフスキーの妻であるアントニーナ・イヴァーノヴァがどのような女性だったのか、精神科医のぽん太には興味深いところです。チャイコフスキーがモスクワを立ち去った後、彼女はカメンカのダビドフ家に赴きましたが、最初こそ一家は彼女に同情的でしたが、彼女の性格がわかるにつれて嫌悪するようになったそうです。チャイコフスキーは、優しい小鳩だった彼女は突然厚かましい嘘つき女に変わり、自分をさんざん非難した、病的な自己愛が目を覚ました、と書いたそうです。彼女は早くから常軌を逸したところがあり、多くの男性と関係を持ち、そのことを平気で他人に話しました。また親類縁者全員と仲違いをしていました。彼女は精神病院のなかで生涯を終えたそうです。
 彼女の精神障害の詳細、またチャイコフスキーの「神経症」がどんな症状だったのか、チャイコフスキーと彼女の関係が、「エフゲニー・オネーギン」にどのような影響を与えたのかは、いまだぽん太には謎のままです。

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2009/07/17

【バレエ】中年男の悲哀が身につまされるオシャレな舞台「コッペリア」新国立劇場バレエ

 だいぶ前になりますが、新国立劇場で「コッペリア」を見てきました。こちらが公式サイトです。
 「コッペリア」の全幕は、ぽん太は初めてです。コッペリウスと人形の踊りは、先日の草刈民代引退公演で見たのですが、そのとき踊ったボニーノが、今回もコッペリウスでした。そしてその公演に出演していたタマラ・ロホが、今回はスワニルダです。
 とっておもオシャレで楽しい舞台でした。ローラン・プティはいいな〜。草刈民代引退公演では大人の色気をみせたタマラ・ロホが、今回はとても可愛らしい女の子を演じました。カレーニョは、体が骨太だしピークも過ぎたということで、それほど期待はしていませんでした。第1幕ではやはり体が重そうで切れがありませんでしたが、安定感と明るく優雅なところは良く、スペイン人のロホとキューバ人のカレーニョということで、ラテン系同士雰囲気があっていました。カレーニョは実はそれまで押さえていたのか、第3幕では高いジャンプやするどい回転を見せてくれ、「をを、意外とやるじゃん」と思いました。
 ボニーノのコッペリウスは、物腰も優雅で身なりの整った中年男性で、自分が失って行く若さを追い求めようとする、中年男性の悲哀がよくでていて、ぽん太は身につまされました。
 ドリーブの音楽もよかったです。よく聞くあの曲やあの曲が「コッペリア」の音楽だと初めて知りました。
 「コッペリア」の原作は、ホフマンの『砂男』です。「くるみ割り人形」の原作もホフマンであることは、以前の記事で書いたことがあります。『砂男』もそのうち読んでみたいと思っています。


ローラン・プティのコッペリア
Roland Petit’s COPPELIA
新国立劇場バレエ
2009年6月28日夜・新国立劇場オペラ劇場

【振 付】ローラン・プティ
【音 楽】レオ・ドリーブ

【スワニルダ】タマラ・ロホ
【フランツ】ホセ・カレーニョ
【コッペリウス】ルイジ・ボニーノ
【スワニルダの友人】西山裕子/さいとう美帆/寺島まゆみ/伊東真央/寺田亜沙子/細田千晶
新国立劇場バレエ団

