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2010/01/21

【歌舞伎】團十郎の弁慶を初めてみる 2010年1月歌舞伎座昼の部

 体調が悪かったのと、年が明けてからあったちょっとした事件の心労で、睡魔に襲われ続けてあまり集中できませんでした。席が3階東袖で、舞台上手側が見えなかったせいもあったかも。
 初めてみる『春調娘七種』は、曽我兄弟と静御前という異色の組み合わせの舞踊でした。曽我兄弟の宿敵である工藤祐経は源頼朝の家臣、静御前は源義経の最愛の人ですから、ともに頼朝の敵ということで、敵の敵は味方なのでしょうか?橋之助の曽我五郎は若々しくてりりしかったです。福助の静御前も不気味にならずにきれいでした。染五郎は上手で踊っていたのであまり見えませんでしたが、色気が出て来てすばらしい二枚目になってきた気がします。
 『梶原平三誉石切』は、幸四郎が熱演、東蔵の六郎太夫がよかった気がしますが、あまり意識がありませんでした。
 ぽん太は、團十郎の『勧進帳』を見るのは初めてでした。團十郎といえば荒事の代表選手ですから、力強くパワフルに演じるのかと思っていたら、以外と一つひとつの台詞や動きを、丁寧に演じている印象がありました。例えば問答のところも、幸四郎のように何を言ってるのかわからないけど、とにかく対決の緊迫感が盛り上がるというものでもなく、また仁左衛門のようにやりとりを心理的に表現していくというものでもなく、きっちり丁寧に台詞を言い、迫力で押し通すことはしませんでした。関所をなんとか突破して、判官御手あたりの虚脱感、寂寥感はすばらしかったです。
 梅玉の富樫も悪くなかったです。勘三郎の判官御手は、席が遠すぎてよく見えず。
 ちょっと前にNHKで團十郎が『勧進帳』の解説をする番組をやっていて、ぽん太はちょっとだけ見たのですが、面白かったです。斬り掛かろうとする四天王を棒で押しとどめるシーンで、棒を両手とも下からつかんでいる場合はじっと我慢をする気持ちで、片手を上からつかんでいる場合は、場合によっては攻撃に転じようとしている気持ちなのだそうです。團十郎は、ここはとにかく我慢するところなので、両手とも下から持つと言っておりましたが、実際そのとおりに演じておりました。
 また『勧進帳』では、「富樫はどの時点で、義経一行であることを見抜いたか」というのが大きな問題なのですが、團十郎は、富樫ほどの武士なら、最初に会った瞬間に、単なる山伏の一向でないことは見抜いていたはずだと言っておりました。見抜いた上で、しっぽを出させようとするけれどもうまくいかず、結局は自分の命を犠牲にして関を通すことにする。ところが手下が「義経に似た人がいます」というので、関を通させたい気持ちではあるけれど、立場上手下の注進を無視するわけにもいかず、もう一度詮議するという気持ちだそうです。でも、ぽん太はこの部分に関しては、実際の舞台からは、あまり感じ取れませんでした。
 『松浦の太鼓』も初めてでした。吉右衛門が、わがままで子供っぽいけど、ひとが良くてかわいらしく、おおらかな松浦鎮信を好演しておりました。吉右衛門はこのタイプの人物はうまいですね。

 今回の観劇をきっかけに『勧進帳』を読み返して、気づいた点を二つほど。皆様にとっては常識なのかもしれませんが。
 一つ目は、季節の設定が春だということ。歌舞伎の『勧進帳』は、能を模して、松の木の描かれた羽目板の前で演じられるので、これまで季節を考えたことはありませんでした。「時しも頃は如月の、如月の十日の夜、月の都を立ち出でて」とか、「知るも知らぬも、逢坂の山隠す霞ぞ春はゆかしける」といった言葉が見受けられます。
 もうひとつは、安宅の関が、義経一行を召し捕るために新しく作られた関であるということ。富樫の名乗りで、「判官どの主従、作り山伏となって、陸奥へ下向のよし、鎌倉殿聞し召し及ばれ、国々に斯くの如く新関を立て、山伏を堅く詮議せよとの厳命によって、それがし、此の関を守る」と言っております。ぽん太は 以前の記事に書いたように、安宅の関を訪れたことがあります。てっきりここには、交通の要所として古くから関があったのかと思っていました。ところがこの関は、義経取締のために新たに作った検問所であるというのが、『勧進帳』の設定のようです。歴史的には、 Wikipediaによれば、安宅に本当に関があったかどうかも疑問視されているようですね。


歌舞伎座さよなら公演
壽初春大歌舞伎
平成22年1月 歌舞伎座 昼の部

一、春調娘七種(はるのしらべむすめななくさ)
            曽我五郎  橋之助
            曽我十郎  染五郎
             静御前  福 助

二、梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)
  鶴ヶ岡八幡社頭の場
          梶原平三景時  幸四郎
               梢  魁 春
          俣野五郎景久  歌 昇
          大名山口政信  由次郎
          大名川島近重  種太郎
          大名森村宗連  宗之助
            剣菱呑助  秀 調
            六郎太夫  東 蔵
          大庭三郎景親  左團次

三、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
           武蔵坊弁慶  團十郎
             源義経  勘三郎
            亀井六郎  友右衛門
            片岡八郎  高麗蔵
            駿河次郎  松 江
           常陸坊海尊  桂 三
           太刀持音若  玉太郎
           富樫左衛門  梅 玉

四、秀山十種の内 松浦の太鼓 (まつうらのたいこ)
            松浦鎮信  吉右衛門
              其角  歌 六
           鵜飼左司馬  由次郎
          渕部市右衛門  松 江
            早瀬近吾  吉之助
           里見幾之亟  種太郎
           江川文太夫  桂 三
              お縫  芝 雀
            大高源吾  梅 玉

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