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2009/11/23

【オペラ】気分が滅入るけど面白い・新国立劇場の『ヴォツェック』

 こんなマイナーなオペラを生で観れるとは思ってもいませんでした。いよっ!さすが新国立。多額の税金を投入しているだけあります。新国立劇場のサイトの『ヴォツェック』のページは こちら。公演に先立って行われたオペラトークも読むことができます。

 ぽん太は2年程前に岩波文庫の『ヴォイツェク・ダントンの死・レンツ』を読んでビューヒナーや『ヴォイツェク』に興味を持つようになりました( ビューヒナーの『ヴォイツェク ダントンの死 レンツ』は興味深い:2007/04/20)。なぜビューヒナーの原作は『ヴォイツェク』で、ベルクのオペラは『ヴォツェック』なのかについては、「アルバン・ベルクの『ヴォツェック』は怖すぎ」(2007/05/03)という記事に書きました。そこでは、筆記体のyzがzzと読めてしまった理由を、ビューヒナーが悪筆だったからと書いたのですが、それは間違いのようです。『ヴォイツェク』の草稿はインクが変質してほとんど解読不可能になっていたらしいのですが、これを譲り受けた劇作家エーミール・フランツォースが化学薬品による処理を行い、文字を復元したのだそうです(岩淵達治「原作者ビューヒナーと『ヴォイツェク』」新国立劇場プログラム、2009年)。このため、yzとzzの判読が困難だったと思われます。
 この戯曲の元になった「ヴォイツェク事件」や、ビューヒナーと精神医学の関係、当時の精神医学の状況に関しては、「 ビューヒナーの時代の精神医学の状況は?」(2007/05/20)で書きました。また戯曲に出てくる「局部的錯乱」「第二種症状」などの精神医学用語に関しては、「 ビューヒナーが使った精神医学用語について」(2007/05/23)や、「 グリージンガーの『精神疾患の病理と治療』の抄訳を読む」(2007/06/10)で、わかる範囲で論じました。またドイツの「ヴォツェック裁判」が、フランスの「リヴィエール裁判」とともに、近代精神医学の創成期において、精神障害と刑事責任能力という根本問題との関連で注目を集めていたことは、「 【ヴォイツェク・レンツ】ビューヒナーと精神医学」(2007/11/21)や「 【精神医学】河原俊雄「G・ビューヒナー研究 殺人者の言葉から始まった文学」をさらにみちくさする」(2007/12/01)に書きました。
 ということで、新国立で『ヴォツェック』をやると聞いてとても楽しみにしていたのですが、実際なかなか面白かったです。

 「よくこんなメロディーを暗譜して歌えるな〜」というのが素人のぽん太の最大の感想ですが、それは置いておきましょう。
 冒頭のヴォツェックが大尉の髭を剃る場面は、古びた病室のような寒々とした室内で行われます。第1場が終わると、部屋全体が舞台奥に後退していきます。ぽん太は上の方の席から観ていたのですが、ぽっかりとあいた空間に、部屋が上下逆さまに浮かび上がりました。あれあれ、どうなってるんだろう、鏡でもあるのかなと思ったら、一面が水になっていました。水深は浅く、その上を登場人物がぴちゃぴちゃと歩き回ります。なかなか見事なアイディアです。大尉や医者などの人物は、とてもグロテスクで奇妙キテレツなメーキャップと衣装で、酒場の民衆たちもまるでゾンビです。一方、労働者たち(?)は、黒い帽子とスーツという出で立ちで、なんとも不思議な世界でした。
 普通の演出では、無邪気な子供に対するマリーの愛情が基本となるのだそうですが、今回の演出は違っておりました。第3幕の冒頭でマリーが懺悔する場面では、子供が壁にペンキで「Hure」(淫売)という文字を書きます。また息子は、自分のぬいぐるみをマリーの手から奪い取ります。息子はマリーを許さず、糾弾します。
 全体としては「貧しさが作り出す不幸」といったテーマのようで、マリーの息子は「Gerd!」(金)という文字を壁に書きます。おしてオペラの最後、町の子供たちは貧しいマリーの息子に石を投げつけて去っていきます。ひとり残された息子は、片手に持っていたぬいぐるみを床に落とし、もう一方の手に持っていたナイフを握りしめます。貧困による不幸が親から子へと受け継がれていることを暗示した、暗くて恐ろしい幕切れでした。昨今の日本の不況や殺人事件を思い浮かべてしまい、身につまされる思いでした。
 ただ、こういったテーマを前面に出しすぎると、オペラが説教臭くなってしまいます。ぶちまけられた残飯かなんかに労働者が群がるところなどギリギリという感じでしたが、なんとか手前でとどまっていたように思います。精神科医のぽん太としては、ヴォツェックが精神に異常をきたしていく過程の表現にはあんまり重きが置かれていなかったのが残念でした。
 このようなオペラでは、歌手や指揮者やオケのよしあしはぽん太にはまったくわかりませんが、ヴォツェック、マリー、鼓手長、大尉など、いずれも迫力がありましたし、医者やアンドレスなどの日本人勢も悪くなかったです。
 最初から最後まで、不安や閉塞感、ムンクの「叫び」のような緊迫感がつきまとう重いオペラでしたが、なかなかよかったです。舞台上は水なので、カーテンコールで指揮者などが長靴をはいて出て来たのはおもしろかったです。

 作曲者のアルバン・ベルク(1885年-1935年)は、フロイトと同時代にウィーンで活躍したようですが、そのあたりの関係はぽん太にはまったくわかりません。今後の課題としたいと思います。


『ヴォツェック』
Alban Berg:Wozzeck
アルバン・ベルク/全3幕
新国立劇場/オペラ劇場

【指 揮】ハルトムート・ヘンヒェン
【演 出】アンドレアス・クリーゲンブルク
【美 術】ハラルド・トアー
【衣 裳】アンドレア・シュラート
【照 明】シュテファン・ボリガー
【振 付】ツェンタ・ヘルテル

【企 画】若杉 弘
【芸術監督代行】尾高忠明
【主 催】新国立劇場

【指 揮】ハルトムート・ヘンヒェン
【演 出】アンドレアス・クリーゲンブルク

【ヴォツェック】トーマス・ヨハネス・マイヤー
【鼓手長】エンドリック・ヴォトリッヒ
【アンドレス】高野二郎
【大尉】フォルカー・フォーゲル
【医者】妻屋秀和
【第一の徒弟職人】大澤 建
【第二の徒弟職人】星野 淳
【マリー】ウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイネン
【マルグレート】山下牧子

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

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