【指 揮】デビッド・ガルフォース
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

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2009/07/16

【オペラ】斬新だけどちと感情移入しにくいチェルニャコフの演出・ボリショイ・オペラ「エフゲニー・オネーギン」

 だいぶ前になりますが、6月下旬にボリショイ・オペラの「エフゲニー・オネーギン」を観てきました。こちらが公式サイトです。この演目は、以前にオペラの森の小澤征爾指揮で見たことがあるので、今回が2度目です。さすがにロシアの首都モスクワにあるボリショイ・オペラ、先日の「スペードの女王」に続いてオシャレで斬新な演出でした。舞台中央に大きな楕円形のテーブルがあり、場面によって設定や装飾は変わるものの、すべての出来事がこのテーブルの周囲で起きるという趣向です。
 第一幕ではオーケストラの演奏が始まる前に幕が開くのですが、人々がラーリナ邸でテーブルを囲んで会食をしているという設定です。農夫たちも登場せず、酔った客が農夫たちのアリアを歌います。ぽん太はチェーホフの喜劇を思い浮かべました。上着を脱いで飲み食いしていた男性たちが、レンスキーとオネーギンという「お客」が到着したのを知り、あわてて上着を着る「風俗」は、初めて見ました。
 タチアーナは会食のテーブルに加わらず、所在なげに歩き回ったり、一人離れてポツンと座っていたりします。これが第三幕の、美しい公爵夫人となって夜会のテーブルで堂々と振る舞うタチアーナと対比されるわけです。
 今回の演出では全体に象徴的に表現されており、リアリティはあまり感じられませんでした。すすり泣くようなコテコテのロシア演歌の世界を期待していたぽん太には、ちょっと当てが外れました。また細かいいくつかの点で、演出に納得できない点がありました。例えば、人々の輪に入れず無表情なタチアーナと、ラブレターのシーンのタチアーナ、公爵夫人となったタチアーナが、あまりに違いすぎて同一人物とは思えません。第二幕でオネーギンとレンスキーの口論が決闘に発展して行くのを、舞踏会のお客さんたちが笑いながら観ているのも奇妙です。決闘の場面もライフル銃一丁で行われたのですが、あれでどうやって決闘するのでしょうか?また、決闘によってオネーギンがレンスキーを殺すのではなく、二人がもみ合ううちにライフルが暴発してレンスキーが死ぬのですが、これではオネーギンの「友人を殺した」という陰が弱まってしまいます。もうひとつわからないのは、通常はフランス人トリケが歌うタチアーナを讃える歌を、レンスキーが歌ったこと。レンスキーは、オネーギンとばかり踊っているオリガをとがめたあと、この滑稽なアリアを歌い、その後再びオネーギンと口論となって決闘を申し込むことになり、流れが不自然です。
 ということで、なんか感情移入しにくかったのですが、歌手やひとつひとつのアリアはとてもすばらしく、音楽も叙情的でよかったです。第一幕と第二幕を連続して120分という長丁場でしたが、ちっとも退屈しませんでした。


ボリショイ・オペラ
チャイコフスキー 「エフゲニー・オネーギン」 叙情的情景 全7場
2009年6月24日、東京文化会館  

音楽 : ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
台本 : ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
     コンスタンチン・シロフスキー
     アレクサンドル・プーシキンの同名の長編詩に基づく
音楽監督 : アレクサンドル・ヴェデルニコフ
演出 : ドミトリー・チェルニャコフ(2006~2007年シーズン新演出)
舞台装置 : ドミトリー・チェルニャコフ
衣装 : マリア・ダニロワ
照明 : グレブ・フィルスティンスキー
合唱指揮 : ワレリー・ボリソフ
指揮 : アレクサンドル・ヴェデルニコフ

[出 演]
ラーリナ(地方の女地主) : マクヴァラ・カスラシヴィリ
タチアーナ(ラーリナの姉娘) : タチアーナ・モノガローワ
オリガ(タチアーナの妹) : マルガリータ・マムシーロワ
フィリーピエヴナ(タチアーナの乳母) : エンマ・サルキシャン
エフゲニー・オネーギン(レンスキーの友人) : ウラジスラフ・スリムスキー
レンスキー(オリガの婚約者) : アンドレイ・ドゥナーエフ
グレーミン公爵(熟年の貴族/後のタチアーナの夫) : ミハイル・カザコフ
ザレツキー : ワレリー・ギルマノフ
ボリショイ劇場管弦楽団・合唱団

