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2010/01/26

【歌舞伎】体力あるな〜海老蔵の『伊達の十役』 2010年1月新橋演舞場

 まずは昼の部。「対面」は、右近の工藤祐経を初めとし、全体に若めの配役。獅童の曽我五郎がどんな迫力をみせてくれるかと期待していたのですが、面長で体も細いので、なんかひょろっとした感じになってしまいました。動きもだだっ子みたいで、ちょっと笑いも起きていました。
 「黒塚」は、非常に雰囲気ある舞台だった気がしますが、昼食後のうえに照明も暗く、意識が薄れてしまいました。ロシア・バレエの影響を受けたという名場面を見たかったのですが……。ごめんなさい。
 海老蔵の「鏡獅子」は、見た目も美しく、踊りも柔らくしっかり踊っていて、いつもの海老蔵の破綻はなく、笑い声もおきませんでした。夜の部の女形は仁王立ちみたいなのがありましたが、しっかり腰も落としていました。人形のようなすまし顔が無表情に感じられてしまい、微妙で繊細な情は表現できてない気がしました。

 夜の部は鶴屋南北の作なる『伊達の十役』。『伽羅先代萩』と同じ「伊達騒動」を世界に、早変わりの一人十役で演じる演目で、文政12年(1815年)に七代目市川団十郎によって初演されたものだそうです。今回はもちろん海老蔵が十役に挑戦。昼の部の「鏡獅子」のうえに、夜の部をほとんど出ずっぱりで演ずる海老蔵の体力には驚くばかりです。早変わりも見事でした。ただ荒事系の役はいいけれど、女形ややさ男系はちょっとヘンテコでした。政岡もまだまだ。海老蔵も結婚して子供ができたら、もっと深みが出てくるでしょうか。
 歌舞伎の『伽羅先代萩』の初演は安永6年(1777年)ですから、『伊達の十役』が『先代萩』を踏まえているわけですね。ぽん太の好きな「竹之間」がなかったので、鶴千代の「それ程獄屋へやりたくば政岡が代わりにそち行け」や、八汐の「てもマア、よう仕込んだものじゃなあ」の下りが観れなくて残念でした。また、床下の仁木弾正のひっこみが宙乗りになるのですが、『伽羅先代萩』ではこの花道の引っ込みが見所で、海老蔵がどう演じるか楽しみにしてたので、宙乗りになってしまってちと残念でした。また四幕目は、ひとり十役にこだわるあまり、詮議のドラマチックな面白さが散漫になってしまったような気がします。
 最後に大喜利つき。役者たちが座布団を取ったり墨を塗ったりするのかと思っていたら、幕が開いたらいきなり道成寺。でも場面は長谷寺だそうです。最後は海老蔵の渾身の押戻しですが、歌舞伎座のお父さんとの、押戻し競演の趣向がおもしろかったです。

 ところで「黒塚」に登場する「阿闍梨祐慶」(あじゃりゆうけい)は熊野(那智?)の東光坊の山伏とのこと。昨年秋に熊野を旅したぽん太は、興味が湧いてきます。
 まず「阿闍梨祐慶」でググってみると、「黒塚」に関するもの以外には、『平家物語』の巻第二「一行阿闍梨之沙汰」(いちぎょうあじゃりのさた)に出て来るようです。朝廷は、天台座主明雲大僧正を流罪に処しますが、怒った大衆は、明雲を力づくで取り戻します。しかし人々は、ひとたび流罪ととなった人物を座主とすることをためらいます。ここで荒法師の祐慶が演説をし、人々を納得させるのです……が、これは「黒塚」の阿闍梨祐慶とは違います。
 そもそも「阿闍梨」というのは、 Wikipediaにも書いてあるように、もともとは弟子たちを指導する立場の僧のことであり、のちには僧一般の呼び名として使われました。もとはサンスクリット語の「アーチャリー」で、 あるひとの三女のホーリーネームとしても有名ですね。
 もととなる謡曲「黒塚」では「これは那智の東光坊の阿闍梨、祐慶とはわが事なり」となっていて(『新編日本古典文学全集 (59) 謡曲集 (2)』小学館、1998年)、解説によると、「那智」は熊野那智大社、「東光坊」は僧坊の名、「祐慶」が誰だかは不詳だそうです。 熊野那智大社のホームページには、「東光坊」や「祐慶」については書かれていません。
 埼玉県大宮市には「東光寺」なるお寺があって( 公式サイト)、由緒沿革に「寺伝によると、もと大宮黒塚にあり、平安末期(約八百年前)武蔵坊弁慶の師匠、山城国京都鞍馬寺の東光坊阿闍梨宥慶法印が黒塚の鬼婆々を法力をもって退散させ、鬼婆々に殺された人々を葬る為に、この地に庵を結び天台宗寺院として開創されたのに始まる」と書いてありますが、真偽のほどは不明です。
 安達ヶ原は福島県の二本松にあるようで、一角にある 観世寺には、鬼婆の住家であった岩屋や、出刃包丁を洗った血の池、鬼婆の墓「黒塚」などがあるそうです。あれれ、ここは以前に二度もお蕎麦をいただいた 安達ヶ原ふるさと村の近くじゃないか。見過ごしてました。こんど行ってみようっと。ちなみに安達ヶ原ふるさと村のレストランのお蕎麦は、観光地の食堂風の建物ですが、とてもおいしいです。


初春花形歌舞伎
平成22年1月 新橋演舞場

昼の部
一、寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)
            曽我五郎  獅 童
            曽我十郎  笑 也
           小林朝比奈  猿 弥
          鬼王新左衛門  寿 猿
           化粧坂少将  春 猿
            大磯の虎  笑三郎
            工藤祐経  右 近

二、猿翁十種の内 黒塚(くろづか)
     老女岩手実は安達原鬼女  右 近
           強力太郎吾  猿 弥
           山伏大和坊  猿三郎
           山伏讃岐坊  弘太郎
           阿闍梨祐慶  門之助

三、新歌舞伎十八番の内 春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)
      小姓弥生後に獅子の精  海老蔵
           老女飛鳥井  右之助
             局吉野  歌 江
         用人関口十太夫  市 蔵
        家老渋井五左衛門  家 橘

夜の部
  慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ)
  猿之助十八番の内 伊達の十役(だてのじゅうやく)
  市川海老蔵十役早替り宙乗り相勤め申し候

  発 端     稲村ヶ崎の場
  序 幕 第一場 鎌倉花水橋の場
      第二場 大磯廓三浦屋の場
      第三場 三浦屋奥座敷の場
  二幕目     滑川宝蔵寺土橋堤の場
  三幕目 第一場 足利家奥殿の場
      第二場 同床下の場
  四幕目 第一場 山名館奥書院の場
      第二場 問註所門前の場
      第三場 問註所白洲の場
  大喜利 「垂帽子不器用娘(ひらりぼうしざいしょのふつつか)」

              口上  
     仁木弾正/絹川与右衛門
       赤松満祐/足利頼兼
      土手の道哲/高尾太夫  海老蔵
        腰元累/乳人政岡
     荒獅子男之助/細川勝元

          渡辺民部之助  獅 童
         八汐/祐念上人  右 近
             京潟姫  笑 也
     三浦屋女房松代/栄御前  笑三郎
      山中鹿之助/むてき坊  弘太郎
            山名持豊  寿 猿
              松島  春 猿
       大江鬼貫/ひっち坊  猿 弥
         渡辺外記左衛門  市 蔵
             沖の井  門之助

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