« 【歌舞伎】仁左衛門の「女殺油地獄」は一生の思い出です・2009年6月歌舞伎座昼の部 | トップページ | 【映画】愚直な現地ロケが生み出した圧倒的映像「劔岳 点の記」 »

2009/07/05

【オペラ】悪くはないけど傑作とはいえないチャイコフスキー「スペードの女王」ボリショイ・オペラ

 ボリショイ・オペラも「スペードの女王」も、どちらも初めてでした。会場がNHK紅白歌合戦専用ホールで、しかも席が3階の中程だったので、遠くて見にくかったですが、それでも豊かな声量、シックな舞台美術、美しい演出……、どれをとってもすばらしかったです。こちらが公式サイトです。
 歌手ではゲルマンのウラディーミル・ガルージンが声といい演技といいすばらしかったです。だんだんと狂気に陥って行く様を鬼気迫る雰囲気で演じていました。またエレーナ・オブラスツォーワは、まるで「千と千尋」のゆばーばのような伯爵夫人を、圧倒的な存在感で演じて舞台を引き締めていました。ワレリー・フォーキンの演出、アレクサンドル・ボロフスキーの舞台美術は、都会風で洗練されていてよかったです。ぽん太はゴールデンウィークにロシアを旅行し、現代のモスクワの雰囲気を身をもって体験したので、モスクワのボリショイが斬新な演出を試みる理由がよく理解できました。ただクライマックスの賭けのシーンが、身振りだけであっさりと演じられていたのが物足りなかったです。
 このオペラが創られたのは1890年で、チャイコフスキーが亡くなる3年前、晩年の作品です。音楽的には「トリスタン」っぽいところが感じられ、また劇中劇の音楽はモーツアルトっぽくて面白かったです。
 しゃれた演出、すばらしい歌手、劇中劇やバレエもあって3時間半を超す長丁場、上質のオペラを堪能することができました。

 でもオペラそのものは、ちょっと中途半端な気がして、不満が残りました。
 原作のプーシキンの『スペードの女王』(1835年)では、主人公のゲルマンは人間らしい感情に欠ける男性で、最初から金目当てで三枚のカードを聞き出そうとします。その手段としてリーザを利用するのであって、彼女をまったく愛していません。伯爵夫人の三枚のカードの話も、真実なのか嘘なのかはっきりせず、伯爵夫人の亡霊もホンモノなのかゲルマンの幻覚なのかあいまいです。このように原作は、現実と幻想が入り交じった怪奇的な話です。
 しかしチャイコフスキーのオペラでは、ゲルマンはリーザを愛しています。貧しいゲルマンは彼女を手に入れるために大金を得ようとして、三枚のカードの秘密にのめり込んで行きます。その三枚のカードの話をしたトムスキー伯爵が、早々に「あれは冗談だよ」と打ち明けてしまうので、ゲルマンが嘘に踊らされるという話になってしまいます。その結果、棺の伯爵夫人が目配せするのも、伯爵夫人の亡霊が現れるのも、すべて現実ではなくゲルマンの狂気がもたらした幻覚ということになり、結局は「気が狂った男の話」になってしまい、幻想的な怪奇性が失われます。では悲劇なのかというと、ゲルマンがリーザを愛するばかりにカードの秘密にのめり込んで発狂することや、リーザの自殺などに、悲劇的な盛り上がりは残念ながら感じられません。個々の部分はいいのですが、全体としてのドラマ性が弱いように思われました。
 ところで劇の中で、エカテリーナ2世万歳!みたいなシーンがありましたが、どういう意味があるのでしょうか?プーシキンの原作には出てこないし。どなたかご存知でしたら教えてください。プーシキンの原作によれば、伯爵夫人は50年前にパリの社交界で、オルレアン公(1747年〜1793年)やサン・ジェルマン伯爵(1691年/1707年?〜1784年)に会ったそうですから、小説の「現在」はエカテリーナ2世の時代(在位1762年〜1796年)でほぼ合っているのかもしれませんが……。


ボリショイ・オペラ 
チャイコフスキー 「スペードの女王」 3 幕 7 場
2009年6月21日 NHKホール 

音楽 : ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
台本 : モデスト・チャイコフスキー
アレクサンドル・プーシキンの同名の小説に基づく
音楽監督 : ミハイル・プレトニョフ
演出 : ワレリー・フォーキン
舞台装置 : アレクサンドル・ボロフスキー
合唱指揮 : ワレリー・ボリソフ
照明 : ダミール・イズマギロフ
振付 : セルゲイ・グリツェイ
指揮 : ミハイル・プレトニョフ

[ 出 演 ]
ゲルマン : ウラディミール・ガルージン
トムスキー伯爵(ゲルマンの友人) : ボリス・スタツェンコ
エレツキー公爵(リーザの婚約者) : ワシリー・ラデューク
伯爵夫人(リーザの祖母) : エレーナ・オブラスツォーワ
リーザ(伯爵夫人の孫娘) : エレーナ・ポポフスカヤ
ポリーナ(リーザの友人) : アンナ・ヴィクトロワ
マーシャ(リーザの召使) : アンナ・アグラトワ
チェカリンスキー(ゲルマンの友人の近衛仕官) : ヴャチェスラフ・ヴォイナロフスキー
スーリン(ゲルマンの友人の近衛仕官) : ヴャチェスラフ・ポチャプスキー
ナルーモフ(ゲルマンの友人の賭博師) : ニコライ・カザンスキー
チャプリツキー(ゲルマンの友人の賭博師) : ユーリー・マルケロフ
家庭教師 : エフゲニア・セゲニュク
式典長 : セルゲイ・オルロフ
ミロヴゾール(劇中劇のダフニス) : アンナ・ヴィクトロワ
ズラトゴール(劇中劇のプルートー) : ボリス・スタツェンコ
プリレーパ(劇中劇のクロエ) : アンナ・アグラトワ
児童合唱 : 杉並児童合唱団(合唱指揮:津嶋麻子)
ボリショイ劇場管弦楽団・合唱団

|

« 【歌舞伎】仁左衛門の「女殺油地獄」は一生の思い出です・2009年6月歌舞伎座昼の部 | トップページ | 【映画】愚直な現地ロケが生み出した圧倒的映像「劔岳 点の記」 »

芸能・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74997/45424038

この記事へのトラックバック一覧です: 【オペラ】悪くはないけど傑作とはいえないチャイコフスキー「スペードの女王」ボリショイ・オペラ:

» 都心の絶景 [東京散歩]
東京で身近なイベントに参加するブログをやっています。超高層マンション「ワールドシティタワーズ」最上階のペントハウスにお邪魔しました。動画もあります。見てください。http://juken-net.com/mblog/ [続きを読む]

受信: 2009/07/05 19:10

« 【歌舞伎】仁左衛門の「女殺油地獄」は一生の思い出です・2009年6月歌舞伎座昼の部 | トップページ | 【映画】愚直な現地ロケが生み出した圧倒的映像「劔岳 点の記」 »