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2009/07/15

【映画】想田和弘監督の無私のまなざしが心の病の光と深淵を映し出す・「精神」

映画『精神』公式サイト ウシ先生のおすすめで、映画「精神」を観てきました。公式サイトは左のバナーからどうぞ。予告編の動画もあります。 
 場所は シアター・イメージフォーラムというミニシアターでした。ミニシアターときくと、ぽん太は早稲田にあったACTミニシアターなどを思い浮かべますが、こちらは青山通りにあって料金も1800円とお高く、おしゃれな雰囲気です。青山学院大学も近く、イマドキの女の子たちが派手な服装で闊歩してたりして、田舎者のタヌキのぽん太は気恥ずかしくて、しっぽをこっそり隠しておずおずと歩きました。
 ドキュメンタリー映画ということですが、音楽もナレーションもなく、映像が淡々とつながれていきます。なんでも「観察映画」というのだそうです。監督の想田和弘は、ぽん太は初めてでしたが若手の注目株だそうで、前作「選挙」もおおいに話題になったんだそうな。
 スクリーンに映し出されるのは、「こらーる岡山」という精神科診療所に通う患者さんたちの、ありのままの姿です。診察の様子や、作業所(?)でくつろいでいる場面、自宅でホームヘルプサービスを受けいるところなどで、ときに監督の質問に答えて、発病のきっかけを語ったりもします。精神科医のぽん太からすると、よくある、おなじみの見慣れた光景が続くのですが、精神科医にとっては「普通」の世界が、一般の人にはどのように見えるのか、そちらが興味深く思えます。
 「こらーる岡山」は診療所といっても、建物は古い木造民家で、スタッフも大勢います。現在よくある「精神科クリニック」とは様子がだいぶ異なり、一昔前の「精神病院」や「作業所」のイメージで、観ていてちょっとなつかしい気分になります。院長の山本昌知先生はご高齢で、朴訥とした暖かい人柄が伝わってきます。先生とスタッフと患者さんが、大きなひとつの家族のように見えます。
 同業者のぽん太は、山本先生の診察の場面を見ながら、ついつい「ここでどう対応するか?」とか、「ナルホドこんな手もあるのか」などと、テクニックに目がいってしまいました。というのも、研修医時代ならいざしらず、他の先生の実際の診察を見る機会というのは、ほとんどないからです。
 想田和弘監督は、特定のイデオロギーを押し付けるでもなく、かといって冷徹な客観的観察者の立場を取るでもなく、虚心坦懐に患者さんを撮影していました。この優しさに満ちた「無私」のまなざしは、想田監督の優れた特質であるようにぽん太には思われました。編集にもたいへん非常に気を使っているようで(10ヶ月かけたとのこと)、冗長さを感じさせず、詩情が伝わってきました。
 ぽん太が「やられた」のは最後のシーン。男性患者が作業所(?)に運動靴のまま土足で上がり込み、電話で市役所かなにかに激しい口調でクレームをつけます。作業所の職員も、もう夕方なので作業所を閉めたいようですが、剣幕に気圧されて言葉をかけられず、困ったような表情を浮かべています。ぽん太は「こういう患者さんいるよな〜、ホントに困るよな〜」などと思って見ていました。さんざんクレームをつけて気が済んだのか、ようやく男は帰ろうとします。するとあれあれ、玄関を出るところで運動靴を脱ぎ始めます。何をやってるんだろうと見ていると、足首を支える装具がついた靴に履き替えます。細かい台詞は忘れましたが、職員が「××さん、バイトの面接どうだった?」と聞くと、男性はとてもひとなつっこい笑顔で「だめだった。靴を許してくれなかった」と答え、バイクに乗って颯爽と夜の町に消えて行きます。
 「プロ」であるはずのぽん太がいつの間にか、「土足で上がり込んでクレームを付ける迷惑なやつ」という偏見で男性を眺めていました。対する男性の笑顔は、これまでさんざん偏見を受けてきて、偏見を受けることを苦にしなくなり、偏見を持っているぽん太を許してくれる、力強い笑顔でした。
 幸いにもぽん太のような偏見を持たず、患者さんたちを暖かく見守ることができたひとたちも、エンドロールの「追悼」という言葉には、精神病が決して生易しいものではないという現実を知って、震撼させられることでしょう。


「精神」MENTAL
監督・撮影・録音・編集・制作:想田和弘
製作補佐:柏木規与子
出演:「こらーる岡山」のみなさん、他
2008年/アメリカ・日本/カラー・135分

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2009/07/13

【歌舞伎】七之助が妖しく光る・コクーン歌舞伎「桜姫」

 恒例のコクーン歌舞伎、今年の演目は「桜姫」でした。こちらが公式サイトです。
 長方形の舞台が客席側に張り出しており、舞台の左右にも客席がしつらえてあります。見上げると舞台上方に屋根が架かっており、能舞台のような造りです。勘三郎は、昨年10月の平成中村座では、江戸後期の芝居小屋を模した劇場を造りましたが、今回は江戸初期の芝居小屋を再現したと思われます。ちなみにこちらのサイトで、江戸初期の芝居小屋の絵を見ることができます。今回の舞台配置と似ていることがわかると思います。ただし今回は「橋掛かり」はありません。
 「桜姫」という演目はぽん太は初めてでしたが、男色あり殺人あり幽霊あり濡れ場あり、登場人物が複雑に絡み合うプロット、猟奇的でおどろおどろしい舞台は、いかにも鶴屋南北です。その分、感情移入して感動するという芝居ではありませんでした。鶴屋南北は、1775年(宝暦5年)に生まれて1829年(文政12年)に死去した江戸時代後期の戯作者です。鶴屋南北には平成中村座のような芝居小屋が合うと思うのはぽん太だけでしょうか。江戸時代初期の能舞台風の芝居小屋には、近松門左衛門などの古風な演目が合うような気がします。
 七之助のすばらしさが目立ちました。公家のお姫様の高貴でかわいらしい様子、一転して気っ風のいい姉御風の演技、見た目の美しさは言うまでもなく、ますます進化しているような気がします。
 串田和美の演出も、アイディアをちりばめながら目立ちすぎることがありませんでした。舞台奥の一段高いところにも、サントリーホールのように客席がしつらえてあったのですが、開幕で劇場全体が真っ暗になったあと、舞台奥の客席の最上部に勘三郎と七之助がライトアップされた時は、その意外な登場と美しさとに、客席からため息があがりました。ただしラストの光の玉が登っていく演出は、野田秀樹の「愛陀姫」を見たぽん太には二番煎じに感じました。
 舞台上手の客席には、幕間にビニールシートが配られました。こ、これは水しぶきがあがるのか?実際は勘三郎が水の入った器を投げる時、わざとらしく客席に水をぶちまけました。あまり演出上の必然性はなさそうで、お客さんを喜ばせるお決まりのお遊びという感じでした。


第十弾 渋谷・コクーン歌舞伎
「桜姫」

平成21年7月、シアター・コクーン

串田和美 演出
美術・松井るみ
照明・齋藤茂男

    中村 勘三郎
    中村 橋之助
    中村 七之助
    笹野 高 史
    片岡 亀 蔵
    坂東 彌十郎
    中村 扇 雀

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2009/07/10

【映画】愚直な現地ロケが生み出した圧倒的映像「劔岳 点の記」

 登山好きなぽん太としては、映画「劔岳」を見逃すわけにはいきません。長く黒澤明のカメラマンを務めたという木村大作監督が、剣岳を相手にどのような映像美をみせてくれるのか、とても楽しみでした。公式サイトは下のバナーからどうぞ。
映画『劔岳 点の記』公式サイト 
 スクリーンに映し出される剣岳と周辺の山々は、重厚にして格調があり、圧倒的な迫力でした。また美しい紅葉の立山や、稜線の猛吹雪など、自然のさまざまな表情を見せてくれました。
 ぽん太が剣岳に登ったのはだいぶ前ですが、室堂からアプローチしていくにつれて、別山乗越の向こうに姿を現してくる剣岳の怪異な姿に、目を見張った記憶があります。あいにく登頂の日は天候が悪かったのですが、ガスで視界が悪いおかげで、難所のカニの横ばい・縦ばいはちっとも怖くありませんでした。
 この映画は、200日にわたる過酷なロケが話題になりました。テレビのインタビューで浅野忠信が、3時間かけて登って撮影して、また3時間かけて戻ってくることの繰り返しで、現場まで9時間歩いたときにはさすがにこたえた、と言っていたのには笑いました。おそろしいですね〜。映画というのは、セットとかを使って、いかにも本物っぽい映像をマジックのように作り上げるものだと思っていたのですが、主人公が実際に歩んだ道をそのまま辿ってロケをするとは、愚直というか要領が悪いというか……。このいまどき流行らない愚直な映画の作り方が、映画の主人公の柴崎芳太郎の愚直な生き方と重なってくるところが、この映画のミソです。
 「映像はすごいけどストーリーはいまいち」という噂もありましたが、ぽん太にはストーリーもおもしろかったです。ただ、登山をしないひとにとっては、山の周囲をあちこち移動しながら登り口を探しまわる下りは、退屈に感じるかもしれないと思いました。
 人間を寄せ付けない崇高な劔岳を前にして、柴崎芳太郎は、測量という行為がいったい何の意味を持つのかと悩みます。この瞬間彼は、人間の心にぽっかりと開いた深淵をかいま見たのでした。直ちに彼はこの穴を、「地図を作ることが人々の役に立つこと」、「何をするかではなく何のためにするかが大切だということ」というパッチでふさぎます。これは、監督がこの映画で訴えたかったイデオロギーですが、なかなか説得力があります。またラストで日本山岳会の小島烏水は、柴崎らに対して、あなたたちこそが劔岳の初登頂をしたのであり、あなたたちの名は日本山岳史に永久に残るだろう、と敬意を表します。こちらは(黎明期の)スポーツ登山という別のイデオロギーに属しています。こうした諸々のイデオロギーをはぎ取ったところに残るのは、理由はわからないけれども、目の前に超然に立ちはだかる山を畏怖する感情です。この感情は、個体や種を維持しようという動物の生存本能とはまったく異なる、人間固有のものであり、生存の役に立つどころか命を危険に陥れることさえあるという点で、死の本能に属すると言えるでしょう。

劒岳 点の記 Mt.Tsurugidake
監督 木村大作
製作総指揮 坂上順、亀山千広
製作 「劒岳 点の記」製作委員会、東映、フジテレビジョン、住友商事、朝日新聞社、北日本新聞
脚本 木村大作、菊池淳夫、宮村敏正
出演者 浅野忠信、香川照之、松田龍平、仲村トオル、宮﨑あおい、井川比佐志、夏八木勲、役所広司
音楽 池辺晋一郎
撮影 木村大作
編集 板垣恵一
配給 東映
公開 2009年6月20日
上映時間 139分

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2009/07/05

【オペラ】悪くはないけど傑作とはいえないチャイコフスキー「スペードの女王」ボリショイ・オペラ

 ボリショイ・オペラも「スペードの女王」も、どちらも初めてでした。会場がNHK紅白歌合戦専用ホールで、しかも席が3階の中程だったので、遠くて見にくかったですが、それでも豊かな声量、シックな舞台美術、美しい演出……、どれをとってもすばらしかったです。こちらが公式サイトです。
 歌手ではゲルマンのウラディーミル・ガルージンが声といい演技といいすばらしかったです。だんだんと狂気に陥って行く様を鬼気迫る雰囲気で演じていました。またエレーナ・オブラスツォーワは、まるで「千と千尋」のゆばーばのような伯爵夫人を、圧倒的な存在感で演じて舞台を引き締めていました。ワレリー・フォーキンの演出、アレクサンドル・ボロフスキーの舞台美術は、都会風で洗練されていてよかったです。ぽん太はゴールデンウィークにロシアを旅行し、現代のモスクワの雰囲気を身をもって体験したので、モスクワのボリショイが斬新な演出を試みる理由がよく理解できました。ただクライマックスの賭けのシーンが、身振りだけであっさりと演じられていたのが物足りなかったです。
 このオペラが創られたのは1890年で、チャイコフスキーが亡くなる3年前、晩年の作品です。音楽的には「トリスタン」っぽいところが感じられ、また劇中劇の音楽はモーツアルトっぽくて面白かったです。
 しゃれた演出、すばらしい歌手、劇中劇やバレエもあって3時間半を超す長丁場、上質のオペラを堪能することができました。

 でもオペラそのものは、ちょっと中途半端な気がして、不満が残りました。
 原作のプーシキンの『スペードの女王』(1835年)では、主人公のゲルマンは人間らしい感情に欠ける男性で、最初から金目当てで三枚のカードを聞き出そうとします。その手段としてリーザを利用するのであって、彼女をまったく愛していません。伯爵夫人の三枚のカードの話も、真実なのか嘘なのかはっきりせず、伯爵夫人の亡霊もホンモノなのかゲルマンの幻覚なのかあいまいです。このように原作は、現実と幻想が入り交じった怪奇的な話です。
 しかしチャイコフスキーのオペラでは、ゲルマンはリーザを愛しています。貧しいゲルマンは彼女を手に入れるために大金を得ようとして、三枚のカードの秘密にのめり込んで行きます。その三枚のカードの話をしたトムスキー伯爵が、早々に「あれは冗談だよ」と打ち明けてしまうので、ゲルマンが嘘に踊らされるという話になってしまいます。その結果、棺の伯爵夫人が目配せするのも、伯爵夫人の亡霊が現れるのも、すべて現実ではなくゲルマンの狂気がもたらした幻覚ということになり、結局は「気が狂った男の話」になってしまい、幻想的な怪奇性が失われます。では悲劇なのかというと、ゲルマンがリーザを愛するばかりにカードの秘密にのめり込んで発狂することや、リーザの自殺などに、悲劇的な盛り上がりは残念ながら感じられません。個々の部分はいいのですが、全体としてのドラマ性が弱いように思われました。
 ところで劇の中で、エカテリーナ2世万歳!みたいなシーンがありましたが、どういう意味があるのでしょうか?プーシキンの原作には出てこないし。どなたかご存知でしたら教えてください。プーシキンの原作によれば、伯爵夫人は50年前にパリの社交界で、オルレアン公(1747年〜1793年)やサン・ジェルマン伯爵(1691年/1707年?〜1784年)に会ったそうですから、小説の「現在」はエカテリーナ2世の時代(在位1762年〜1796年)でほぼ合っているのかもしれませんが……。


ボリショイ・オペラ 
チャイコフスキー 「スペードの女王」 3 幕 7 場
2009年6月21日 NHKホール 

音楽 : ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
台本 : モデスト・チャイコフスキー
アレクサンドル・プーシキンの同名の小説に基づく
音楽監督 : ミハイル・プレトニョフ
演出 : ワレリー・フォーキン
舞台装置 : アレクサンドル・ボロフスキー
合唱指揮 : ワレリー・ボリソフ
照明 : ダミール・イズマギロフ
振付 : セルゲイ・グリツェイ
指揮 : ミハイル・プレトニョフ

[ 出 演 ]
ゲルマン : ウラディミール・ガルージン
トムスキー伯爵(ゲルマンの友人) : ボリス・スタツェンコ
エレツキー公爵(リーザの婚約者) : ワシリー・ラデューク
伯爵夫人(リーザの祖母) : エレーナ・オブラスツォーワ
リーザ(伯爵夫人の孫娘) : エレーナ・ポポフスカヤ
ポリーナ(リーザの友人) : アンナ・ヴィクトロワ
マーシャ(リーザの召使) : アンナ・アグラトワ
チェカリンスキー(ゲルマンの友人の近衛仕官) : ヴャチェスラフ・ヴォイナロフスキー
スーリン(ゲルマンの友人の近衛仕官) : ヴャチェスラフ・ポチャプスキー
ナルーモフ(ゲルマンの友人の賭博師) : ニコライ・カザンスキー
チャプリツキー(ゲルマンの友人の賭博師) : ユーリー・マルケロフ
家庭教師 : エフゲニア・セゲニュク
式典長 : セルゲイ・オルロフ
ミロヴゾール(劇中劇のダフニス) : アンナ・ヴィクトロワ
ズラトゴール(劇中劇のプルートー) : ボリス・スタツェンコ
プリレーパ(劇中劇のクロエ) : アンナ・アグラトワ
児童合唱 : 杉並児童合唱団(合唱指揮:津嶋麻子)
ボリショイ劇場管弦楽団・合唱団

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